今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

新型インフルエンザ──舛添厚労相が、記者会見でハシャぐ前にすべきこと

大西 赤人       



 つい一ヵ月半ばかり前には、桜の花とどちらが先に散るだろうかとさえ見られていた麻生政権だが、民主党・小沢代表を巡る疑惑騒動に続き、北朝鮮“ミサイル”騒動、新型インフルエンザ騒動とあれやこれやの言わば“神風”(?)が連続して、内閣支持率はなにがなし回復傾向。衆議院解散は完全に先送りされ、選挙は7月以降、場合によっては9月の任期満了間際までズレ込むとの見方が強まりつつある。少なくとも、年来危惧されてきたパンデミックが起きたとなれば、それは人類全体の存亡にも関わりかねない深刻な事態であるから、一国《いっこく》における景気がどうの失業がどうのというような問題は、当面吹き飛んでしまっても仕方がないとも言える。

 メキシコに端を発し、豚インフルエンザ、弱毒性インフルエンザ、低病原性インフルエンザ……色々な呼び名が飛び交った新型インフルエンザは、日本においてはあたかも狼少年のごとく「疑い例」が何度も叫ばれた末、とうとう米国から帰国した高校教諭、生徒3人の感染が成田空港入国時の検疫で見つかり、続いて同行生徒1名の感染も確認された。言うまでもなくパンデミックは恐い出来事だが、そもそも感染症とは中世のペスト以来変わることなく、人々の行き来によって拡散するものである。現代のように世界規模での移動が安易かつ頻繁に行なわれているからには、それこそ徹底的な“鎖国”でも行なわない限り、完全な遮断は不可能と思われる。島国という特性を持つ日本は、今回もお得意の「水際対策」なり「水際作戦」なりを標榜しつづけているわけだが、政府にとってのパフォーマンスとしての意味合いはともかく、実効面では根本的に限界がある。検疫といっても病原体(ウィルス)の感染を即座に確認可能なわけではなく、所詮は問診票や発熱センサーによる一次的チェック。一定の潜伏期間が存在する以上、特に母数が増えれば、その網の目を通過する感染者は確実に出てくると考えるほうが自然だ。

「【ジュネーブ澤田克己】世界保健機関(WHO)のブリアン・インフルエンザ対策部長代理は8日、『(新型インフルエンザの)感染が広がっても、軽症患者ばかりが確認されるようなら、対策を現実に合わせていかなければならない』と述べた。メキシコ以外でほとんど死者が出ていないことなどから、過剰反応しないよう各国に求めたとみられる。
 同氏はまた、『ウイルスの早期封じ込め』は特定の小集落で発生した場合のシナリオで、ウイルスが各国に広がった現状は想定外と指摘。空港での検疫強化による『水際作戦』では、症状が表れる前の潜伏期の感染者を見逃す恐れがあるうえ、『長期にわたって体制を維持するのは難しい』との見解を示した」(9日付『毎日新聞』)

「シルビ・ブリアン・インフルエンザ対策部長代理は8日、空港での水際対策の限界を指摘。軽症者がほとんどという『実態』に『対策』を合わせるべきだと述べ、『封じ込め』より感染の早期発見、早期治療の方が重要になるとの見解を示した」(10日付『読売オンライン』)

 このコメントは日本での発見に先立つものであろうが、現実問題、今回の感染者が乗っていた航空機の乗客に関しても、本来ならば検疫法に基づき停留を求めるべき「濃厚接触者」12名が“すり抜け”た。

「新型インフルエンザ対策で、厚生労働省は10日夜、感染が確認された高校生らが搭乗したノースウエスト航空25便の乗客のうち、宿泊施設に足止めとなる対象だったのに入国した12人に対し、外出の自粛を強く求めることを決めた。
 18日まで学校や職場に行かないよう自治体を通じて連絡した」(11日付『日経ネット』)

 しかし、その他にも、観光目的で来日した米国人大学生4人に対しても外出自粛を求めており、このような法的根拠のない要請の拘束力にも限界があるだろう。また、中国で初めて確認された感染者は、米国から成田経由の便で帰国した乗客と報じられた。当該旅客機に乗り合わせ、症状のないまま日本で降りた乗客については、当然、検疫の対象となっているはずがない。これらの人々についても目下は外出自粛の要請や健康観察が行なわれているけれども、今後、仮に同じようなケースが増えた場合、どこまで厳密な追跡を続け得るものかとなれば疑問である。

「新型インフルエンザの感染患者が国内で確認されたのを受けて、国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長は9日、厚生労働省で記者会見し、『これ以上、水際対策を強化するのは現実的でない』と訴えた。
 世界中に感染が広がるなか、国内へのウイルス侵入は防げないとの見通しを示したうえで、『水際対策から国内対策へ切り替え、検疫に集中させている医師らを医療現場に戻すことを考える時期に来ている』と指摘。自らも委員に加わる政府の専門家諮問委員会の総意と強調した」(『10日付『読売オンライン』)

 先にも書いたように「水際対策」あるいは「水際作戦」とは、ギリギリの場面で踏ん張るという日本人のメンタリティーに適した(?)手段らしい――無関係ながら、生活保護申請を窓口である福祉事務所で阻止する自治体の違法な対応も「水際作戦」と呼ばれたそうな――けれども、次のようなニュースはむしろ滑稽でさえある。

「新型インフルエンザに対する企業の予防意識が高まる中、NECは東京・三田の本社で熱のある人を水際で検知しようと、赤外線カメラを使った社員の発熱チェックを行っている。
 昨年12月から本社入り口の受付に出勤社員を映すカメラを設置。モニター画面に設定温度(現在は35度)以上の部分が赤く表示され、さらに高熱を感知した場合は警告が出る仕組みだ」(11日付『読売オンライン』)

 本社ビルの入り口を指して、何が「水際」なのやら?

 「パンデミック」「新型」「フェーズ5」と騒がれているものの、実は今般の新型インフルエンザは、圧倒的に危険な性質ではないように見える。全世界における死者は累計で50名を超えたけれど、従来の――毎年の季節性――インフルエンザであっても、日本だけで多ければ年間1万人以上が死亡しているという。

「世界中で感染拡大が判明する豚インフルエンザへの警戒が強まる中、米国では冬季に流行する通常の季節性インフルエンザでも年間3万6000人が死亡している実態を認識するべきだと、専門家が呼び掛けている。
 ニューヨーク市ブロンクスにあるモンテフィオーレ医療センターのブライアン・キュリー博士によると、米国では毎年平均して約3万6000人が、通常のインフルエンザにより死亡。全世界ではその数は、推定で25─50万人に達するという。(略)
 米疾病対策センター(CDC)の統計によると、通常のインフルエンザから引き起こされた合併症などによる死者は今年1月からだけで、1万3000人を超えている。また、1月1日から4月18日までの統計では、インフルエンザ関連の死者数が800人を下回った週はない」(4月30日付『CNNジャパン』)

 ここで、いささか乱暴な話をするならば……。鳥インフルエンザが発生すると、実際に病気にかかっていようといまいと、危険性があるというだけで、多くの鶏が処理される。馬にしても、重病である伝貧(馬伝染性貧血)にかかった馬は、家畜伝染病予防法に基づいて即座に殺処分となる。今回の新型インフルエンザに関しても、WHOは豚肉が感染源となることはないと明言しているにもかかわらず、エジプトでは「国内で飼育されている約35万頭の豚の全頭処分に着手した」(11日付『アサヒ・コム』)そうだ(その背景には、豚を「不浄の動物」とみなす多数派のイスラム教徒と、養豚に携わるキリスト教系コプト教徒との宗教的軋轢《あつれき》も介在するという)。相手が動物なら、このような根こそぎの対策が行なわれるわけだが、常識の範囲での人間社会においては、そんな事はあり得ない。たしかにあり得ないけれども、問題は、その疾病《しっぺい》に向き合う人々の心性だ。もちろん“人から人に病気がうつる”状況を冷静に捉えることは容易でないとはいえ、病原体に感染したというだけで、その人間を自分たちにとって危険な言わば異次元の存在として位置づけるようならば、その本音は、出来ることなら相手を抹消・抹殺してでも自らの安全を維持したいと願うところに近づきかねない。

 たとえば、最初の「疑い例」とされた男子高校生が通っていた高校、感染が確定した教員、生徒が通っていた高校に対しては、多くの非難、誹謗中傷が寄せられたらしい。しかし、新型インフルエンザのごとき感染症は日常生活の中で誰しもに降りかかり得る疾病なのだから、そのような態度は、立場が逆転する可能性を考えるならば、“天に唾する”ないしは“人を呪わば穴二つ”とでも表すべきものであろう。

 新型インフルエンザ騒ぎの少し前、女性漫才コンビ「ハリセンボン」の一員・箕輪はるかの結核感染がセンセーショナルに報じられた。結核は鳥インフルエンザなどと並んで感染症予防法に定められた二類感染症の一つであるから、患者または感染者を診断した医師は、ただちにその者の氏名、年齢、性別その他を最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出なければならない。しかし、当然の事ながら、それら個人情報が世間一般に向けて公開されるはずなどない。ところが、箕輪の場合、一部スポーツ新聞などは、一面を全部潰して個人名を大々的に報じ、「結核はるか」(4月7日付『日刊スポーツ』)などと書き立てた(本欄でも個人名を明記したくはないくらいの気持ちなのだが、所属事務所・吉本興業が公表した事実関係なので、ひとまず踏襲する)。

 「有名人にはプライバシーがない」という考え方もあり、もしも隠密裏に対処していたら、後日何かの拍子に明らかになり、もっと叩かれる危険性も想定されるので、人気商売の立場としていささかやむを得ない特殊性は伴う。それにしても、以前にSARSを発症した外国人観光客について“国内での足取りを追う”という雰囲気があったように、これでは、感染症予防法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の「前文」に謳《うた》われている「感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応する」などは、全くの空証文《そらしょうもん》である。

 実際、「出演テレビ局が共演者洗い出し急ぐ」、「ある局では当初は静観の構えだったが、東京都が調査に乗り出すなど事態が深刻なことを知ると、局内が騒然となった」、「所属する吉本興業から詳しい連絡や記者会見などで説明されないことに憤る関係者もいた」(同前)というような書き方は、ほとんど箕輪を犯罪者扱いするにも等しいものだった。当時、コンビの相方・近藤春菜のブログには、実際に結核を患った(患っている)人を含めて多くの書き込みがされており、報道のあり方に対する批判や今後(回復後)に続く世間の差別的反応への危惧が示されていた。

 一定の公衆衛生対策は必要としても、「たまたまライブ会場にいただけというような希薄な接触しかしていない観客らに、当該患者から結核が感染するとは、到底、考えられません」(某医療関係メーリングリストで見かけた専門家の言葉)というような客観的な見方が付随していれば自ずと状況も違っていただろう。しかし、「ライブなんかで、密閉した空間の中で飛散したものの中に入っていますと、これは感染している可能性があるので、検査はやっていただきたいと思いますので」(同前『FNNニュース』)、「治療薬もあるのであまりパニックになる必要はないが、熱やせきが長く続くのであれば一日も早く医者にかかってもらいたい」(同前『産経ニュース』)というような舛添要一厚労相のコメントは、むしろ危機感を高めたし、ましてや「肺結核は空気感染の可能性がある。芸能人はファンとの接触も多く、幅広い感染が考えられるため」(同前『毎日新聞』)臨時相談電話を設けたとする東京都福祉保健局の言い方は大いに不安を煽るものだった。その結果、「7日、電話相談窓口を設けた東京都福祉保健局には問い合わせが殺到した。その数、520件。感染が明らかになった前日と合わせると677件にも上り、改めて“パニック”の大きさを浮き彫りにした」(8日付『産経ニュース』)という状況を生み出した。

 この東京都福祉保健局の手法は、極めて胡散臭いものに見える。当初、同保健局のサイトに掲載された「芸能人の肺結核の発生に伴う接触者調査、健康診断および健康相談の実施について」なる報道発表資料は、「平成21年4月3日に、都内の総合病院で受診した29歳女性が肺結核と診断され、入院しました。患者は全国のテレビ局などで芸能活動を行っていたことが判明し、東京都は、感染拡大の防止のために、関係自治体と連携して、接触者調査および健康診断を実施することとしましたのでお知らせします」としており、箕輪の個人名を明記していなかった。だが、併せて「テレビ局のスタジオや劇場などでの感染が心配な方は、東京都電話相談窓口もしくは最寄の保健所にご相談下さい」としており、しかし、当の「29歳女性」芸能人が誰なのか判らなければ、心配のしようがないことになってしまう。つまり、さすがに保健局としては人権尊重の建前から個人名は明かさない(明かせない)けれど、所属事務所の公表を期待(?)し、加えて、その後はメディアが騒いで話を広めてくれると考えていたとしか思えず、また、メディアもそれに無批判に乗っかったとの印象だった。このようなやり方には、ちょうど北朝鮮“ミサイル”騒ぎと一種共通する曖昧不確実な危機感を作り出すことによる国民感情の醸成があったように思う。

 今回の新型インフルエンザに関しても似たような光景が繰り返されていた。

「午前1時30分すぎ、東京・霞が関の厚労省で緊急に記者会見した舛添厚労相は硬い表情で切り出した。(略)
『まだ新型、クロと判明したわけではない』『ぜひ正確な状況を把握し、落ち着いて行動して』と呼びかけ、『早期に治療すれば治る』と強調した」(1日付『アサヒ・コム』)

「舛添要一厚労相が一日未明、記者会見。男子高校生について『横浜市で実施した遺伝子を調べるPCR検査で、いったんは「クロ」だったが、その後、解析不能だったとの報告を受けた。再度調べたい』と述べ、国立感染症研究所での精密検査の結果を待つ意向を示した」(同前『共同通信』)。

 厚生行政のトップとして世論を導くべき主体たる大臣が、相も変わらずの「クロ」を連発するとは!? 記者会見でハシャぐ前に、感染症予防法の「前文」にある別の文言――「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め」でも読み直しておいたらよかろうと思う。
(2009.5.13)