今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

“百年に一度の金融危機”のなか、働く者、弱き者のためにあるべき日本共産党に、頑張れとの想いも小さくはない。しかし、そこには大きな違和感と隔世の感がある

大西 赤人       



 以前にも触れた僕の初めて書いた朗読劇『かなしい日の丸〜加納家の食卓(二〇〇七年七月二十八日夜)』(colum363.htm)が、今月の6日と10日に『憲法寄席』創作集団の出し物として相次いで上演された。6月の初演時とは、五人中三人の出演者が入れ替わっていたのだが、全般にこなれてきて、幸い観客の反応・感想も――もちろん賛否あるとはいえ――概ね好意的なものが多かった。今回、本サイトに同作の脚本を別途アップしたので、御一読を願いたい。家庭でのひとときを切り取った極めて日常的なドラマであり、もしも自分たちで実際に演じてみたいという方がいらっしゃったら、ぜひ自由に試みていただきたいと思う(なお、事前に上演の日時、場所などのみ、御一報のほどを)。また、各種の集会、催しや学園祭などで、『憲法寄席』公演を希望される場合には、メールにてお問い合わせ下さい。『憲法寄席』創作集団に連絡の上、演目(朗読劇、歌、落語、講談、他)などの条件を御相談します。

 さて、麻生首相自ら“百年に一度の金融危機”と口にする世界的な混乱の中、とりわけ米国では、世界に名を轟かせる大企業までもがバタバタと倒産あるいはそれと紙一重の経営危機に陥っている。そんな米国に較べれば、遠からぬ過去にバブル崩壊を経験したばかりだった日本は、不幸中の幸いと評すべきか、未だ壊滅的な状況には到っていないようにも見える。とはいえ、もちろん、あの向かうところ敵なし状態だったトヨタ自動車でさえ、「トヨタ自動車は09年3月期の業績予想を、『トヨタ・ショック』と呼ばれた11月の修正で示した数値から、さらに下方修正する。本業のもうけを示す連結決算の営業損益は、下期(10月〜09年3月)は赤字となり、通期では黒字を確保しても前期比で8割以上減る模様だ」「下期の赤字幅は為替がこのまま大幅な円安にならないと1千億円以上になり、再修正後の連結の営業利益は最大でも4200億円程度にとどまり、前期実績(2兆2703億円)に比べて8割以上の大幅な減益になる。トヨタの半期ベースの決算が赤字になるのは99年に米国会計基準を導入して以来初めて」「トヨタの連結営業利益は、海外での販売が多い関係で、円高が1円進むと、対ドルで400億円、対ユーロで60億円も減少する」(13日付『アサヒ・コム』)という有様。しばらく前、ネット上で見かけたトヨタ系列の会社で働いているらしい人のブログには、次のような書き込みがあった。

「暗い話題で申し訳ないが、トヨタショックを諸に受けてます。残業無しの状態が続きそう。仕方のないことだが…。うちの会社でも派遣社員のリストラが始まりました。今月で解雇になる派遣社員は主に外国人労働者。もう通達があり、仕事がないので一日中掃除してます」

 一方、一時期の不振から勢いを取り戻しかけていたソニーも「二〇〇九年度末までにエレクトロニクス事業の正規社員十六万人の5%に当たる約八千人を、日本の本社を含む全世界で削減すると発表した。同時に派遣や請負社員ら非正規社員も全世界を対象に八千人以上減らす計画で、計一万六千人以上が職を失うことになる」(10日付『東京新聞』)という厳しい状況。既に子会社では、派遣社員を巡って紛糾の兆しが見えはじめている。

「ソニーの子会社の半導体メーカー『ソニーセミコンダクタ九州』(SCK)に契約更新を拒否された派遣労働者5人が『実質は労使関係があったのに、契約終了時に更新を求めた団交にSCKが応じなかったのは不当労働行為に当たる』として、職場復帰などを求めて県労働委員会に救済措置を申し立てた。
 連合熊本によると、5人は20〜30代の男性で、長崎市の業者に派遣され、SCKの熊本テクノロジーセンター(熊本県菊陽町)に勤務していた。11月『偽装請負状態で働いていた』とする5人の訴えの一部を熊本労働局が認め、SCKに是正報告を指導した。5人の契約は11月25日で終了し更新されず、SCK側は団交に応じなかった。5人は『労働局への訴えに対する報復の意味もあるのではないか』などとしている」(12日付『産経ニュース』)。

 トヨタやソニーでさえこんな調子なのだから、もっと規模の小さい企業は推して知るべし。派遣切り、内定取り消しは言わずもがな、倒産の危機を回避するためには、正社員の大量リストラもやむなしという気配が広がりつつある。経営者(資本家)と社員(労働者)とを単純に対立関係として捉えることは今どき短絡に過ぎるかもしれないし、世界規模で一気に発生した金融危機ではいかんともしがたい面があったろうとはいえ、上に立つ者は職を失うはずとてなく、精々痛くも痒くもなさそうな“減俸”程度がいいところ。圧倒的多数の現場で働く人々は、“倒産したら元も子もない”という企業の論理を前にして、生きるための手立てさえもしばしば問答無用に取り上げられてしまう。

 9日の国会(参議院厚生労働委員会)では、福島瑞穂議員(社民党)が舛添厚労相に向かって、大手企業による派遣契約解除――いわゆる「雇い止め」「派遣切り」――の抑止を求め、これは実質的な解雇であり労働契約の破棄に当たるから法的に違反と明言してもらいたいと迫った。しかし、大臣や職業安定局長は、口を揃えて“労働契約は、あくまでも派遣社員と派遣会社との間で結ばれている。企業と派遣元(派遣会社)との間には労働者派遣契約が存在しているに過ぎず、これを中途解約することは各企業の経営上の判断・選択であり、民事不介入の原則から、無理に雇いつづけるよう企業主に対して強権的に命ずることは出来ない。我々としては、雇用の継続を要請・指導するしかない”という具合に答弁するばかり。たしかに労働者派遣法の字面《じづら》からは、そういう話になってしまうのだろう。働く者の自由かつ多様な選択を担保するという大義名分・美名に基づいて作られたこの法律の本質――ある意味巧妙な、いや、極めて狡猾な出来映え――が、今日《こんにち》あることが成立時において既に見通されていたのかどうかはさておいても、何とも端的に現われている。

 “弱者切り捨て”“格差社会”と言われてきた日本なのに、ここへきて世界不況が追い討ちをかけた形。今や派遣社員にとどまらず、内定は取り消し、正社員のクビさえ危ういという流れになってくれば、仕事があるだけで御《おん》の字、ましてや賃上げをはじめ雇用条件の向上などとんでもないとの雰囲気が漂ってしまう。しかし、貧困問題に取り組む湯浅誠氏(反貧困ネットワーク事務局長)が大佛次郎論壇賞の受賞コメント(17日付『朝日新聞』)で述べていたように、責任を引き受ける必要のない・責任を引き受け得ないはずの多くの人々が苦境へと追いやられることは全くもって理不尽だ。

「日本経済にとって、今回の米国発不況は『天災』のように言われることがある。しかし、アメリカン・スタンダードをグローバル・スタンダードと言い換えて、新自由主義的資本主義に無批判に追随してきた経営者団体、規制改革会議・経済財政諮問会議等の責任は大きく、その意味では『人災』である。にもかかわらず、反省の弁は聞こえてこない。結局、自己責任論とは、自己責任を棚上げする人たちが主張していたものなのだ。私たちが、そんな下劣なものに引きずられる必要はない」

「結局、私たちはなめられてきたのだ、と思う。自らの責任を棚上げしたところでの自己責任論や、情報公開なき財政危機論で黙らせられる、と見くびられてきた。私たちに責任があるとしたら、そこにこそ責任がある。私たちは、どんな悪政にも黙って付き従う羊の群れではない、と示さなければならない」

 自民党(プラス公明党)と民主党による――A対Bというよりは詰まるところA対A’でしかない――“二大政党制”が定着しつつある中、このような切迫した状況に立ち向かうためには、元来、働く者、弱き者のためにあるべき日本共産党に一つの基盤としてもっと頑張ってもらいたいとの想いも決して小さくはない。実際、時ならぬ――あるいは、むしろ必然的な(?)――『蟹工船』ブームなども手伝って党員も支持者も増え、久々に勢いづいているという話も耳にする。ただ、「間違った資本主義」(14日付『しんぶん赤旗』)とか「ルールのない資本主義」(15日付『同前』)とかと、あたかも“正しい資本主義・ルールに則った資本主義”が存在するかのように語る志位委員長を筆頭として、この党が人々の期待に真に応えてくれるかとなるといささか心もとない面がある。他にもその例を上げるならば……。

 近年、同和問題は、いわゆる“同和利権”などの表層的弊害のほうがスキャンダラスに人心を捉え、歴史的に残る差別の本質は軽視されがちになっている。そんな中、共産党は部落解放同盟を「部落問題を解決するどころか、温存・固定化する策動を強め」(同党サイトより)るものと位置づけ批判し、同和行政、同和事業、同和教育を否定する。少々旧聞に属する事ながら、今春の橋下徹大阪府知事就任直後の府議会では、代表質問に立った黒田昌子府議が、知事に対して次のように迫った(3月7日付『産経ニュース』)。

黒田「同和行政を継続することは、かえって『逆差別意識』を生じさせるなど、同和問題解決にとって有害。同和行政を完全に終結することが必要では」
橋下「差別意識はまだ残されており、同和問題は解決されていないと認識している。一般施策によりその解決に取り組んでいる。解決されていないというのは、私の経験でも実体験でもある。いわゆる同和地区というところで育ったが、現在、同和問題は全く解決されていない」
黒田「知事は差別意識がまだあるといわれたが、同和行政と同和教育は終わるというメッセージを発することが最も必要では」
橋下「机上の論にとらわれることなく、本当に差別意識があるのかどうかを肌身で感じている人たちの話を聴いてから判断してほしい。差別意識というものは私の周りで現にあるということを認識している」「同和問題が解決されていない、差別意識があるからといって特別な優遇措置を与えていいのかは全く別問題。すべて一から総点検していく。ただし、同和問題が解決されたというのは全くの事実誤認、認識不足だ」

 子供時代に東京から大阪へ転居したという橋下は、中学の卒業文集に「私の中学では同和教育をしている。前の学校では、ひとかけらもこんな教育を受けたことがなかった」と記し(7月30日付『産経ニュース』)、当時の生活を「僕の人格を作ってくれたところ」(同前)と振り返るそうで、差別の実態に関する鮮明な記憶、経験を持っているようだ。暴言、放言にも等しい発言をほしいままにする橋下だが、この場面においては、共産党の形式的・表層的な追及が、かえって珍しくも彼の真っ当な見解を引き出す形となっている。

 もう一例は、上述の福島瑞穂議員と同日の国会で行なわれた小池晃議員による質疑。看護師の過労死をも惹き起こした国立病院機構における超過勤務・時間外労働など労働基準法違反に関連して、小池と医政局長との間では次のようなやり取りが交わされる。

小池「局長ね、未だにやってないそうですが、これ、常識になっているタイム・レコーダーなどによる客観的な手段による労働時間管理、導入すべきじゃないですか」
局長「(前略)国立病院機構は、タイム・レコーダーは機械的に出勤及び退勤の時刻を記録するのみであり、正確な労働時間の把握が出来ないことから、必ずしも最善ではないと考えており、現時点ではタイム・レコーダーの導入予定はないと聞いております」
小池「今の説明、全然判んないですよ、なんで、一番正確じゃないですか、タイム・レコーダーでキチッとね、確認して行く。一般の企業では当たり前にやられているのに、なんで国立病院機構でやらないのか」

 言うまでもなく、ここでは超過勤務やサービス残業をなくすことが最大の眼目とはいえ、共産党のほうから“常識”“一般の企業では当たり前にやられている”ものとして「管理」を要求し、むしろ厚労省の側がそれを否定しているというありように、大きな違和感及び隔世の感を抱かされたのである。
(2008.12.18)