今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

「ジュネーヴ条約」が政治問題化したアメリカと、全く話題にならないノンキな日本

大西 赤人       



 日本での放映時期は1962年11月から1967年9月にかけてだったというから、ちょうど僕の小学校時代がスッポリという形になるけれども、『コンバット!』という米国産テレビ映画が面白かった。第二次大戦末期、ノルマンディー上陸以降のヨーロッパ戦線におけるアメリカ軍の戦いを描いた物語だったが、単純な戦争アクションではなく――その要素も十分に含みつつ――、人物描写に深みがあり、ドイツ兵やフランス市民の存在感も加わって、毎週ワクワクしながら見ていたものだ(今でもビデオやDVDが売られているし、NHKBSでは継続的に再放送も行なわれている)。「ザザザザッザザッ、ザザザザッザザッ」という感じで始まるオープニング・テーマ、それに続く「カムバット!」(みたいに聞こえた)「スターリング、リック・ジェイスン、アーンド、ヴィック・モロウ」という英語ナレーション。覚えておいでの方も多いことだろう。

 冷静なヘンリー少尉、少し粗野だが頼りになるサンダース軍曹がひとまず主役格ではあったにせよ、小隊の他の兵士たちも多士済々。フランス語を話せるので通訳代わりに重宝される独りベレー帽姿のケリーも良かったけれど、僕は、ちょっとひょうきんなカービーが好きだった。どんな危険に遭遇しても主人公たちはなかなか斃《たお》れず、補充されてくる兵士が代わりに死んでしまうあたりは幾分御都合主義だが、まあそれは、単発作品ではないシリーズ物としての一種の宿命。廃墟となった薬局にやってきたドイツ兵が消毒用アルコールを見つけて嬉しそうに飲む場面を見て、『あんな物がおいしいのか』と感じたことなど、今でも鮮明に覚えている。

 さて、『コンバット!』に限った話ではないけれども、この種の戦争作品につきものなのは、双方の兵士たちが敵側の捕虜となってしまう展開である。当然、捕えた側は相手の情報を得ようとして尋問を行なうわけだが、原則として捕虜たちは、氏名、生年月日、階級、認識番号くらいしか答えない。現実には、そこで拷問が行なれるというような例が皆無ではなかったかもしれないものの、『コンバット!』をはじめとする大半の作品においてそんな場面は現われず、食べ物などの待遇で捕虜を釣ろうとする描写くらいが精々だったように思う。むしろ、捕えられた兵士の中には“我々捕虜はジュネーヴ条約によって守られているんだぞ”みたいな事を胸を張って口にする者もある。そんなシーンを見ているうちに、僕の記憶に「ジュネーヴ条約」という言葉が刻み込まれた。

 ドロナワながら今更に調べてみると、国際人道法たる「ジュネーヴ条約」とは広範囲に及ぶものであって追加・変遷が見られるけれども、捕虜に関して言えば、1864年に赤十字国際委員会の“戦争時の捕虜に対する扱いを人道的にする必要がある”との提唱を受けてジュネーヴで締結された僅か十条の「傷病者の状態改善に関する第1回赤十字条約」が大元のようだ。その後、大きな戦乱を経るにつれて1906年、1929年、1949年と三回の改訂が施され、1977年には(国際的、非国際的)武力紛争の犠牲者の保護に関する二つの追加議定書が作られ、現在の形になっている。

 ところで、「生きて虜囚の辱めを受けず」と教え込まれていた昔の日本兵が「ジュネーヴ条約」云々を言い立てる場面などは、どんな映画やドラマの中でも当然ながらお目にかかったことがない。実際、日本は、1864年のジュネーヴ条約には22年後の1886年に加入(これに伴ない日本赤十字社創立)、その後の改訂にもそれぞれ数年の遅れ程度で加入して行くけれども、1929年の改訂に際しては、捕虜の待遇に関する条約(全97条)を批准しなかったのだ(それゆえに、“戦中における日本の捕虜の扱いは国際人道法に違反しない”と強弁する向きもある)。そして日本は、1949年の改訂時に改めてジュネーヴ条約に全面加入するのだが、1977年の追加議定書については、何と2004年に至って(武力攻撃事態法――いわゆる有事法制――との絡みで)ようやく締結した。ちなみに外務省では「ジュネーブ条約を知っていますか?」というパンフレットを作っていて、政府広報オンライン(2005年4月)では次のように紹介されている。

「パンフレット『ジュネーブ条約を知っていますか?』(外務省)
『ジュネーブ条約』とは、武力紛争という敵・味方に分かれて戦っている極限的な状態においても、お互いが最低限守るべき人道上のルールを定めた国際人道法の主要な条約です。この条約について広く知ってもらうことを目的として、外務省では、パンフレットを作成し、公表しています」

 このように「ジュネーヴ条約」とは国際的に歴史のある重要な取り決めなのだが、多分、多くの日本人にとっては、「何、それ?」というような存在ではなかろうか。しかし、先頃、アメリカでは、その「ジュネーヴ条約」を巡って大きな政治問題が発生していた。ブッシュ政権は、9・11以降に捕えたテロ容疑者をキューバのグアンタナモ米軍基地に収容し、そこに設置した特別軍事法廷で裁こうとしていたのだが、今年6月、連邦最高裁はこれを「米国内法とジュネーブ条約に違反する」(6月30日付『共同通信』)との判決を言い渡した(収容された容疑者たちは、取調べ過程における拷問や虐待の存在を訴えていた)。もちろんブッシュ大統領は抵抗、新たに対テロ戦の特別軍事法廷設置法案を提唱した。ブッシュは、法案の趣旨を次のように説明したとされる。

「大統領法案は(1)過酷な尋問で得た証拠も判事の判断次第で採用可能(2)機密扱いの証拠は被告側に開示しない――などの内容も含まれている」(9月15日付『共同通信』)

「【ブッシュ大統領は、ジュネーヴ条約の】共通第3条が禁じる対象は、『人間の尊厳を傷つける』行為といったあいまいな表現に過ぎないと指摘。受け入れられる行為を米国が自国の法で明確化しない限り、中央情報局(CIA)の秘密収容施設での取り調べ活動がジュネーブ諸条約上の戦争犯罪として訴追の対象になりかねない、と主張した」(16日付『アサヒ・コム』)

 なかなか巧妙な論理ではあるけれども、国際法に定められた大義を国内法で細かく定義づけるとなれば、どこの国においても、いかなるサジ加減も可能ということになってしまう。この法案に対しては、パウエル元国務長官をはじめ、次期大統領候補と目されるマケイン上院議員ら共和党内部からも強い反対意見が沸き上がり、法案を審議する上院軍事委員会では、「ブッシュ大統領が提案した法案よりも訴追対象となるテロ容疑者や被告の権利保護を拡大した独自の法案を『15対9』の賛成多数で可決」(同前『共同通信』)するに至った。

「【ウォーナー委員長、ベトナム戦争で捕虜経験を持つマケイン議員、軍法務官出身のグラム議員ら共和党重鎮は】野党民主党と統一戦線を張り、大統領に『反旗』を翻した格好だ。
 3人は、ジュネーブ条約の禁じる戦争捕虜への非人道的な取り扱いの範囲を国内法で狭く『再定義』することで、中央情報局(CIA)の尋問担当者らが被告側から提訴されないようにすることを狙った大統領法案に反対。背景には『再定義に踏み切れば、米兵を将来拘束する第3国も条約の独自解釈を示し、米兵が不当な待遇を受けかねない』との懸念がある」(同前『共同通信』)

「パウエル氏やマケイン氏ら共和党の反対派は、大統領の提案を『捕虜への非人道的な取り扱いを禁じたジュネーブ諸条約共通第3条に独自の解釈を加えることになり、米兵を拘束した国が勝手に解釈し、虐待や処刑する道を開きかねない』などと批判している」(同前『アサヒ・コム』)

 ブッシュは、「米国人の思いやりと良識をテロリストの過激な戦術と比べるのは誤った理屈だ」(同前『アサヒ・コム』)となお反発したが、「大統領は拷問を提唱している(15日のワシントン・ポスト紙社説)」(同前)とメディアからの批判も高まる中で、結局、11月の中間選挙を前にして党内対立の印象を避けるべきという判断も加わってか、ブッシュ側が妥協した法案を出し直すこととなった。

「政府は、ジュネーブ条約の内容を再定義することは断念。強制によって得られた証言を検察側が利用できるのは、裁判長が証言の信頼性を認めたときだけにするなどの譲歩も示した。
 一方で、合意は、ジュネーブ条約の意味を米国が独自に解釈する権利を大統領がもつことを明確に定めた。
 ブッシュ政権は、『テロとの戦い』においては、拘束したテロ容疑者から情報を得ることが重要だとしている。
 合意について、ブッシュ大統領は、テロ容疑者から秘密を聞き出す可能性を保っているとして評価。マケイン議員は、『ジュネーブ条約の条文や精神が守られたと確信している』と述べた。
 法案は修正されたうえ、今後、上下両院本会議で採決される」(22日付『CNN・コム』)

 この法案が通れば、「ブッシュ大統領が今月存在を明らかにした中央情報局(CIA)の対テロ尋問活動で拘束され、キューバ・グアンタナモ米軍基地に今月移送された重要テロ容疑者14人は、同法廷で裁きにかけられることになる」(同日付『アサヒ・コム』)というのだから、まあ、ブッシュ政権とすれば幾分の名を捨てたものの大半の実を取っただろうし、反対派にしても、民主的なアメリカという美名を確保し得たかのような印象もある。

 ともあれ、先に述べたようにジュネーヴ条約など全く話題にならない日本は、ある意味、幸福とも見做《な》し得るけれども、この先いつまでもノンキにしていられるかとなればいささか危うい雲行き。問題は、与党側の次代を担う立場にあるマケイン議員が「米国が進めるテロとの戦いの道徳的根拠を、国際社会は疑い始めている」とパウエル前国務長官あてに書簡を書いたり(同前『CNN・コム』)、CNNを設立した大立者テッド・ターナーが「【アメリカのイラク侵攻は】これまでに人間によって実行された行為のなかで、最もばかげたものの一つとして歴史に刻まれるだろうし、すでに歴史になりつつある。他に思いつくのは、日本の真珠湾攻撃とドイツのロシア侵攻ぐらいだ」「ある人が嫌いだからといって、戦争を始めるべきではない」「米国は2万8000発(の核弾頭を)持っている。なぜイランが10発持つことができないのか。米国はイスラエルについては何も言わないが、イスラエルだって約100発は持っている。インドやパキスタンやロシアはどうか。ただ本当は、どんな国も所有すべきではないのだ」「まともな人間で核兵器を使える人はいない」と番組で発言したり(同前)というような健全な“バネ”が――たとえ多少のスタンド・プレー的要素を伴なっているとしてさえ――日本においても出現するかどうかである。
(2006.9.29)


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