今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

薬害C型肝炎「特別措置法」(その1)

大西 赤人       



 いわゆる「薬害C型肝炎」訴訟の全面解決策となるものであるかのごとく福田首相が昨年末に持ち出した議員立法は、年明け早々の7日に法案提出(最終的には委員長提案)、その日のうちに衆議院厚生委員会で可決、8日に衆議院本会議で可決、10日に参議院厚生労働委員会で可決、11日に参議院本会議で可決(いずれも全会一致)、結果、「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第IX因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」という何とも長い名前の法律となって成立した。福田首相は「薬害患者の方々を議員立法によって全員一律救済することを自民党と相談して決めた」(12月23日付『産経ニュース』)と述べ、当初は各メディアも、この法律が出来れば総てのC型肝炎感染者が「(金銭的)救済」の対象者となるかのようにも報じていたが、「特定」「給付金の支給」「特別措置法」という語句が表わす通り、言ってみれば本法は、あくまでも今回の訴訟原告――既提訴者約200名、今後の提訴可能者(予想最大限)800名――を限定的に対象とした法律に過ぎない。

 即ちこの立法は、12月中旬の和解決裂後、実際は五つの地裁判決も様々に分かれている事案に関して、仮に被害者の「線引き」をしなければ国の責任を丸呑みする――理屈からは、輸血などを含めて非A非B肝炎時代に遡《さかのぼ》る総てのウイルス性肝炎感染者に金銭補償を行なわなければならなくなる――に等しい政治判断を求められた福田首相が、さすがにこれに踏み切ることは出来ず、しかし、一方で急速な支持率低下に喘いだ挙句の窮余の一策。言わば本件に関する和解の根拠として法律が作られ、その法律が出来たから和解が実行されるというアクロバティックな手段であった。しかし、多く見積もっても――原告側自らも主張したとされる――1000人程度の「特定」製剤による限られた被害者だけを視野に収めた法律であることが露骨になっては価値が薄れる。そこで、「前文」が設けられた。もはや法律は成立しているので、現物に即して全文を引くと、それは以下の通りである。

「フィブリノゲン製剤及び血液凝固第IX因子製剤にC型肝炎ウイルスが混入し、多くの方々が感染するという薬害事件が起き、感染被害者及びその遺族の方々は、長期にわたり、肉体的、精神的苦痛を強いられている。
 政府は、感染被害者の方々に甚大な被害が生じ、その被害の拡大を防止し得なかったことについての責任を認め、感染被害者及びその遺族の方々に心からおわびすべきである。さらに、今回の事件の反省を踏まえ、命の尊さを再認識し、医薬品による健康被害の再発防止に最善かつ最大の努力をしなければならない。
 もとより、医薬品を供給する企業には、製品の安全性の確保等について最善の努力を尽くす責任があり、本件においては、そのような企業の責任が問われるものである。
 C型肝炎ウイルスの感染被害を受けた方々からフィブリノゲン製剤及び血液凝固第IX因子製剤の製造等を行った企業及び国に対し、損害賠償を求める訴訟が提起されたが、これまでの五つの地方裁判所の判決においては、企業及び国が責任を負うべき期間等について判断が分かれ、現行法制の下で法的責任の存否を争う訴訟による解決を図ろうとすれば、さらに長期間を要することが見込まれている。
 一般に、血液製剤は適切に使用されれば人命を救うために不可欠の製剤であるが、フィブリノゲン製剤及び血液凝固第IX因子製剤によってC型肝炎ウイルスに感染した方々が、日々、症状の重篤化に対する不安を抱えながら生活を営んでいるという困難な状況に思いをいたすと、我らは、人道的観点から、早急に感染被害者の方々を投与の時期を問わず一律に救済しなければならないと考える。しかしながら、現行法制の下でこれらの製剤による感染被害者の方々の一律救済の要請にこたえるには、司法上も行政上も限界があることから、立法による解決を図ることとし、この法律を制定する」

【話が前後するけれども、法律の成立後、15日には国と原告との間で和解基本合意書が交わされ、「前文」の文言を踏まえる形で「国は、フィブリノゲン製剤及び第9因子製剤によるC型肝炎ウイルス感染被害者に甚大な被害が生じ、その被害の拡大を防止し得なかったことについての責任を認め、感染被害者及びその遺族に心からおわびする」(16日付『読売新聞』)として、福田総理や舛添厚生大臣が謝罪している。】
 要するにこの法律は、メディアによっては「薬害肝炎救済法」などと呼んでいるけれども、その実質は(提訴・未提訴)原告のみに対する“救済=金銭による補償”であり、つまるところ、「給付金」という名目のまとまった一時金を原告たちに支払う仕組み(根拠)を定めた単なる手続法なのである。それでは、“「線引き」は絶対許さない”として“被害者全員の一律一括救済”を強く唱え、“間接的だが実質的な全員救済”とする国の和解案を拒んでいた原告側は、それこそむしろ「給付金」などという曖昧な名前の付いた札束でもって頬を叩かれるかのような法案をどうして受け容れることが出来たのか?

 そもそも原告側は「不必要な血液製剤による感染被害の法的責任の明確化、謝罪、被害回復、そして再発防止」「そして、裁判をきっかけに、ウィルス性肝炎の恒久対策を求め、すべてのウイルス性肝炎患者の人間回復」(薬害肝炎訴訟全国弁護団ホームページ【以下、弁護団HPと略記】より)を提訴の目的として掲げており、被害の対象はひとまず限定され、裁判は「きっかけ」と位置づけられている。従って、この出来事が「前文」によって「薬害事件」と規定され、そこに国の――「現行法制の下で法的責任の存否を争う」ことを避け、胡散臭い表現ながらも「人道的観点から」の対処が宣言されている以上、もとより“法的責任”とはなり得ないものの――「被害の拡大を防止し得なかったことについての責任」つまりは“拡大責任”が明記されたことを原告側として大きな成果と捉え得たのであろう(ただし、それに先立つ部分は、「被害を生じさせ」ではなく「被害が生じ」と独立しているため、“発生責任”までもが指示されているのか否かは微妙である)。

 さて、この法律は、繰り返すように実質としては限定的な手続法に過ぎない。しかし、その「前文」は、本件を「薬害事件」と認め、併せて「フィブリノゲン製剤及び血液凝固第IX因子製剤によってC型肝炎ウイルスに感染した方々」を「感染被害者」と定義し、「一律に救済しなければならない」と述べているのだが、そこに「特定」という条件はない。なお言えば、「症状の重篤化に対する不安を抱えながら生活を営んでいる」人々は原告のみに留まるはずなどないのだから、それを「一律に救済しなければならない」とすることにより、あたかも肝炎感染者全般を視野に置いた総合的な肝炎対策を打ち出すかのようにも装っている。ところが、本文においては、その対象は次のように厳密に狭められているのである。

「第二条 3 この法律において『特定C型肝炎ウイルス感染者』とは、特定フィブリノゲン製剤又は特定血液凝固第IX因子製剤の投与(獲得性の傷病に係る投与に限る。第五条第二号において同じ。)を受けたことによってC型肝炎ウイルスに感染した者及びその者の胎内又は産道においてC型肝炎ウイルスに感染した者をいう」
(なお、文中に「獲得性」とあるが、これは医学的定義としては「後天性」に等しい。法案では当初「後天性」だったのだが、後述する「先天性」との対比を弱めるためであろうか、「獲得性」に変更された)。

 昨年末、メディアが法案の骨子を報じはじめた際、僕自身もその一人である血友病・類縁疾患(【以下、血友病と略記】)の患者たちは驚いた。支給対象者が「後天性疾患でフィブリノゲン製剤または血液凝固第9因子製剤を投与され、これによってC型肝炎ウイルスに感染した者(治癒した者を含む)およびその相続人とする」(12月28日付『中国新聞』)とされていたからである。前回も記したように、今回の訴訟において原告側は、効果のなかった・不必要だった血液製剤を投与されたと主張しているため、「有効な薬」(弁護団HP)が用いられたと見做《みな》される血友病の人間については、明らかに同種あるいは同等の製剤使用によってC型肝炎ウイルス(HCV)に感染しているにもかかわらず、「原告となることを控えていただいております」(同前)としていた。もっとも、訴訟――とりわけ損害賠償請求において、弁護側が原告に有利な条件を優先することは、ある意味、当然のテクニックに違いない。また、その延長線上において、本件当事者に「特定」された「特別措置法」が作られること、及びその内容に対しては、当事者以外の人間が直接に注文をつける余地は本来ならばないであろう。ところが、この法案は、一方では、あたかもC型肝炎感染者全員を救済するかのような美名を「前文」に掲げ、その上で、本文においては「先天性」疾患を完璧に除外していた。となれば、これは、血友病のHCV感染者は「薬害」被害者ではないことが法律によって規定されてしまうに等しい。我々は、それはあまりにも理不尽ではないかと考えた。

 人間の血液中には、十数種類の凝固因子が存在し、それらが順次作用して出血時に血が固まる。第8因子が乏しい者が最もポピュラーな(患者数が多い)血友病Aで日本に4000人程度、第9因子が乏しい者が血友病Bで同じく1000人程度存在する。また、フォンヴィルブランド因子が乏しいフォンヴィルブランド病が同じく1000人弱、フィブリノゲン(第1因子)が乏しい先天性無フィブリノゲン血症が同じく60人程度、その他の凝固因子に関しても、おのおの数名から数十名の患者が確認されており、これらの凝固因子異常症を総称して血友病・類縁疾患と呼ぶわけである。そして、先天性無フィブリノゲン血症患者あるいは血友病B患者の相当部分(小計500名余)は今般の法律に記された「特定」製剤そのものの投与によってHCVに感染し、フォンヴィルブランド病及び血友病A患者の相当部分(小計2100名余)もそれに準じる製剤の投与によってHCVに感染しており、その因果関係は容易に確認され得るのだ。ただし、血友病の人々は、今回のいわゆる「薬害肝炎訴訟」――において「原告となることを控え」させられる――以前にも、その事実をもって損害賠償請求の提訴を行なってはいない。そこには、幾つかの理由があった。

 1960年代後半に至るまで、血友病患者(の出血)に対する治療法は、ほとんど効果を期待しがたい既成の止血薬を別にすれば、凝固因子を有する健常者の新鮮血を輸血するしかなく、重大な出血に際しては、多くの患者が輸血を経験した。その後、血漿分画《ぶんかく》製剤が進歩し、凝固因子だけを抽出して投与することが可能になったのだが、ウイルス性肝炎に関しては、後年に至って様々な対策が可能になるまでは、それこそ「有用性」との比較考量に基づき、事実上、避けがたいリスクとさえ捉えられていた。しかも、1980年代前半には、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染という深刻な災禍が襲いかかる。血友病患者会は、これによって大きなダメージを受けた。活発に動いていた多くのメンバーが倒れたし、また、感染者と非感染者との間に心理的な溝が生まれたケースもあった。この結果、従来存在していた全国会は停滞し、各地区会が近隣地域の患者を何とか取りまとめて活動を続ける形となった(大西自身、東京地域にある日本で最大規模の地区会で役員を務めている)。

 このような条件下、言わば血友病患者は、現実的にも比喩的にも肝炎問題に真っ向から取り組む“体力”に乏しく、少なくとも、自らの感染を容認こそしていないものの受忍せざるを得なかったと見做すことが出来るのではないだろうか。また、凝固因子製剤投与による(とりわけ)非A非B時代からのHCV感染をいわゆる「薬害」被害と考えるか否かについては患者個々人によって異なると推測されるけれども、今回の法律が「先天性」疾病の感染を「薬害」の枠に含まないものとしてアプリオリに定めるならば、それは――10日に行なわれた参議院厚生労働委員会参考人質疑において京都ヘモフィリア友の会会長・佐野竜介氏が陳述したごとく――“戦場にまだ出ていないのに、流れ弾が雨あられと飛んでくる”とでも形容すべき不条理極まる話である。

 先に述べたように、血友病患者会は、中央の号令一下、津々浦々に情報が伝わるような組織ではない。年末年始、どさくさ紛れを狙ったのかとさえ勘繰りたくなる慌しさの中、羊頭を掲げて狗肉を売るに等しい「救済」法の骨子、続いて法案が報じられ、我々は、一部の患者会が参加しているメーリングリスト、あるいは患者同士のメール、電話などを通じて意見交換を進めた。そして、12月28日には自民党に「血漿分画製剤によるウイルス感染問題に関わる議員立法に対する要望書」を提出し、年明け、野党も賛成しての早期成立が確実と報じられる中、1月8日には衆参両院議長に「『特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第IX因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法』案に対する意見書」(北村健太郎氏[社会学]のサイトより)を全国23団体の連名で提出した。

 単純に考えれば、今回の法律が対象としている「薬害」被害者と全く同じ「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第IX因子製剤」を使用した血友病患者に関しては、同等の給付を要求するとしてもおかしくない。この人々は「有用性」という要素によって提訴の枠から文字通り「線引き」されていたわけだが、原告に対する投与についても「有用性」に関する裁判所の判断は分かれており、しかも法律は、そういう司法判断を超越した「人道的観点」に基づく特別措置法なのであるから。しかし、現に提訴を行なってもいない血友病患者が総体として、法案に後から乗っかり“我々にも給付金を寄越せ”と――たとえ個々には原告に準じた給付金支給を希求する人間が存在するとしても――迫る形になること、また、法案を批判することで「薬害C型肝炎」訴訟原告と同士討ち的な様相を呈することは望ましくない。また、インターフェロン等の肝炎治療費の面では、血友病患者に関しては特定疾病制度などにより、既に実質的な無料化が実現している。

 そこで、23団体の総意としては、本法の大きな問題点、欠陥を指摘し、あくまでも「『国民病』『医原病』とも呼ばれる肝炎と闘うあらゆる人々に対する分け隔てのない手厚い支援」「血液製剤等々による総てのC型肝炎感染者に対する実質的な救済及び支援」を要望する文言を用いつつ、特別措置法というイレギュラーな性格を踏まえた上でなお、ごくごく噛み砕いて言えば、“こんな法律を作っただけで、国会として肝炎患者全員を一括救済するに足る十分な対策を採ったなどと位置づけたらとんでもない大間違いですよ。よく考えたほうがいいですよ”と両院議長にあてて「意見」することとしたのである。(この項、続く)
(2008.1.20)