今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

映画における“本物らしさ”の追求──『我等の生涯の最良の年』、『フォレスト・ガンプ/一期一会』、『トゥモロー・ワールド』

大西 赤人       



 『我等の生涯の最良の年』(監督=ウィリアム・ワイラー)という有名なアメリカ映画がある。僕も随分以前にテレビ放映で見たけれども、1946年に作られた(日本公開は1948年)この作品は、第二次大戦後、同じ故郷の町に帰ってきた三人の復員兵を描き、同年のアカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞(フレデリック・マーチ)などを受賞、その他、ニューヨーク批評家協会賞(作品賞、監督賞)、ゴールデン・グローブ(作品賞)、英国アカデミー賞(作品賞)なども獲得している。そこに登場する三人の男たちの中に、戦傷によって両腕を失ない、鉤《かぎ》のついた鉄の義手をはめているホーマーという水兵が居た。この役を演じてアカデミー賞助演男優賞に輝いたハロルド・ラッセルは、次のような人物だった。

「46年の『我等の生涯の最良の年』で俳優として初めて映画出演してアカデミー賞を受賞した。本職の俳優ではなく、実際に軍隊の事故で両手を失った負傷兵だった。彼が出演したドキュメンタリー番組を観てラッセルの身の上話に心動かされた『我等の生涯の最良の年』の製作者ゴールドウィンとワイラー監督が彼の起用を決定。脚本家のシャーウッドに依頼してラッセル演じるホーマーのストーリーをラッセルの実体験を基にしたものに変更させたという経緯がある。また本作で特別賞も受賞した」(『オールシネマ・オンライン』より)

 いわゆる五体満足な俳優が演じる場合、たとえば『宝島』のフック船長ならば義手の分だけ片腕が長かったり、たとえば丹下左膳ならば着物の片側だけがふくれていたりと、どうしても不自然な部分が出てしまうわけだが、上記のラッセルの場合は、両腕が実際に義手だったため――もちろん、それだけではなかったにせよ――演技に格段のリアリアイティーが加わったに違いない。しかし、それは極めて限定的な性質のものであり、ラッセル自身、その後は、僅かな作品にしか出演することはなかった。

 1994年に作られたアメリカ映画の『フォレスト・ガンプ/一期一会』(監督=ロバート・ゼメキス)もまた、同年のアカデミー賞六部門を受賞した作品だが、この映画の中で、僕は、テイラー中尉という登場人物に大変驚かされた。テイラーを演じたゲイリー・シニーズという俳優を(少なくとも意識的に)見たのは、これが初めてだったのだが、主人公のガンプ(トム・ハンクス)とともにベトナム戦争へ従軍し、両足を失なってしまう。復員後、車椅子生活になったテイラーの姿が真に迫り、それこそ、先述のホーマーを演じたラッセル並み、あるいはむしろそれ以上にリアルだったのである。しかし、テイラーが普通に動き回っていた負傷前のシーンも出てくるので、僕は内心困惑してしまい、『たまたま撮影中に俳優が事故に遭ったので、その前後でシナリオを変更したのだろうか?』などと想像を逞《たくま》しくした。本作以降、シニーズは売れっ子になったから、仮に今見れば即座に何らかのトリックと感じるに決まっているのだが、当時の僕にとって彼は未知の俳優だったし、なまじラッセルのエピソードなども頭に残っていたもので、かえって悩んでしまったのである。

 実際のところ、『フォレスト・ガンプ/一期一会』は、アカデミー賞特殊視覚効果賞を受賞、歴史上の実写映像に劇映像を自然に取り込んだ多くのシーンが話題になった作品でもあったわけで、もちろんこのテイラーの場面も巧妙なVFXによるものだった。当時、手間と費用さえかければ、既に亡くなった俳優の過去の映像をベースに処理を施すことで、たとえばマリリン・モンローの“新作”を製作することさえ可能と報じられたものだ。要するにそれは、極めてリアルなアニメーションを作り出すことにも似た作業であり、以後、現在までの流れの中で、様々なバーチャル・リアリティ(仮想現実)として具体化されてきたとも言い得るだろう。映像におけるこの種の進歩発展は加速度的であり、昨今の映画においても、“本物らしさ”の追求が限りなく進められている。

 最近観た作品でも、迫真の戦闘シーンを中心として見応えがあった『父親たちの星条旗』(監督=クリント・イーストウッド)のプログラムには、次のように記されている。
「リアリズムを実現するための鍵を握ったのが視覚効果監修のマイケル・オーウェンズ。彼は主要な部署と密接に連絡を取り合い、中心的なキャラクターから大規模な侵攻そのものを見せていく視覚効果を創り出した。また、特殊効果監修のスティーブン・ライリーは侵攻の現場さまざまな要素と、必要な火薬を手配し、調整した。ライリーは黒砂を利用して、とてもリアルな爆発を作り出した」
(なお、大まかに分けると、昔は「特撮」と呼んでいたようなアナログ処理はSFX=特殊効果と呼ばれ、主にコンピュータ・グラフィックなどによるデジタル処理はVFX=視覚効果と呼ばれる)。

 しかし、このような“本物らしさ”の追求には反動も生じ、以前ならば『これ、どんな演技や工夫で撮影したのだろう?』という感嘆が生まれた場面でも、総て『あ、すごいけど、要するにVFXだよね』で終ってしまう。乱暴な言い方をすれば、どんな楽器の超絶技巧でも“(プログラム)打ち込み”なら簡単に出来るよね、みたいな話だ。そもそも、映画のような芸術において、何事かを実際に現出させることがリアリティーに直結するとは限らない。名匠と呼ばれるような監督たちがセットや衣装に関して本物に執着する例は多いけれど、そうかといって、実際に戦闘を行なうわけではないし、殺人の場面で本当に俳優を殺すことも出来ない。本物らしければ良いという考え方に無条件に基づき、莫大な制作費を費やして作品を作るだけでは、そもそも創造の意義を見失なった脆弱《ぜいじゃく》な姿勢であるとさえ言いたくなる。むしろ、限られた枠の中でも現実以上のリアリティーが演出され、作り上げられることは珍しくないはずだし、それこそが作り手の醍醐味のはずであるとも考えられる。従って、『父親たちの星条旗』にしても、あまりにもリアルな戦闘場面が重なるがゆえに、それらの部分に言ってみれば観客としての感覚が引きずられ過ぎてしまう印象もある。

 英国の女性推理作家P・D・ジェイムズの原作に基づく『トゥモロー・ワールド』(監督=アルフォンソ・キュアロン)もまた、なぜか子供が生まれなくなった近未来を舞台とした大変に手の込んだ映画で、少子化が頻りに憂慮される日本の状況をも考え合わせて面白い作品だったが、やはり要所要所でSFXなりVFXなりが使われている(ちなみに、僕個人は、少子化がそれほど憂慮すべき深刻な問題なのか疑問であり、日本のような小国の場合、かえって人口は減ったほうが望ましいのではないかと考えたりしているけれども、本論とは離れるので略す)。そんな中、クライマックスでの六分以上に及ぶ凄まじい市街戦のシークェンスが、何と手持ちカメラの移動によるワン・カットで撮影されていて驚かされる。その途中では、カメラのレンズにかかった血糊《ちのり》の飛沫《しぶき》がハッキリと見て取られ、しかし、ワン・カットはそのまま続いて行く。

 この瞬間に気づいた人は多いようで、ウェブ上で検索すると幾つもの言及が見つかるのだが、「カメラのレンズに血糊(?)が付いてもお構いなしにカメラは進んでいく。これだけのために、この映画を見に行く価値はあるかも」「途中から血糊が飛んだままのレンズで追いかけるその光景は、たぶん戦争、あるいは民族紛争の現場そのままなのではないかと思わせる迫力に満ちている」「手持ちカメラのレンズに血糊が飛び散ろうとおかまいなしのそのシーンは、まるでドキュメンタリー映像のような臨場感があり」というような擁護派と、「【長回しが】始まってすぐにカメラに血糊付いちゃって(略)血糊が気になってしょうがねえよ」「カメラに血糊がついてるのだけが見ていて違和感を感じてしまいました」「途中でカメラに血糊が付いているのがひじょーーーーーーに気になりました。普通、カメラには血糊が付かないようにしないかい?」というような懐疑派とに分かれている。

 僕としては、劇場で観ている時には、その迫力に圧倒されていたのだが、後で冷静になってみると、あくまでも『トゥモロー・ワールド』が劇映画である以上、この血糊は、致命的な瑕疵《かし》ではないかと考えるようになった。言うまでもなく、劇映画は虚構という前提を踏まえ、どんな場面であってもカメラのこちら側にはスタッフが構えているに決まっているのだが、幾らドキュメンタリー・タッチでリアリティーを追い求める作品であろうとも、カメラ――作り手の存在が表面化するならば、それは劇映画の約束事・要件を根底から覆してしまう。従って、公開されたテイクがどれほど監督の期待通りに進行したものだったとしても、あの場面での血糊がフィルムに定着してしまった以上は、涙を呑んで取り直すべきではなかったかと感じるのである。
(2006.12.5)


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