今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

時効を迎えた国松警察庁長官狙撃事件に関して、警視庁が公表した「捜査結果概要」──このような逸脱は、決して許容されるべきものではない

大西 赤人



 このところ何かと用件が重なり、とりわけ、4月17日、18日に開催される――血友病患者・患者会にとってほぼ三十数年ぶりの全国的な集会となる――「全国ヘモフィリアフォーラム」の実行委員会委員長を務めているため、あれこれの準備に追われ、しばらくコラムから遠ざかってしまった。相変わらず次から次に色々な出来事が起こっていて、愛子内親王の“不登校”問題やキム・ヨナに対する異様なほどのバッシングなど、触れたい話題も多かったのだが、そんな中でも、さすがにこれは一言しておかなければならないと感じたものは、1995年に発生した国松孝次・警察庁長官(当時)銃撃事件の公訴時効が成立した3月30日、警視庁の青木五郎公安部長が「『事件はオウム真理教のグループが(松本智津夫)教祖(死刑囚)の意思の下、組織的・計画的に敢行したテロだった』との見解を発表した」(3月30日付『アサヒ・コム』)一件だった。

 オウム真理教(教団・信者)によって行なわれたとされる様々な犯罪に関しては、依然として逃亡中の容疑者もあり、その実体に――教祖・麻原彰晃こと松本智津夫の関与を含めて――未だ不透明な部分が多々残っているけれども、地下鉄サリン事件を筆頭とするそれらの相当部分に関しては裁判も終り、彼らによる犯行だったことが歴史的事実として定まりつつある。しかし、オウム真理教(以下、オウムと略)の存在が危険視されはじめた時期、僕自身も含めて少なからぬ人々は、警察がオウムを対象として証拠不十分なまま進める別件逮捕や微罪逮捕を濫発しながらの捜査方法に強い疑念・懸念を示していた。実際、たとえば、森達也によるドキュメンタリー映画『A』(1998年)は、街頭でオウム信者に職務質問をかけ、それに応じようとしない相手を挑発し、ついには自ら身体を預けて倒れ込みながら、足を傷めたとの大げさな身ぶりで公務執行妨害――いわゆる「転び公妨」――を叫ぶ公安警察官の姿をありありと捉えて衝撃的だった。

 けれども、一般的には、オウムの凶悪な犯罪が跡付けられて行く過程において、あたかも目的のためには手段が正当化されるかのごとく、そのような本来の姿を逸脱した捜査もやむを得なかった――精々「必要悪」、むしろより以上に、犯人逮捕のためにはそれこそがあるべき方法だったというような見解が大勢を占め、先の疑念・懸念も次第に弱まって行ったかにさえ感じられる。しかしながら、仮に多くのオウムの犯行が波及的に摘発されたとしても、その事によって、別件逮捕や微罪逮捕が本当に真っ当な捜査方法であっことが証明されるのであろうか? それは、百歩譲っても単なる“結果オーライ”に過ぎないのではなかろうか?

 しかるに、このたび時効を迎えた国松警察庁長官銃撃事件に関して、警視庁は「捜査結果概要」を公表。「教団元幹部や元信者ら計8人を匿名にし、それぞれの行動や会話内容などを列挙」(同前『アサヒ・コム』)する形で、「人権に配意した上で、公益性が勝ると判断した」としつつ、オウムの犯行である旨を断定した。言うまでもなく、誰しもが“じゃあ、どうして逮捕しなかったの?”と考えるに違いないわけだが、この点について青木部長は、次のように語っている。

「『犯行に関与した個々の人物やそれぞれの役割を、刑事責任の追及に足る証拠をもって解明するには至らなかった』と説明。それでも、教団による犯行と断定した理由を『捜査で得られた資料、情報を分析した結果だ』とし、『事件の重大性や国民の関心の高さ、オウムが今なお危険性が認められる団体として観察処分を受けていることにかんがみた』と述べた」(同前『アサヒ・コム』)

「警視庁は会見で、A4用紙16枚の捜査結果概要を公表。『オウム真理教による組織テロと認めた』としながらも、『グループを構成する個人全員の特定、各個人の果たした具体的な役割の特定には至らなかった』とした。
 概要では教団幹部ら8人をアルファベットで記載し捜査結果を評価したが、『可能性が高い』『推認される』などあいまいな表現で関与を指摘した。報道陣からは『あいまいな根拠で犯行グループと断定し、公表するのは人権侵害にあたるのではないか』との質問が相次いだ。青木部長は『15年間、48万人を投じた捜査について国民に説明する必要があると考えた。オウムによるテロの悲劇を二度と繰り返さないことが大事で、人権にも配慮して公益性の観点から判断した』と述べた」(同前『毎日新聞』)。

 その「警視庁長官狙撃事件の捜査結果概要」は警視庁のホームページでも公開されているというので、僕も覗いてみた(オウムが改称した宗教団体「Aleph=アレフ」は、ホームページからの同文書の削除を抗議とともに要請中)。そこには、たとえば「現場調査により判明した状況」「現場捜査の結果浮かび上がってきた犯人像」等々が数多《あまた》列記され、オウム信者8名との関連性が示唆されているのだが、当然ながら、青木公安部長の言葉通り、「特定」には至っていない。即ち、それぞれの文末を挙げるならば――

「……と見られることが判明した」
「……可能性が高いと考えられた」
「……疑いが強いものと認められた」
「……可能であることなどが判明した」
「……相当数存在するものと考えられた」
「……いた可能性が高い」
「……強く疑わせる事実が判明した」
「……可能性を強く示唆するものと認められる」
「……関与を疑わせる行動であると認めた」
「……疑いは、極めて濃厚であると認めた」
「……全体としては信用性を有するものと認めた」
「……強くうかがわせるものであると認められた」
「……可能性が極めて高いものであると認められる」
「……何らかの知識があったことを示すものとみることができる」
「……示すものである可能性が高いと認めた」
「……一定の合理性が認められると判断した」
「……疑わせる状況が認められた」
「……本事件との強い親和性が認められる」
「……明示又は黙示の意思に基づくものであったことが強く推認されるところである」

 ――という具合に、“よくもまあ、これほど表現のバリエーションを考えたものだ”といささか感心させられるくらいの、しかし、畢竟《ひっきょう》、推測・状況証拠の羅列なのである。意地悪をするわけではないが、とりわけ「強くうかがわせるものであると認められた」(「強くうかがわせる」でさえなく)とか「示すものとみることができる」(「示す」でさえなく)とか「一定の合理性が認められると判断した」(「認められる」でさえなく)とかに至っては、客観性を装いながらも、つまるところ自らの恣意《しい》を主張するに留まっている。にもかかわらず、「捜査結果概要」は、こう結ばれる。

「結論
 以上より、本事件は、教祖たる松本の意思の下、教団信者のグループにより敢行された計画的、組織的なテロであったと認めた」

 ただし、この「結論」もまた、末尾は「認めた」となっており、その主語は何かと言えば――日本語的特性として省略されているけれども――文書冒頭に記された「警視庁」である。即ち、実は、警視庁による限定的で何らの影響力を伴ない得ぬ“我々はこう見ております”という所感発表以上のものではないということなのだろうか。いやいや、もちろん、それで済むはずはない。記者会見で青木部長は、事件から得た教訓として、警察が脅威と見做して情報収集を行なう対象は、以前は「過去に暴力主義的破壊活動を行ったことがある団体」だけだったが、その後は「従来と異なる新しいタイプの脅威にも、感覚を鋭敏にして早期に発見し、的確に対処していくことが求められている」ことを挙げた後、次のように述べている。長くなるが、重要である。
「2つめは、国民の皆様のご協力をいただきながら、社会全体で組織的な犯罪への対処能力を高めていく必要があるということです。組織的な犯罪は密室の中で謀議が行われ、その解明には困難を伴うのが通常であります。しかし半面、複数の者が関わるだけに、それだけ多くの痕跡を社会の中に残すことにもなります。このため、警察の捜査能力を高めるのはもちろんでありますが、社会の中に犯罪を未然に防ぎ、犯罪が起きたとき、犯人の追跡に役立つ仕組みを整えていくことが有効な対策になると思います」
「例えば、15年前と異なり、今日の社会ではコンビニ、駅、商店街など、多くの人が集まる場所に、民間の方々の自主的な協力により、防犯カメラが整備され、これらが犯罪の防止にも、事件の解決にも大きな力を発揮するようになっています」
「もし、この事件と類似した犯罪が今日の社会で行われたならば、当時よりもずっと多くの犯人たちの行動の痕跡を捉えることができるだろうと思います。これら2つのことについては、この15年の間にさまざまな手だてが講じられてきています。これからも、このような努力をさらに進めていく必要があると感じております」(同前『産経新聞』)

 ここに示された方向性は、「防犯カメラ」と言い換えてはいるものの、要するに――“自主的”に設置された――「監視カメラ」を張り巡らし、市民相互に不信とともに警戒し合うシステムの奨励であり、さらにそれを警察が活用しようとする管理社会である。

 この前例を見ない警視庁発表は大きな反響を呼び、『読売新聞』や『産経新聞』のような保守派と位置づけられるメディアでさえ、さすがに異議を唱えた。

「時効事件について、犯行グループを名指しする記者会見をしたのはきわめて異例だ。
 そこまで犯行を解明しながら、なぜ立件に持ち込まなかったのか。これでは、自らの捜査ミスを弁解しているとしか思えない。
 捜査のどこに問題点があったのか、警視庁は徹底した検証作業を行うことが先決だ」
「殺人の時効を撤廃する法案が今国会に提出されている。東京・世田谷の一家殺害事件や八王子スーパー3人射殺事件なども時効廃止となる可能性がある。凶悪・重大事件の解決こそ警察の使命だ。これが信頼回復への近道である。」(3月31日付『産経新聞』社説)。

「だが、立件できなかった事件の犯人を名指しすることは人権にかかわるし、公益性もない。どんな団体であれ、裏付けのない罪をかぶせていいわけがない。
 真犯人かどうかを判断するのは裁判所であって警察ではない。公判請求の可否を検討するのは検察だ。それにもかかわらず警察が犯人と断じた。刑事訴訟手続きの逸脱も甚だしい。公安警察の危険な体質をうかがわせる。
 『証拠が弱い』と内部には発表に消極論があり、検察当局も『訴訟書類非公開の原則』を理由に反対したという。
 公安部は捜査に最善を尽くしたと訴えたいのかもしれないが、開き直りと取られかねない。初動捜査の不備や元巡査長の供述隠蔽に対する批判に続き、最後までミソをつけた形となった」」(4月1日付『読売新聞』社説)

 一方、時効当日の閣議後の記者会見で中井洽国家公安委員長は、「かつてない発言だが、くやしさがにじみ出ていると思う。消去法からそこしかないとの確信もあるのだろう。犯人を特定できなかったことへ反省もして異例の発表になったのだろう」(3月30日付『産経新聞)と警視庁に対して擁護的に語っている。

 そもそも警察は捜査を行なって証拠とともに事件を検察に送り、検察はそれを起訴するかどうか判断し、立件を踏まえて初めて裁判が行なわれる。以前に僕は、警察によって逮捕後に行なわれる「書類送検」という単なる事務手続きが既にあたかも「有罪」を意味するかのごとく受け止められがちな状況を批判的に記したが(コラム373回)(コラム381回)、公判にも至らなかったこの「警視庁長官狙撃事件」の犯人を警察が断定するなどとは、まさに「刑事訴訟手続きの逸脱も甚だしい」所業である。むしろ、素人考えにも、職域を侵食された検察や司法の側はこれでいいのかと思うほどだが(笑)、「警察は警察の考えで発表したのだろう」(3月31日付『共同通信』)という東京地検・大鶴基成次席検事の茫漠としたコメント程度しか報じられていない。

 現在国会で審議されている刑事訴訟法改正が成立すれば、殺人や強盗殺人など法定上限が死刑に当たる罪は時効が廃止され、必然的に警察の責務は増大する。重大案件に関しては、いわゆる“迷宮入り”は絶対にあり得ない――法律的には、事件発生から何十年経とうとも、あくまでも捜査の継続が要求される――ことになる。被害者遺族の強い要望を受けた変化であり、たしかに一定の年月が経過すれば犯罪が“消える”というのは考えてみればおかしい気もするものの、反面、長い年月が経過した後に仮に容疑者が現われた際、犯罪の立証が極めて困難であろうことは容易に想定される。“35年前の○月×日、君はどこで何をしていたね?”――それに答えることも大変だが、それを裏付けることのほうも、一筋縄では行くまい。すると、警察としては、“プロフェッショナルである警察が捜査して犯人と判断した以上、まず間違いはないのでは?”という今以上の一般からの「信頼」を少なくとも醸成しておかなければ、ある意味、仕事ばかりが次から次に蓄積して立ち行かなくなってしまうかもしれない。

 そのためには、『足利事件』冤罪という大失態も起きている中、「警視庁長官狙撃事件」の時効を漫然と見送ることに忍びなく、その焦りが警察をして今回の異例の行動に踏み切らせたのかもしれない。しかし、繰り返す通り、このような逸脱は、“疑わしきは罰せず”などと使い古された言葉を持ち出すまでもなく、犯罪の究明――裁判による処罰という大原則を完全に崩壊させるものであり、決して許容されるべきものではなかろう。
(2010.4.7)