今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

ザ・ジャガーズのボーカル岡本信とタレント清水由貴子の死

大西 赤人       



 だんだん年齢を重ねて行くと、誰しも、人の死と遭遇する機会が必然的に増えてくる。もちろん身近な家族、友人を喪うことは大きな痛手だけれど、たとえ直接の面識は全くなくとも、昔から親しんでいた有名人の死を知った時には、自ずから異なる感慨を催すものだ。

「『君に会いたい』『キサナドゥーの伝説』などのヒットで1960年代のGSブームを支えたザ・ジャガーズのボーカル、岡本信(おかもと・しん)さんが、都内の自宅マンションの風呂場で変死していたことが19日、分かった。59歳だった」(20日付『サンスポ・コム』)

「グループサウンズ全盛期に『ザ・ジャガーズ』のボーカルとして活躍した岡本信さん(59)が19日、東京都北区西ケ原の自宅マンションの浴槽で死亡しているのが見つかった。目立った外傷はなく、警視庁滝野川署は事件性はないとみているが、詳しい死因を調べている」(同前『時事通信』)

 これまでにも僕は、本欄でグループ・サウンズ(GS)に関連して何度か書いてきた。(コラム40)(コラム88)(コラム260

 数あるGSの中でも、ザ・ジャガーズは僕の記憶に深く刻まれた存在だった。ミリオン・ヒットとなった1967年6月のデビュー曲『君に会いたい』(作詞・作曲=清川正一)は、ストレートな歌詞と幾らかエスニックなギターの音が印象的な最大のヒット曲。しかし、それ以外にも、デイブ・ディ・グループをカバーした『キサナドゥの伝説』は素敵だったし、アッという間にGSブーム全般が下降線を辿る中で路線を模索したのであろう――彼ら自身にとっては、あるいは不本意だったかもしれない――作詞・橋本淳、作曲・筒美京平という黄金コンビによる幾分ムード歌謡風の『マドモアゼル・ブルース』や『恋人たちにブルースを』も、当時ちょうど小学生から中学生への過渡期にあった僕に強い印象を残した。特にボーカルの岡本は甘い歌声とともに、マスクもハーフかと思わせるような彫りの深い二枚目で、クラスで後ろの席だった大人びた雰囲気の女生徒・Kさんが、手帳のポケットに彼の顔写真(雑誌の切り抜き?)を入れているのを見かけたことなどが今でも思い出される。言うまでもなく岡本は人気者だったけれど、ジュリーだのショーケンだのとは趣《おもむき》が違い、“彼女らしいな”と独り納得したりしていたものだ(そのKさんも、先年、若くして亡くなったが……)。

 2000年に他界したブルーコメッツの井上大輔(旧名・忠夫、58歳)は自殺だったから特別としても、2006年にザ・カーナビーツのアイ高野(55歳)、2007年にモップスの鈴木ヒロミツ(60歳)、2008年にザ・ゴールデンカップスのデイヴ平尾(63歳)、そして今年も、ザ・テンプターズやPYGの大口広司(58歳)、今回の岡本と、GS時代の立役者たちが早々にこの世を去りつつある。岡本の最後のテレビ出演は先頃――2月末に放送された『BS永遠の音楽大全集 〜グループサウンズ大全集〜』(NHK-BS)だったそうで、これは僕も眼にしていた。GSの場合――いつもいつも“主《ぬし》”のごとく登場するザ・ワイルド・ワンズも居るものの――オリジナル・メンバーが揃って登場する例はそもそも多くない。とはいえ、特にデイヴを喪ったザ・ゴールデンカップスには、文字通り穴が開いたような寂しさがあった。こういう機会には、岡本もザ・ジャガーズを名乗りつつ独りで登場することが多かったと思うけれど、残念ながらこれで、ザ・ジャガーズの残光を見ることも出来なくなってしまうのだろうか。

 岡本信の死に続き、より悲惨なニュースが報じられた。

「21日午後1時35分ごろ、静岡県小山町大御神の冨士霊園で、女性が倒れて死亡しているのを職員が見つけ119番した。県警によると、女性はタレントの清水由貴子さん(49)=東京都武蔵野市=で硫化水素による自殺を図ったとみられる。そばに母親とみられる車いすのお年寄りがおり、病院に運ばれたが、命に別条はないという」(21日付『共同通信』)

「静岡県の霊園で21日に亡くなっているのが見つかった清水由貴子さん(49)は、歌手や女優時代そのままに周囲に明るさを振りまく一方、妹とともに80代の母親の介護を続けていた。なぜ自ら命を絶ったのか。彼女を知る介護関係者は『自分を追い込んでしまったのでは』と悔やむ。
 静岡県警によると、清水さんは冨士霊園にある父親の墓石の前で黒色のポリ袋に頭を入れるような形で倒れていた。近くには、A4判2枚で『消防に通報してください。ご迷惑をおかけします』などと書かれたメモがあった。(略)
 幼いころに父を亡くし、母親に育てられた。生活保護を受ける苦しい暮らしから一転、76年にテレビの『スター誕生!』でグランドチャンピオンになり、芸能界デビューした。
 母親は、認知症や糖尿病で視力も次第に低下。武蔵野市によると、昨年夏に転倒して肋骨(ろっこつ)が折れ、要介護度は比較的軽い『要支援2』から最も重い『要介護5』となった」(23日付『アサヒ・コム』)

 1977年に『お元気ですか』でデビューした清水由貴子は、「同期の榊原郁恵、高田みずえとともに『フレッシュ三人娘』」と呼ばれる」(ウィキペディア)――そのキャッチ・フレーズ自体はさほど定着してはいなかったようにも思うが――とされているように、女性アイドル歌手の系譜において、小柳ルミ子・天池真理・南沙織、森昌子・桜田淳子・山口百恵に続く世代の一人。この年の新人に関しては、二番手集団だった荒木由美子を買っていた僕にとって、清水に対する個人的な思い入れは強くない。ただ、彼女がスカウトされた時期の『スター誕生!』はよく見ていたので、記憶は鮮明である。訃報に添えられた写真はわざとのように白黒で古めかしく――むしろブサイクにさえ見える――ものが多かったけれど、当時の彼女は、タレ目が特徴的な可愛らしい女の子だった。歌手活動を早々に切り上げてからの清水は、萩本欽一が育てた“欽ちゃんファミリー”の一員的存在となって活躍していたわけだが、少女時代の苦労や、芸能生活を断念するほどだった近年の苦労については全く知らなかった。

 親の介護に疲れきったためと見られる今回の自殺は、現代日本を象徴する歪《ひずみ》として多くの人々に衝撃を与えたようだ。しばらく前、テレビのクイズ番組を見ていたら、“日本で、90歳以上まで生きる女性の割合は10%以上か、以下か”という問題が出て、幾ら長寿国といっても10%はどうかなあ、ギリギリ届くくらいなのかなあと思っていたら、何と50%に近いという答に自分の無知を棚に上げて驚かされた。つい先頃、家でも話題にしたばかりなのだが、このところ車で街を走っていると、明らかに親と思われる高齢者を車椅子に乗せて押しながら歩いている人の姿を折々見かけ、しかも、その押している主のほうも相当な白髪というような光景が少しも珍しくない。自らが人の世話を受けたいかもしれないほどの年齢にさしかかっているのに、なお老いた親の介護を続ける――その内心の想いを安易に推し測るとしたらかえって非礼に当たるだろうけれど、少なくとも物理的にも精神的にも著しい負担であることは確実だろう。古来、人が最も望み、かつその実現として喜ばしい出来事であるはずの長寿が、逆に大きな苦難となってしまうとしたら、本末顛倒も甚だしい。

 考えてみれば、岡本信もまた、近年において象徴的な「孤独死」の典型的一例ということになる。岡本にしても清水にしても、華やかな背景を持つ芸能人だからこそメディアや世間をここまで賑わせたけれども、同様のケース――あるいは、寸前のケース――は、あえて言えばあちらでもこちらでも起きているのだろう。過去の実績ゆえにその最期が一種の徒花《あだばな》となって人口に膾炙《かいしゃ》したことは、もちろん彼や彼女にとって本当は何とも不幸な結末だったに違いない。しかし、深夜の東京だからたしかに近所迷惑とはいえ、つまるところ飲み過ぎて独りで騒いでいたというだけの草g剛が――明らかに人気タレントであったがゆえに――“容疑者”として逮捕・留置・家宅捜索・身柄送検されるという異様な成り行きを全く無批判に拡大しつつ報じるメディアや、(公務にあった同僚大臣が先日さらした酔態は忘れてしまったのか)今回の草gを「最低の人間」呼ばわりする政治家は、どうせならば岡本や清水の死についてこそ、それだけの熱意と時間をかけて分析・検討したらよかろう。そのほうが、まだしも日本社会にとって有益となり、岡本や清水の不幸を幾分なりとも埋め合わせるものであろうと思う。
(2009.4.26)