今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

「お昼休みやデート前」に点滴?──ヒト胎盤エキス(プラセンタ)注射の安全性

大西 赤人       



 サンタナによる初期の名曲『Black Magic Woman』(1970年)の三番は、こんなふうに始まる。

“Got your spell on me baby
Got your spell on me baby
Yes you got your spell on me baby
Turning my heart into stone”

「俺に呪いをかけてくれ、俺の心を石に変えてくれ」とでもいうところだろうか。当時、この“spell”なる単語が記憶に残ったのだけれど、レッド・ホット・チリ・ペッパーによるヒット曲『Californication』の中にも、同じ言葉が印象的に登場する。

“Pay your surgeon very well
To break the spell of aging”

 この曲はカリフォルニア――ハリウッドを背景としており、「老化(aging)の呪縛を破るためには、整形外科医にタップリ支払いなさい」と皮肉に歌っているのである。

 長寿や若さ、エネルギッシュな日常への執着は、古代より人間にとって不変の願望だったと思われるが、医学をはじめとする技術の進歩は、それらを一定程度現実のものとしつつある。大雑把な言い方をするならば、医療にとどまらず、環境や食事の改善によって寿命は延び、美容整形によって――少なくとも見た目の――若さも保たれるようになった。近年、スポーツの世界におけるドーピング(筋肉増強剤=ステロイドホルモンなどの投与)は厳しく規制されているとはいえ、薬物自体が否定されているわけではない。そこまで到らずとも(従って、効力のほどは不明ながら)、サプリメントなどの栄養補給による体力の維持向上は一般的である。

 僕も、いわゆる栄養ドリンク剤を清涼飲料水的に時たま飲む――あの一種薬臭さが決して嫌いではない――し、ビタミン剤の類《たぐい》も手に取ることはあるのだが、要するに言わば遊び半分に過ぎず、それに頼る気持ちは全くない。ましてや、特定の病気の治療目的ではなく、疲労回復や精力増強のために注射をする――何かを直接体内に入れる――などは御免こうむりたいところなのだが、世間では、ニンニク注射とかプラセンタ注射とかいうものが大変に流行っているらしい。さて、これらはどんな薬剤なのだろうか? インターネットで検索してみると、実際に打ってくれる医院、クリニックを筆頭として色々な記事が見つかるけれども、それらをまとめると、概ね次のように説明されている。

 ニンニク注射=疲労の原因となる乳酸を分解するビタミンB1をはじめ、ビタミン類を豊富に含む総合栄養注射であり、ビタミンB1に含まれる硫黄に基づく臭い(すぐに消える)が名前の由来。新陳代謝を高め、疲労回復に即効性を発揮し、美容にも良い(ビタミンCなどを強化した強力ニンニク注射もあり)。スポーツ選手などに利用者が多い。

 プラセンタ注射=ヒトの胎盤(placenta)から得た栄養素、成長因子を含むエキス。美白効果が高く、肌の若返りを促進する。肝細胞を増殖させる。自然治癒力を増大させ、疲労回復、メンタルヘルスにも効果がある。芸能人などに利用者が多い。

 大まかな価格としては、ニンニク注射は週二〜三回、基本的に保険適応外(全額自己負担)で一回2000円前後(“強力”は5000円前後)、プラセンタ注射は週一〜二回、同じく保険適応外で一回3000円前後というところだろうか。両剤の併用を行なっている――勧めている――医院・クリニックも少なくない。

 ウーム……。本当に効果があるのかもしれないし、そもそも医師の自由診療という前提に基づき、「患者」側も保険も使わず自己負担・自己責任で受ける医療(?)なのだから、脇から口を挟む余地もないのかもしれないけれど、特にプラセンタ注射に関しては、非常に危なっかしいものを感じる。たしかにプラセンタ――胎盤絨毛《じゅうもう》分解物注射液『メルスモン』(メルスモン製薬・1アンプル192円)、胎盤加水分解物注射液『ラネンエック』(日本生物製剤・1アンプル185円)――は、それぞれ厚生労働省による薬事法上の認可を受けた医薬品に違いない。しかし、前者は「更年期障害、乳汁分泌不全」のための皮下注射、後者は「慢性肝疾患における肝機能の改善」のための皮下または筋肉注射用の薬剤である。ところが、いわゆる美容目的のプラセンタ注射は、多くが静脈注射(点滴)で実施されている。同じ薬剤だから問題はないのかもしれないけれども、普通に考えると、皮下・筋肉注射と静脈注射とでは自《おの》ずから作用が異なるのではないか? そうでなければ、注射法を区別して定める意味がない。

 もっと気がかりな点として、プラセンタ製品の原料の問題が上げられる。プラセンタと英語を用いていること自体、語感を和らげる意図が大きいようだが、胎盤とは、出産時に体外へ排出されるとはいえ、明らかに立派な臓器の一部。即ち、プラセンタ注射は、臓器の提供――輸血に準じる医療行為ということになる。実際、先に原料は「ヒトの胎盤」と記したけれども、以前は、健康食品や化粧品用も含めて、ウシの胎盤も広く使われていたのに、狂牛病(BSE=牛海綿状脳症)の発生を受け、安全対策の強化として、2000年以降、ウシプラセンタの製造、輸入は禁止された(ただし、ウシプラセンタによって狂牛病が人間に感染した例が報告されたわけではない)。それ以来、医薬品にはヒトプラセンタのみが、健康食品や化粧品にはヒトプラセンタ及びブタプラセンタが用いられるようになっている(なお、ヒトの胎盤は医療廃棄物の位置づけであり、その原料転用は、妊婦の承諾を必要としないという)。

 昨今、様々な感染症が問題となる中で、誰しもが感じる疑問は、ヒトプラセンタの安全性であろう。先述の医薬品として認可を受けたプラセンタの製造会社は、この点に関して次のように説明している。長くなるが、正確を期して、両薬剤の添付文書(部分)を原文のまま転記する(「医薬品情報サイト『イーファーマ』」より引用)。

『メルスモン』
「(重要な基本的注意)
『患者への説明』:本剤の使用にあたっては、疾病の治療における本剤の必要性とともに、本剤の製造に際しては感染症の伝播を防止するための安全対策が講じられているものの、ヒトの胎盤を原料としていることに由来する感染症伝播のリスクを完全に排除することができないことを、患者に対して説明し、その理解を得るよう努める。
1.本剤は、原料提供者への渡航歴等の問診、血清学的検査によってウイルス・細菌の感染症等をスクリーニングし、更にHBV-DNA、HCV-RNA、及びHIV-1-RNAについて核酸増幅検査(NAT)を実施し、適合した国内のヒト胎盤を製造に使用している。しかし、当該NATの検出限界以下のウイルスが混入している可能性が常に存在する。本剤は、塩酸加水分解法により製造されており、ウイルス不活化を目的とした製造工程において101℃以上、1時間以上の塩酸加熱処理及び121℃、60分間の高圧蒸気減菌を実施しているが、ヒト胎盤を原料としていることに由来する感染の可能性を完全に否定することはできないので、使用にあたっては観察を十分に行なうことを推奨する。
2.現在までに本剤の投与により変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)等が伝播したとの報告はないが、しかしながら、理論的なvCJD等の伝播のリスクを完全には排除できないので、使用の際には患者への説明を十分行い、治療上の必要性を十分検討のうえ使用する」

『ラネンエック』
「(重要な基本的注意)
 本剤は、原料提供者1人1人について既往歴、渡航歴などの問診及び血清学的検査等によってウイルス・細菌の感染症等のスクリーニング実施後、HBV-DNA、HCV-RNA及びHIV-1-RNAについて核酸増幅検査(NAT)を行い適合した、国内の満期正常分娩ヒト胎盤を原料として製造されている。また、本剤の製造工程で行う121℃、20分間の高圧蒸気滅菌処理は、HIVをはじめとする各種ウイルスに対し、不活化効果を有することが確認されている。更に、製品試験においてHBV-DNA、HCV-RNA、HIV-1-RNA、HTLV-1-DNA及びパルボウイルスB19-DNAについて核酸増幅検査(NAT)を行い、適合したものであるが、投与に際しては、次の点に十分注意する。
 現在まで、国内外において本剤の投与により変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)等の感染症が伝播したとの報告はない。しかしながら、製造工程において感染症を防止するための安全対策が講じられているものの、ヒト胎盤を原料としていることに由来する感染症伝播の危険性を理論的には完全に排除することができない。
 本剤の使用にあたっては疾病の治療における本剤の必要性とともに、本剤の製造にあたっては感染症を防止するための安全対策が講じられているが、ヒト胎盤を原料としていることに由来する感染症伝播の危険性を完全に排除することができないことを患者に対して説明し、理解を得るよう努める」

 両者に幾分の異同はあるものの、これらの医薬品が献血血液同様の厳密さで製造され、それでもなお、当然の事として、かつその確率は極めて低いとしても、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病あるいは未知の感染症の危険性を完全には否定しがたいことが判る。ここに記された患者への説明は、現場ではどこまで実行されているのだろうか? 医院・クリニックを含め、美容用のプラセンタ注射を解説する大半のサイトは、“医薬品として認可されているから安全”“厳重な製造工程だから安全”“実際に感染例は出ていないから安全”というようなニュアンスを平然と打ち出している。

 しかし、既に2006年8月、厚生労働省は「ヒト胎盤エキス(プラセンタ)注射剤使用者の献血制限について」として、「同注射剤によるvCJD感染事例は報告されていないが、輸血や臓器移植と同様にヒト由来の臓器から製造されていることから、vCJDの伝播の理論的なリスクが否定できないため、念のための措置として、その使用者について問診により献血を制限することとする」旨を発表した。要するに現在、プラセンタ注射を受けた人は、無期限に献血が出来なくなるのだ。つけ加えれば、“生物特定製剤”であるプラセンタの医療上の使用に関しては、医療施設は20年間のカルテ保存を義務付けられている。

 医薬品としてのプラセンタの安全性は追求されているのだろうし、僕は、そこに疑問を呈する意図も材料もない。しかし、少なくともそれが疲労回復、美白、アンチ・エイジングの目的で安易に使用されている現状に対しては、それでいいのかと感じる。若さや美しさのためならどんな事でもやるという御仁《ごじん》も居るかもしれないとしても、一般的には、最近疲れ気味だから、少し肌が荒れているからといって、輸血をしてもらおうと考える人は限られているのではなかろうか。でも、血液同様に扱われるべきプラセンタ注射については、知ってか知らずか、それこそドリンク剤並みの気軽さで受け容れることになる。

 先日、「昼休みに点滴はいかが? 東京・渋谷に専門スペース」と題された驚くべきニュース(9日付『共同通信』配信・各紙掲載)を見かけた。

「お昼休みやデート前のちょっとした時間に点滴はいかが−。疲労解消などのため、病院に行かなくても点滴が受けられる専門スペースが東京・恵比寿にオープン、『健康な人がより健康になるために』と効果をアピールしている。
 『TENTEKI 10』。医療関連業務をフランチャイズ展開する東京都内の会社が、『恵比寿ガーデンプレイスクリニック』の全面協力で医師や看護師を常駐させ、医療行為の点滴を行う。点滴終了まで約10分かかるのが名前の由来だ。
 肉体疲労やストレス解消に効果のあるビタミン点滴(税込み2000円)が基本で、2日酔い防止や滋養強壮に効く『レッドパック』(同2500円)、日焼けによるしみやそばかすを軽減する成分が入った『ホワイトパック』(同3000円)などオプションを追加できる」
 おいおい、「お昼休みやデート前」に点滴? この「TENTEKI 10」のホームページを見ると、患者(?)は予約不要で来院、問診表に記入し、携帯電話で会員登録を済ませ、点滴のメニュー表から好みのコースを選び、初診時のみ医師の問診を受け、保険適用外の自費診療なので保険証は不要とされており、次のような特長が謳《うた》われている。
「私たちは、確実に効果を出し、必要なときにすぐに気軽に安心して点滴が受けられる、『TENTEKI 10』を設立いたしました。
TENTEKI 10における点滴は医療行為です。
医療行為として行われる点滴は、血液内へ直接投与するため、その吸収力は100%。
口から体内に取り入れるよりも、即効性があり効果も高いといわれています」

「長年多くの患者様に支持される医療を提供し続けてきた医療機関(恵比寿ガーデンプレイスクリニック)が全面的に協力しているので安心して受診いただけます」

「健康な方がより健康に、より美しくなるための新しいスタイル、それが『TENTEKI 10』です。
気軽に健康、もっとキレイに。10分で点滴チャージ」

 そして、様々な選択肢(ベーシックパック+オプションメニュー)の中には、当然のごとく、「40年以上前から厚労省で医療用医薬品として認可されており、老化防止、若返り効果、体力増強、美肌効果、リラックス 作用、肝機能の改善、抗アレルギー作用の効果が認められている万能薬」としてプラセンタパック(3000円)も含まれる。

 東京の一等地・恵比寿ガーデンプレイスに居を構えたこの「TENTEKI 10」は、「Q&A」によれば「Q.TENTEKI 10は医療機関ですか? A.医療法人である、恵比寿ガーデンプレイスクリニックという医療機関です。クリニックの一般外来診療と区別するために、点滴専門スペースをTENTEKI 10とよんでいます」とのことである。もちろん、素人の僕が気を揉むまでもなく、医師は、気軽に「点滴チャージ」を求めて訪れる人々に対して、プラセンタが“生物特定製剤”であること、“理論的なvCJD等の伝播のリスクを完全には排除できない”こと、“ヒト胎盤を原料としていることに由来する感染症伝播の危険性を理論的には完全に排除することができない”こと、その投与によって将来無期限に献血が出来なくなること等々について“患者への説明を十分行い、治療上の必要性を十分検討のうえ使用”し、今後20年間に渡ってそれらの人々のカルテを保存して行くのであろう。そう信じたいものだ。
(2008.4.16)