今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

漫画『神聖喜劇』出版まで

大西 赤人       



 このところ、本欄の更新がいささか滞りがちになっている。その状況を読者の方々がどの程度に気づいている(気にしている)かは判らないけれども、今回は、その理由について記したい。

 当方、職業は何かと問われればひとまず「作家」と答えるものの、「職業」の意味合いを生活するための経済行為と狭義に捉えるならば全く失格、このところ新刊とはトンと御無沙汰の状態である。そんな僕の怠慢な様子を見かねてという面もあってか(?)、数年来、二、三の知人から“会社を作れ”と勧められることがあった。「会社」といっても、それだけでは雲をつかむような話だが、要するに、言い換えれば、“少し責任持って何かの仕事をしろ”とのハッパだったのかもしれない。

 従来の「商法」に基づけば、株式会社については1000万円、有限会社についても300万円の最低資本金が必要だった。しかし、三年ほど前には、個人の起業・開業・創業を促進するために「最低資本金規制の特例制度」というものが作られ、たとえ資本金1円でも株式会社を設立することが可能となった。従って、たしかに誰しもにとって、何らか独自のアイデアを発揮して事業を始めようと考える時、「会社」設立は高いハードルではなくなったわけである(本年5月1日には新たに「会社法」が施行、これまでの最低資本金規制自体が撤廃されたことから、先の特例制度も不要となり、廃止された)。

 それでも、僕自身は自分が商売に向いているとは到底思いがたかったのだけれど、中でも熱心に声をかけてくれていた(他に本業を持つ)Y氏が段取りを進め、Y氏、Y氏の息子、そして、とりあえず社長の肩書きを担う大西の三人が出資者となり、1円よりは幾分か多額の資本金を出し合って、昨年3月末、本当に会社が出来上がった。ただし、登記が完了したというだけで、住所は大西の自宅、新たにオフィスを構えたわけでもない。

 我々が視野に置いたものは「漫画」だった。「漫画」は、世界各国で見られる表現形式、メディアだが、日本においては特に高度な進化と成長を遂げている。今では、活字(小説)や映像(映画、テレビ)を超える存在となっているとさえ言い得るけれども、一方、巨大産業に組み込まれて送り出される「漫画」の中には、刹那的な消費の対象として消え去ってしまう例も少なくない。そこで我々は、従来の枠に囚われることなく、人々の知的好奇心を満足させ、身体感覚を刺激する新しい「漫画」を創り出したいと考えたわけだ。

 もちろん、それは容易に実現可能な目標ではないだろうけれども、僕自身が原作を書くことをはじめ、これまでに形作られた人的ネットワークを活用しながら、他の作家による作品を含めての企画・制作を主な業務に思い描いた。そして、社名は『株式会社 メタポゾン【MetaPoson】』と決めた。これは、「のちに、変化した、越えた、高次の、共に」などを意味する“Meta”と、アリストテレスが用いた「それがどれだけあるか」という「量」を意味する“Poson”とをつなぎ合わせた我々の造語で、今あるものの協同と、それによる新しい何物かの出現を象徴して気宇壮大(!)なもの。

 さて、このように会社は生まれたけれども、実情は、全くの徒手空拳。まずは、先にも述べたように社長兼平社員(!)たる僕が「漫画」の原作を書くことが課題となるとはいえ、これは、いつ実現するか見込みの不明確な抽象的プランに過ぎない。それでも、まずはそこからスタートするしかないと考えていたのだが、ちょうどこの頃、父の大西巨人を通じて、一つの耳寄りな情報を知った。巨人の長編小説『神聖喜劇』の漫画化に取り組んでいた人たちが、ついにその大仕事を完了し、これから出版先を探そうとしているというのだ。以前、父を訪ねた時にそういう話を聞かされ、漫画作品の一部を見せてもらったことはあり、当時は「へぇ〜、すごい人が居るんだなあ、本当に出来上がるのかなあ」と思う程度だったのだが、それが完結したとなれば、これは一つのニュースである。言うまでもなく、会社の――しかも初めての――事業としては、身内が関わる難しさも出てくるだろうけれど、我々『メタポゾン』が手がけることの可能な――いや、むしろ手がけるにふさわしい――企画なのではないだろうか?

 そこで、漫画『神聖喜劇』を作った岩田和博氏(企画・脚色、1947年生まれ)とのぞゑのぶひさ氏(漫画、1949年生まれ)に会い、お話を聞いた。岩田氏は、国内外で多くのファッション・ショーなどを演出し、特に地元・京都では「宵々山コンサート」や「京都・花灯路」などの大イベントをプロデュースしている方。のぞゑ氏は、色々な職業を経験し、身体を壊したりした後、「自分に出来る仕事は絵を描くことしか残っていない」と心に決めて投稿生活に入り、某青年誌でデビューした方。そもそもは、岩田氏が小説『神聖喜劇』に惚れ込み、何とかこれを視覚化できないものかと考え、旧友であり一緒に仕事をしたこともあったのぞゑ氏に漫画化を持ちかけたのだという。お二人には、原作者が漫画化を了承しないのではないかとの危惧があったそうだが、巨人は問題なく承諾。以来、岩田氏とのぞゑ氏は、何と約十年間、どこに発表するという確たるアテもないまま――最終的には自費出版さえ視野に置きながら――1400ページにも及ぶ作品を描きつづけたのだった。

 大変な労作であることは明らかだが、それはさておき、出来上がったものを実際に見なければ最終的な判断は出来ない。我々社員は、大部《たいぶ》の作品コピーを順次に回覧し、結果、“これなら行けるのではないか”と感じ、『メタポゾン』として企画・制作を担当することを提案、お二人の快諾を得た。即ちそれは、我々が、漫画『神聖喜劇』という企画を出版社に持ち込む(売り込む)ということである。そうはいっても、こちらは駆け出し、持っている多少の人的ネットワークを活用するしか道はないのだが、必ずしも強力確実なコネクションとは言いがたい。また、作品自体、漫画とはいいながら、極めて骨太で硬い内容であるから、そうそう簡単に出版社が食指を動かすものかどうかは判らない(だからこそ、我々が手がける意味も出てくるのだが)。

 ともかく作品の意図、とりわけ今日《こんにち》的意義を謳《うた》った企画書を作成、打診する出版社を検討している時、旧知の編集者であるM君が、“漫画を扱うつもりだったら、仕事のノウハウを含めて、紹介したい人が居ます。きっと気軽に話をしてくれますから、色々と聞いてみたらどうですか”と言って、多くの漫画を発行している一迅社の原田修会長を引き合わせてくれた。原田さんは、初歩的なこちらの質問にも親切丁寧に応えて下さった上で、“具体的には、どういう事業を考えているのですか?”と訊ねてきた。そこで、“実は、こういう経緯で漫画『神聖喜劇』を企画していて、出版社を探している段階なのだ”とお話ししたところ、原田さんは、“そういう話なら、幻冬舎はどうかなあ。見城《けんじょう》社長に直接当たったら、案外うまく行くかもしれないよ”と思いがけないアドヴァイスをくれた。

 幻冬舎・見城徹《とおる》社長。「出版界の風雲児」と呼ばれる存在であり、もちろんその名前はかねてから見聞きしていたものの、これまで刊行された本の色合いから言っても、漫画『神聖喜劇』の打診先としては全く念頭に上っていなかった。しかし、色々考えているうちに、かえってそれも面白いかなという気がしてきた。そこで、ダメで元々とばかり、昨夏の終り頃、過去一切面識のない見城社長あてに手紙を書き、企画書と漫画のサンプル・コピーを同封して発送したところ、何と次の日、“社長から手紙を手渡されたが、非常に興味深いので、ぜひ話を聞きたい”という趣旨のメールが、幻冬舎・編集局長のY氏から舞い込んだのである。それからは言わばアレヨアレヨ、Y氏及び編集長のH氏との打ち合わせを経て、秋には、全六巻の刊行プランが確定した。

 しかし、それからも大変だった。当初は、本年2月には第一巻を発売する予定だったが、十年を費やした作品を改めて本にするに当たっては、原稿――絵柄及びネーム(台詞)――の細かいチェック点が無数に出現し、それを踏まえて校正作業も複雑になった。我々『メタポゾン』は、制作とともに、作品に関わった三者(岩田氏、のぞゑ氏、巨人)と幻冬舎との間に立って様々な調整作業を担ったわけだが、不慣れゆえに色々と至らぬところもあり、各方面に御迷惑をかけもした。そして、ここでは略する紆余曲折をも経ながら、この5月10日、ようやく第一巻、第二巻同時発売に漕ぎつけた。話が長くなったけれど、この数ヵ月来は、そのための諸々の作業に忙殺され(現在もまだ続刊に関する作業が進行中なのだが)、ついつい本欄の更新も疎《おろそ》かになってしまっていたというわけである。

 父親の原作ではあるけれども、漫画『神聖喜劇』という企画を手がけた動機の第一は、岩田氏、のぞゑ氏による労苦の結実を世間に送り出し、多数の読者に手に取ってもらいたいという点にあり、その第一歩は幸運にも実現した。今のところ、作品に対する評価も押しなべて良いようで、ネットを見ていると「これは渾身の力作といっていい」「久しぶりの覚醒感に揺り動かされた読書体験」「今年のコミック収穫ベスト1はこれで決定でしょう」というような嬉しい感想が幾つも眼に留まった。後は、一層の売れ行きを望むことは言うまでもない。また、『メタポゾン』という一己の会社としては、これで完結するわけではなく、今後に向かってのとっかかりに過ぎず、従って、新たな――次の――目標を掲げて行かなければならない。

 ともあれ、漫画『神聖喜劇』、一人でも多くの方に御一読いただきたいと思っている。
(2006.5.31)


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