今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

最近には珍しく日本人の健全な判断力が発揮された長崎市長選と、「モラル・ハザード」なる一語が頭に浮かぶ、専大北上の野球部解散と『コムスン』の事業所廃業

大西 赤人       



 テレビのクイズ・バラエティー番組を見ていたら、今どきの若い女の子が使ういわゆるギャル語”の一つであるという「KY」なる言葉の意味が出題されていた。今まで見たことも聞いたこともなかったけれど、これは「空気が読めない」(または、「空気を読め!」)の略であり、反対語――「空気が読める」――は「KYR」なんだそうな……。まあ、こういう類《たぐい》は、実際にどれほど広まっているのかは判らないが、たしかにインターネットで検索してみると、同様の説明が引っかかってくる。「空気を読む(読め)」とは、要するにその場の状況を的確に判断して発言や行動をする(しろ)という趣旨であろうけれど、それは、他者に対する気配りなどではなく、むしろ支配的な主流からの“逸脱・突出”を避けようとする保守的な心情であるようにも感じられる。

 投票日僅か四日前の選挙運動中に現職市長・伊藤一長氏が射殺されるという異様な展開となった長崎市長選は、ほぼ信任投票とも言われていた状況から一変した。言語道断な暴力の発露の問題とは別個に、現実の選挙は待ったなし。久間防衛相が“投票日三日前の補充立候補期限を過ぎたら、共産党の候補が当選してしまう”と本音を漏らしたりという中、僕も『小淵元総理が亡くなった時に娘が跡を継いだように、例によって、誰か身内が「弔い合戦」とばかりに出馬するのだろうなあ(そして、同情票を集めて一層悠々と当選するのだろうなあ)』と想像したのだが、案の定、遺族の強い意向と伝えられる中、東京で新聞記者をしていたという娘婿の横尾誠氏が急遽立候補。ところが、ここでいささか予想外な出来事が報じられた。もう一人、市の統計課長・田上《たうえ》富久氏も名乗りを上げたのだ。このニュースを知った時、僕はそれこそ『いやあ、空気を読まない猛者《もさ》も居るものだなあ』といささか不謹慎な感想を抱いたのだが、田上氏の「市政は1人のものでもなければ家族のものでもない」(20日付『毎日新聞』)、「肉親の情としては分かるが、それと自治とは違う」(同『アサヒ・コム』)などの立候補の弁を聞いて、その至極《しごく》真っ当な理屈に文句なく共感させられた。

 それでも「弔い合戦」の有利は動かないかなと思っていたのだが、故・伊藤氏に向けられたものも多いと見られる(不在者投票、期日前投票を含む)15000票余りの無効票が発生するという大きな問題も現われたとはいえ、田上氏(78066票)が953票の僅差ながら横尾氏(77113票)を破るという結果となった。率直に言って、田上氏と横尾氏のどちらがより政治的手腕を具《そな》えているかは判らない。“落下傘候補”どころか、さしずめ“スカイダイビング候補”のようだった横尾氏のほうが、実は市長に相応《ふさわ》しい可能性も決してなくはない。しかし、夫の落選後、妻(故人の長女)が重なるショックゆえではあろうけれど、「父伊藤一長はこの程度の存在でしたか。父は浮かばれないと思います。残念です。父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」(23日付『毎日新聞』)「これでは父は浮かばれません」(同『サンケイ・ウェブ』)などと口にしたという続報を見るにつけ、非情な言い方にはなるけれども、遺族の側に否みがたい考え違いがあったのではないかと感じる(なお、横尾氏については、準備の不十分ぶりがあまりにも露骨だった最初の出馬会見が失敗だったという見方が多い。僕の無責任な印象をつけ加えれば――支持者の進言を受けてすぐに取り替えることになったそうだが――際立って人相を悪く見せた黒縁メガネが致命傷だったのではなかったろうか)。

 相当数が故人を信任したと推測される不在者投票及び期日前投票を行なった有権者が仮に再投票の権利を得たならば、その多くは横尾氏に票を投じ、僅差は逆転していた“かも”しれない。とはいえ、この長崎市長選は、最近には極めて珍しく日本(人)の健全な判断力が発揮された一幕だったと思うほどで、日々報じられるニュースに接していると、最近流行りの「モラル・ハザード」なる一語がついつい頭に浮かんでしまう。もっとも、この言葉、モラル即ち倫理観や道徳観の崩壊、喪失の意味合いで広く用いられており、繰り返し見聞きするうちに、横文字の魔力(?)もあって何となく納得させられているのだが、本当は明確な誤用のようだ。

 元来の「モラル・ハザード」とは、保険業界の用語であり、危険回避の仕組みが整うと、事故を避けるための能動的意志がかえって低下し、結果的にリスクはむしろ増大するというような現象を指すとのこと(たとえば、消火設備や火災保険が完備しているとしたら、火事を起こさないための注意が散漫になってしまう、というように)。これが――日本の現状に即して(?)――個々人、企業、官庁などを横断する“モラル衰退”の形容に転じたわけだろうが、ここまで見事にハマると、幾ら正しい語意を唱えてみたところで、現実の大きな流れに呑み込まれ、誤用のほうが定着して行きそうでもある。

 前回(colum338.htm)も触れた球界の裏金疑惑もまた、“モラル衰退”の典型例だろうか。この問題は、高校球界へと大きく波及し、綱紀粛正にかかった日本高校野球連盟は、野球部生徒に対する入学金や授業料免除など「特待生」制度の禁止を改めて強く打ち出した。しかし、多くの有名校、強豪校がこれに“違反”していることは周知の事実であり、既に春季大会への出場を自ら辞退した高校も現われている。また、西武との金銭的関係、「特待生」の存在などが重なり、高野連からの除名処分が濃厚と見られていた専大北上に至っては、学校側が早々に野球部解散を決定した。このような動きは、先に僕が記した「大混乱を避けるべく、ほどよいところで関係者総意によって今回も日本的曖昧決着が図られるのではないか」との穿《うが》った見方を裏切っているかにも見える。けれども、実のところ、これらは、より大きな破綻を招かないための抜け道的対応に過ぎないのではないか?

「専大北上高(岩手・北上市)が16日、岩手県高野連に硬式野球部の解散届を提出した。同連盟を通じて日本高野連は同日、解散届を受理。今後は同好会として練習を続けるが、同高では早ければ5月にも野球部を“再結成”し、夏の甲子園の県大会に間に合わせたい意向だ」(17日付『サンケイスポーツ』)
「高木校長は『生徒に罪はない。新しい野球部をスタートできるよう早く体質を改善したい』と述べ、早期の再加盟をめざして再発防止策に力を入れると強調。時期については『1ヵ月後とか2ヵ月後とか、選手たちの夢をかなえられるようにお願いしたい』と述べた」(同『朝日新聞』)
「岩手県高野連の藤沢義昭理事長は、硬式野球部を解散した同校の夏の県大会参加について、『(6月28日の)抽選会の前までに参加資格証明書をもらわないといけない』と話し、6月下旬まで再加盟を待つ意向を明かした。同校は、裏金問題に絡むなどの学生野球憲章違反の再発防止策を日本高野連に提出する必要があるが、岩手県高野連がその作業をサポートする姿勢も示した」(18日付『日刊スポーツ』)
「【日本高野連は】専大北上は当分の間対外試合禁止としたが、野球部がすでに解散しているため、保留扱い。再加盟が承認された時点で処分を解除する。このため夏の大会出場の可能性が残された」(21日付『日刊スポーツ』)

 何の事はない、要するに野球部解散により、厳重な処分が下されることを免れただけ。神妙に反省している素振りの反面、夏の大会までには復活しようという下心がアリアリだ。これでは、校長以下幾ら頭を下げてみせても、生徒に対してのしめしがつかないのではありませんか? 早手回しに春季大会出場を辞退した高校についても、意地悪に見れば、その本音は推《お》して知るべしというところ。一方、野球に限って「特待生」制度を問題にすることのほうがおかしい・現実に合わないという本末転倒とも思われる主張をはじめ、お定まりの生徒擁護論も続出している。

「いまいる生徒たちに大きな落ち度があるわけではない。いつまでも対外試合をできず、甲子園をめざすことができないのでは、かわいそうだ」(17日付『朝日新聞』社説)
「憲章を無視していた専大北上高の落ち度は明らかだ。高野連が『除名に値するくらいの問題』との認識を示したのは当然であり、同校野球部の解散はやむを得ない。
 ただ責任はあくまで高校にある。現役部員から夏の甲子園出場の夢を奪うようなことは避けるべきだ。高野連は二十日に処分を審議するが、再発防止策を講じれば早期復帰は可能との見解だ。高校側はしっかりと対応してもらいたい」(19日付『北海道新聞』社説)
「専大北上高には17日、抗議電話が殺到した。学校関係者によると、抗議の内容は『大人のエゴで、関係ない子どもをなぜ解散にするのか』、『子どもたちがかわいそう』など、選手に同情した声がほとんどで、全国各地から数十件ほどあったという」(18日付『デイリースポーツ・オンライン』)

 これまで多くのメディアもファンも、高校野球に対する特別視を許容し、実際は巨額のマネー・ゲームに巻き込まれている未成年の姿をも“爽やか”“純粋”“青春”などの美辞麗句でくるんできた。また、高野連にしても「高野連は高体連に属しておらず、ほかの運動部と違う。教育の一環、精神性をもって進めてきた」(脇村春夫会長と田名部和裕参事の記者会見。21日付『アサヒ・コム』)などと現実離れした教育的意義を強調し、時には選手一人の暴走を連帯責任で償わせるかと思えば、明らかな歪みをも曖昧な裁定で通り過ぎていたからこそ、今の混乱を招いているのだ。 (colum295.htm) (colum296.htm) 従って、「この際、日本学生野球憲章を見直したらどうかという意見もある。将来的には考えられないこともないが、今はそのつもりはない。見直すとなれば、根本的に高校野球のあり方だろう」(20日付『時事通信』)という脇村会長の発言は、その真意はいささか不明とはいえ、ひとまず当を得たものだろうか。

 ところで、まるで異なる分野ながら、この処分逃れを狙ったとしか受け取り得ない専大北上の野球部解散と何とも似通った手法と感じた出来事は、訪問介護最大手グッドウィル・グループ(GWG)『コムスン』の事業所廃業である。昨年12月、東京都福祉保健局は、介護報酬の不正請求を行なっている疑いがあるとして『コムスン』の都内「事業所約50か所を一斉に立ち入り検査(監査)」(2006年12月27日付『読売オンライン)した(ただし、同社はこれについて“「監査」ではなく「実地指導」であった”と否定)。今年2月に至り、都は、悪質とされた三ヵ所(「銀座」「奥戸」「千歳船橋」)の事業所に関する「監査」(これは同社も認めている)の結果、介護事業所指定の不正取得を確認、介護報酬の不正請求約4300万円の返還を求めるとともに、最も重い処分である介護保険対象施設としての指定取り消しを内定。ところが、三事業所への「監査結果を通知すると予告して先月23日に樋口公一社長らを呼び出したところ、同日朝に廃業届が出された」(11日付『読売オンライン)ため、指定取り消しには至らず、業務改善勧告に留めざるを得なかったというのである。

 11日付「J-CASTニュース」は、東京都福祉保健局の話として、次のように報じている。
「情報を得てコムスンの検査を進めていた都は2007年2月、『不正があるという前提』で行う監査に入り、『銀座』など3事業所から事情聴取をした。不正が裏付けられたため、コムスンの樋口公一社長らに『監査結果を通知する』と予告、3月23日に都庁へ出向くよう伝えた。すると、コムスンは23日の当日の朝、事情聴取を受けた3事業所の廃業届を提出した。厳しい処分を予感してか、先手を打ったようにも見える。都側は『(廃業届提出は)社会から処分逃れと見られますよ』と指摘したが、樋口社長は『指定取り消しはあまりに重い十字架だ。どうしても出させてほしい』と提出を『強行』したという」

 この経緯について『コムスン』側は、「過誤請求」分は「指示に従い返還を行う予定」であるとし、その他に関しても次のように説明している(同社ホームページ掲載4月10日付文書「株式会社コムスンに対する改善勧告について」より)。
「介護事業所指定の取得に関しましては、事業所の指定申請から事業開始までの間に時間を要するために、その間に入社の辞退や退職する者もいるため、申請と実態に齟齬が生じる事もあり、この点については誠に遺憾に思っております」
「今回、当社の報告が本日になりました理由は、改善勧告は行政指導であるため、行政からの公表にも該当しないという判断から、当社も報告ができなかったためです」
「また現在、当社では、昨年の介護保険法改正による収益の大幅な悪化を勘案し、ビジネスモデルの再構築のため、事業所の統廃合を進めております。
 今回、ご指摘のあった事業所に関しましても、統廃合の予定事業所に含まれておりました」

 しかし、以下の報道に基づく限り、これらも苦しい弁解と感じられる。
「『3事業所廃止の直前に別の事業所を廃止しているが、その時に利用者を問題の3事業所の内の1事業所へ振り分けている。廃止が前から決まっていたとは考えにくく、説明は不自然だ』と【福祉保険局は】これも納得していない様子だ」(11日付「J-CASTニュース」)
「3事業所のうち、奥戸事業所は約1か月前に廃業されたばかりの東新小岩事業所の利用者の受け皿にもなっていた。このため、同局幹部は『処分を逃れるための廃業ととれる』として取り下げるよう説得したが、同社は聞き入れず、都は受理せざるを得なかった」(11日付『読売オンライン』)

 たしかに、会社が“閉める”と言っているからには、役所のほうが“続けろ”と命じるわけにも行かないだろう。ともあれ、福祉に関わる主体としての『コムスン』の一連の対応を追うと、それらを真に誠意あるものと解釈することは何とも難しい。
(2007.4.26)