今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

小室哲哉に対する“社会的制裁”と、錯覚にも等しい特定の印象を与える「書類送検」という用語

大西 赤人       



 小室哲哉は、今、どんな気持ちでいるのだろう? 音楽著作権の譲渡を個人投資家に持ちかけ、5億円をだまし取ったという詐欺容疑で彼(をはじめとする三人)が大阪地検特捜部に逮捕されたのは、11月4日朝のことだった。あの日、僕はいつものごとく深夜のネット・サーフィンをしていたのだが、午前5時頃、「小室哲哉・音楽プロデューサーをきょう逮捕へ」(11月4日付『産経ニュース』)などの一報が眼に飛び込んできた。『へえ、何事だ?』と続報を追っているうち、たちまち各サイトには「小室氏『時代の寵児』転落の軌跡」(同前)、「『90年代の顔』転落、著作権にすがる 小室容疑者逮捕」(同日付『アサヒ・コム』)、「『小室旋風』消え転落…派手な生活、金銭問題続々」(同日付『読売オンライン』)という具合にお定まりの“堕ちた偶像”的切り口による続報が溢れはじめた。当日朝の新聞にも軒並み詳報が掲載されていて、その迅速さ(手回しの良さ?)に驚かされたが、前日の時点で逮捕状は取られていたようだし、小室については以前から金銭面的トラブルの存在が頻《しき》りに囁かれていたので、実際には、記事が作られる時間的余裕は十分だったのだろう。即ち、逮捕イコール転落の確定であり、断罪が始まる。そこには、「無罪推定の原則」などカケラもない。

 その後、小室は11月21日に保釈金3000万円で保釈となり、目下、来年1月21日の初公判を待っている。当初から罪を認めていたと伝えられ、保釈時にも自らを「裸の王様」と振り返ったと報じられるものの、逮捕されたとはいえ裁判とて始まっていない――当然、有罪か無罪かも決まっていない――時点で、まさに「水に落ちた犬は叩け」とばかりのバッシングぶりには、何とも異様なものを感じた。とりわけ、大阪地検に向かう彼の――シミが浮き、染めた髪までが痛々しい若作りに映る――顔写真などは、ある意味カメラマンとしては絶好のシャッター・チャンスだったとしても、ここまでするのかという印象。次のような記事も、ことさら作為的なものと感じられた。

「『DJ(ディスクジョッキー)をさせてくれないか』。今年の初夏、大阪・ミナミのクラブに小室容疑者は関係者を通じ、こう売り込んできた。人気DJなら1晩で100万円以上を稼ぐが、小室容疑者側は『20万〜30万円で大丈夫』と答えたという。その後、連絡がなく出演は実現しなかったが、このクラブ側は『落ちぶれようはひどいと思った。最近はヒット曲もなく、20代半ばまでが客層の店では小室さんを知っている人もあまりいない』と話す」
(11月4日付『アサヒ・コム』)

 話し手側の迎合なのか、聞き手側の無頓着なツッコミ不足なのか、幾ら「20代半ばまでが客層の店」とはいえ、基本的に音楽を好む人間が集うはずのクラブであることを思えば、小室を知る者が「あまりいない」とは到底信じがたい。

 そして、小室が作った楽曲の扱いについても、賛否両論を呼ぶ対応が採られた。

「音楽プロデューサーの小室哲哉容疑者が四日、著作権譲渡を巡る詐欺容疑で逮捕された問題でエイベックス・グループ・ホールディングスは小室容疑者がメンバーのグループ『globe』の新曲CD発売を中止すると発表した。ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)も小室容疑者が所属していた『TMネットワーク』の過去シングルを集めたベスト盤の発売を中止した。
 エイベックスが販売を中止するのは十一月二十六日発売の『Get Wild』と十二月十七日発売の『Self Control』。Globeの音楽配信も全曲停止した。他のアーティストに提供した作品など、過去に小室容疑者がかかわった楽曲については、現在の活動とは無関係なことから販売を継続する」(11月5日付『日経ネット』)

「『ニッポン放送』などのラジオ局が、詐欺容疑で逮捕された音楽プロデューサー・小室哲哉容疑者(49)の楽曲を放送で使用しない方針を打ち出していることが6日にわかった。
(中略)ニッポン放送は『小室容疑者本人がメンバーとして参加していた曲は自粛。プロデュースした曲については、放送しないようにしている』とコメント。リスナーからのリクエストを受け付ける『USEN』は「globe」と「TM NETWORK」の曲はリクエストを受けても曲はかけない。今後は、状況がはっきりするまで自粛する』と、それぞれ小室容疑者がかかわる楽曲の放送自粛を決めた。
 また、『TBSラジオ』『TFM』なども『取り扱いについて注意を払い、今後については協議中』とコメントしている」(11月7日付『日テレニュース』)

 犯罪が注目を集め、それが話題になることによって、罪を犯したと目される者への利益(印税)が増すとするならば、たしかに矛盾ではある。しかし、新作発売をとりあえず中止するくらいはまだしも、逮捕されたに過ぎない時点で、過去の作品に関してまで放送を“自粛”する対応は度が過ぎている。それに、「他のアーティストに提供した作品など」は構わないというのも、実に中途半端だ。もしも三島由紀夫の自衛隊突入事件が今起きたとしたら、『金閣寺』や『仮面の告白』を書店から引き上げ、図書館でも貸し出し自粛とするのだろうか?

 こうして、小室哲哉に対する“社会的制裁”は、既に彼の容疑者段階において相当程度完了しているに等しい。結果、この種の著名な人物が被告となって引き続いて行なわれる裁判においては、たとえ有罪であろうとも、言わば“社会的制裁”分が考慮された判決――具体的には刑罰の軽減や執行猶予――が下される例も少なくない。著名な人物の犯罪容疑を大々的に採り上げる傾向は、多くの人々が抱くそれまでの憧憬《しょうけい》の反動としての加虐趣味的嗜好《しこう》を満たす上、警察や検察の存在意義、権威・権力を示するものとしても作用する。同様の傾向は、容疑者の身分に一定のキーワード――たとえば“東大”“NHK”“朝日新聞”“医師”“公務員”“教師”等々――が付随する場合にも多かれ少なかれ見受けられる。

 人々に対して錯覚にも等しい特定の印象を与える重要な用語としては、「書類送検」(口語的には「書類を××検察庁に送った」)がある。この言葉は、辞書では次のように述べられている。
「犯罪容疑者の身柄を拘束することなく、事件に関する調書だけを検察庁に送ること」(『大辞泉』)
「被疑者の身柄を拘留することなく、起訴の当否の判断材料とするため、被疑者の取り調べ調書などを警察から所轄検察庁へ送付すること」(『大辞林』)

 また、『ウィキペディア』では、こう説明される。
「書類送検とは、検察官送致の一種で、被疑者の逮捕・勾留の必要がない事件や、被疑者が送検以前に死亡した事件、公訴時効が成立した事件の被疑者が判明した場合などで行われる。『送検』や『書類送検』という言葉は、マスメディアで多く使用される用語であり、訴訟法や実務上は使用されない。
 なお、検察官送致とは、司法警察員が、逮捕された被疑者、書類および証拠物、事件を検察官に送る手続をいう(刑事訴訟法第246条本文)。一般に、司法警察員が被疑者を逮捕しない場合の送致を書類送検、逮捕した場合の送致を身柄送検(みがらそうけん)と言うこともある。
 原則として、司法警察員が犯罪の捜査をしたときは、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない(刑事訴訟法246条本文)。ただし、検察官が指定した事件については例外的に送致しなくともよいと定められている(微罪処分、同条但し書)」

 要するに、大雑把に言うと、警察は捜査した事件については法律の定めとして検察庁へ報告しなければならない。しかし、そもそも微罪であれば、起訴→裁判という過程を採らないので警察段階で終了。事件が検察庁へ送致される場合であっても、被疑者に逃亡や証拠隠滅の惧《おそ》れがなければ、単に書類や証拠物だけを検察庁に送る。その惧れがある場合に限り、勾留《こうりゅう》のため身柄ごと検察庁に送るということになる(ただし、保釈される場合もある)。つまり、いわゆる「書類送検」とは、それによって検察庁で被疑者が起訴されるかどうかは不明だし、ましてや有罪かどうかなど全く判らないわけだ。ところが、特にメディアによって選ばれる「書類送検」という用語は、しばしば、あたかも被疑者のいかがわしさ、後ろ暗さ――起訴→有罪へと進む高い確率――が前提となっているかのように用いられる。そんな最近の実例を幾つか以下に記す。

「歌手の城之内早苗(本名・木村早苗)さん(40)が6日、東京都港区で乗用車を運転中に人身事故を起こし、自転車の女性に重傷を負わせていたことが分かった。警視庁麻布署は、自動車運転過失傷害容疑で近く城之内さんを書類送検する方針」(11月11日付『毎日新聞』)

「警視庁品川署は14日、知人の女性を殴ってけがをさせたとして、傷害の疑いで、プロ野球埼玉西武ライオンズの大久保博元・打撃コーチ(41)を書類送検した」(同14日付『産経ニュース』)

「神奈川県茅ケ崎市立病院で心臓カテーテル検査を受けた患者5人がC型肝炎を発症した問題で、県警捜査1課は8日、器具などの使い回しで感染したとして、業務上過失傷害容疑で、循環器内科部長の男性医師(50)=神奈川県藤沢市=や臨床工学技士(41)=横浜市栄区=ら4人を書類送検した」(12月8日付『産経ニュース』)

「警視庁渋谷署は10日までに、衣料品店で万引きしたとして、NHKの今井彰エグゼクティブプロデューサー(52)を窃盗容疑で書類送検した。
 今井プロデューサーはこれまでの日本経済新聞の取材に『気分が悪くなり外に出たが、支払いの意思はあり、万引きではない』と話している」(同10日付『日経ネット』)

「東京都渋谷区の女性専用温泉『シエスパ』で昨年6月、従業員ら8人が死傷した爆発事故で、警視庁捜査1課は12日、設計・施工を受注した大手ゼネコン『大成建設』(新宿区)の設計本部設備グループのプロジェクトリーダー(50)=世田谷区=と、施設を所有する『ユニマット不動産』(港区)の役員(46)=中野区▽管理マネジャーの社員(41)=神奈川県相模原市=の計3人を業務上過失致死傷容疑で書類送検した」(同12日付『毎日新聞』)

「東京都杉並区の区立第十小学校で六月、六年生の中村京誠(きよまさ)君(12)が屋上の天窓から転落して死亡した事故で、警視庁捜査一課と杉並署は十七日、業務上過失致死の疑いで、同校の男性校長(55)と生徒を引率した女性教諭(49)を書類送検した。同課などは二人が安全管理に十分注意しなかったことが事故を引き起こした原因と判断した」(同17日付『東京新聞』)

 これらの中には、被疑者が容疑を認めているものも認めていないものもある。しかし、いずれにしても「書類送検」は警察の義務として行なわれる手順に過ぎず、起訴にも公判にも到っていない時点であるのに、この言葉によって早くも被疑者には濃厚な一定の色彩が付与されていはしないだろうか。報道を見聞きする側として、慎重に留意すべき点であると思う。
(2008.12.31)