今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

憲法寄席“日の丸をめぐる三つの情景”──6月28日、東京・文京区民センターにて、脚本を書いた朗読劇『かなしい日の丸』ほかを上演します。興味がおありの方は、ぜひとも足を運んでいただきますように

大西 赤人       



 当方、「作家」を称しているものの、近年、自身の本が出版されることはなく、言ってみればいささか看板倒れ。もちろん、何やかやと原稿は書いているわけだが、それらは基本的に個人の作業であり、他の人々と共同(協同)して行なうものではない。そんな僕には珍しく、このところ、多くの人たちと一緒に手がけている仕事が、6月28日に開かれる予定の朗読劇上演会「HOWS(本郷文化フォーラムワーカーズスクール)講座 憲法寄席“日の丸をめぐる三つの情景”」である。(ちらし表ちらし裏:pdfファイル)

 そもそも「憲法寄席」とは、憲法改悪を目指す「国民投票法」を筆頭に、ほしいまま強行採決による法律作りを重ねた小泉政権から安倍政権へと続いた流れに大きな危機感を抱いた高橋省二さん(三十年来の知人)が呼びかけ人となり、去年からスタートした企画。で、僕も企画賛同人の一員として引きずり込まれた(!?)わけである。「寄席」というタイトルが象徴するように、肩肘張って堅苦しく何事かに「反対」の声を上げるのではなく、あくまでも「古今東西の表現手段を駆使して、分かりやすく、かつ声荒げてではなく、老いも若きも楽しみながら憲法を語り学び合う場」(後述の第二回試演会プログラムより)を作り上げようという趣旨だ。従って、内容も落語、漫才、講談、音楽、歌、と色とりどり。これまでに、「憲法寄席」として観客数十人規模で昨年夏の第一回試演会、今年正月の第二回試演会を開催した他、他の様々な集会でもアトラクション的に一コーナーを担当したりしてきたのだが、その際に柱となった演目が朗読劇(リーディング・ドラマ)。

 近年、人気が高まっている朗読劇というジャンルは、演じ手によって色々なスタイルがあるようだが、原則的には、複数の役者が舞台に上がり、台本(脚本)を持ちながら各々のパートを朗読する。大きな舞台装置や演技――身体の動きは伴なわず、それを補完するための役回りとして、語り手(ナレーター)が設定されている場合が多い。朗読であれば、読み手は小説などの対象を地の文を含めて読み進めるけれども、朗読劇の場合、語り手はいわゆる「ト書き」を読むわけではなく、役者の台詞だけでは伝えきれない背景・進行状況などを伝えることになる。

 「憲法寄席」が最初に手がけた朗読劇は、童話作家・さなともこさんがネット上で発表した寓話『ひのまる電車「美しい国」行きの電車に乗って…』をメンバーの手で脚本化したものだった。この物語は、題名の通り、安倍首相を想わせる奇妙な車掌に引っ張られて「美しい国」へ向かう電車と乗客の運命がファンタスティックに描かれていたが、安倍首相の急な退陣によって「美しい国」もさすがに色褪せ、早々に“旬《しゅん》”が終ったかに見えた。しかし、せっかくの作品を早々に言わばお蔵入りにしてしまうのはもったいない。そこで、僕が脚本に加筆し、『「『ひのまる電車』進行中」〜「美しい国」行き電車のその後…』を作った。また、以前に高橋さんたちが内輪に朗読劇化を試みていた赤川次郎さんの短編『日の丸あげて』――国旗国家法、盗聴法成立時に発表された批判性に満ちた作品――についても改めて皆で脚本を練り直し、これら二作を第二回試演会で上演、ひとまず好評を得た。

 「憲法寄席」には、全権を掌握した――時には強権をも奮って指揮を執《と》るような――人間は居ない。制作側、演じる側――参加者が一緒に何度も話し合い、言いたい事をぶつけ合いながら方針を決め、稽古を重ねる中で問題点を解決して行く。脚本にも、稽古のたび、上演のたびに細かい修正が重ねられる。民主的なやり方ではあるけれど、裏返せば、上手く進まない時には決定的責任の所在が曖昧になってしまう危険も孕《はら》む。しかし、高橋さんの“集団創作を実現したい”という当初からのポリシーに基づき、変わらずこの手法が続けられている。

 そんな中、僕は脚色、演出に始まって音楽、効果、チラシやプログラム作りに至るまで、要するに種々雑多な作業に関わってきたのだが、それらと並行して、オリジナルの脚本を書かないかとも勧められていた。日の丸にまつわる朗読劇が二本レパートリーになっていることだし、それじゃあ、据わりよくもう一本作ろうかという気持ちで書いた一本が、今回お披露目となる『かなしい日の丸〜加納家の食卓(二〇〇七年七月二十八日夜)』である。この物語は、現実を超越した『ひのまる電車』、ミステリとして劇的な『日の丸あげて』との対比をも念頭に、どこにでもありそうな家族――三世代四人の夕食どきのやり取りを描いたもの。副題の年月日に何かピンと来る方があれば、相当なサッカー・ファンというところだろうか。

 自身も舞台に立つ高橋さんの人脈もあって、参加している役者さんは、演劇、映画、テレビなどへの出演をはじめ、個々に朗読会を開く人、自分の劇団で公演を催す人、吹き替え、方言指導、若手俳優の教育などを務めるヴェテランと多彩である。当然ながら朗読(劇)に一家言、二家言を持っている方が多いので、稽古はなかなか大変、制作・演出側の一人としてはあれこれ気を揉むことも少なくないけれど、まあ、それも今まで経験したことのない共同(協同)作業の醍醐味というところかもしれない。

 今回は「HOWS講座」の一環としてのも開催だが、「憲法寄席」が初めてオープンにお客を集める機会。どれほどの人が来てくれるか見当もつかないのだけれど、これが成功すれば、今後への前向きな見通しも立ってくる。朗読劇三本一挙上演の見応えはたしかだと思うので、興味がおありの方は、ぜひとも足を運んでいただきますように。
(2008.6.18)


──参考:当日配布予定プログラムより──

“日の丸をめぐる三つの情景”

 安倍晋三首相による「美しい国へ」なるスローガンの下、2007年の日本では、いわゆる「国民投票法」成立、衆議院における憲法調査会から一歩踏み込んだ憲法審査会設立など、憲法改悪へ向けての動きが一気に加速しました。しかし、その後、安倍首相の突然の退陣、衆参ねじれ国会の出現、防衛省、国土交通省をはじめとする相次ぐ不祥事の続発などにより、その勢いはひとまずかき消されてしまったかにも見えます。

 しかしながら、与野党を問わず存在する憲法改悪の底流自体は厳然としており、いつなんどき再びきっかけを得て、弾みがつかないとも限りません。オリンピックやワールドカップなど、巨大なスポーツ大会を舞台に卑近なナショナリズムが打ち出され、教育の場では、国旗掲揚・国家斉唱が強引に推し進められています。

 去る三月末、文部科学省は、小学校で2011年度、中学校で2012年度から実施する学習指導要領を告示。二月に公表していた改定案を直前に変更し、総則における道徳教育の目標を「伝統と文化を継承し、発展させ」から「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し」に修正。また、小学校音楽では、“君が代”について「いずれの学年でも指導する」から「歌えるよう指導する」と特記し、国語の読み聞かせの例示では、「昔話や伝説」を「昔話や神話・伝承」に変更しました。

 このような確実な反動的攻勢に対して、我々の側はいかなる対抗手段を採り得るのか。言うまでもなく、正面から対峙・反論することも重要ですが、ここでは、問題を“日の丸”に象徴させ、それにまつわる三本の朗読劇の上演により、それぞれ角度を変えた視点から、現在の日本・日本人の状況を捉え直そうとしています。

「ひのまる電車」
 さなともこによる寓話を劇化。ある朝、奇妙な車掌によって進行する「美しい国」行き電車に乗り合わせた乗客たちの混乱を描き出しています。

「日の丸あげて」
 赤川次郎によるミステリを劇化。国旗国歌法、盗聴法に絡め、日の丸によって歪められていく人々の姿をドラマティックに描き出しています。

「かなしい日の丸」
 大西赤人によるオリジナル。どこにでもありそうな家族の日常的なやり取りの中で、日の丸に対するそれぞれの想いを描き出しています。