今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

“コップの中の嵐”とさえ呼べない自民党総裁選など霞んでしまった、「事故米」とメラミン混入中国産牛乳

大西 赤人       



“いずれがアヤメ、カキツバタ”という言葉があるけれど、むしろ“いずれがドクゼリ、トリカブト(字余り)”とでも表したくなるメンバーによる自民党総裁選が終ろうとしている。“漫画好き”を売り文句にソフト・イメージを振りまいてはいるものの、圧勝と見られる麻生太郎の実質は筋金入りのタカ派。それにひとまず立ち向かった(!)形の候補者四名の顔触れを見渡すと、世間の麻生に対する当然の拒否反応を少しでも減殺する――裏返せば、“このメンツの中なら麻生かねえ”という消極的支持を醸成する――ための挙党協力体制なのかしらんと深読みしたくなるほどだった。たしかに、ここで選ばれた人物が日本の次期リーダーとなること確実とはいえ、所詮は一党の中における大将選び。その推移を大騒ぎしながら伝えるマス・メディアは、多くが、小泉純一郎総裁誕生を熱狂的に報じて世論を煽動した過去の教訓を踏まえての冷静な報道を唱えてはいたものの、現実には相変わらず自民党のお先棒かつぎと化してしまっていた。

 それにしても、僕は女性首相誕生にも何ら異論はないけれども、幾ら人材不足(?)とはいえ、「政界渡り鳥」【日本新党→新進党→自由党→保守党→(院内会派)保守クラブ→自民党】とも揶揄される小池百合子が総裁候補とはねえ……。しかし、麻生太郎圧倒的優勢と言われた中で、小泉元首相は「おれは小池を支持する。小池に1票を入れる」(12日付『アサヒ・コム』)、「オレは小池さんを支持する。小池総裁になれば、民主党の小沢一郎代表といい勝負になる」(同前『毎日新聞』)と公言。小泉路線の正統後継者として小池を評価する向きもあるようだが、現在の日本において、小泉構造改革による歪《ひずみ》――多くの国民への皺寄せがいよいよ顕著になっていることは、否みがたいところのはずだろうに……。

 さて、そんな“コップの中の嵐”とさえ呼べないような自民党総裁選など霞んでしまったニュースは、突如として発覚した――これまで耳に馴染みの薄かった、しかし、年末にかけて間違いなく今年を象徴する流行語(?)と位置づけられそうな――「事故米」を巡る出来事。食品をはじめとして「偽装」が当たり前のようになりつつある憂えるべき日本の昨今とはいえ、主役が我々の主食たる米であるがゆえに、これまでにない広範囲へと波及しそうな雲行き。責任を取るべき農林水産省は、日本語の不自由な大臣や口の軽い次官が辞任に追い込まれているけれど、政争の具として辞めさせればいいというものではないだろう。昨日今日に始まった話ではなく、構造的な原因が窺われるからだ。当初の報道では、たしかに重大な問題とはいえ、影響は限られているようにも思われた。

「農林水産省は5日、米販売会社『三笠フーズ』(大阪市北区)が工業用に限った用途で仕入れた『事故米』を、食用と偽って転売していたと発表した。事故米からは、中国製冷凍ギョーザによる中毒事件でも問題になった有機リン系の農薬成分メタミドホスや、カビから発生し発がん性が指摘されている毒素のB1が検出されている。(略)
 事故米は菓子や焼酎の原料として加工されたとみられるが、農水省は、アフラトキシンについて『三笠フーズがカビの塊を取り除き、米粒を洗浄するなどして出荷しており、健康被害の心配はない』、メタミドホスについても『検出されたのは残留基準(0.01ppm)の5倍の量で、この程度なら体重50キロの大人が1日600グラム食べ続けても国際基準の許容摂取量を超えることはない』としている」(5日付『アサヒ・コム』)

 アフラトキシン(B1)といえば「地上最強の天然発癌物質とされ、その毒性はダイオキシンの10倍以上といわれる」(ウィキペディア)カビ毒なのに、当の不正を働いた会社が「カビの塊を取り除き、米粒を洗浄するなど」したから大丈夫だろうとは何ともノンキな話だが、とりあえずは大きな被害に直結するレベルのものではないのかもしれない。しかし、仮に単品としてはそうだとしても、コンビニのおにぎり、レストランのライス、学校や病院などの給食、それも事故米から作られたデンプンを使った卵焼きやオムレツのような加工食品にまで範囲が拡大したとあっては、累計的な毒性は容易に測りがたいはずだ(ところで、最近のこの手のニュースには、健康被害は“報告されていない”“確認されていない”という調子の一言がしばしばくっついているけれど、短期的に報告が出るようならとんでもない事であり、長期的な経過はすぐには判りようがないのだから、いかにも空疎な言葉と感じられる)。

 大体、昔からコメは怪しい存在と言われてきた。コシヒカリだのササニシキだのとブランドが先行するけれど、素人に簡単に米粒の見分けがつくものでもなく、実は色々な種類がブレンドされているという類《たぐい》の話は少なくなかった。実際、一個100円のおにぎりでも多くが「コシヒカリ100%」などと銘打たれているわけで、疑おうとすれば実に胡散臭い限りである。今回の場合、「三笠フーズ」は事故米を平均1キロ11円程度で購入し、これを本来の工業用「のり」の原料として相場の1キロ3円〜10円で販売すれば赤字になるところ、焼酎や米菓用などの原材料用、食用として売り多額の利益を上げたとされるが、これらは数十もの中間業者の介在により、最終価格としては前者が1キロ70〜180円、後者は300〜350円程度にまでハネ上がったと伝えられる。しかも、その過程で産地までも変わっている。

「『仲介業者で転売を繰り返すのは、昔からの商慣習。コメ業界に出回る“クズ米”をみんなで転がしていれば、出所が分からなくなるし、自然に値段が上がる』。米穀業界を担当する農水省幹部は、そう事情を説明する」(16日付『産経ニュース』)
「上の仲介業者は『中国産の古米として仕入れ、そのまま売った。値段も中国産レベル』。下の加工業者は『国産のもち米として国産の相場で仕入れた。老舗として築いてきた信用を壊すようなことをするわけがない』。
 主張は平行線で真相は分からないが、流通過程での産地偽装はこれだけにとどまらない。近畿の病院や高齢者福祉施設、保育園に給食として流通したもち米はカリフォルニア産。これも流通途中の2業者で主張が食い違っている」(20日付『同前』)

 こうなると、マネー・ロンダリングならぬ全くの“ライス・ロンダリング”だ。しかも、多くの関係者が“信用して買った当方は被害者”という顔をしているものの――もちろん、本当にだまされた人も多いのだろうけれど――皆が皆、何も知らなかったのかとなるといささか疑わしい。それは、「三笠フーズ」社長の以下の言葉からも窺われる。

「工業用の『事故米』を食用に転売していた米穀加工販売会社『三笠フーズ』(大阪市北区)は14日、冬木三男社長(73)名で謝罪文書を発表し、同社非常勤顧問(76)から『「上手にやればもうかる。私は十数年やってその方法、やり方を熟知している」ともちかけられた』などと事故米取引を始めた経緯についても釈明した」(14日付『読売オンライン』)

「十数年やってその方法、やり方を熟知している」……。結局、実は――あるいは農林水産省さえ含めて――相互に言わず語らず、暗黙の了解が存在したと解釈するほうがむしろ自然である。要するに、直接食品を口にする消費者は表示を頼りにするわけだが、その表示が偽装であれば判断は無意味だし、ましてや原材料の正体など一々確かめようもないわけで、ここでの信頼関係が崩れている現状は、言葉は悪いけれど“人を見れば泥棒と思え”にも等しい。これをして倫理観の欠如と見なすことは簡単だが、結局、問題の大きなポイントは、安い物を求める――求めざるを得ないという現代消費社会のあり方だろう。

 事故米と並行し、有害物質メラミンが混入された中国産牛乳を原料とする菓子などの自主回収も始まっている。折々触れる事だけれど、“儲けなんかありません”“売れば売るほど損です”というような商売人の決まり文句はナンセンスであり、少しでも安く売り、しかもそこで儲けをも産み出すためには、(人件費をも併せて)一層低価格の原材料を使うしかなく、そのセオリーは街の一店舗でも大会社でも変わらないはずだ。18日付『朝日新聞』の「私の視点」は「汚染米の転用」という特集だったが、流通関係者(コメ流通会社社長)による「不透明な取引が不正招く」、消費者(弁護士)による「行政の怠慢こそ問題だ」それぞれにうなずかされる部分があったものの、最も切実に感じられた見解は、生産者である結城登美雄氏(民俗研究家、農業)による「生産者見失った消費社会」だった。

「生産現場から遠いところで、えたいの知れない人たちが、人の営みに欠くべからざる食べ物を、単なる換金するための『物体』として扱っている」
「『コメが高い』という。『コメ余り』だという。『安ければいい』という。だから安いコメを輸入しろという」
「この中間の人びと【大西注:農産物出荷に介在する農協や卸、仲卸】が増え、“メタボリック”状態の中で、利益の争奪戦にある。1円でも安くと生産者に『安さ』と『おいしさ』を押しつけ、『いやなら中国から、アメリカから安いのを買う』と追いつめてゆく。コメも同じようになりつつある」
「食を支える人びとが高齢化し、一方で利益ばかりを求める企業社会の中で、食の安全が崩れてゆく。『信頼』なんて、どこにもなくなった。
 農水省も政治家も消費者団体も、『管理態勢の強化』、そして『チェック態勢の強化』、というだろう。『それが消費者を守る』と。しかし、カネさえ払えば何でも買える、という消費社会で、管理やチェックでこの種の事件がなくなるなど、あり得ない」

 翌19日の同欄では、阮蔚《ルアン・ウェイ》氏(農林中金総合研究所研究員)が、食の安全、安定供給のためには、国際線航空機にかかる「燃料サーチャージ」に準ずる追加料金が必要かもしれないとして、次のように述べていた。

「汚染米を違法に転売した業者は厳しく罰せられるべきだが、食の安全に関しては消費者の側にも考えるべきことがある。安全な食品にはそれなりの生産コストがかかっており、正統な対価を払わなければならないということだ。
 消費者に負担を押しつけるように聞こえるかもしれないが、安全はタダでは得られない」
「消費者が食の安全を求めるなら、農業、漁業の事業としての健全性、持続的成長も考える必要がある」

 安さを第一義に中国をはじめとする安価な輸入食品を重用し、国内自給体制の一層の弱体化を看過してきた――たとえ消極的・結果的にも支持してきた――という意味では、消費者の側にも責任の一端があるということになる。そして現在、様々な問題食品は学校給食へと広く波及しつつあり、これは、給食現場に対する一般的・表層的な非難へと直結しかねない。

「問題の卵焼きが提供された松戸市の小学校に長女が通う父親(45)は『給食そのものが信用できなくなる。子どもの身は親が守らなければならないということか』と語気を強めると、我孫子市の母親(35)は『(長女は)アレルギーがあり、普段から食べ物には気をつけている。安全確認を徹底してほしい』と話した。
 千葉市内の母親(41)は『こちらが気をつけても避けきれないので、どうしたらいいのか』と戸惑った様子を見せ、同市内の別の母親(32)は『安全性を確かめてもらわないと、子どもを任せられない。弁当制にしてくれた方が良い』と怒りをあらわにした」(21日付『読売オンライン』)。

 「語気を強める」のも「怒りをあらわに」するのもひとまず当然とはいえ、その矛先《ほこさき》は誤らないでもらいたいものだ。
(2008.9.22)