今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

王貞治監督が本当にホークスのためを思うならば、自ら後進に道を譲るべきである

大西 赤人       



 今年からセ、パ、両リーグとも新たなプレーオフ制度「クライマックスシリーズ」を導入したプロ野球。僕は、昨年まで、パ・リーグのプレーオフ制度の問題点を繰り返し述べて反対の意を示していたけれど、今から振り返っても、2004年、2005年と続けてレギュラー・シーズンを悠然と1位で終えながらプレーオフで敗退、結果的には2位ということになってしまった(旧・ダイエー、現・ソフトバンク)ホークスの不運は際立っていた。今年からは、ともかくもレギュラー・シーズンの一位チームがシーズンの優勝チームであり、プレーオフにおいては、あくまでも“日本選手権シリーズ出場権”が争われるわけだから、従来の弊害は相当程度改善されたと考えられる。両リーグとも、優勝は無理としても3位ならまだまだ狙えそうなチームが多いので、たしかに面白みは増している。

 さて、今ではホークスの顔となった王貞治監督だが、1984年から1988年までの間は、選手及び現役引退後も助監督として一筋に過ごした巨人の指揮を執《と》っていた。5年間の成績は3、3、2、1、2位だから、数字だけを見れば決して悪くはなかったけれど、「常勝巨人」のプレッシャーによって引責辞任、以後、古巣に戻ることはない。当時、しばしばプロ野球を題材とするいしいひさいちの漫画には、眉間に皺を刻み顔に何本も線(陰影)が入った暗〜い表情の王サンがダッグアウトから登場し、「ピッチャー、鹿取!」と選手交代を告げるというお決まりの場面があった。その頃の鹿取義隆(現・野球評論家)は、勝ち試合だろうと負け試合だろうと、中継ぎ、押さえとして黙々と投げつづけ、毎年、60試合前後の登板を重ねていた。この起用ぶりには、シャレの意味も含めて「ワンパターン」との冷評が浴びせられたものだが、それに留まらず、自軍のミスを全く許容しそうにない王監督のいかにも厳格な振る舞いには、テレビを通して見ているだけでも息苦しさを感じ、『これでは選手もやりにくいだろうなあ』とつくづく感じさせられていた。

 ところが、1995年、17年連続Bクラスと低迷していたホークス監督となってからの王は、巨人時代とは打って変わって、ベンチでも明るいムードを作ろうという姿勢が目立つようになり、就任以来の三年こそ5、6、4位に甘んじたものの、その後はAクラスに常駐。1999年、2003年には巨人監督としても達成することが出来なかった日本一にも輝き、昨年はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)日本代表監督として優勝(ちなみに、同チームの投手コーチの一人は、先述の鹿取)。“名選手必ずしも名監督”ならずという定説を完全に脱した印象がある。そして王サンは、昨年7月に自らが胃ガンであることを明かし、監督業を休養、全摘手術に臨んで成功。しかし、彼の不在中、森脇浩司監督代行に率いられたチームは3位に留まり、プレーオフでも三度《みたび》苦杯を味わった。このため、今春、復帰した王監督は、初代クライマックスシリーズでの優勝を本年度の大目標に掲げたと伝えられる。

 そんな今年のホークス、横浜の主砲・多村をトレードで獲得、小久保も巨人から里帰りするなど積極的な戦力アップを行ない、一時は快調に首位に立っていたものの、このところ失速気味。アッという間に日本ハムから5ゲーム差をつけられた3位に落ち(12日現在)、むしろ4位の西武に肉薄されつつある。そして、スポーツ・ニュースなどを見ていて気がかりな事は、王監督の様子だ。さすがに手術の後も頬がこけた様子が見えていたけれど、今の容貌はそういう次元を超え、歯に衣着せず書けば、“やつれている”と形容したほうが相応《ふさわ》しい。幾ら元スポーツマンとはいえ、既に王サンも67歳。手術後の回復自体は順調といわれるものの、頑健な身にとっても監督業は――とりわけ胃にはストレスのかかる――激務であろうから、ましてや全摘からようやく一年の身体には、連日の激闘がさぞかし堪《こた》えているのではないだろうか? 実際、「『胃がないわけだし、食欲も前ほどはないよ』と苦笑いを浮かべ」(7月5日付『西日本スポーツ』)というような報道も見聞きする。

 11日、久しぶりにケーブルテレビでソフトバンク対楽天の試合を途中から見た。6回裏を終って、ソフトバンクが8対2とリード。このままスンナリ進むのかと思っていたら、7回表に楽天が二死無走者から一挙7点を挙げて逆転する。その後、ソフトバンクも粘りを見せたけれども、結局10対11で惜敗。こんなゲーム、負けたほうは誰しも憤懣やる方なかろうとはいうものの、何とも悲壮だった光景が王監督。ベンチでの表情、選手交代に出てくる物腰、総てがちょうど昔の巨人時代を想い起こさせる陰鬱さ。上に立つ者のピリピリした神経を映し出すかのごとく、試合終了直後のホークスのベンチには、文字通りお通夜の席のような打ちのめされた選手たちの顔が並んでいた。

 こんなところで僕などが書いても何の意味もあるまいとはいえ、王監督が再三の悔しさを晴らしたい、もう一度栄冠を味わって晴れ舞台としたいと願っているだろうことは重々承知の上であえて地雷を踏むと、もう監督の職を辞すべき時期ではなかろうか。一般論として言えば、彼が大病を克服して復帰したことは素晴らしいし、これが仮に一人のプレイヤーであれば、問題は単純に当人が以前と変わらぬ能力を発揮し得るか否かに留まるだろう(過去、大病から復帰した盛田幸妃や岩下修一のような例もあった)。しかし、王は多くの選手を率いる監督であり、来る日も来る日も優勝を目指しての真剣勝負を繰り返さなければならない。たとえ、体調的には実は十分であるとしても、あの鬼気迫るほどの形相でベンチに待ち構えられていたら、選手たちは“もし負けたら――俺が打てなかったら、俺が打たれたら、俺がミスをしたら――監督の身体、大丈夫だろうか?”と萎縮しないほうが不思議だと思う。

 もっと言えば、野球はスポーツであり、多くのファンにとってプロ野球は娯楽である。以前に僕は、脳梗塞から回復して東京ドームに姿を見せた長嶋茂雄に関して、「僕自身、身体の悪い人間だし、短絡的に“不恰好”とか“みっともない”とかと言うつもりはサラサラない」けれども、「“客寄せパンダ”に仕立て」られた長嶋サンの姿は「実に痛々しいものだった」と記した(colum289.htm)。いわんや王サンは、現場の球場で観客を前にして、引いては日本中のファンに向かって、エンタテインメントとしてのゲームを提供する責任ある存在なのだ。自身の執念は判り過ぎるほど判るけれど、それのみに執着すべき立場ではなかろう。

 多分、王監督としても、最後に花道を飾りたい――裏返せば、初のクライマックスシリーズを制すれば心置きなく退場することが出来る――と考えていると思う。でも、圧倒的な強さにはないホークスが、この調子で一進一退を続ける中で、王サンが指揮を執りつづけることは、本当に望ましい姿だろうか。再びプレーオフで敗れたら? それどころか、最悪、選手たちが重圧に押し潰され、4位以下に転落したら? その時の王監督を想像すると、いっそそら恐ろしいほどである。もちろん、上位争いを続けている今の状況では、周囲の誰も、勇退を勧めることなど出来はしまい。しかし、王監督が本当にホークスのためを思うならば、無念をこらえ、自ら後進に道を譲るべきだと思う。
(2007.7.14)