今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

横綱・朝青龍をめぐって──相撲協会は“トカゲの尻尾切り”をしたいのか

大西 赤人       



 横綱・朝青龍は、どうしてこれほどまでに攻撃されるのだろう? 先日来物議を醸《かも》した「八百長」が確定したわけでもないし、何かしら法律上の罪を犯したわけでもない。言われているところをそのまま受け取っても、所詮は「仮病」――というか、過大な診断書の提出――により、巡業を怠けただけのことだ。もちろん、“力士にとって、地方巡業は本場所同様に重要なもの”という原則はあるけれど、どう転んでも巡業は巡業、あくまでも顔見せであり、そこでの勝ち負けが地位に反映するわけではない。しかも、母国・モンゴルへ帰って野放図に遊び呆けていたというのであればともかく、問題となった朝青龍が出ていたサッカーは、施設の子供向けに国が主催したゲーム(20分ハーフ、中田英寿以外の出場選手は、日本大使館員など素人)だったわけで、この経緯に関して、在日モンゴル大使館は、早々に謝罪コメントを出している。

「在日モンゴル大使館は31日、『(朝青龍には)無理に参加をしていただきました』などとする謝罪文を日本相撲協会へ提出した。
 文書によれば、このイベントはモンゴル国主催による子どもたちを対象としたチャリティー大会で、当初朝青龍の参加の予定はなかったが、帰国を知って日本の外務省を通じて参加を要請。『治療のための帰郷と(朝青龍から)説明を受けましたが、半ば強引にお約束させていただきました。大変なことになり、日本相撲協会様、横綱朝青龍様に迷惑をお掛けしたことをおわび申し上げます』と謝罪した」(7月31日付『サンスポ・コム』)

 また、一緒に出場していた中田も困惑の様子だ。
「骨折しているにもかかわらず、モンゴルでサッカーに興じ、仮病疑惑の批判が集まる横綱朝青龍。予想外の騒動となり、一緒に参加していた元日本代表MF中田英寿氏が、大きなショックを受けている。なにしろ、このイベントは、中田氏が申し出て、実現したものだったから。観戦中の朝青龍は、子供たちの大声援に後押しされて出場したという。
 『ご迷惑をかけたのか、大変恐縮しています。コメントを出して騒ぎを大きくしてもいけないですから…。どうしたらいいのか、中田も心を痛めているところです』(中田氏の所属事務所)
(中略)
 モンゴルに同行していた同事務所のスタッフによると、『横綱はモンゴルでは英雄。中田もアジアでは、どこに行っても、歓迎していただきますけど、比べものにはならないほどの歓迎をしていただきました。横綱は、もともとは観戦だけの予定でしたけど、観戦していた子供たちからの大きな声援に後押しされて、飛び入りで参加してしまったようです。現地では横綱を知らない人はいませんから』と話している」(8月1日付『ZAKZAK』)

 これらを踏まえれば、全くお咎めなしとは行かずとも、精々、相撲協会が朝青龍に帰還命令を発し、その上で巡業への参加を課せば済むような話。ところが、横綱のあれこれの言動に対する積もり積もった憤懣が噴出した嫌いがあるにせよ、巡業先からは“来てもらわなくて結構”と愛想を尽かされ、世論の大勢も厳罰を求める中、協会は「(1)9月の秋場所(東京・国技館)と11月の九州場所(福岡国際センター)の出場停止(2)4カ月30%の減俸(3)九州場所千秋楽まで特別な事情がない限り、部屋、病院、自宅以外は出歩くことを禁止」(1日付『アサヒ・コム』)という決定を下すに至った。21回もの優勝を重ねてきた横綱に向かって二場所の出場停止――実質的には、次の土俵は約半年後――も厳しいものだが、26歳の大の大人に対して、あたかも凶悪犯を見張るがごとく、数ヶ月にも及ぶ“軟禁”にも似た謹慎を言い渡すとは何事だろう? 相撲協会にそんな権限があるのか?

 案の定、朝青龍は精神的に不安定な状態に陥り「急性ストレス障害」と診断され、治療(回復)のためのモンゴル帰国が取り沙汰された。しかし、これにも病気を口実としているというような批判が大きく、師匠である高砂親方の指導能力・管理能力の不足をも含めて、圧倒的なバッシングが継続。このままでは、最悪「引退」につながることも予想されているわけだが、昇進以来、一人横綱を張りつづけてきた朝青龍とはいえ、新横綱・白鵬に次いで、来場所には新大関・琴光喜も登場するとあって、その稀少価値は薄れつつある。むしろ協会としては、積極的に首を切ることこそ避けつつ、朝青龍を自発的な引退へと追いやることにより、八百長疑惑まで含めたヒール(悪役)としての彼にまつわるダーティーなイメージの払拭――即ち“トカゲの尻尾切り”――をしたがっているとしか思われない。

 これまで総じて僕は、大相撲の八百長疑惑に関して寛容だったし(column25.htm)、朝青龍に関しても擁護的だった(colum203.htm)。その想いは、今も基本的に変わらない。いや、正確に言えば、そもそも寄ってたかって大騒ぎするような話ではないという気がするのだ。大相撲が「国技」と称していること自体、特段の根拠はないとして異論を唱える向きもある。たしかに、野球やサッカーと較べても、国民の間で相撲の人気、相撲への関心のほうが勝っているとは到底思われない。仮にその歴史ゆえにひとまず「国技」と認めるとしても、要するに「興行」と銘打たれているごとく、純然たるスポーツではなく、見世物なのである。幾ら“郷に入れば郷に従え”と建前を振りかざしてみたところで、外国人への門戸開放をはじめ、言わば近代化にさらされればさらされるほど、相撲の封建的特色は薄れ、強い者が勝つ、勝負に勝てばいいという単純な原理が前面に出ざるを得ない。現に外国人力士が横綱、大関に居並ぶようになった今日《こんにち》、いつまでも品格だ何だと言っていたところで仕方がないと思うのだ。どうしても「国技」の旧弊な枠を守りたいというのであれば、あくまでも力士は日本人(日本国籍)に限定して伝統を固持するとか、たとえ相撲は弱くとも、極めて品行方正・人格高潔な力士を横綱に推挙するとかしたらいいではないか。

 朝青龍については、彼が(未だ)帰化していないことまでをもあげつらう見方が広がっている。そこにはたしかに様々な背景もあるのだろう。とはいえ、野球はそれこそ米国の「国技」だが、イチローや松坂に関して“大リーグでプレーを続けるならば、彼らはアメリカ国籍を取るべきだ”と言われたら、多くの日本人はどれほど憤慨するであろうか?
(2007.8.10)