今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

水戸黄門の印籠《いんろう》と化しつつある「テロリスト」という概念──映画「ジェイソン・ボーン」シリーズの主人公なら、厳格になった米国や日本の入国審査を、いかにして潜り抜けるのだろう

大西 赤人       



 記憶を失なった元CIA諜報員――要人暗殺を使命とするスペシャリストだった男――を主人公とする映画「ジェイソン・ボーン」シリーズは、第一作『ボーン・アイデンティティー』(監督=ダグ・リーマン、以降、製作総指揮)、第二作『ボーン・スプレマシー』(監督=ポール・グリーングラス)に続き、このたびの第三作『ボーン・アルティメイタム』(同前)をもって、ひとまず完結した。『レインメーカー』、『ラウンダーズ』、『リプリー』など繊細な役どころの多かったマット・デイモンが、それまでとは異なる身体を張った肉体派のヒーローを演じているわけだが、いわゆる二枚目ではない彼の容貌も役どころに人間的存在感を与え、あらゆる危機を乗り越える不死身のボーンに荒唐無稽ではないリアリティーをもたらしている。三作とも二時間未満とむしろコンパクトなのだが、弛《ゆる》みない脚本と演出により、とにかくスリルとサスペンス満載、まさに手に汗握る展開で飽きさせない(ただし、グリーングラス監督が多用する揺れる手持ちカメラの映像は、劇場大画面で観ていると、いささか“酔い”ますけれども……)。

 この種のシリーズものは、回を追って次第にジリ貧となるケースもまま見受けられがちだが、本作の場合、『ボーン・アルティメイタム』に至ってもテンションは少しも落ちていなかった。あえてケチをつけるとすれば、ストーリーの展開が前作『ボーン・スプレマシー』と似通っており、意外性には乏しいあたりだろうか。それでも、前二作同様、あるいはそれ以上に世界各都市の市街で展開される激しい追跡劇は、本当にどうやって撮影したのかと思わせられるほどに激しく、緊迫感に満ちている。

 さて、この物語の中では、自らの失なった記憶を取り戻そうとするボーンが手がかりを求めて各国を飛び回り、一方、CIAの一部上級幹部は、今や邪魔――危険な存在――となったボーンを抹殺すべく、彼を犯罪者に仕立て上げ、組織の力を挙げて後を追う。その網はそれこそ念入りであり、CIAのオフィスには世界中からありとあらゆる情報が集まり、ボーンの僅かな痕跡を拾い集める。遠く離れた街中《まちなか》に置かれている監視カメラの映像を次々リアルタイムに映し出すくらいはまだしも、ヨーロッパ中で交わされているあらゆる電話通話を自動的にチェックしつつ、それらの中からたった一つのキーワードを拾い上げ、会話の主を見つけ出す場面にはビックリした。もちろん、これはフィクションではあるけれども、地球上のどこだろうと偵察衛星から数十センチ単位の映像で捉えられているという話などを考え合わせると、CIAのような大きな力であれば、この程度の作業は十ニ分に実行可能なテクノロジーなのではないかとも感じさせられる。

 東西冷戦体制の崩壊後、以前のように共産主義勢力を単純な悪役に擬《ぎ》する価値観は成立しにくくなり、その代わりに世界共通の敵として位置づけられるものは「テロリスト」である。9.11米国同時多発テロ事件以来、“テロの恐怖”が持ち出されれば、誰しも『そりゃあ、恐いよね』と同意し、テロ防止のためならば、多少の不自由はやむを得ないという共通認識が作り出されている。つまりは、「テロリスト」という概念が、水戸黄門の印籠《いんろう》と化しつつあるわけだ。

 11月20日、改正出入国管理・難民認定法の施行により、日本にやって来る16歳以上の外国人に対して指紋採取(両手人差し指)と顔写真撮影を義務づける(提供を拒む者は入国を許可されない)新たな審査制度が、全国の27空港と126海港で一斉に開始された。

「入国時に生体情報を採取する制度の導入は『テロリストの入国阻止』を目的に二〇〇四年から始めた米国に続く二例目。政府は目的としてテロ対策を掲げているが、日弁連や国内外の人権団体は『犯罪捜査に際限なく流用される恐れがあり、重大なプライバシー侵害』だとして見直しを求めている。
 採取された生体情報は過去に強制退去処分を受けた外国人のほか、国際刑事警察機構や日本の警察による指名手配者など約八十万件の生体情報のデータベースとその場で照合される。在日韓国・朝鮮人ら特別永住者、外交官、国の招待者は指紋採取などの対象外」(同日付『東京新聞』夕刊)

「法務省によると、計5人の指紋が、過去に強制退去となって来日が許可されていない人物のデータベースと一致。うち3人は偽造・変造パスポートを使用したとみられ、強制退去の手続きに入った。残る2人にも退去命令が出される見通し。
 指紋などの提供を拒み入国拒否となった外国人はいなかった」(11月21日付『MSN産経ニュース』)

「福岡市の福岡空港や博多港などでも20日、指紋と顔写真を利用する入国審査が始まった。早朝から続々と到着した外国人乗客からは『安全対策のためには仕方がない』という意見の一方で、無条件に個人情報を提供することへの嫌悪の声も聞かれた」(11月20日付『西日本新聞』夕刊)、「新千歳空港など国際線到着口でも、不快感を口にする外国人旅行客が目立った。日本への旅行客が多い韓国でも批判的に報道され、世論の動向によっては外交問題化する危うさもはらむ」(11月21日付『北海道新聞』)等々と違和感も表明されてはいるものの、全体的には、鳩山邦夫法相の「テロを防ぐという大きな目標のために我慢してほしい」(11月19日付『共同通信』)という大義名分のほうが通用するようである(加えて、成田空港では、日本人や特別永住者らが事前に指紋を登録しておけば指紋照合だけで出入国できる「自動化ゲート」――高速道路のETCか!?――の運用も始まったという)。

 そもそもこの種の話になると、“後ろめたい人間でなければ、指紋を採られようと顔写真を撮られようと、痛くも痒くもないはずだ”的な言い方が幅を利かせがちである。従来、本欄でも繰り返しているように(colum226.htmcolum316.htmcolum317.htm)、人は――動物園の動物や籠の中のペットとは異なり――自己の社会的自由やプライバシーの確保を求める生き物なのだが、犯罪防止ましてやテロ防止を目的とする規制策が持ち出される時には、異議申し立て自体が突拍子もなく平和ボケな行為であるかのような雰囲気が形作られる。今回の正出入国管理・難民認定法の施行に際しても、鳩山法相による「アルカイダ」発言が何とも好都合に世間を賑わせた。

「鳩山法相は29日午後、東京都内での講演でインドネシア・バリ島の爆破テロ事件に言及し、『私の友人の友人がアルカイダ(国際テロ組織)だ。バリ島中心部の爆破事件に絡んでおり、私は中心部は爆破するから近づかないようにとアドバイスを受けていた』と発言した。200人以上が犠牲になった02年10月の事件を事前に知っていたとも取れる内容だったが、講演後に『友人に聞いた話で、私が発生前に爆破計画を知っていたということではない』などと発言内容を訂正した。

 講演は日本外国特派員協会の主催で、約100人の外国人記者らが参加。日本政府が16歳以上の外国人から日本入国の際に指紋を採る制度を11月20日に導入することに関し、記者側からその必要性を問われた際、制度の意義を強調する例として事件に触れた」(10月29日付『アサヒ・コム』)。

 発言後、法相は「自分はその人物と友人でもなければ面識もない」「友人の話の真偽は確認していない」「舌足らずで誤解を生む部分があったので明確に訂正したい」(同前)などと一旦は弁明したものの、その後も、「テロリストが日本をうろうろしている」「大臣として体を張って国を守る義務がある。そのために多少国民に警笛を鳴らして、お知らせしなければならない」(11月11日付『アサヒ・コム』)、「私は一つもうそを言っていない」「【新しい入国審査制度は】テロから守るための最高の手段」「きちんと指紋を採っていれば怪しい人間は分かり、入国を防ぐことができる。テロの攻撃はさせない」(11月24日付『アサヒ・コム』)と同様の気炎を上げつづけている。

「友人の友人がアルカイダ」という発言については、ネット上でも、水前寺清子による往年のヒット曲『友達の唄』の一節“友達の友達は友達だ その友達の友達も みな友達だ”を引いた揶揄《やゆ》が眼に留まったけれど、僕も自然にそれを想い起こした。もちろん現実には、「友人の友人」が自分にとっても友人であるとは限らない。鳩山が最初にわざわざ口にしたこの表現には、身近に危機があると注意を促す切迫感よりは、むしろ――“俺の叔母さんのダンナさんの弟の同級生のイトコが歌手の××でさぁ”というような――一種の自慢(?)の気配さえ受けてしまう。「きちんと指紋を採っていれば怪しい人間は分かり……テロの攻撃はさせない」というけれども、本当に日本でのテロを狙う輩《やから》があれば、要するに、前歴がなく指紋が審査に引っかからない要員を送り込むだけの話ではなかろうか?

 ことほどさように日本は入ってくる外国人を警戒するけれども、言うまでもなく、我々日本人もまた、外に出れば同じ立場に置かれる。

「米政府は29日からテロ対策を目的にした外国人の入国審査をさらに厳格にし、両手すべての指からの指紋採取を始める。国土安全保障省によると、首都ワシントン近郊のダレス国際空港から段階的に全米の主な空港に広げていくという。
 入国審査時の外国人からの指紋採取は「US‐VISIT」プログラムと呼ばれ、01年の同時多発テロを受けて04年に始まった。現在は両手の人さし指に限られているが、個人を特定する精度の向上を目的に10本の指からの採取に踏み切った」(11月22日付『アサヒ・コム』)

 先の「ジェイソン・ボーン」シリーズの続編が作られるかどうかは不明だが、今度は、いかに彼が身分を秘匿して米国や日本の入国審査を潜り抜けるのか、そのお手並みを見せてもらいたいところである。
(2007.12.2)