今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

牛ミンチ偽装事件の傑作パロディと、年金問題の責任転嫁に終始する安倍首相のゴマカシ

大西 赤人       



 インターネットの巨大掲示板『2ちゃんねる』は、匿名性の陰に隠れた無責任で暴力的な書き込みも多々見受けられて困り者の面も大きいけれど、先日明るみに出た食品加工卸会社「ミートホープ」(北海道・苫小牧市)による広範囲に及ぶ牛ミンチ偽装事件に関しては、極めて秀逸なパロディが出現した。NHK総合テレビの人気番組だった『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』を巧みにもじったものである。僕は、しばしば露骨に大企業の提灯《ちょうちん》持ちめいた仕上がりの『プロジェクトX』という番組は虫が好かず、放送されていた5年半の間に精々三、四回しか見たことはなかったけれども、その雰囲気はよく知っている。俳優としては決して嫌いではないものの、これに限れば、もったいぶった田口トモロヲのナレーションも大嫌いだった。パロディは、次のように始まる。

「メーカーから、もっと安い牛肉コロッケを作れと迫られていた。
 思案に暮れていたとき、社長は意外な事を言った。
『牛肉を抜いてみたらどうだろう』
 工場長は戸惑った。
 牛肉コロッケから牛肉ミンチを抜いたら牛肉コロッケでなくなってしまう。
『無理です。出来ません』工場長は思わず叫んだ。
『俺たちがやらずに誰がやるんだ。俺たちの手で作り上げるんだ!』
 社長の熱い思いに、工場長は心を打たれた。肉屋の血が騒いだ。

『やらせてください!』
 それから、夜を徹しての偽装ミンチ作りが始まった」

 牛肉の代わりに、肉なら何でもミンチにして混ぜてみるが、本物の牛肉コロッケの味は出ない。苦しむ工場長のところへ社長が現われ、こう呟く。

「『発想を変えるんだ。牛は肉だけで出来ているんじゃない』
 そうだ。血だ。牛の血があった。暗闇に光が射した気がした。
 工場長は何の肉を入れたかよくわからないミンチに牛の血を混ぜてみた。
 牛肉ミンチ特有の鮮やかな赤みが蘇った。
『これだ、これが探してた俺たちのミンチなんだ!』
 牛肉抜き牛肉風味コロッケの誕生だった」

 ……いやいや、実に傑作。単に替え歌的にフレーズを当てはめているだけでなく、『プロジェクトX』そのものへの皮肉も籠められているところが実に良く出来ている。僕などは、語尾を微妙に脱力させる田口トモロヲの口調をわざわざ真似て家族に読んで聞かせてしまったのだが、世間でも大いに受けたようで、“詠《よ》み人知らず”のままネット上で広まっているようだ。実際、次から次へと露見した「ミートホープ」社長の“手法”は、もちろん豚肉を牛肉と称するなどは呆れ返る単純な虚偽であり、全くもって言語道断な代物に違いないとしても、それらの中には、あえて皮肉に言えば、会社を維持・発展させる利潤追求のため、究極の企業努力(?)と解釈したくなるものも含まれている。この社長、攪拌機付きひき肉製造器の考案により、昨年、北海道庁から推薦されて、文部科学省の創意工夫功労者賞を受けた人物だったというのだから……。

 以前、たまたま縁あって某オートバイ雑誌でバイク愛好家へのインタヴュー記事を担当していた頃、話を聞いた人の相当部分が何かしらの商売をしていて、ほとんど異口同音のように“儲かりません。儲けを考えたらやって行けません。お客さんの喜ぶ顔が何よりも励みです”みたいな事を口にしていた。それがまるっきりデタラメとまでは思わなかったけれど、彼らの案内してくれるガレージには、一台何十万、何百万というような名車のコレクションが並んでいて、いつも『オイオイ』と感じさせられたものだった。「資本主義社会においては」などと大上段に振りかぶらずとも、経済活動において拡大再生産は不可欠である。そして、それを実現させるための利潤の追求は、殿様商売が成立するような稀な例外を除けば、何かしらの経費を切り詰める微々たる積み重ねによってしか成立し得ない。最も判りやすい要素は、言うまでもなく人件費の抑制であろうけれども、働き手たる人間への皺寄せにも限界があるとすれば、(如実に眼に見える・見えないはさておき)製品の質的低下というリスクを踏まえて原材料費を削減することは必然の成り行きだろう。

 人件費も材料費も国内より安価な――中国を筆頭とする――海外に頼り、やはり近頃の『2ちゃんねる』のとある書き込みには、“「高い物は良い」とは言えないが、間違いなく「良い物は高い」”というように記されていて、これまたなかなかの真理と感じさせられた。その意味では、事件発覚直後に「ミートホープ」社長が口走って大顰蹙を買った「販売店も悪いし、半額セールで喜んで買う消費者にも問題がある。消費者も安いものばかり求めるから…」(6月25日付『日刊スポーツ』)という発言などでさえ、むしろ一面の教訓として受け止める余地があるかもしれない。

 近年の日本では、民間活力・競争力の導入を旗印に規制緩和の流れが推し進められており、何かにつけて「官(公務員)」が攻撃され、安い「民」が望ましいというような価値基準が正当化されている。たしかに昔から言われる「親方日の丸」意識はよろしくないとしても、特に医療、教育、福祉のような国民全般に関わる事柄については、すべからく国が責任をもって必要なサーヴィスを維持すべきはずであり、それを担う人的資源たる公務員に関しても、単純に人数を減らしたり給与を引き下げたりして安価にすればいいというものではなく、実行の保証、そのための監督が必要というだけのことではないのか。ミートホープのような例はあまりにも論外としても、先頃のコムスンにせよ、大手各社の偽装請負にせよ、引いては、随分昔のようなライブドアにせよ、民間――正確には私企業――の不祥事は山のように存在している。

 ところが、積年の歪《ひず》みがここに至って噴出した恰好の年金問題に関しても、安倍首相は「【社会保険庁には】親方日の丸的に、上から人を見るような気持ちがあったのは事実だ。こうした“ごみ”を一掃しなければいけない」(6月15日付『日刊スポーツ』)「社会保険庁には親方日の丸的な体質が残っている」(6月23日付『読売新聞』)などと――“仮にそれが事実であるとしても、じゃあ、その「親方」は誰なんだ?”と問い返したい――責任転嫁に終始。社保庁職員――実質的には労働組合(自治労)――を諸悪の根源に擬し、むしろ社会保険庁を解体することで年金問題を解決してみせると参議院選挙に向けて大風呂敷を広げ、それが自分の手柄となるかのような逆手に取った口ぶりだ。これに準じるたとえば「社保庁・自治労の歪んだ関係…ふざけた覚書の内容とは」という見出しの報道(6月4日付『ZAKZAK』)は、こんな調子である。

「『消えた年金』問題で、国民の怒りを沸騰させた社会保険庁。政府与党への批判と歴代長官の責任論が浮上しているが、何と、社保庁と全日本自治団体労働組合(自治労)が、労働条件向上を優先する覚書などを何度も交わしていたことが4日、分かった。自治労は民主党や社民党の有力支持団体。社保庁労使のゆがんだ体質が、年金加入者軽視につながり、国民の老後を不安に突き落としたのか」

「夕刊フジが入手したのは、1979年から2004年までに、社保庁側と自治労側が結んだ覚書や確認事項の内部資料。102件あるうち、何と35件が自治労側の労働条件を優先したものだった。
 例えば、79年3月13日、社保庁長官と自治労国費評議会議長がオンライン化計画に伴って交わした覚書には、《労働強化が生ずることのないよう十分配慮する》《労働条件の低下をきたすような制度の変更は一切行わない》とある」

「事務手続きの効率化・簡素化を目指すオンライン化が、どうして労働強化につながるのか理解困難だが、自治労側がこれに徹底抗戦したため、このような覚書や確認事項が交わされたという」

 ほぼ25年の間に102件の覚書や確認事項ならば1年に約4件、そのうちの35件というのだから、1年に平均1.4件。それがどうして「何と35件」となるのか? しかも、その中身たるや、わざわざ取り上げたものさえ具体的な数字(条件)などの提示ではなく、「十分配慮する」や「一切行わない」など、抽象的文言に過ぎない。ちなみに、非難の的となっている自治労側の見解はどんな具合なのかを確認すべく、そのホームページを見てみた。6月11日付で出された声明「『年金記録問題』に対する基本的考え方」には、「【オンラインシステムと言いながら】国民一人ひとりにとって重要な年金記録を管理するシステムとしては、極めて脆弱であり不十分であったことは否めません」とか「これらの人為的ミスについてはチェック体制の不備も含め、率直に認めなければなりません」とか「被保険者や受給者の方々と直接応対する多くの現場の職員を組織する労働組合としても率直に反省しなければなりません」というようないささかへっぴり腰の物言い――なぜ、「不十分でした」「認めます」「反省します」としないのか――も見受けられるものの、労使間の「法的拘束力を持たない、いわゆる『紳士協定』的な位置づけ」で結ばれた総ての覚書や確認事項は、2005年1月までに総て破棄されたとある。

 また、88年5月の「窓口装置を連続操作する場合の1連続操作時間は45分以内とし、操作時間45分ごとに15分の操作しない時間を設ける」なる覚書については、前掲記事中で「1時間のうち15分も休憩できるとすれば、かなり楽な仕事というしかない」と揶揄されている通り、世間一般にも、自治労に対する強い反発の主要な一因となっている。しかし、自治労側は、15分は「休憩」ではなく、「机上業務や窓口・電話相談業務を行っていた」と説明している。仮にこれを鵜呑みにはし得ないとしても、そもそもディスプレイに向かっての入力など「VDT(Visual Display Terminals)作業」に関しては、2002年時点で厚生労働省が、「一連続作業時間が1時間を超えないようにし、次の連続作業までの間に10分〜15分の作業休止時間を設け、かつ、一連続作業時間内において1回〜2回程度の小休止を設けること」とのガイドラインを定めているのである。

 ましてや、「事務手続きの効率化・簡素化を目指すオンライン化が、どうして労働強化につながるのか理解困難」と述べられている点については、推し進められたオンライン化が「事務手続きの効率化・簡素化」につながらなかった――むしろ壊滅的な大混乱を惹き起こした――という結果は、今、火を見るよりも明らかな形となって現われているではないか? しかし、もちろん、このような攻撃からは、労働組合職員が手を抜いてきたからこそ、現在の事態が発生したという理屈が導き出されるわけで、先の記事は、過去に国鉄民営化を提言したという評論家・屋山太郎の「社保庁は幹部も労組も両方悪い。こんな組織を公務員の立場で残してはならない。民営化してダメな職員のクビを切るべきだ」というコメントを得々と紹介している。小池百合子防衛相なども、社保庁の労働組合に関し、「年金の仕事をせず、支持する野党の選挙応援をしゃかりきにやってきた」「年金問題で混乱すればするほど、日本をガタガタにしようという彼らの目標に近づき、運動は成功を収めるという、まさに自爆テロという話になる」(23日付『中日新聞』)と言いたい放題だ。

 でも、本当に労働組合をはじめとする多くの職員に重大な責任があったのだろうか? またそれは、本当に民間の力を導入すれば清算されるのだろうか? とてもそうは思えない。言うまでもなく社会保険庁のオンラインシステムは、職員によって作られたはずとてない。その主体は、民間の大企業たるNTTデータシステム及び日立製作所である。2003年10月、社会保険庁は、自民党の申し入れを受けた政府の要請により、旧式な情報システムの改革を検討する「社会保険オンラインシステム刷新可能性調査専門家会議」(座長:明星大学人文学部・大橋有弘教授)を設置した。その専門委員の一人であった広島市立大学情報科学部教授・大場充氏の「社会保険と情報システム」(2004年9月24日付「週刊中国新聞経済メールマガジン」)には、このように書かれていた。

「委員会は、具体的にシステムの刷新可能性調査を担当するコンサルタント企業を決定し、当該企業による調査報告を審査・承認するとともに、各分野の専門家の立場から調査内容を検討し、調査方法等に関する助言を行うことが任務である。そのため、大学関係者や監査法人のコンサルタント、ITの専門家、ジャーナリストなどが委員として参加している」「『レガシーシステムと呼ばれる旧型のシステムを刷新すべし』とした自民党の特命委員会の論理は、旧型の大規模コンピューターシステムの維持と運用に社会保険庁等の省庁が投入している予算が莫大であり、一般企業と同様にパーソナルコンピューター等を有効に活用することで、そのような省庁の予算を大幅に削減できるのではないかとの根拠に基づいている。例えば、社会保険庁がオンラインシステムの維持と運用に毎年投入している予算は、500億円に近い額になっている」

「2つの大規模なシステムを稼働させている社会保険庁では、年に数百億円の費用がかかることは、それほど常識はずれとは言えない。ただし、500億円が妥当な数字かどうかは別問題である。筆者の個人的な試算に基づけば、高すぎると言える。ただし、詳細を検討しなければならず、安易な決め付けはできない」

「社会保険庁の例で言えば、最も重要で大規模なシステムは、電電公社時代のNTTによって開発され、それ以来、同社によって継続的に維持・運用されている。当時は、官の一部として、かつ国内で最も技術力のあった、電電公社のデータシステム本部へ委託された。この決定に疑念を差し挟む余地はない。
 しかしその後、NTTは民営化され、私企業になり、さらにデータシステム本部は、NTTデータという日本一のソフトウエア会社として分割された。民間企業であるNTTデータ社が、利潤を追求することは正当であり、その結果多額の維持・運用費をユーザーに請求するのも当然である。もはや、システムは巨大化し、複雑であり、NTTデータ社以外に維持・運用を引き受けられる企業はない」

「【『年間100億円以下の予算でも、同等なシステムの維持・運用が可能である』と報告した】IBMビジネス・コンサルティング・サービス社が主張するように、NTTデータ社から他社、例えばIBM社に委託先を変更することは、技術的に不可能である。NTTデータ社がこの数十年の期間に蓄積した社会保険システムに関する業務知識を、短期間で他社に移転することは不可能である。プログラムに組み込まれているが、記述されていない規則が多いようである。
 社会保険庁の問題に限定して言えば、現時点での短期的な解決策の選択肢はない。調達の方式を変え、競争的な公募・入札方式を導入して、システムの一部を少しずつ、NTTデータ社だけでなく、他社にも委託することで、長期的視野に立ち、変えてゆくことが望まれる。今、日本の中には、類似の問題が山積している。決して、社会保険庁だけの問題ではない」

 ここには、「随意契約」や天下りの問題も絡んではいる。とはいえ、いずれにしても、まだ事態が表面化していなかった時期に専門家がこのように分析していた状況が、安倍首相の言うような社保庁解体・民営化によって――それも半年や一年の間に――解決するとは到底考えがたい。労働組合を怠け者に仕立て、人心の不満のぶつけどころとするやり口は、真の責任の所在をウヤムヤに終らせるその場凌ぎのゴマカシでしかない。最後に蛇足の軽口を付け加えると、そんなに公務員が役立たずで民営化が有効ならば、まずは内閣、それも総理大臣から率先して民間委託に変えてしまったらどうなんでしょうね?
(2007.7.25)