今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

エンタテインメント・ショーのようなトリノ冬季オリンピックでの日本選手の不振──上げ底報道と茶番劇

大西 赤人       



 トリノ冬季オリンピックを見ていると、スポーツというよりは何かエンタテインメント・ショーのようだ。フリースタイルやスノーボードやショートトラックが導入された頃から次第に感じられていた事だが、今大会でもスピードスケート団体追い抜き、スノーボードクロスと新しい種目が生まれて、ますますそういう印象が強まってきた。

「五輪のスピードスケートに団体追い抜きの導入が決まったのは2004年の2月。国際スケート連盟(ISU)のコーチ会議で各国代表とさまざまな新種目候補を検討した日本スケート連盟元理事の石幡忠雄氏は『テレビや新たなファン層をひきつけたいとの狙いがあった』と説明する」(16日付『共同通信』)

 たしかに観ている分には面白いとも言えるけれど、国際大会の積み重ねさえ乏しい競技をオリンピックで行ない、金だ、銀だと騒ぐ意味とは何なのだろうという気もする。

 さて、小泉首相が「参加することに意義があるんだ」(15日付『日刊スポーツ・コム』)と押入れから引っ張り出したような言葉を持ち出さなければならないほど、メダル獲得が期待された種目で連鎖反応のごとく日本選手の不振が続いている。

「日本選手団長の遅塚研一・日本オリンピック委員会(JOC)常務理事らは5日、当地で会見し、最低5個のメダル獲得を改めて目標に掲げた。遅塚団長は『個々の選手の調子を聞くと、2、3個かさ上げできるかとも思うが、厳しい予想も聞くし、5個が妥当と思う』と語った」(6日付『毎日新聞』)

「日本選手団の遅塚研一団長(日本オリンピック委員会=JOC=常務理事)は14日、メダル5個に設定した今大会の目標について『5つと言い続けたが、ちょっと厳しいかなというふうに思う』と、達成は困難との見方を示した」(15日付『時事通信』)

 僅か10日足らずでの豹変ぶり。この種の予想に贔屓目《ひいきめ》による“皮算用”はつき物ながら、何とも大きな落差である。「ちょっと厳しいかな」どころか、世間では、もしかしたらメダル・ゼロに終るのではないかという悲観的な見方さえ出はじめている。

 言うまでもなく、メダル獲得に一喜一憂する必要はないのだが、問題は、ただただ盛り上がりを求めようとするがために、あまりにも非現実的で冷静さを欠いた“予想”が横行していたのではないかという点だ。実際、事前には、次のような記事もあったのだが、それは、大きな流れの中ではかき消されざるを得ないものだった。

「トリノ冬季五輪の日本選手団の目標メダル数は『色に関係なく5個』(遅塚研一団長)。だが、前回銀と銅の2個しか取れなかった日本が、倍以上に数を伸ばせるのか。海外メディアの予想は極めて厳しい。

 米国の専門誌『スポーツ・イラストレーテッド』の全種目メダル予想で、日本選手はフィギュアスケート女子の荒川静香(プリンスホテル)とスピードスケート男子500メートルの加藤条治(日本電産サンキョー)の『銅2』だけ。AP通信はさらに厳しく、荒川の銅1個だけだ」(9日付『毎日新聞』)

 上げ底報道――というよりも、ほとんど無節操な煽動――の最たる例がスノーボード・ハーフパイプ。男女とも、ワールド・カップでの優勝経験を持つとされる選手を含め、それぞれ四人が揃ってメダル候補とさえ言われながら、男子は全員が予選落ち、女子は三人が決勝へ進出したものの上位とは素人目にも明白な力の差で12人中、9、10、12位。とりわけ、大会前には“ヒルズ族”を引き連れて芸能人顔負けのパフォーマンス(?)を披露していた女子選手が派手な転倒を連発し、これまで潜伏していたのであろう反感が噴出する形で、ネット上などにおいては袋叩きに遭っている。

 しかし、その不成績を理由に非難を浴びせるだけではイラクの人質や“ホリエモン”に罵声を浴びせることと変わりがなくなってしまう。僕自身、スノーボードについては全く無知なもので、ワールド・カップというタイトルにサッカー並みの権威を想像し、『そこで優勝したのなら大したものなのかな』と思わされていたのだが、済んでみたら、そもそもアメリカの有力選手たちはワールド・カップには出ていなかったのだそうで、羊頭狗肉とまでは言わずとも、少なからず水増しされた話だった様子。それをメダル、メダルと祭り上げたほうに罪があると言うべきだろう。

 日本の親にわざわざ手紙を書かせて感動劇を演出するようなテレビの手法にも閉口させられるし、ようやく競技が終って間のない選手に「(次の)バンクーバーでも頑張ってくれますよね!?」などと畳みかけるインタヴューなどにも「ほっといてやれよ!」と言いたくなる。「日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は『JOC、競技団体、マスコミとも、五輪前に騒ぎすぎの感じがあった』と、大会前からの浮ついたムードを反省点に挙げた」(14日付『共同通信』)そうだが、不調に喘《あえ》ぐ今だけの結果論ではなく、こういう茶番劇からは脱してもらいたいものだ。

 また、それらとは異なる意味で、女子スピードスケート500mで4位に健闘した岡崎朋美に対する堀井学(1994年リレハンメル大会・男子スピードスケート500m銅メダル)のコメントにはビックリした。
「今後、もし続けるのなら、再び明確な目標、高いモチベーションを維持するのが必要になります。極端に言うと、女性を捨ててすべてをスケートにささげるくらいの決意が必要になるでしょう」(16日付『日刊スポーツ』)

 バンクーバーに出るとしたら、岡崎は38歳である。今回、同種目で優勝したジュロワ(ロシア)は岡崎と同い年、そして同じく四回目の五輪出場だが、結婚・出産により一時引退、昨年からリンクに復帰した選手だ。他にも出産や子育てのために競技を離れた海外の有力女子選手は珍しくない。当然、何に自己の目標を見出すかは個々人の自由であり、女性ならば結婚・出産・子育てが幸福などと決め付けることは安易に過ぎる。とはいえ、“スケートを続けるのなら女性を捨てろ”という言い方が未だ平然と通用するとは凄まじい話だ。それでは、これが男子選手についてだったら、万が一にも“スケートを続けるのなら男性を捨てろ”という理屈になるのであろうか?
(2006.2.17)


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