今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

横綱・白鵬の“朝青龍以外の奴になんか負けられるものか”という絶対の信念

大西 赤人



 横綱・白鵬が秋場所でも危なげなく15日間勝ちっ放し、これで四場所続けての全勝、16回目の優勝を飾った。当然ながら、連勝記録も延び、今場所七日目には歴代(昭和以降)二位だった千代の富士の53連勝を抜き去り、千秋楽を終えた時点では62連勝。1939(昭和14)以来、揺るぎない大記録として角界に聳《そび》え立っていた双葉山の69連勝をも視野に入れつつある。このままならば、次の九州場所七日目がタイ記録、八日目に新記録。もちろん、一発勝負の土俵だから絶対はないに決まっているけれど、今の白鵬と他力士との力量差を考えれば、むしろ達成されるほうが当たり前という気さえする。

 いや、というよりも、幾らかひねくれた見方をすると、このところ不祥事が相次ぎ、先の夏場所ではついにNHKが生中継を見送るというほどの逆風を食らっていた大相撲にとってみれば、これ以上ないイメージ回復の材料。メディアの姿勢も現金に持ち直しつつあるし、優勝賜杯授与が自粛された7月の名古屋場所後、天皇による「おねぎらいとお祝い」を記した「書簡」を受け取った――厳密には「天皇陛下の言葉を伝達する形で宮内庁の川島裕侍従長が書いたもので、村山弘義理事長代行あてで届いた」(8月4日付『日刊スポーツ』)といい、白鵬自身は「(書簡の)コピーをいただいたので、この世に2通しかない。1人で読みたい」(同前)と述べている――白鵬が主役ともなれば、まさにこれ以上ないお墨付き。以前、王貞治の年間本塁打記録55本を破りかけたバースやローズやカブレラが暗黙裡に――しかし露骨に――勝負を避けられた話は有名だけれど、今のこの時期、相撲界には、70年以上前の双葉山の名前をあえて温存したいと願う必要も余裕もないだろう。

 昨年の白鵬は、六場所90日間を通じて86勝4敗という驚異的な勝ち星を上げた(歴代新記録。全勝二場所、14勝四場所)のだが、にもかかわらず優勝は三回に過ぎなかった。1敗で臨んだ三度の優勝決定戦において、朝青龍に二度、日馬富士に一度、負けてしまったからだ。そして、今年1月の初場所には、何と一場所で早々と3敗、もちろん優勝も逸した。これでは、昨年の86勝を上回ることは到底不可能とも思われたのだけれど、その後の四場所を全勝したので、気の早い計算をして仮に11月の九州場所でも15日間を勝ちつづけた場合は、双葉山の記録を破るとともに、年間87勝というとんでもない数字をも刻むことになる。

 ことほどさように、白鵬の群を抜いた強さは明らかだ。しかも、まだ25歳、今後の一層の充実も期待し得る。そもそも双葉山が69連勝を遂げた当時は、年二場所の開催、それも一場所が11日間あるいは13日間だったから、その記録は足かけ七場所・丸三年がかりで成し遂げられている。現在のように年六場所制なら遙かに多くの連勝を達成していたかもしれないし、逆に好調持続が難しくてもっと早くに負けていたかもしれない。当然それは、“昔のように年二場所制であれば”と裏返して白鵬にも当てはまる。従って、単純に比較しがたい面もあるものの、いずれにせよ、相撲ファンとしても滅多に巡り合えない偉業には違いない。僕の父親は世代的に双葉山の記録をリアルタイムに体験しており、もちろん当時はテレビ中継などあるはずもなくニュース映画で遅ればせに観ていたらしいけれど、“69連勝の間には、際どい――双葉山の負けでもおかしくなかったような――取り組みが二番あったな”というように今でも振り返る。

 というわけで、僕も相撲にはそれなり関心のある身、歴史的瞬間が近づいてドキドキワクワク、今から九州場所が待ち遠しくてたまらない……本来ならば、そのはずなのである。はずなのだけれども、実のところ、まるで興奮が沸き上がってこない。それどころか、今場所の15日間も、“あ、白鵬、今日も勝ったの。××連勝? ふぅん”という具合。“もしかしたら負けるのでは?”というスリルも全く乏しく、白鵬当人に責任はないのだけれど、いささか誇張すれば“どうせなら、このまま100連勝でもして下さい”みたいな醒めた気分に終始した。

 その想いを分析すると、大きく理由は二つある。一つは、以前にも触れた
(http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/colum395.htm)相撲内容の低下。野球賭博にまつわる大関・琴光喜の解雇、多くの力士の謹慎・休場により、名古屋場所でも幕内上位は歯抜け状態だったばかりか、当然の事として、休場力士が大きく降格するため、秋場所の番付も言わば後遺症的に“水増し”状態となった。今場所では、謹慎により十両に陥落した豊ノ島が14勝を上げて優勝、同じく雅山、豪栄道も12勝と格の違いを如実に見せつけたわけだが、その分薄まった幕内上位の実態を白鵬との関係で数字に表してみよう。一場所に対戦した15人から白鵬が過去に喫した幕内での黒星は、(古い敗戦が含まれるとはいえ)合わせて初場所41、春場所49、夏場所48だった。それが、名古屋場所では28、秋場所でも34に減っていたのだ。上り調子の新顔との対戦が多かったというのならば別だが、まだしも一発の可能性を持つ実力派に代わり、本来ならば顔を合わせないはずの力士がトコロテン式に繰り上がっていた印象は否めない。

 もう一点は、これまた散々繰り返しになるけれども、朝青龍の問題である。朝青龍が“詰め腹”を切らされた時点において、総合力から見れば、既に白鵬が上回りつつあったことは間違いないと僕も思う。実際、通算成績こそ白鵬13勝、朝青龍12勝と拮抗していたものの、本割では白鵬が7連勝中だった。でも、先にも述べたごとく、そんな中でさえ昨年春場所と秋場所の優勝決定戦では朝青龍が勝っていたし、今年初場所では崩れた白鵬を尻目に朝青龍が25回目の優勝を遂げた。そのライバルが不本意な退場劇を演じてから白鵬による破竹の快進撃が始まったことは、あまりにも当然過ぎる成り行きだ。絶対的確率はさておき、相対的には最も敗北の危険性を孕《はら》む持つ相手が無条件に排除されたのだから、言わば残った者が勝つに決まっているのである。もちろん、仮に朝青龍が出場を続けていたとしても、白鵬の連続優勝、連勝記録は実現していたかもしれない。いや、その目は十二分にあったとは思う。しかし、少なくとも連勝に関して言えば、現在土俵に上がっているどの力士よりも、朝青龍は記録阻止のためにプライドをかけ、闘志を燃やして白鵬に挑み、立ち向かったに違いない。それでもなお白鵬が朝青龍を倒しつづけて連勝記録を積み重ねていたのであれば、今よりもどれほど盛り上がっていたことだろう。

 改めて記すけれど、この状況に関して、白鵬個人には何の落ち度もない。もしも来場所新記録が樹立されれば、対戦相手の如何など関わりなく、数字は数字として後世に残る。しかし、以前に触れたように(http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/colum390.htm)朝青龍に対して余人の臆測を超えた想いを抱いているとも想像される白鵬であれば、ライバルとの勝負を経た記録をこそ実は求めているであろう。しかし、それが不可能であり、同時にその理不尽に対する異議申し立てをすることも立場上出来ないがゆえに、かえって“朝青龍以外の奴になんか負けられるものか”という絶対の信念を生じさせているのではなかろうかと思う。
(2010.9.27)