今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

NHKの大相撲実況中継中止をめぐる、やくみつるの無責任な放言と、辻元清美衆議院議員の社民党離党

大西 赤人



 僕は大相撲の熱烈なファンというほどではないけれど、本場所ともなると、一応はその動向――優勝争いに注意を払うし、その時間帯に家に居合わせれば、テレビ中継にチャンネルを合わせる機会も多い。しかし、先の名古屋場所では、相次ぐ不祥事、とりわけ野球賭博に深く関わった大嶽親方(元・貴闘力)や大関・琴光喜の解雇をはじめ、多数力士の謹慎・休場という前代未聞の状況下、NHKが実況中継を中止。夕方と深夜にダイジェストこそ流されていたものの、それらを念がけて観る気も起きず、結果、白鵬によるますますもっての独り舞台の様子をスポーツニュースや新聞で窺い知る程度だった。

 前頭六枚目までに解雇1名、謹慎・休場4名という上位陣の歯抜け状態にもかかわらず、全勝の横綱以外、四人の大関が揃って5敗以上、四人の関脇、小結に至っては全員が負け越しというのだから、低レベルも極まれり。そんな中で白鵬は三場所連続の全勝優勝、昭和以降で三位となる47連勝を記録したわけだが、現状で彼を止められそうな力士は全く見当たらず、この調子で勝ちつづけて千代の富士の53連勝、双葉山の69連勝に並ぶ、あるいは抜き去ることは、困難どころか、むしろ当然に起こりそうな雲行きとさえ思われる。しかし、仮にその“偉業”が達成されるとしても、朝青龍を追放したばかりか、多くの実績ある多くの力士が土俵から消える場所(今場所にとどまらず、休場力士は大きく番付を落とすから、来場所以降も上位で相撲を取ることはしばらくなくなる)を含んでの連勝が、歴史に刻み込まれるべき記録として燦然と輝くものとなるのかどうか? 白鵬自身に何ら責任はないにせよ、いささか首を傾げたくなる想いは否めない。

 そもそも、横綱の品格だとか何とかと言って朝青龍に事実上の詰め腹を切らせた「国技」大相撲が、それから半年も経たないうちに、次から次、出るわ出るわの大失態。あまり意地悪を言っても仕方ないけれど、朝青龍に繰り返し苦言を呈していた元・大鵬(納屋幸喜)など、娘婿で部屋の後継者だった大嶽親方がケタ違いの野球賭博で解雇されてしまったのだから、まずは自分の足元に注意を払っていたのかという話である。また、こちらも角界の御意見番よろしく朝青龍を散々非難しつづけていた元・横綱審議委員会委員の内舘牧子や元・日本相撲協会外部委員のやくみつるは目下の事態にどう反応しているかも興味をそそられるのだが、内舘の声は不思議なほど伝わってこない。やくのほうは、NHKの中継中止に関して、次のような驚くべきコメントを述べていた。

「めちゃめちゃ怒っています。受信料なんか払わないぞ、というくらい怒っています。日本相撲協会が場所を開催することと、NHKが中継をすることは同一線上にあると考えます。中継はNHKの責務と言っていいくらい。その公共放送の責務を放棄した、としか思えません。わずかな苦情の声に屈してしまったようです。中継を見たいという、声なき声の方がもっと多いはず。そこに想像をめぐらせてほしい。独自の判断でしょうけど、基準があいまいで分かりづらい」(7月7日付『日刊スポーツ』)

「日本相撲協会が財団法人として本場所を開催することが責務ならば、NHKが公共放送として生中継することも責務といえる。わたしの逆取材では直前まで生中継すると聞いていたので、意外な結果となった。反社会的勢力とのつながりを考えての生中継見送りだが、なぜ国会中継はするのか。相撲とどちらが悪党が多いのか考えてほしい」(同日付『産経ニュース』)

 どうして「日本相撲協会が場所を開催すること」と「NHKが中継をすること」とが「同一線上」あるいは「責務」となるのか? それならばNHKは、日本における総ての――少なくとも、財団法人の手がける総ての――イベントを中継しなければならないのであろうか? ましてや、勢いで口が滑ったものかもしれないけれど、「なぜ国会中継はするのか。相撲とどちらが悪党が多いのか」に至っては、行政の基盤たる国会審議と所詮は単なる娯楽に過ぎない相撲とを全く同列に扱っており、たとえ幾分のウケ狙いだったにせよ、有識者だのコメンテーターだのという立場とはほど遠い無責任な放言である。

 ただし、NHKが中止に踏み切った根拠として“(多くの)視聴者の声”を持ち出したことは、視聴者本位と言えば聞こえはいいけれど、自らの主体的な判断を避けた一種の逃げ。中継の実施はこれまで長年に渡る既成事実・既定路線だったのだから、不祥事発生を受けてわざわざ寄せられる意見に“止めろ”の割合のほうが多くなることは当たり前であり、逆に中止が決まってからは、“中継しろ”という声の割合のほうが多数となった。NHKが本当に視聴者の見解――民意を踏まえようとするのであれば、その結果に基づく単純多数決によって決定することを前提に、二日でも三日でもいいから事前に期間を設け、改めて広く中継の賛否を募ってみれば良かったであろう。

 ともあれ、大相撲という閉鎖的な世界のあり方が、何かにつけて世の常識から外れていることが露呈したわけで、とりわけ天皇賜杯や天覧相撲というような“箔”によって「国技」と奉ってきたことの歪《ひずみ》も明らか。しかし、むしろ世論は、その現状をもって「国技」には遠いと見做《な》すよりは、「国技」という建前を温存し、それに合致した大相撲を構築しようとかかっているようにも見える。しかし、以前にも書いたように(コラム25回)、少なからぬ力士が中学校を出ただけで角界に入り、食っちゃ寝、食っちゃ寝を続けて異様に太ることが仕事――必須条件――とも言うべき相撲とは、むしろスポーツと呼ぶことさえふさわしくなく、人間の日常を完全に逸脱した見世物に近い。僕自身、いわゆる「暴力団」という存在をもちろん好みも許容もしないけれど、何らかの犯罪と直接的に関わりがある場合はさておき、暴力団員が観戦に来る、暴力団員と同席するというだけで何事かのように騒ぎ立てるほど大相撲が清廉高潔たるべきものかとなると疑わしい。異形の者=フリークとして屹立《きつりつ》することと、極めて社会的に真っ当であることとは、そもそも両立し得る命題なのだろうかとまで考えてしまう。「国技」だの「品格」だのという権威付けを捨て、あくまでも見世物としてのあり方に徹底するほうが本来のようにも思われる。

 さて、話変わって、一言しておきたい出来事は、辻元清美衆議院議員の社民党離党。この人に関しては、その威勢の良さと表裏一体とも言うべき危うさに以前から首を傾げる部分もあったのだが(コラム132回)、そこには眼をつぶって、スッカリ弱体化した社民党の中で奮闘している点を認めてはいた。昨秋の民主党、国民新党との連立政権発足に伴ない、前原誠司国土交通相から直接に副大臣として指名された際には、“党の国会対策を重視したい”として固辞。その後、閣内の一員だった福島瑞穂党首から説得されてようやく就任するという経緯に、やはり曲がりなりにも幾らかの気骨はある人物なのかなと思って見ていた。

 ところが、今年5月、普天間基地移転問題に関連して福島が罷免された結果、社民党は連立政権を離脱。必然的に副大臣を辞任することとなった辻元は、離脱に批判的と伝えられる中、「辞めるのはさみしいし、つらい」と記者団の前で「号泣」(5月31日付『アサヒ・コム』)した。それでも、自らの同月30日付ブログには「政権を離れたいま、絶対に改憲への道を歩ませないなど、社民党の役割はますます大きくなっています」「少しでも政治がよい方向にいく道を探していくのは、『もう古い政治に戻したくない』という国民の意思に対する私たちの責任です。しっかりその責任を果たしていくつもりです」などと記していたのだが、それから二ヵ月も経たない7月27日、社民党から離党し、無所属議員として活動することを宣言。26日付のブログでは、次のように心境を綴った。

「振り返って社民党の政権離脱は基本方針に照らしてやむをえなかったことでありました。私は、政治の場で筋を通す意義を大切に思います。市民の運動と連携していく重要性も十分認識し、共に行動してきました。一方で小さな政党にとって政権の外に出たら、あらゆる政策の実現が遠のいていくことも心配でした」
「そんな中で、私は、現実との格闘から逃げずに国民のための仕事を一つずつ進めていきたいという思いが強くなりました」
「私はいま、現実政治のなかで政策の実現の可能性をギリギリまで求めていく政治活動に出発したいと思います。それは、大海原に丸太で乗り出すことかもしれません。しかし、精一杯前に進みたいと思います」

 たしかに、小選挙区制などによって二大政党化が進む中、選挙を重ねるごと社民党の議席は着実に減っており、そんな少数勢力にもかかわらず連立政権の一翼を担い得たことは、一人の政治家にとって現実的に大きな魅力ではあったろう。しかし、「私は大阪の商売人の娘。泥も呑(の)むけど、政策を実行できるようちょっとでも進もうという体質」(28日付『アサヒ・コム』)と述べ、ワイドショーのインタヴューでは“私は与党体質のような気がする”というような釈明(?)を口にする彼女を見ていると、悩んだ末の決断ではあろうけれど、正直、今更何を言っているのかという印象だ。実際、メディアも辻元をこんなふうに揶揄している。

「どうやら政界再編の仲介まで買って出るという。こうやって権力は政治家に身の丈以上の力があるかのような勘違いを促してしまう。無論社民党に残って党首になったところで事態は変わらない。与党の一議員から閣僚を目指した方が仕事の幅が広がるということに議員を十数年やってきてやっと気づくのだからおめでたい話だ。
 そもそも所属する党の連立離脱に伴い副大臣を辞職する際も泣きわめき「およそ衆院議員とは思えぬ醜態をさらしておいて『野党に限界を感じた』もないものだ」(自民党ベテラン議員)」(7月30日付『日刊スポーツ』「政界地獄耳」)

「もちろん、不祥事や疑惑があれば追及すべきだし、政府・与党に失政があると考えれば、その責任を問うことは悪いことではない。だが、それだけではいけない。辻元氏は『それだけでは日本を変えることはできない』ことに気づき、与党あるいは内閣の内部で具体的な政策を実現していくことも必要であることを学んだというわけだ。
 辻元氏がその点に気づいたことはご同慶の至りである。しかし、気づくのが遅すぎないか。できれば初当選時から、その程度の認識は持っていてもらいたかった。言い換えれば、そういう認識を持っている人物にこそ国会議員になってもらいたかった」
「国会議員は初当選のその時から、国民の税金を受け取って政(まつりごと)を行うプロの政治家だ。初当選から15年目になって、ようやくそういう認識に至ったというのでは、遅きに失している」(同31日付『産経ニュース』五嶋清「【名言か迷言か】今さら言われても困るよ、辻元さん」)

 辻元の論理に基づけば、当然ながら無所属議員という立場は政治的に社民党議員よりも一層非力なはずなので、世間の多くが予想する――勘繰る――通り、追々民主党に加わる可能性が大きいのかもしれない。「鶏口となるも牛後となるなかれ」なのか、それとも「寄らば大樹の陰」となるのか。僕の周辺では“男・前原に惚れたのかねえ?”という失礼な軽口さえ飛んでいるのだけれど……。

 7月28日、僕も関わりつづけている『憲法寄席』の「2010年夏席」公演があり、その一コーナー「(笑)の寄席鍋《わらいのよせなべ》」では、恒例となっている替え歌が何曲か歌われた。そのうちの一曲『世界に一つだけの花』の歌詞は、辻元の離党など全く報じられていない時点で作られたものながら、こんな具合だった。

「この中で誰が一番だなんて
選ぶことは難しい
自説ばかり誇らしげに
勝手に論陣を張っている
それなのに選挙が終われば
どうしてこうも威張りたがる
大事な一票投じたのにその中で
与党になりたがる
そうさ 僕らは
世界に一つだけの命
一人一人違う希望を持つ
その夢を生かすことだけを
一生懸命にやればいい
働く人や年老いた人
一人として見捨ててはいけないから
大臣なんかならなくてもいい
もっともっと人のため働いて」

 辻元サンにも聞かせてあげたいと思います(笑)。
(2010.7.31))