今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

薬害C型肝炎「特別措置法」(その2)

大西 赤人       



(承前)
 各地の患者会から東京にメンバーが駆けつけ、7日の意見書提出、民主党ヒアリング出席、8日の衆院厚生労働委員会参考人招致、10日の参院厚生労働委員会参考人招致という急速な展開が相次いだ。これらの経緯を経て、法案に対するメディアの姿勢も、従前の“これで被害者全員一律一括救済が実現する”という類《たぐい》の表層的な報道を一定程度脱した。ともに血友病患者でもある家西悟(民主)、川田龍平(無所属)両参議院議員の働きも加わり、世論も改めて、血友病をはじめ圧倒的多数の法案対象とならない肝炎感染者の存在に眼を向けるようになった。そして、特別措置法自体は原案通り成立したものの、立法府として法律の遺漏を認め、それを補う意志を現わす形で、五項目の衆院厚生労働委員会決議(前出・北村氏のサイトより)、十項目の参院厚生労働委員会決議(同前)が決議された。また、原告側も、「今回の救済法は土台にすぎない。これをテコに二歩、三歩とステップさせて、肝炎問題全体を解決させていく必要がある」(武田せい子さん 15日付『産経ニュース』)、「全員救済の土台ができました。険しい細い道でした。全員が確実に登れるように確実な道をつくってほしい」(山口美智子さん 16日付『しんぶん赤旗』)、「すべての患者のより良い治療態勢を確立するための土台にすぎない」(福田衣里子さん 16日付『時事通信』)、「個々の患者が損害金を獲得するための裁判ではなかった。すべての肝炎患者を救う治療体制の確立を目指すものだった」(山西美明弁護士 18日付『JANJAN』)などと、この法律が実は真の肝炎患者一括救済とはかけ離れた内容であったことを再確認しはじめた。

 しかしながら、五地裁のそれぞれ異なる判決が下りているという状況の中、(未提訴者を含む)原告全員に実質的に金銭補償を行なうという和解案を拒み、「線引きのない救済」「全員救済」を主張しながら、今回の特別措置法による一律給付金支給という解決(?)策を受け容れた原告側の対応には、言いにくい事だが割り切れない部分が残る。たとえば、原告の代表的存在として前面に立ってきた福田さんは、手記(11日付『産経ニュース』)の中で次のように述べている。

「この裁判が350万人の肝炎患者のためになるのだと信じていたから、あきらめなかったし、そのためにも、譲れないものがあった。
 自分たちだけのための裁判であれば、きっと、とっくにやめていただろう」
「これは、350万人に及ぶすべての肝炎患者のためのより良い医療費助成、恒久対策へとつながる土台ができたに過ぎない。この法案で救済されるのは、ごく一部。これから、私の闘いの第二幕がはじまるのだと思っている。
 私の望むことは、提訴当初から変わらず、すべての肝炎患者が、少しでも、不安や負担なく、治療できる体制を作りたいということだ。そして、薬害を根絶したい」

 また、山西弁護士も、血友病を除外した経緯について、こう説明する(18日付『薬事日報ウェブサイト』)。

「まず国に勝ち、責任を認めさせた上で、そこから全ての肝炎被害者の治療体制の獲得につなげていくという戦略。血友病の方にもその旨を話した上で訴訟を始めている。一方原告の方には、あなた方は肝炎被害者の代表選手だからと、自分たちだけの問題ではないことを説明してきた」

 福田さんにしても山西弁護士にしても(特に山西氏のコメントについては、いつ誰に「その旨を話した」のか定かではなく、仮にそれが血友病患者・患者会の間で広く周知の経緯だったならば、23団体連名の意見書などは、相当に間の抜けた方向違いという話になってしまうはずであろうけれども)、なぜ、肝炎患者の「救済」が、最大限1000人の提訴者に関しては目前の1200万円〜4000万円の「給付金」支給となり、残り349万9000人に関しては今後の「治療できる体制」「治療体制の獲得」となるのかについて、劇的な論理の飛躍が感じられるのである。

 そこで、弁護団のホームページに立ち戻ってみると、そこには、次のように述べられている。

「この薬害肝炎の全面解決のためには、全員救済、すなわち、血液製剤の種類や投与の時期によって、救済から切り捨てられる被害者を出すことは許されません」(「原告団・弁護団の意見」)
「この薬害肝炎弁護団の前身は、薬害HIV弁護団です」
「日本でも、血液製剤を介して、多くの血友病患者の方が感染し、亡くなられた方も多数いらっしゃいます」
「薬害肝炎訴訟も、薬害HIVと同じく、血液製剤(フィブリノゲン製剤・第9因子製剤)を通じてC型肝炎に感染した方の救済を求める裁判です。
2002年、薬害HIV弁護団のメンバーが中心となり、薬害肝炎弁護団を結成しました。以後、弁護団は全国5地方裁判所で国および製薬企業に対し、損害賠償請求訴訟を提訴し、すでに3年半が経過し、現在も追加提訴を行っています」(「全国の弁護団紹介」)

 薬害HIV訴訟を熱意をもって担当した弁護団が血友病を無視・軽視するとは思いがたいものの、「救済から切り捨てられる被害者を出すことは許されません」と宣言しつつ、ダブル・スタンダード的な訴訟テクニック――「『戦略的』(弁護団)」(前出『薬事日報ウェブサイト』)――を用いて血友病を原告から外す、また、弁護士の業務上、受託者の利益を最優先すべきであることは理解し得るとしても、「給付金」と「治療体制」という質的に大きく異なるニ物を「救済」という人心に入りやすい一語でくるみ、1000人(より現実的には、目の前の200人余)を浮かび上がらせるために総計350万人のウイルス性肝炎患者を道具立てに使う――これでは、あまりにも策を弄し過ぎたと見られても致し方ないのではなかろうか。

 実際には、薬害HIV訴訟に関しても、問題とされた輸入非加熱凝固因子製剤の「有用性」と、ウイルスの危険性(致死性)との「比較考量」がどの時点で逆転したかについては、被害者の時期的「線引き」につながりかねない論議があり、それは未だに十分な検討を受けていない。しかし、ともかくも当時の被害者はほぼ血友病患者に限定され、感染原因も明確であり、現在とは違って治療法もなかった厳しい病状、社会的な差別、医療上の差別などに鑑《かんが》み、早期の「救済」実現のため、「和解(和解金支払い)」という司法判断が採られ、それを契機に医療体制の整備なども大きく進められた。ところが、今回は、支持率低下の回避に走った政府与党により、本質的な解決には遠い立法というアクロバティックな手段が確定したため、将来に向けても深刻な影響をもたらすこととなりかねない。被害者に対する「人道的観点」からの配慮のゆえか、各政党はもちろん、メディアも本法のおかしさをなかなか取り上げようとしないけれども、インターネットの世界では、誹謗中傷にも似た攻撃は無視するとしても、冷静な論拠に基づく警鐘が数多く打ち鳴らされている。

 そもそもカルテ(診療録)の保存義務は医師法で5年間と定められてきた以上、継続的に何らかの診療が行なわれている患者でもない限り、過去の製剤投与記録は、残っていなくて当然だ。17日には「C型肝炎ウイルス検査をお受けください」として、全国のフィブリノゲン製剤納入先医療機関、非加熱血液凝固因子製剤を血友病以外の患者に投与した可能性のある医療機関を羅列した政府広報が新聞折り込みで一斉に配られ、厚労省、自治体、医療機関などに問い合わせが殺到しているらしい。しかし、既に廃院となっている病院なども少なくないし、実際にカルテ=投与記録が見つかるケースは稀と考えられる。もっとも、生殖医療に関連してしばしば話題となる「諏訪マタニティークリニック」では、「31年前の開業以来、約1万4000人分のカルテをすべて保存」しており、チェックの結果、8名の提訴該当者が発見されたというニュース(19日付『信濃毎日新聞』)や、「約30年分のカルテを保管」「80年から10年分のカルテ(約1万2000人分)を看護師らと10日ほどかけて全部点検」「44人への【フィブリノゲン】投与が判明した」佐賀県の医師のニュース(19日付『佐賀新聞』)も伝えられている。

 いずれにせよ、このような限界は最初から判りきっていた話なので、衆院厚生労働委員会決議は「『投与の事実』、『因果関係』及び『症状』の認否に当たっては、カルテのみを根拠とすることなく、手術記録、投薬指示書等の書面又は医師、看護師、薬剤師等による投与事実の証明又は本人、家族等による記録、証言等も考慮すること」と付言した。そして、和解基本合意書でも、「カルテなど医療記録がない場合の『同等の証明力を有する証拠』について、血液製剤を投与した医師の証言が信用に足ると認められれば、医師の記憶だけに基づく投薬証明も証拠と認め、補償対象とすること」で弁護団と法務省とが合意した旨が報じられている(12日付『読売新聞』)。

 感染者に金銭的「救済」が行なわれることによってすべからく善《よ》しとすべしという理屈になるのかもしれないが、これは事実上、少なくとも二十年以上前の出来事に関して、カルテという記録もなく医師などの記憶=証言のみを根拠に、感染経路も明確ではない(フィブリノゲン製剤、第9因子製剤によるものとは限らない)まま、しかも当時は非A非B肝炎として検査方法もスクリーニングの手段もなかったHCVに感染したとされる者に対し、現在の病状に応じて1200万円〜4000万円を給付することを法的に支える仕組みなのである。これが認められるのであれば、理論上は、最大限1000人どころか、350万人のウイルス性肝炎感染者全員に対して給付金を支給しなければ法の下の平等性に悖《もと》ることになりはしないのか?

 もう一点、製薬企業の問題もある。本法は、国と企業で作る基金から給付金を出すとしているが、その配分は決まっておらず、当面は国が肩代わりすることになっている。原告側は企業の謝罪を強く求めているけれども、今のところ各企業の対応は明確ではない。何らかの責任は想定されるとしても、裁判が進行していた中で、勝手に国に法律を作られ、そこで「本件においては、そのような企業の責任が問われるものである」(前文)と決めつけられ、負担金を押し付けられ、加えて無条件に頭を下げろと迫られるのでは、いささか企業側に同情したくもなってくる。

 かくのごとく、このたびの特別措置法は、たしかに200余名の原告及び給付金を今後受け取り得る不特定の未提訴者にとっては意味あるものだったとしても、抜本的肝炎対策、真の意味の患者救済としては全くもって不十分であり、むしろ患者間に大きな不公平感を惹き起こすものでしかなかったとさえ言い得る。他方、本法と並行して、与党が衆議院に提出していた「肝炎対策基本法案」、民主党が参議院に提出していた「特定肝炎対策緊急措置法案」はどちらも「与野党間の調整がつかず、通常国会での継続審議」(16日付『中国新聞』)となり、僅かに厚生労働省により、今春からの7年計画で、年間10万人、計70万人を対象にインターフェロン治療の自己負担を軽減する助成策のみが実施される運びである。衆参双方の厚生労働委員会で出された決議についても、元来「決議」というものが法的強制力を持ちはしない以上、これからの国民の働きかけがなければ、空証文と化す危険性を否定しがたい。

 僕も今回、参考人招致が行なわれた参議院厚生労働委員会での審議(8日)を傍聴したが、“政官業の癒着・天下り”をなくせば「薬害」は根絶されるとして、“厚生労働省から製薬会社への天下りをなくせ”と舛添大臣に向かって再三言い募る野党委員の質問に苦笑させられた。天下りをなくせば「薬害」が根絶されるようなら世話はない。インターネットでの様々な見解を見ると、むしろ良識的な医師たちの間でこそ、非A非B肝炎という誰にも正確には把握・対処し得なかった時期におけるHCV感染を実質的に国の誤り=「薬害」と規定したに等しい法律の成立に関して、これからの医療を大きく揺るがす深刻な事態と受け止めている向きが少なくない。極論、自動車事故をなくすためには自動車を、飛行機事故をなくすためには飛行機をなくせばよろしい。それと同様、本当は、「薬害」根絶など極めて簡単であり、総ての薬剤を否定し、人の命も健康もひたすら天命に任せればいい、いや、裏返せば、それでしか「薬害」根絶などあり得ない。その延長線上で、医療事故、医療過誤をなくすためには、医師や看護師も全部なくしてしまえばいいのである。しかし、もちろんそんな事は全く馬鹿げている。とりわけ医療、薬剤というメリットとデメリットが必ず同時に存在する分野において、完全には避け得ない不幸な出来事が発生した時、責任追及や損害賠償請求ばかりが際立って先行するならば、その危険を背負わされることを承知で業務に携わる者は、人間性を超えた聖人のような人物か、あるいはよほどの物好きかだけになってしまうことだろう。

 ともあれ、この法律は成立してしまった。今後は、その弊害の増大を皆で努めて抑制するしかない。
(2008.1.20)