今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

日本球界を再び騒がせている「裏金問題」

大西 赤人       



 本来ならば“驚くべきニュースが伝えられた”とでも始めるところなのだろうが、実はいささかの驚きもない。大抵の人間が薄々――というか“濃々”(?)――察していながら気がつかない建前で通り過ぎていて、とうとう表沙汰になったら途端に眦《まなじり》を決して悲憤慷慨してみせるという光景はままあるわけで、日本球界をこのところ再び大きく騒がせている「裏金問題」もまた、その典型的な一例である。

 ドラフト自由枠での獲得を決めていた明大のエース・一場靖弘(現・東北楽天)に巨人が「栄養費」の名目で現金約200万円を渡していたという不正行為が発覚、その「道義的責任」をとって当時の渡辺恒雄オーナー(現・会長)以下、球団社長、代表他が一斉に退任(辞任または解任)したのは、2004年8月のことだった。当時、僕は本欄で次のように書いた。

「しかし、今回の出来事、ほとんど茶番劇と言いたくなるくらいスッキリしない話である。1993年、巨人がドラフトの改正とフリー・エージェントの導入を強行して以来、有力選手の獲得に莫大な経費がかかるようになり、それが球団経営を圧迫し、近鉄とオリックスとの合併に至る要因となったとも言われている。一球団二名の自由枠獲得選手の契約金上限は一億円だが、実際にはそれを上回る裏金が出ている(必要である)ことも、ほぼ誰もが知っている事実。もっと言えば、ドラフトについては、有名選手を抱えるチーム(会社、大学、高校)の監督にさえ有形無形の“指名対策”が時には必要というような噂もまま見聞きする。
 ところが巨人は、一場のケースについて『慣例化していたことはない』と説明。これを受けて根来《ねごろ》プロ野球コミッショナーは、球団に制裁金などの処分を科す可能性を述べつつも、同時に『具体的な嫌疑がない限り、過去の問題を調べることはできない』と及び腰」(colum248.htm

 当初、巨人からの「栄養費」について「強引に渡されてしまった」「いけないこととは分かっていたが、断り切れなかった」と弁明した一場は、他球団からの提供は否定していたのだが、同年10月になり、横浜、阪神からも金銭を受け取っていたことを公表。このため、横浜・砂原幸雄、阪神・久万俊二郎の両オーナーも辞任に至るのだが、ここでも僕は、こう書いた。

「当の一場は10月28日、明大野球部・別府(元)総監督とともに謝罪会見を開き、『封筒に入ったお金を渡されて「こんなことをしても大丈夫か」という不安で夜も眠れない日が続いた』『[横浜からの60万円、阪神からの25万円は]まだ銀行に預けてあるので、別府さんを通して返済する』(10月30日付『日刊ゲンダイ』)などと神妙に述べたものの、こんな話、言葉通りに信用しろと言われても無理。そもそも巨人の際に“他の球団からは受け取っていない”と言明していたのだから、言わば舌の根も乾かないうちの豹変である。
 しかし、そんな一場、日本学生野球憲章に従って8月時点で既に野球部を退部していることから、今回の出来事に関しても日本学生野球協会からの処分は行なわれず、オーナー三人の首を飛ばした身ながら、彼のプロ入り自体には何らの制約もない状態。本人が日本球界入りを依然願っているようだし、“一場はかわいそう”との世間の後押しも大きく、現実に獲得に前向きな球団もあるようだから、自由枠で巨人入団という当初の希望こそ叶《かな》わないにせよ、それに十分準じた結果となることが大いに予想される」(colum257.htm

 自分で言うのもおかしいけれど、こんなもの、何らの慧眼《けいがん》でもなく、野球界に幾分なり関心のある人間ならば、誰しも見通した事だったろう。実際、一場は(ある意味)無事に東北楽天へ入団、球界は過去の検証には踏み込まず、翌2005年6月、12球団連名により「新人選手獲得活動において、利益供与は一切行わない」などの項目を謳《うた》う「倫理行動宣言」を出すことで幕引きとした。

 ところが、それから二年も経たない去る3月、西武が、ドラフト候補だったアマチュア選手2人にやはり「栄養費」の名目で合わせて約1300万円の現金を渡していたことが発覚。これを機に設けられた同球団調査委員会は、他の5人(外国人1人を含む)の選手に対して契約前に計6160万円が渡されていたこと、15人の選手に、プロ野球12球団の実行委員会で申し合わせた新人に支払う契約金の最高標準額(1億円プラス出来高払い5000万円)を超えた支払いを計11億9000万円行なっていたこと、高校・大学・社会人野球の監督ら関係者延べ170人に、選手の入団の謝礼として最高で1000万円の現金や商品券が渡されていたこと、を明らかにした。

 どれもこれも、『やっぱりねえ。そうだろうねえ』という話ではあるのだが、表面化したとなれば、文字通り球界のルール――あり方を根幹から揺るがす深刻な問題。しかし、球界の対応は火消しに走るばかりで、西武調査委員会の「各担当スカウトは『他球団も同じようなことをやっているのではないか』との思いから、そのような行為に及んだ旨を述べている」(5日付『サンスポ・コム』)との発表にも、巨人・滝鼻卓雄オーナーは「ウチは他球団のことを知っていても、いっさい言わなかった。アンフェアだ」(6日付『サンスポ・コム』)と奇妙な憤慨ぶり。その後、これも一部メディアが先行して報じていた横浜・那須野(2004年自由獲得枠)への5億3000万円という最高標準額を桁外れに上回る契約金が露見してからも、ますます対応は消極的。関係者のコメントには、それぞれの立場を超えて、何とか事態が広がらないようにしようとする姿勢が共通している。

根来コミッショナー代行「抽象論でいえば、契約金の最高標準額というのはどのぐらいの拘束力があるのか非常に難しい」
セ・リーグ豊蔵会長「上限ではなく最高標準額であり、そのこと自体を違反と決め付けることはできない」
日本ハム・高田ゼネラル・マネージャー「倫理行動宣言前のことは言い出したらきりがないし、分からない」
広島・松田オーナー「倫理行動宣言以前の問題を掘り返したら切りがないと思う」
ソフトバンク・王監督「過去のことをほじくり返しても解決にならない。2度と繰り返さない体制づくりがいる」
ヤクルト・古田監督「(選手会長時代に)契約金の上限はなく、目安だとNPB【大西注:日本プロ野球機構】に確認した。目安だったら、ルールはない。球団にも、もらう側にも、責任の問題は起きない」(いずれも12日付『日刊スポーツ』)

 加えて、アマチュア側も、こんな具合。
「社会人野球を統括する日本野球連盟は10日までに、金品を受けた選手や監督が判明した場合、日本プロ野球組織が利益供与を一切禁じた『倫理行動宣言』(05年6月)以後の場合を処分対象とすることを明らかにした。連盟の後(うしろ)専務理事は『最終的な報告を踏まえ、役員会などに諮るが、松田会長の意向もあり、原則的には倫理行動宣言で線引きする方針』と話した」(10日付『アサヒ・コム』)

 これでは要するに、“契約金の上限は出来高込み1億5000万円と定められてはいたけれど、これは別に拘束力のないものなので、守らない奴が居ても当たり前であり、渡したほうも受け取ったほうも問題なし。また、倫理行動宣言以降はあれこれ襟を正した形ではあるにせよ、それ以前の話はなかったことに”という全くの“やったモン勝ち”だ。

「球界で最高標準額が守られていないのは周知の事実だ。発端は93年の逆指名制度の導入だ。一部選手に球団を自由に選べる権利が生まれ、好条件を提示できる球団ほど有利になった。その状況をアマ側も利用した。契約金のつり上げである。争奪戦が過熱すればするほど大きな金額が動いた。
 ある現役選手の獲得に20億円超をつぎ込んだとされる球団もある。近年でも即戦力投手の獲得に10億円以上も支払われたり、那須野よりも高額な契約金を受け取った選手が存在するとも伝わる。加えてドラフト後にアマ関係者の自宅が増改築され、高級車に買い替えられたなどの噂も絶えない。ある在京球団のスカウトは『支払う方も悪いが謝礼を要求する指導者にも問題がある』と嘆く」(12日付『スポニチ・アネックス』)

 この記事は、契約金高騰の温床となる希望入団枠の撤廃は決まったものの、なお、選手が特定球団以外なら進学(社会人入り、社会人残留)という事実上の「逆指名」を行なう過程で密約があり得ると指摘する声を報じている。

「野球協約第45条は『球団と選手との間に締結される選手契約条項は、統一契約書による』と定めている。ここに虚偽の契約金が書かれている。球団は偽りの金額を発表し続けてきた。自ら定めたルールさえ守ろうとしない球界が、ファンから信頼を得られるはずがない」
「『最高標準額超過はルール違反ではない』などと問題をすりかえるなら、ファンの視線はさらに厳しくなる」(12日付『朝日新聞』 西村欣也「チェンジ」)

 西村の見解は正論であるとは思うが、しかし、この問題を真剣に追及して行ったら、事は多くの現役選手、アマチュア指導者たちにも間違いなく波及するだろう。西武に絡んで実名が上がった専大北上高校に関しては、生徒への金銭供与の黙認に加えて「スポーツ特待生制度での入学」などが明らかになったとして、日本高校野球連盟からの除名が伝えられている。しかし、同様の事象は、強豪校・有名校の間では、これもまた実は偏在するのではなかろうか? そんなふうに考えると、大混乱を避けるべく、ほどよいところで関係者総意によって今回も日本的曖昧決着が図られるのではないかという想像は(残念ながら)否みがたい。

 さて、10日付『朝日新聞』の投書欄「声」には、福岡県の中学生(14歳)による「西武が奪った野球少年の夢」と題された投書が載っていた。

「野球少年なら誰でもがあこがれるプロという夢の舞台。そんな子供の夢を奪っていいのだろうか。ましてや金銭で選手をつるという汚いやり方で、選手の将来を奪うようなことをする権利がどこにあるのか」
「誰もが望んでいるプロ野球とは、グラウンドで選手がフェアな精神で野球に取り組む姿のはずだ。それを汚すようなことは、起こしてはいけないと思う」

 こんな妙に抹香臭い投書を若い身空で出すほうも出すほうだし、載せるほうも載せるほうだが、困った(?)事に、“金銭でつられた”ことになる選手たちの何人もが、将来を奪われるどころか、大金を手にした上で、現実に堂々とグラウンドで活躍しているわけなのだよねえ……。
(2007.4.13)