今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

確実かつ加速度的に進む「監視カメラ」社会

大西 赤人       



 前回の本欄で僕は、大々的にメディアを賑《にぎ》わすような凶悪事件の続出、及び、それがもたらす人々の不安感を抑制するためには、「街頭や公共の建物内どころか、各家庭の全部の部屋に監視カメラを取り付け」ることが有効と逆説的に述べ、ただし、そのような“管理”と“厳罰”で人間を縛る手法によって「見かけ上は、今よりも安全で健全な(?)社会を作り上げることが出来」たとしても、「それは、個々人にとって極めて息苦しい日常となることだろう」と書いた。けれども、現実は、確実かつ加速度的に進んでいるようだ。

 先日の日本テレビのニュースでは、ある一般家庭が庭先に監視カメラを取り付けたところ、短時日の間に地元の警察が(何らかの事件に関連して)二度も録画映像の提出を求め、その上、“通行する車のナンバーがハッキリ映っていない”として、カメラの角度まで指導したという顛末を伝えていた。要するに、「街頭や公共の建物内どころか」どころか、ただただ近所を歩いているだけでも、どこかの家に設置された監視カメラによって撮影されていて、それが捜査資料として警察に提供されるかもしれないということである。

 もちろん、これも前回書いたように、「何も後ろ暗いところがないのならば、総て人目に曝《さら》しても構わないはずではないか」という見方もあるだろう。しかし、人間にはプライバシーが保障されるべきであり、緊急の必要に迫られていない平時でさえも、自動的・不可避的にそれが侵害されているという状況は異常ではなかろうか。ところが、今や、その異常が異常として認識されなくなり、むしろ、違和感を表明する人間のほうが、脛《すね》に傷もつ者のごとく白眼視を受ける傾向となりつつある。

 「テロ対策」という大義名分を掲げて、やはり先のニュースで採り上げられていた「顔認証システム」も不気味だ。予め不審者の顔を登録しておけば、駅の改札などを通る無数の人々の中から該当者を選別してアラームが鳴る。ニュースによれば、簡単な変装程度ならば確実に見破ることが出来るし、双生児であっても微妙な容貌の相違点に基づき区別することが出来るという。先月末からは、東京の地下鉄で同システムの導入実験が行なわれている。

「テロ対策などを想定し、通行人の顔を識別する『顔認証システム』の実証実験が1日午後から、東京・霞が関の東京メトロ霞ケ関駅で始まった。テロリストや指名手配中の容疑者の顔情報を事前に登録しておけば、改札でチェックできる仕組みだが、プライバシー保護などに対する不安から実験そのものに反対する声も上がっている。
 このシステムは財団法人・運輸政策研究機構の主催で鉄道事業者団体や国土交通省が参加する研究会が、昨秋から技術面の研究を進めている。
 千代田線の改札の出口の天井に取り付けられた動画カメラで改札を通る人の顔を撮影。コンピューターに取り込み、輪郭や肌の特徴などを事前登録した人物の情報と照合する。ヒットすれば端末のパソコンにその人物の顔の画像が出て、警報が鳴る。
 実験は5月1〜19日の平日で午後の毎日1時間、アルバイトやシステム開発会社の社員ら最大約30人を使って行う。一般利用客は映さない。一度に多くの客が改札を通る場合や、マスクやサングラスをかけた場合でも区別できるかどうかなどを調べる。(略)」(1日付『アサヒ・コム』)

 「システムにどのような不審者情報が登録されるのか不透明だ。実験は本格導入に向けた既成事実化を図るもので受け入れられない」(「監視社会を拒否する会」共同代表の田島泰彦・上智大教授)というように異論もあるわけだが、実はこの「顔認証システム」、成田空港や関西空港の税関では、2002年頃から――当初はサッカー・ワールドカップにおける「フーリガン対策」を名目に、既に導入されていたらしい。ネット・メディア『ASCII(アスキー)24』の「顔を認識する監視カメラ 関空がひそかに導入していた」という記事(2002年8月8日付)には、『ASCII24』編集部と関西国際空港税関支署広報担当との次のようなやり取りが記されている。

[ASCII24]顔認識システムを使った監視カメラを設置した理由は。
[税関]当初はワールドカップへの対応ということで導入しました。
[ASCII24]ワールドカップ終了後はどうなっているのですか。
[税関]現在も設置されているかどうかについては、いっさい答えられません。
[ASCII24]個人情報保護の観点から、監視カメラを設置する場合はその旨をカメラのある場所に掲示するのが妥当だと思うのですが、関空税関の場合は監視カメラが設置されていることを利用者に掲示していますか。
[税関]それはやってないですね。
[ASCII24]掲示すべきかどうかという議論は過去になかったのでしょうか。
[税関]設置しているのは関空だけではないので……。全国レベルで決めていることだから、それはちょっと。
[ASCII24]全国レベルというのは、財務省関税局で決めているということですか。
[税関]そうです。
[ASCII24]他の空港税関のどこに設置されているのですか。
[税関]現在設置されているかどうかも含め、そうした質問にはいっさい答えられません。

 この記事は、「こうした監視システムは、両刃の剣」として、「どのような形で運用し、住民や利用者からどれだけの理解を得られるかが重要」と述べた上で、「今回、関西国際空港に導入された顔監視システムも、税関はその存在自体を認めていない。今後、同種のシステムが日本社会の中に広まりはじめたとき、アカウンタビリティー【説明責任】はきちんと守られるだろうか」と結ばれている。それから約四年、「フーリガン対策」から「テロ対策」へと監視システムの普遍的必然性は高められ、反論を封じ込める世論が形作られつつある(この種のシステムの実効性――抑止力――を疑う見解も少なくないのだが、仮に実効性を伴なうとしてさえ、それだから無条件に容認されるべきものとは言えない点も踏まえる必要があるだろう)。

 加えて、現在の国会では、教育基本法改正や共謀罪制定ほどの大きな話題にならないまま、これまた、政府が2004年末に定めた「テロの未然防止に関する行動計画」の一環というなかなかに抗《あらが》いがたい名目とともに出入国管理法改正案が成立、早ければ来秋にも施行される見通しとなった。

「日本に入国する16歳以上の外国人から、強制的に指紋や顔写真などの生体情報を採る出入国管理法改正案が16日、参院法務委員会で採決され、自民・公明などの賛成多数で可決した。(略)観光や商用で短期滞在する人から永住者まで、年間約700万人が指紋などを採られる計算になる。(略)
 法務省は、外国人の出入国履歴や在留資格、指紋、署名、警察庁や外務省からの情報などを将来は統合し、個人単位で一元管理する方針を公表している。外国人登録時の指紋押捺(おうなつ)は00年に全廃されたが、法案でなし崩しになる恐れが強い。
 在日韓国・朝鮮人などの約47万人の『特別永住者』や外交・公用で来日する人などは、対象から除かれる」(16日付『アサヒ・コム』)

 既に2004年から米国は、入国する外国人に指紋提供を義務付けているけれども、日本もそれに準じた形である。これによって、過去に大きな問題となった外国人の指紋押捺も実質的に復活することになる。そして、最近の反北朝鮮、反韓国感情の醸成を見ていれば、「特別永住者」に関する特例さえも、いつ翻されるかもしれないという危険さえ感じられる。

 前回、僕は、「いかにも昨今の世俗的危機感と符合する形で」好都合に発生する事件の不思議さに触れたが、ここでもまた、管理強化の必要を見事に後押しするかのように、こんな出来事が起きた。

「日本航空が中国・青島空港で4月16日、搭乗者名簿にない日本人男性(32)を成田行きの便に乗せていたことがわかった。
 成田行き全日空便に搭乗予定だった男性が、日航便に乗る予定の日本人女性(32)と搭乗券を交換して乗り込んだのを見逃していた。
 搭乗前に旅券と搭乗券の照合を怠ったのが原因という。テロ防止などのため、航空各社は日本行きの全便で旅券と搭乗券を照合することになっており、国土交通省は再発防止を指示した。
 男性は同行者が日航便に乗る予定だったため、同じ便で帰ろうと、女性と搭乗券を交換。全日空は、女性の旅券と搭乗券を照合し、別人だったため、搭乗を拒否していた。日航では『別の便が欠航し、対応に追われていた。今後は搭乗前の確認事項を徹底し、再発防止に努めたい』としている」(16日付『読売新聞』)

 これ自体は、舞台が航空機でなく電車やバスならば何という事もないような話なのだが、「テロ」と結び付けて語られると、急に人の不安を煽る形になる。そんな場合でも、指紋採取を行なっていれば確実にチェック可能? また、顔認証システムが稼動していれば間違いなく安全? ……人々にそういう色合いの感想を呼び起こす格好のエピソードに見えてしまうのである。
(2006.5.17)


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