今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

北朝鮮のミサイル発射騒動──ひたすら事態を悪化させるようにしか見えない日本の反応

大西 赤人       



 世の中には、色々な人間が存在する。気に食わない奴が居る。自分勝手で目障りな奴が居る。間には、乱暴者や、理屈の通じない手合いや、犯罪に手を染めている危険人物もあるだろう。しかし、だからといって、そういう連中を抹消してしまうことは不可能だ。どうしてこちらが我慢しなければいけないのだと理不尽に感じたりしながらも、どこかで折り合って暮らして行かざるを得ない。個人でさえそうなのだから、これが世界的な国家レヴェルの話となれば、なおさら一筋縄では済まない。農業でも工業でも、芸術でもスポーツでも、何かしらの成果は総て「偉大なる首領様」のおかげということになる北朝鮮のいびつさは明らかだし、拉致問題にしても核問題にしても、その不透明さは何とも困りものだ。とはいえ、彼《か》の国がそのような状況に追い込まれた長年にわたる歴史的背景もあるわけだし、この厄介な“お隣さん”をただただ無法者、ならず者と罵倒していても仕方がない。

 ところが、先日来のミサイル発射騒動を見ていても、たしかに北朝鮮の意図するところはいささか理解を超えているとはいえ、日本の反応は、ひたすら事態を一層悪化させようとしているだけのように見えてしまう。「列島脅かす6発、暴挙『許せない』」【後に1発が加わり、計7発となった】という見出しの記事(5日付『読売新聞』)は、こう始まっていた。
「寝静まっていた列島を脅かすように、北朝鮮が5日、ミサイルを立て続けに発射し、日本海に着弾した」

 「『生活の海に着弾とは』 漁船操業、実習船も沖に」という見出しの記事(同『アサヒ・コム』)は、こんな具合。
「ミサイルの着弾時、日本海では漁師たちが生活をかけて出漁し、水産実習中の生徒らが航海中だった。彼らやその関係者からは、恐怖と怒りの声があがった」
 日本海に浮かぶ北海道・利尻島。着弾したとみられる時間帯には、約280隻の漁船が沿岸でコンブ漁を営んでいた」

 正確な裏付けがあるものかどうか不明ながら、「『西の空赤く染まった』――佐渡島で発射目撃相次ぐ」という記事(同『サンスポ・コム』)も見かけた。
「北朝鮮がミサイルを発射した5日、新潟県の佐渡島では早朝、『空が赤く染まった』などとする目撃が相次いだ」

 一方、7発のミサイルが実際にどこに落ちたかは、このように報じられている。
「いずれも北海道・稚内から西南西沖数百キロの日本海に着弾。船舶への着弾など日本側の被害情報はないという」(同『毎日新聞』)
「日本政府筋によると、ミサイル発射は5日午前3時32分、同4時4分、同4時59分、同7時13分、同7時31分、同8時17分、午後5時22分の計7回。着弾地域は新潟県沖北北西700―800キロや同530キロ辺りで、発射から約10分以内に海上に落下した」(同『サンケイ・ウェブ』)
「北朝鮮が5日午前3時半すぎから断続的にミサイルを計6発発射、いずれもロシア沿海州南方の日本海に着弾した。具体的な被害は出ていない」(同『共同通信』)

「寝静まっていた列島を脅かすように〜日本海に着弾」「生活の海に着弾」「日本海に浮かぶ北海道・利尻島〜約280隻の漁船が沿岸で」などの切迫した危機感に満ちた書きぶりと、「北海道・稚内から西南西沖数百キロの日本海に着弾」「着弾地域は新潟県沖北北西700-800キロや同530キロ辺り」「いずれもロシア沿海州南方の日本海に着弾」というような記述との間には懸隔がある。

 2002年9月、北朝鮮のものと思われるいわゆる“不審船”が日本海に出現した際、僕は、以下のように書いた(colum156.htm)。
「9月初旬にマス・メディアを賑わした北朝鮮のものと想像される『不審船』は、海上自衛隊や防衛庁の発表によれば、『能登半島沖、北北西約400キロ』の海上に現われたとされた。『能登半島沖に不審船』……ここだけを見れば、いかにも日本の国の目と鼻の先を怪しい船が通っているかのようだ。ところが、並行して『朝日新聞』でも伝えられたところによれば、『能登半島沖、北北西約400キロ』とは言葉を変えると『ロシア・ナホトカの南約250キロ』であり、『北朝鮮・清津の南東約350キロ』に相当する。つまり実はそこらあたりは、日本の領海でも排他的経済水域でもなく、いっそ天下の公道なのである」

 今回も事態は似たようなものである。それどころか、「能登半島沖、北北西約400キロ」という“不審船”の出現場所と「新潟県沖北北西700-800キロや同530キロ辺り」というミサイルの着弾地域とを並べれば、むしろ今度のほうが日本からは遠いとも言える(もちろん、船とミサイルとを単純に比較することは出来ないけれども)。しかし、“不審船”については幾分の冷静さを保ちながら報じていた『朝日新聞』でさえ、ミサイルに関しては、世論に合わせるか――あるいはむしろ世論を煽るか――のごとく、「青森県の日本海側、中泊町の小泊漁協。最盛期のイカ釣り漁船約50隻が4日午後から沖合40キロ付近で漁をし」「山形県立加茂水産高校(鶴岡市)の実習船『鳥海丸』は、6月22日に新潟港を出港して北上。北海道稚内沖でイカ釣りの試験操業中で」「同県【山形県】漁協によると、石川県能登半島沖約100キロで現在、同漁協所属の中型イカ釣り船2隻が操業しており」などの事例を重ね、数百キロに及ぶ距離的隔たりには触れぬまま、「日本海」という大きな括《くく》りで読む者の不安を高める。

 北朝鮮の真意はつかみがたいけれども、今回のミサイル発射は、彼らとしてみれば、(その効果は全く疑わしいにせよ)色々な意味合いにおける示威行動には違いあるまい。7発の中には射程距離の異なる三種類が含まれていたことから、“テポドンは米国、ノドンは日本、スカッドは韓国を念頭に置いたものだ”というまことしやかな観測が流れているが、7発のいずれもが「ロシア沿海州南方」に集中して着弾したことを考えれば、表現はふさわしくないにせよ、その狙いはいっそソッポを向いており、一種の「花火大会」的な単純なデモンストレーションをも感じさせる。実際、7発のうち後半の4発は、種類も発射場所も異なっていたにもかかわらず「半径10キロ内に着弾していた」(14日付『日経ネット』)というのだから、そもそも具体的な目標(陸地)を攻撃する意図があったとは考えにくい(ちなみに、この記事には「防衛庁は『発射角度を変えるなど着弾地点を意図的に操作し、精度を確かめていた疑いが濃厚』と分析している」とあったが、こういう文脈で「疑いが濃厚」という表現は何とも不自然だ)。

 客観的には、7発の着弾地点に基づく限り、誤差の範囲まで含めて、ロシアや中国のほうが日本よりも遥かに危機感は大きいはず――大きくて当然――と思われる。実際、当初の日本政府は、「同日【5日】午前に2度、安全保障会議を開き、小泉首相が情報の収集・分析を指示し、対応を協議した。同会議では、今回の事態について『武力攻撃事態にも、その前の段階にもあたらない』と確認」(5日付『アサヒ・コム』)していたのだが、その後は、打ち上げ途中に失敗したらしいテポドンの飛行軌道を延長すると“ハワイ周辺を狙ったものではなかったか”との政府筋観測を流すなどした上で、米国とともに制裁決議案を国連安保理に提出。この案は、先に述べたように日本以上の当時者性を持つはずの中国やロシアの反対を受け、制裁の根拠を含まない修正決議にトーン・ダウンした。

 従来、北朝鮮から“ソウルが火の海になるぞ”と脅されているはずの韓国でさえ、国内には強硬論も出ているものの、青瓦台(大統領府)は「日本のように夜明けから大騒ぎしなければならない理由がない」「どの国の国防当局も非常態勢を発令しなかった。誰かを狙ったものではなかったからだ」「大騒ぎをして国民を不安にさせてはいけない」などとする声明を発表(10日付『日経ネット』)。盧武鉉《ノ・ムヒョン》大統領に至っては、「【北朝鮮のミサイル発射は】米国に譲歩を要求する政治的行為であり、世界中が知っていることだ」「米は北朝鮮がドルを偽造した証拠を示していない」「以前から北朝鮮に沈着に対応していれば、北も元気をなくし、ミサイルも発射しなかっただろう」などと日米の対応を批判したと伝えられている(15日付『アサヒ・コム』)。

 もっとも、このような動きも、近年の日本における読み解きからは、反日に染まった中国や韓国による曲がり根性、及び、北朝鮮との馴れ合いという次元に貶《おとしめ》められてしまうのだろうか。普通に考えれば、いまどき、北朝鮮が現実に(本気で)日本やアメリカや韓国を「攻撃」することなどあり得ないと思うのだが、相手は常識の通じない頭のおかしい“ならず者(国家)”だから何をしでかすか判らない、そんなノンキな事を言っている奴は、平和ボケのブサヨだと馬鹿にされてしまうのかもしれない。しかし、北朝鮮がそのような常軌を逸した存在ならばなおさら、彼の国を一層の苦境に追いやる様々な制裁などは、かえってその逸脱・自暴自棄を助長するものでしかないはずである。

 半ばソッポを向いたようなミサイル発射などよりも、イスラエルによるレバノン全土への空爆を主とした報復攻撃のほうが圧倒的に緊迫した状況となっているはずだ。たとえば、イランのアフマディネジャド大統領は、「ヒトラーが重大な罪を犯したと主張しながら、ヒトラーと同じことをしている」「ヒトラーのように攻撃の口実を捜している」とイスラエルを非難している(16日付『アサヒ・コム』)そうだが、言うまでもなく、米国という強大な後ろ盾を得るイスラエルが真っ向から国際的な非難を受けることはない。

 北朝鮮にとどまらず、中国も韓国も好んで敵に回して行きたいかのような日本の姿勢を見ていると、数十年前の歴史的“失敗”を――言わば逆の意味で――取り返そうとする強固な意思の存在をさえ想像してしまう。
(2006.7.17)


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