今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

投資・金儲けは難しいゆえに、カモを釣る恰好の餌にもなる

大西 赤人       



 賭け事、勝負事が好きな人間にとって、「必勝法」という言葉ほど魅力的なものはないだろうと思う。そもそもギャンブルに手を染めるなどは“地道な苦労もせずに一攫千金を夢見る不逞の輩《やから》”と言われてしまえばそれまでだが、自分の経験や記憶や勘や読みを動員して、的中という言わば“未来の先取り”に成功する快感は格別。僕も、いわゆるギャンブラーにはほど遠い下手の横好きの部類だが、賭け事、勝負事には目がないほうである。もっとも、入れ揚げるような身上《しんしょう》も――度胸も――ないし、とりあえずは趣味の範囲。公営ギャンブルでも競輪や競艇とは全く無縁、パチンコは一時期よく遊んだけれど数年来はスッカリ御無沙汰、後は、ごく時たま友人と雀卓を囲むくらいが精々だ。ただ、競馬だけは、馬という要素によって、単に馬券の当たり外れを超えた面白みが加わり、未だ全く倦《う》むことがない。

 で、もちろん競馬における「必勝法」もゴマンとあり、スポーツ新聞などを開くと、どう見ても眉唾のような的中実績を謳《うた》う広告が毎日のごとく並んでいるし、ましてやインターネットで「競馬 必勝法」をキーワードに検索すれば、数十万件ものサイトが林立している。そして、どのページにもいよいよ信じがたい――いわく「読むだけで毎月60万儲ける!!」、いわく「競馬初心者でもガッポリ稼げる」、いわく「競馬ど素人でも逆転発想で万馬券が楽々簡単に的中します!!」、etc、etc――宣伝文句が堂々と掲げられ、しかも、その「必勝法」という奴、まず例外なく、万単位、時には十万単位の結構な値段で提供されている。言うまでもなく、この手の「必勝法」は競馬だけではなく、競輪、競艇、パチンコ、パチスロ、株、そして宝くじ(ロト、ナンバーズ)についてまでも売られている――ちなみに海外ならばカジノが存在するので、ルーレットやバカラなど各種目についての「必勝法」も見つかる――が、しかし、幾ら何でも、単なる数字の抽選に過ぎない宝くじの当選番号を前もって知ることが出来るくらいなら、世の中、何の苦労もあるまいというものだ。

 要するに、誰が考えても、ギャンブルに必ず儲かる方法などあるわけがないし、大体、万が一そんなものがあるとしたら、不特定多数に公開することなどせずに、自分一人(あるいは、せめて仲間うちだけ)で甘い汁を吸いつづけるはず。ところが、ここで買い手の側には一種の深読み――実は、そう表現するほどのレヴェルでさえない単なる錯覚――が生まれ、“こんなに高価なら、さすがに大人数は買えないだろう。もしかしたら、本物だからこそ、限られた人間に高値で売ろうとしているのかもしれない”と、かえって胡散臭さよりも信頼感を強めてしまうのだから、いやはや……。

 僕自身、「必勝法」など少しも信用していないものの、たとえば占いや超能力にどこかしら惹かれる心情に似て、ついつい好奇心をそそられる。さすがに何万円も出して買う気にこそならないものの、『××式馬券法』などという本が古本屋の一冊百円のコーナーとかに並んでいると買って読んでみるのだが――まさにそんな値段に暴落していること自体、その本が役に立たなかった証拠で――、所詮は大半が馬鹿馬鹿しい内容に過ぎないにせよ、こじつけや我田引水に満ちた“理論”や“計算”が『よくこんな事を考えつくなあ』と結構面白かったりもする。

 僕の住まい(小金井市)は東京競馬場(府中市)に近いので、友人と連れ立って何度かコースへも足を向けたことがある。今から十数年前、珍しく一人で出かけて運良く幾らかプラスしての帰り、門を出たところで「必勝法」の売り声が耳に留まった。最近のスマート化された競馬場周辺では見かけないかもしれないが、その頃は、そういう怪しげな連中が少なからず“店”を出し、たとえば、客が紙に書いた数字を目隠しのまま言い当て、“だから私は的中馬券も判るのだ”というような大道芸めいた商売をしていた(それなどは、眺めているだけで簡単にトリックが判ったものだ)。

 日の蔭った夕刻、道路脇に台を置き、薄っぺらな冊子を重ねたアンちゃんが、「一レースの買い目は一点だけ。全部当たれば世話はない、でも、三レースに一度は必ず当たる!」みたいな口上を並べていて、例によって僕がフラフラ惹き寄せられて前に立つと、その冊子を開いて見せてくれる。そこには、九星暦だったか、曜日に応じた数ページ分の買い目一覧表が印刷されており、それぞれ1レースから12レースまで、馬券の組み合わせがたった一点ずつ記されている。そして、当日分に該当する表を見ると、なるほど全部が全部ではないものの、飛び飛びに四レースほどがたしかに的中していて、しかも、そのうちの一レースなどは大変な万馬券なのである。

 いえ、もちろんインチキに決まっているんですよ。決まっているんですけど、どう考えても、その“タネ”が判らない。さしずめ、不可思議な手品を目の前にしたようなもので、どうしても“タネ”が知りたくなった僕は、たまたま懐が暖かくなっていたせいもあり、結構な代金を払い、「いい買い物をしたね、家に帰ってユックリ読んでよ。何か判らない事があったら、いつもここに居るから聞きに来て」などとアンちゃんにおだてられながら冊子を受け取った。現物を手に調べ直すと、その“タネ”は何とも他愛のないものだったけれど、覚悟の上で買ったのだから、別に腹が立つこともなかった。

 さて、先日、こんなニュースを見かけた。

「競馬の勝ち馬を7割以上の確率で的中させる方法で資金運用し、高額を配当するとうたって違法に資金を集めたとして、愛知県警は15日、東京都目黒区東山1丁目の投資顧問会社『東山倶楽部』と関係先の計11カ所を出資法違反(預かり金の禁止)の疑いで家宅捜索した。同社は全国各地の5000人以上から計70億円近くを集めていたとみられており、県警は運用実態の解明を進める」

「同社はホームページで『中央競馬機関投資会員制組織 東山倶楽部』と名乗っていた。独自に開発した予知方式で中央競馬会が開催するレースの勝ち馬を72.5%の確率で的中させ、驚異的な運用実績をあげていると説明。『入会金(元本)に対し5%の配当金を毎月提供する』として、10口10万円〜400口400万円で会員を募集していた」

「『もはや競馬はギャンブルでなく、高利回り&高収益を獲得するための財テク』『入会金は目減りすることなく、退会の際には全額返還されるので安心』とも、うたっていた。
 組織は04年10月に発足し、05年6月時点で約4000人が会員になっているとしている。しかし、数カ月前から配当や出資金返還が滞っていたという」(15日付『アサヒ・コム』)

「勝ち馬を72.5%の確率で的中」させる割には、毎月「5%の配当金」は随分小ぢんまりしていて「必勝法」とは異なる印象もあるけれど、だからこそ元本保証の安定的な「財テク」として人心を惹き付けたのだろうか、「5000人以上から計70億円近くを集めていた」といえば、単純計算で一人頭140万円、大したものである。早速、この会社を検索してみたところ、ホームページは閉鎖されるでもなく活きており、トップ・ページでは「現在、会員総数は約4,000名様(2005年6月末日時点)となり、中央競馬会開催レースにおけるファンド運用も順風満帆。ビクトリー方式によるファンド元本の収益性は、月間利回り換算で30%以上をキープしており、的中率、回収率ともに大変良好であります。もはや競馬は、高利回り&高収益を獲得するための財テクなのです」と胸を張っている。

 その「ビクトリー方式」とは何ぞやと見て行くと、「弊社が長年の研究を積み重ねて、競馬に関するありとあらゆるデータベースの構築を基本としており、その基本データベースのシステムに最新の競馬専門誌やスポーツ新聞などの各種データをリンクさせ、更に、独自の全く新しい視点による統計学と確率論のソフトを開発し、それらをインテグレートした」ものなのだそうで、血統、騎手、レース結果など数々の要素に加え、四柱推命、レースの出目、色彩(?)などの「統計学確立【原文のママ】論ソフト」を組み込み、「的中確率72.5%という驚異的な実績」を上げてきたという。ただし、一つのレースに「有力馬6頭」を選定しており、そのどれかが当たれば損得に関わりなく「的中」ということになっているようだから、いよいよ「必勝法」とはかけ離れてくる。

 この会社、先の記事では「全国各地の5000人以上」が会員と報じられ、自らも一年以上前の日付とはいえ「05年6月時点で約4000人が会員」と称している一方、変に律儀というのか、「最新情報」のコーナーでは、6月28日付「1号ファンドの退会者の会員様へ(お知らせ)」として、総責任者某氏の名前で次のように記している。

「1号ファンド退会者の会員様には、2月分〜6月分の5回分配当金と入会金元本の合算した金額を2006年6月末日までにご返還させて頂きます予定でありましたが、退会者が約3700名様となり、返還金額も膨大なものとなりましたので、返金のための送金日数が約4ヶ月程(郵貯営業日数:104日)必要となりました。新たに返済期日を設定させて頂きました書類を会員様一人一人のを【原文のママ】お手元に郵送させて頂きましたので、ご了承の程、何卒、宜しくお願い申し上げます」

 全会員が4000人か5000人なのに、そのうち3700人が退会を申し出ているというのでは、どうやら「ファンド運用も順風満帆」「的中率、回収率ともに大変良好」「驚異的な実績」などの大言壮語もそらぞらしいものに見えてくる。

 事ほどさように投資・金儲けとは難しいものに決まっているのだが、それゆえにカモを釣る恰好の餌にもなるわけだ。

 数日前の夜、妻と一緒に近所の駅ビルにある手頃な値段の寿司屋へ行った。食べ物屋に入ると、自然に他のお客さんを観察するのが僕の性癖で、その時もさりげなく周りを見回していたら、二つ三つ先の四人がけの席に、六十代と思《おぼ》しき女性が、りゅうとしたビジネスマン風の男二人と向かい合い、テーブルの上にはあれこれの料理が並んでいた。早速僕は通俗的想像力を蠢《うごめ》かし、妻に向かって、「旦那さんに先立たれた奥さんをだまくらかして土地を巻き上げようとしている悪徳不動産屋だな」と囁いた。もちろんそれは何の根拠もない妄想であり、妻も「そうなの?」と聞き流している。

 その後も食べながらチラチラと眺めていると、三人は和気藹々と言葉を交わし、ニコニコした女性が手にした紙綴《つづ》りをめくり、そこに何か細かい折れ線グラフのようなものが見えた。

「不動産じゃないね、株だな」
「そうね、私もそう思った」
「うーん、ヤバいんじゃないか?」

 見も知らない人のことだし、余計なお世話なのだけれど、ちょっと気になってきた。一人暮らしの資産家の女性を寿司屋で懐柔し、有り金を吐き出させようとしているのではないだろうか? ところが……。しばらくすると、予想外な事に、男二人のほうが先に席を立ったのだ。どちらも服装を決め、揃って高級そうな革カバンを手にした彼らは、親しげな挨拶を女性に残して店を出て行った。

「うーん、向こうを接待していたのか。儲けさせてもらった御礼かね、そうそううまく行くもんじゃないだろうけど、大丈夫なのかな……。」

 そして、僕たちは食事を終え、女性が一人で坐っている席の横を通ってレジへ歩いた。僕は、通りすがりに彼女の背後から折れ線グラフの書類に視線を走らせた。その表題には「小豆」云々の文字が……。

 ウーン、明らかに商品先物取引、それも選りに選って小豆。いやあ、これはマズいですよね。もちろん、商品先物取引そのものは何ら違法ではなく、それを扱う会社がどれもこれもインチキというわけでもないでしょう。しかし、個人が商品先物取引で最終的に儲けるなどという例は滅多になく、逆に、手持ち資金の何倍、何十倍もの取り引きが可能であるシステムゆえに、悪徳業者に捕まってスッカラカンになった話なら幾らでも転がっているわけです。

「ひとこと注意してあげたいくらいだなあ。でも、赤の他人から言われたって、聞きゃしないよなあ。寿司を御馳走するくらい儲かったなら、なおの事だし」

 そんなふうに妻に言いながら後ろ髪を引かれる想いで帰ってきたのだが、改めてインターネットを見れば、「商品先物取引を始めよう」とか「商品先物取引を楽しむ」とかのページとともに、「やってはいけない!」とか「商品先物取引被害」「商品先物取引救済」とかのページも沢山あり、悲惨な実例・体験談が山のように見つかる。そこに上がっている詐欺まがいの業者の中には、これまで現実に僕のところにも「『日本××』の○○ですが、ぜひ御紹介したい投資があります」「『新日本××』の△△ですが、お話だけでも聞いて下さい」などと再三勧誘の電話がかかってきたことのある会社の名前も見つかった。

 あの女性の相手が健全な会社であり、真っ当な取り引きが行なわれているように、と願うしかなかったのだが、果たして……?
(2006.11.19)


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