今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

ここまで壊滅的に追い詰められてしまった農業のありよう

大西 赤人



 異常気象、異常気象と言われはじめて久しいけれども、異常が続けばそれが平常――普通ということになる。天気予報で連発される「平年より二度高い」とか「平年より三日遅い」とかの「平年」とは気象学の用語で、正確には「平年値」と表わし、単純な「平均」とは異なるらしい。気象庁のサイトにある「気象観測統計の解説」という文書にあたって「平年値」や「平年値の算出方法」を見てみると、Σ《シグマ》だの何だのを用いた当方なんぞは頭の痛くなるような数式が並んでいて、非常に複雑な方法で弾き出される数字のようだ。しかし、ごく大雑把に言えば、次のように説明されている。

「西暦年の1位が1の年から数えて、連続する30年間について算出した累年平均値を平年値という。これをその統計期間に引き続く10年間使用し、10年ごとに更新する。したがって2001〜2010年の間は、1971〜2000年(昭和46〜平成12年)の資料から算出された平年値(以下、「2000年統計」という。)を使用する。」
「日本では、1921〜1950年の期間以後10年ごとに平年値を求めている。」(気象庁ホームページ「気象観測統計の解説」)
「天候に関する実況や予報について表現する時に、気温や降水量などを『低い(少ない)』『平年並』『高い(多い)』の3階級で示すことがあります。
この3つの階級に分ける区分値は、30年間の観測値(夏の平均気温など)を小さい順に並べて、小さい方から10番目まで(全体の33%)が『低い(少ない)』、11〜20番目(同33%)が『平年並』、それ以上を『高い(多い)』、各階級の出現率が等しく33%(10年)となるように決めています。」(同前「気温について」)

 要するに、過去三十年間の値から飛び抜けて大きいものや小さいものを除き、ごくごく“並み”とされる数字を導き出すと「平年」ということなのだろう。それにしても、先立つ三十年間の平均値を「引き続く10年間使用し、10年ごとに更新する」のだから、近年のように激しく変化する気象状況の下《もと》では、多くの数値が「平年」を逸脱していて当たり前。毎度毎度、天気予報を見るたびに、今やスッカリ人気の職業(資格)となった気象予報士諸氏によって、「平年より×度低い」とか「平年より×日早い」とかとひたすら煽られまくっているだけのような気もしてくる。

 今年は、春も短かった印象だし、そのあとに異様に暑かった長い夏が続き、それから今度は秋を飛ばして一気に冬が来たかのようだ。実際、東京の気温を調べてみると、9月22日には最高31.9度、最低24.7度となお熱帯夜に近い陽気だったのに、それから僅か一ヵ月少々しか経っていない10月28日には、何と最高11度、最低9.4度(ちなみにこれらは12月下旬から1月上旬並み)という冷え込みを記録した。これでは、昔から日本の風土における最大の特徴かつ美点とも言われてきた四季自体が消滅し、さしずめ“二季”の国と化しつつあるとさえ感じられる。このような変動は人にとっても大いに応えるものだが、当然、他の動植物の生理をも狂わせる。たとえば、先頃連続したクマの人里への出現に関しても、広葉樹原生林の減少という構造的条件に加えて、今夏の猛暑による餌の不足が理由とする見方は多いし、毒キノコの大量発生(食中毒の多発)もまた、猛暑の影響によるものらしい。このところようやく回復傾向にあるものの、秋口には野菜の大々的不足が報じられ、北海道では「今夏の猛暑や雨による道内農作物の被害見込み額が野菜類やジャガイモを中心に計502億円に上る」(5日付『北海道新聞』)という(余談だが、あの頃、不断は店頭に出さない規格外の野菜をスーパーが緊急売り出しというニュースを眼にして、そこに並ぶ品物が精々ちょっと小ぶりだったり見た目が悪かったりというだけで「規格外」とされているという――消費者による、あるいは消費者に対する――過剰な選別には改めて驚かされたものだ)。

 そして、コメが蒙ったダメージも甚だ大きい。
「全国最大規模のコメ生産量を誇る新潟県で、9月末時点の新米の1等米比率がコシヒカリで17%、全体で19%と過去最低となる見通しとなった。県農産物検査協会が8日、公表した。記録的な猛暑の影響と見られるが、米どころの東北各県と比べても落ち込みの幅が突出しており、県は原因を調べる。コメ余りによる新米価格の低下に加えて2等米にランクが下がることで農家の経営はさらに圧迫され、自治体とJAが共同で緊急融資に踏みきる産地も出てきた。
 新潟県内の作付面積の8割を占めるコシヒカリの1等米比率は、1978年以降60〜90%の幅で推移し、最低だった2004年でも49%。ところが、今年は17%と32ポイントも落ち込んだ」(10月9日付『アサヒ・コム』大内奏)

「この夏の猛暑によるコメの品質低下が深刻だ。農林水産省が20日発表した9月末時点の全国(東京都を除く)の新米の検査結果によると、最も品質がよいとされる「1等米」の比率は全国で64.4%で、前年同時期の83.0%を18.6ポイント下回った。比較可能な1999年以降でもこれまで最低だった2002年の65.8%を下回り、過去12年間で最低となった」(10月20日付『アサヒ・コム』大谷聡)

 新米が「1等米と判断されるためには、形が良く透明な粒が70%以上などの基準を満たす必要がある」(9日付)のに、「昼夜の温度差が少なく、でんぷん質が粒に行き届かなかった」(20日付)ための結果。しかし同時に「農林水産省によると、暑さで白濁したり粒が細ったりして等級を下げることが多いが、味にはほとんど影響しないという」(18日付『アサヒ・コム』)とも書かれているのだが、先の野菜同様に見た目は極めて重要であり、その格付けが如実に価格を左右する。そして、「JAへの出荷時の農家の受取額は、一般コシヒカリの場合で2等米は1等米より60キロあたり約千円低い」(9日付)ことから、新潟県では「品質低下によりコメの産出額は67億円減になる」(18日付)との試算が出ているそうだ。

 もっとも、昔からコメの販売は売り手の胸三寸。そもそも大抵の消費者にとって一粒一粒の見分けなど困難であり、高値で取り引きされる純粋な品は別としても、コンビニの弁当やオニギリでさえ「コシヒカリ」と謳われるような今日《こんにち》では、多くのコメは巧みな“ブレンド”によって出来上がっている。大手の店は、安いコメを目玉商品として売りに出す。

「【JAを通さない「商系ルート」で捌いた福島県のある】農家は集荷業者に昨年より12%安く売った。集荷業者から買った卸売業者は1、2等米を混ぜた後に質の悪いコメを除き、精米して小売りに卸す。
(略)そのコメは16日、福島県内のスーパー店頭で昨年より5キロあたり5%安い1980円(1俵2万3760円相当)で売られていた。
 東京都内の量販店でも、各銘柄が昨年より5%から10%安かった。ただ、担当者によると『卸売業者に2等米を多く混ぜて精米してもらい、さらに大幅に値引きして特売することもある。味は変わらない』。値段は小売り段階で調節できるのだ」(10月18日付『朝日新聞』上地兼太郎)

 加えて、物議を醸《かも》した末に民主党がモデル対策実施に踏みきった「農業者戸別所得補償制度」――端的に言えば、恒常的にコスト割れとなっている農業(農家)に対する交付金による赤字補填――により、取引先から“所得補償もあるのだし、値下げしてくれ”と要求される農家が相次ぐという皮肉な状況も生まれているらしい。1995年に廃止された食糧管理制度(コメ公定価格)を筆頭とする農業支援政策は常に論議の的となり、自由競争・市場原理を唱える人々からは、弱い者を徒《いたずら》に保護するだけの愚策として批判を浴びつづけた。一方では食料自給の必要性が叫ばれながら、日本における農業――とりわけコメ作りの存在は、「瑞穂の国」という言葉が全くそらぞらしいほどに重みを失ってきた。たしかに、計画と効率とを旨《むね》とし、24時間フル回転さえ可能な産業に較べれば、気まぐれな自然と生き物とを相手にし、しかも狭い日本の国土において多くは小規模に営まれる農業は、畢竟《ひっきょう》非生産的なものとならざるを得まい。

 農林水産省は毎年、原価計算の手法を用いて米の生産コストを弾き、稲作の「家族労働報酬」と呼ばれる一農家・一時間当たりの報酬を算出するというのだが、そこにはとんでもない数字が見られる。

「農水省経営・構造統計課によると、昭和50年代から平成の初めまでは時給600〜700円で推移し、平成7年は1059円だったが、その後12年475円、17年331円、18年256円と下がり続けている」(2009年10月16日付『産経新聞』)

 そして、平成19年(2007年)産米に関する農家の報酬は、時給換算で何と179円だったそうだ。一時期世間を揺るがした――そして今やどこかへ消え去ったかのような――「派遣社員」もビックリの額だが、それだけ生産者米価が下がっているのである。もちろん、少なくとも自分の農地を持ち、家があり、空いた土地では野菜や果物も作れるかもしれない農家の収入と、たとえば都会で徒手空拳で働く者の収入とを単純に比較することは出来まい。とはいえ、一時間働いて179円……。しかも、今年に関しては、もっと下がることも大いに予想されるだろう。

 10月3日にNHK教育テレビで放送されていた「ETV特集『なぜ希望は消えた? あるコメ農家と霞が関の半世紀』」は、痛々しい番組だった。揺れ動く政策に揉まれながら自らの農業を模索した山形のコメ農家と、1961年に制定された農業基本法を中心に強化再編を図った官僚との証言を対比させながら、誰の責任という追及さえ無意味に感じられてしまうような現在の農村の決定的衰退が映し出される。とりわけ、新たな農業のあり方を目指しながら50年のコメ作りを重ねてきた68歳の佐藤章夫さんによる“繁栄に取り残されない道を探した農家は、減反政策が本格化した頃から密かに農業からの撤退作戦――ニ世代三世代にわたっての周到なソフトランディングを進め、ここに至って、それは完了しようとしている”との分析は、一種自虐にも似た自省をも含んで衝撃的だった。

 無闇に農家を保護することが正しとは言えまいし、特に土地というものに執着するがゆえの農民の保守的傾向、旧弊な閉鎖性も否定しがたいとは思う。しかし、つい数十年前までは国の根幹産業でありながら、ここまで壊滅的に追い詰められてしまった農業のありようを見ていると、もはや手遅れであろう支援策に対してさえ批判的な向きには、言わば他人事ながらも「時給179円でコメ作ってみろ!」と言いたくなってしまうのだ。
(2010.11.6)