今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

「過労死」や「サービス残業」をめぐる、人々の分断を促進する言説

大西 赤人       



「僕にとって野球は楽しい仕事とは思えないですね。サラリーマンだって支える家族があるから満員電車に乗れるんでしょ。家族にいい暮らしをさせてあげたいから頑張れるんです」

 こう語った主は、海を渡って大リーグ・マリナーズに入団した城島選手(5日付『日刊スポーツ』)。もちろん、プロのプレイヤーである以上、当然にも日々のゲームは――本質的には“仕事”即ち“労働”に違いない。とはいえ、今まさに意気揚々と新天地に挑んでいるはずの城島のこの言葉は、いささか意外とも感じられるものだった。

 そもそも人はなぜ働くのか? そう訊ねられたとしたら、“食べる(食べさせる)ため”という回答が多数を占めることは必然にしても、日本国憲法に「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」と記されている通り、働くことは、我々にとってまずは「権利」なのである。

 さて、昔、中学校の社会科だったかと思うけれど、産業革命以降のイギリスにおける――とりわけ子供たちの――労働状況の一端が教科書に出てきて、『スゴい話だなあ』と思った記憶がある。今、インターネットで少し当たってみると、イギリスでは、1802年、繊維工場で働く見習工(徒弟)の労働時間の制限や労働環境の整備基準を示した最初の「工場法」が成立したけれどもほとんど機能せず、以来、何度か改正を重ね、ようやく1833年になって実効性を伴なう「工場法」が制定されている。その内容は「9歳以下の児童雇用禁止、13歳以下の児童の8時間以上、18歳以下の児童の1日12時間以上の労働および夜業の禁止等」というものだった。

 この法律の制定に先立って行なわれた下院の実態調査によれば、工場の活況時には、少女たちは朝の3時から夜の10時頃まで働かされ、その間の休息は朝食15分、昼食30分、飲料を採る15分だけ。しかも、仕事に5分遅れたら賃金の四分の一がカットされたという。その後も、地下作業のために目立たない炭鉱の改善は遅れた。鉱山での雇用が開始される通常の年齢は8歳から9歳にかけてだが、早ければ4歳から労働者として働き出し、彼らの多くが何週間も日光を全く見ることがないというような実例が1842年に報告され、これを受けて、ようやく10歳未満の児童の地下労働が禁止されることになった。もちろん、僅かな例が正確に総ての実態を表しているかどうかは判らないにせよ、少なくとも、子供でさえこんな具合ならば、ましてや大人の労働条件は推《お》して知るべしだったろうとは感じられる。

 イギリスからは遅れて産業革命が進行した日本の場合は、どうだったのであろうか。明治維新後、「富国強兵」に邁進《まいしん》する日本を牽引《けんいん》した製糸・紡績業における苛酷な労働実態は、有名な『女工哀史』などによって伝えられている。最初の工場法は1911年に公布されており、その内容は、最低就業年齢=12歳、最長労働時間=12時間、15歳未満及び女子の深夜業禁止(22時から4時)というものだった。この時期、欧米では「8時間労働」を求める運動――これが、アメリカで誕生した「メーデー」の発端――が広がりつつあったのに較べ、日本の「12時間労働」は時代的な遅れを感じさせるものだ。しかし、これでさえ、1890年の「職工条例」草案提出以来、実業界(雇用者側)の反発もあってか何度となく不成立を重ねた末、ようやく陽の目を見たものだったらしい。しかも、この「工場法」、公布から施行(1916年)までに5年を要し、また、製糸業では14時間労働、紡績業界では女子深夜業が認められる不徹底なもの。加えて、条件付きで実施を15年間猶予する例外規定もあったため、15歳未満と女子の深夜業が完全に禁止されるのは、ようやく1929年に至ってからのことだったという。

 そんな日本でも、1949年の労働基準法公布によって「8時間労働」が標準となり、当初の「週48時間労働」は、経済力の向上と諸外国からの“働き過ぎ”批判を踏まえて「週40時間労働(週休二日制)・年間1800時間」へと移行してきた。加えて近年の不況も手伝い、最近の日本の労働時間は、諸外国と比較しても、統計上の数字を見る限りは突出したものではなくなっている。

 産業――とりわけ工業の発展によって生産ラインの継続稼働が可能となる、あるいは求められる一方、機械化導入による大幅な人力の軽減・削減も実現するわけであり、労働時間の短縮は、大きな流れとしては必然の結果と考えられる。しかし同時に、以前には存在しなかった、またはむしろ必要とされなかった24時間産業も現われて、新たな労働力を獲得しようとする。そして、問題を複雑にする理由は、働く者の側が苛酷な労働条件を“自ら希望・許容する”ケースがあり得る点だ。たとえば、その象徴は男女機会均等法であり、男女差別をなくすという大義から、危険業務や深夜業務に女性が就くことも正当化される。たしかに、中には、“俺は一日12時間でも14時間でもガンガン働きたい”という人も居るだろうし、“私は女だからといって特別扱いされたくはない。夜中の仕事だろうとキツい仕事だろうと構いません”という人も居るだろう。そのような個々の意思を尊重することが、翻って、一般的な労働条件の基準を求める人々に対しては「それに較べてあんたたちは……」という逆風となるとしたら、これは歪んだ話である。

 日本の“働き過ぎ”が以前に較べて改善されていることは確実だろうけれど、それでも「過労死」や「サービス残業」が解消されたわけではない。先日も、こんな凄まじいニュースが報じられていた。

「大手機械メーカー、クボタ(大阪市)の東京本社の男性社員が、月に200時間を超える長時間の時間外労働をさせられ過労で倒れたとして、東京労働局が、労働基準法違反容疑で、法人としてのクボタと同社の責任者を30日にも書類送検することが29日、分かった。
 厚生労働省によると、過労死などを起こした上場企業が書類送検されるのは極めて異例。(中略)
クボタなどによると、この社員は、クボタの子会社からクボタ東京本社に出向中の30代後半の男性営業部員で、精米工場での設備据え付けの現場監督を担当。昨年2月下旬、脳梗塞(こうそく)を発症し倒れた。一時は生命も危ぶまれたが、今月中の退院が見込めるまでに回復した」(3月30日付『共同通信』)

「男性社員(39)に長時間の時間外労働をさせ、脳こうそくを発症させたとして、東京・上野労働基準監督署は30日、大手機械メーカー『クボタ』(大阪市)と責任者の部長(56)を労働基準法違反の疑いで東京地検に書類送検した。従業員の過労による発病などを理由に、上場企業が送検されるのは異例という。
 同労基署によると、男性社員は昨年2月1日〜26日、埼玉県内の精米工場で機械の設置工事の現場責任者を務めていたが、この間に計160時間の違法な時間外労働をさせられており、最大で1日14時間を超える日もあった。この男性は同26日に倒れて、一時は命が危ぶまれる状態だったといい、現在も職場復帰を果たしていないという。(略)」(3月31日付『読売新聞』)

 数字に異同があるけれど、少ないほうの「月160時間」としても、一日平均5、6時間の残業という計算になる。「1日14時間を超える日もあった」とのことだが、『日刊ゲンダイ』によれば、夜をまたいで「1日22時間労働」だったとさえ報じられている。

 2月末、三日間に渡って『朝日新聞』に掲載されていた「『8時間労働』のゆくえ」によれば、来年の国会に労働基準法改正が提案される見通しであり、企業側には「8時間労働」の見直し機運が高まっているという。そもそも日本は、先進国の多くが批准している「8時間労働」を規定したILO(国際労働機関)1号条約に加わっておらず、「労使が協定を結べば、事実上無制限に例外勤務が認められる」状況。厚労省の統計では2004年の一人当たり平均年間労働時間は1816時間となっているものの、これは短時間労働のパートタイマーなど非正規雇用者をも均《なら》した数字。また、記事中に引かれた関西大学の盛岡孝二教授(企業社会論)の調査によれば、厚労省の数字には「年間300時間を超えるサービス残業が含まれず、30代の男性の4人に1人が週60時間以上働いている」――基準の1.5倍以上――そうだし、全日本教職員組合の2002年の調査でも、公立学校教員の超過勤務時間の平均は、月換算で80時間以上という。

 しかし、2004年暮れ、日本経団連はサービス残業の取り締まりについて「行政による規制的な指導は、労働者の自律的、多様な働き方や生産性向上、日本企業の国際競争力の維持・強化の阻害要因となりかねない」と批判したそうで、要するにこれは、“もっと働きたい人間を法律で縛るな”という労働者第一義の考えなのだろうから、何とも結構な話である。また、同連は、昨年6月、「(肉体労働ではない)ホワイトカラー」は「考えること」が「重要な仕事」であり「職場にいる時間だけ仕事をしているわけではない」から、技術者や事務職など特定の業務に就く「年収400万円以上の働き手」を時間規制の適用から除くべきとの提言も出している。

 これに対して厚労省は、サービス残業取り締まりについて「労働基準法上当然の義務」と反論する一方、今年1月には、「今後の労働時間制度に関する研究会報告」が、「管理者の手前やプロジェクトチームのリーダーなどを8時間規制の対象から外す」ことを提言している。これは、「専門職やビジネスマン、店長などを残業代の適用除外にする米国の『ホワイトカラー・エグゼンプション(除外)』を参考にした仕組み」であり、自分の裁量で働ける高収入の働き手なら残業代なしでも働ける「新しい自律的な労働時間制度」なのだそうな。こちらも、労働者の「自律」を援助する思いやりで一杯ということか? 肉体労働でない高収入の人間については労働時間の枠を外すという方向は、優遇措置なのか、それとも実は冷遇措置なのか、にわかには判断しがたいといころであるが、“有能な働き手”という美名を冠することによって、酷使が正当化されている印象は否みがたい。

 このような流れに対して、労働側は、ひたすら守勢に回っているように思われる。僕は、無条件に公務員や労働組合全般を擁護しようとは思わないし、それらの中に革《あらた》めるべき課題点が従来から少なからず存在することは事実であろうと考える。しかしながら、「改革」や「規制緩和」という大号令の下、十把ひとからげ的に強められる攻勢については与《くみ》することが出来ない。先月末、「格差社会」を採り上げた『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系列)などでも、歯に衣《きぬ》着せない(?)発言がもてはやされている勝谷誠彦(作家・コラムニスト)が大阪市職員を「こいつら」呼ばわりし、“たとえば、市バスのバスレーンに車が入らないように棒を一日4時間振っている人が年収1000万、時給換算8000円。そういう事を「野放し」にしていると、真面目に働いている年収300万の人たちは勤労意欲がなくなる”などと、いかにも弱者を思いやったかの調子でまくし立てていたが、この手の物言いは、20年くらい前に散々“給食のオバサンが退職金×千万円”と繰り返されていた手法と何も変わっていない。

 番組は、官公労や大企業の組合が保身に終始し、既得権を手放さず、パートやアルバイトを疎外しているというように位置づけて批判していたけれども、組合という組織がまず自身の利害を考えることは当たり前であり【労働組合=「労働者がその労働条件の維持・改善、また経済的地位の向上を主たる目的として自主的に組織する団体、またはその連合体」(『大辞林』)】、その上になお「共闘」という概念が形作られるはずであろう。「格差」が拡大している日本において、活動の積み重ねを踏まえて幾らかなり強い立場を築いてきた公務員や大きな労働組合を攻撃することで、より弱い立場の人間の批判を逸《そ》らし、ガス抜き的に鬱憤を晴らさせようとする――かくのごとく人々の分断を促進する言説に加わるような役回りは、言論に関わる者の端くれとして、一切御免こうむりたいものだと思う。
(2006.4.8)


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