今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

朝青龍の名は大相撲の歴史に刻まれるに違いないけれど、彼を咎めつづけた内館という人物をどれほどの人々が記憶に留めているであろうか

大西 赤人       



 大相撲秋場所千秋楽、朝青龍対白鵬の本割り及び優勝決定戦は、実にスリリングな戦いだった。本割りでは白鵬が圧倒、その勢いで決定戦も一気に押し切って逆転かとも思われたけれど、今度は朝青龍がいかにも鋭い相撲勘を発揮したスピーディーな内容で雪辱。四場所ぶり24回目の優勝を遂げ、久々に強烈な存在感をアピールした。しかしながら、勝てば勝ったで、例によって勝負が決まった瞬間及び土俵を降り際に見せたガッツポーズが物議を醸し、またまたまたまた(笑)横綱としての「品格」を盛んにあげつらわれている。これまで何度も書いているように、僕は朝青龍バッシングには全く同調する気がなく、この日も彼の勝利を期待しながら見ていたので、勝負の結果については非常に満足だった(ただし、白鵬のほうも劣らず素晴らしかった)。

 「品格」という曖昧な要素を仮に認めるならば、朝青龍が別の分野の人間――第一人者であったなら、僕も彼に幾分の「品格」ないしそれに類するものを求めるかもしれない。しかし、相撲取りである以上は、勝つことが第一義に決まっている。それは、いわゆる“勝てば官軍”という考え方とも自ずから異なる。

 “100万枚売れているが、この曲はつまらない”
 “視聴率30パーセントだが、この番組は下らない”
 逆に、“5000部しか売れていないが、この本は歴史に残る傑作だ”

 そういう評価は成立し得るものの、“毎場所5勝10敗だけど、この力士は「品格」に溢れているから横綱だ”などということはあり得ない。相撲というものは、8勝7敗なら番付が上がる・7勝8敗なら番付が下がるという絶対の枠の中で動いている。そういうものなのだ。たしかに、「国技」だ、「神技」だと箔をつけるからには、強い上に「品格」も兼ね備えた横綱がより望ましくはあろう。しかし、どちらが必須の条件かとなれば、それは間違いなく「品格」ではなく勝つことでしかあり得ない。

 ところで、千秋楽のNHKテレビの解説者は、正面が北の富士、向正面が舞の海と、朝青龍に対しては日頃から極めて冷ややかな御両人。ネットによれば、既に十三日目あたりから北の富士は“白鵬に優勝してもらわなければ困る”と公言していたそうだけれど、直接対決を迎えても“公平でなくちゃいけないんだが”と言いつつ、舞の海ともどもあからさまに白鵬に肩入れ。東西横綱同士の対決であるにもかかわらず“白鵬は負けるわけにはいかない”とまで言い募っていたのだが、本割りが終ると、その口調は微妙に変化した。淀みながらの言葉遣いであったものの、要するに、本割りの白鵬の相撲(とりわけ立ち合い)があまりにも完璧だったため、二度同じ事は出来ないのではないかという展望を口にしていたのである。実際、決定戦の白鵬に最前の迫力はなく、朝青龍の優勝を見せつけられた北の富士は「イヤー、言葉がないな」と感服し、その後は、北「またまんまとしてやられたな、舞の海さん」舞「そうですね。たしか私も北の富士さんも朝青龍の優勝は無理だと……」北「奇跡だって言ってたんだよなあ」舞「アッハッハ」北「明日は、二人で床屋行くか(坊主になるか)」と掛け合い漫才を始める始末。とはいえ、実際に相撲を取り、その厳しさを味わってきた彼らが朝青龍に対して批判的であっても、それはまだしも理解が可能だし、優勝という現実を前にすれば潔さもある。

 一度も会ったことはない・一度も話したことがない相手の人間性を想像してみても所詮意味は乏しいとはいうものの、僕は、朝青龍という人は本当はむしろ気弱な性格であり、他人の眼――他人から自分がどう見られているか――を非常に気にする人間なのではないかと勝手に想像している。もちろん、気弱な性格では力士という激務――まして横綱の重責など果たせるはずがないので、ともすればめげそうになる自分を奮い立たせるべく、時に彼は粗暴なほどの振舞いに及ぶことにもなる。先日の優勝決定戦を控えた支度部屋における忙《せわ》しいほどの表情や身動きなどを見ていても、叩きのめされたばかりの白鵬と再び対して敗れてしまうことを恐れる生理的な弱々しさと、その恐怖感を何とかして抑えつけて相撲に臨《のぞ》もうとする意志――勝ちたいというよりも屈辱を避けたいという切実な欲求――との葛藤が滲み出しているように感じられた。

 あえてバッシングを糧《かて》とし、それに対する反発心をエネルギーに変える。だからこそ、必ずしも圧倒的な体格に恵まれているわけでもないにかかわらず、朝青龍は角界最高位まで登り詰めることが出来たのではないだろうか? ……とまあ、そういう想像が当たっているかどうかはさておき、22歳の若さで横綱に昇進した彼も、この9月で満29歳。格闘技の世界においては、年齢的に最盛期とは言いがたい。さすれば彼として、なおさら体力の衰えを言わば自らの“虚勢”によって補おうと努めることは必然の流れであろう。即ち、朝青龍に対していわゆる人間的成熟・円熟を求めようとすることは、彼に力士としての生命線を放棄しろと要求するに等しい仕打ちなのではないか?

 朝青龍は、2007年7月名古屋場所で21回目の優勝を遂げた。この時、26歳10ヵ月である。その場所後、例のモンゴルにおけるサッカー騒動によって大バッシングを受け、9月秋場所と11月秋場所での出場停止処分を食らった。明くる2008年初場所で復帰するものの、要するに彼は、満27歳を迎えた潮目の二場所――前後約半年間を本場所から遠ざけられたことになる。理由の如何・処分の是非を別にして、この時期における全く無為な空白は、とりわけ肉体に依拠する一人の競技者にとっては計り知れないマイナス、決定的なダメージとなっていて何の不思議もなかっただろうと思う。実際の彼は、復帰二場所目の2008年春場所で復活をアピールする22回目の優勝を果たしたが、その後は三場所連続休場を挟むなど、2009年初場所、そしてこの秋場所と二回の優勝を加えるにとどまり、たしかに全盛期の勢いは失っている。今場所の優勝も「いくら気持ちが前にいっても体がついてこなかった」「本当にギリギリまできていた」(9月27日付『サンスポ・コム』)という中でのもの。

 “稽古をしない”という批判を受けて当然な力士なのかもしれないが、たとえそうだとしても、横綱という地位にある以上、負けつづければ朝青龍本人が“自業自得”と嘲られて引退せざるを得ないだけの話。本場所において優勝という結果が出たからには、「床屋行くか」という北の富士の姿勢はひとまず明快なわけで、それに較べ、ますますもってわけの判らないゴタクを並べていたのは、横綱審議委員会委員・内館牧子。秋場所後に行なわれた同委員会後、朝青龍のガッツポーズに関する記者の質問に応えた彼女の発言をテレビ・ニュースから引けば――

「非常に残念である。盛り上がったところに水を差した」
「わたしは個人的には絶対いけないと思ってます」
「負けた相手を目の前にして飛び上がって喜んだりガッツポーズをするというのが、いかに人としてみっともなくて、なおかつアスリートとしても恥ずべきことか」
「いっつも反省してる人だから、やっぱり狼少年と一緒でね、これ」
「心技体が揃ったお相撲さんが本来優勝賜杯を受け取るものだと思います」
「何度も何度も反省するっていうことも含めて、決して心《しん》が充実している力士ではない」
「技っていうのも磨かれてはいない」
「体もやっぱり稽古総見なんかで見ると白くてプヨプヨしてるっていうのがある」
「それで優勝しちゃったってことをどう捉えるかっていったら、こりゃマグレですよ」

 ――言うにこと欠いて、本場所の優勝を「マグレ」とは……。百歩譲って内館の見解を認めるとしても、それなら、そういう朝青龍に敗れてしまった――白鵬以下――他の力士のほうが一層責められるべき話だろう。まあ、その内館も「常に辛口な同委員も来年1月で任期終了。『朝青龍の方が早く引退すると思ってたけど、私の方が先に引退しちゃうわ』と苦笑した」(9月29日付『日刊スポーツ』)そうである。今から何年かが経った時、朝青龍の名はどう転んでも大相撲の歴史に刻まれているに違いないけれど、彼を咎めつづけた口うるさい内館という人物の存在を果たしてどれほどの人々がなお記憶に留めているであろうか。
(2009.10.6)