今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

ドイツ映画『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』──究極の選択を自らに課す破目に陥らずに済むために

大西 赤人       



 ドイツ映画『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』(監督=マルク・ローテムント)については、ナチスに抵抗して処刑された女子学生の実話に基づいた作品という予備知識を得ていたから、最初からエンタテインメントとしての展開や結末の意外性やを期待してはいなかった。むしろ、「世界中の観客がすすり泣いた感動の実話」などというベタなキャッチ・コピーは、日頃、僕の大いに敬遠する部類に属するものだ。しかし、海外における高い評価の報などを眼にするにつけ、一見の価値があるのではないかと感じて出かけたのだが、その通り、実に啓発的な作品だった。

 映画が始まると、女性ボーカル(ビリー・ホリデイ)による英語の歌が流れ出し、しばらくすると、ラジオの前で額を寄せ合うようにしながら音楽に合わせて口ずさんでいる二人の娘――ゾフィー(ユリア・イェンチ)と友人のギゼラと――の姿が画面に映る。意外なほど穏やかな幕開きである。1943年2月のミュンヒェン、対ソ戦におけるスターリングラード包囲戦の決定的失敗が明らかになり、ナチス・ドイツに陰りが差しはじめた時期。ゾフィーや彼女の兄・ハンスらミュンヒェン大学の学生たち数名は、「白バラ」と名乗る抵抗グループを組織している。

 彼らのなし得る事は、ナチスやヒトラーを批判する落書きを建物の壁に書いたり、ビラを密かに配ったりする程度なのだが、それでも当局にとっては、国家に対する許しがたい反逆行為である。「白バラ」のメンバーは、スターリングラードでの敗北を機にナチス・ドイツの崩壊が近づいていると考え、一気に大量のビラをまくことで、人々を政権打倒へと勢いづけようと計画する。ハンスは郵送以外に大学構内でもビラを配ろうと提案し、慎重な仲間からは反対を受けるが、ゾフィーも協力を申し出て実行が決まる。

 当日、兄妹は、人気《ひとけ》の絶えた講義時間、各教室の前にビラの束を置いて行く。終業ベルが鳴り、ゾフィーは余ったビラを三階から撒き散らし、兄とともに学生たちに紛れてその場を立ち去ろうとするのだが、用務員に見咎められており、駆けつけたゲシュタポに対し、彼女は自分の行ないを認めて逮捕されてしまう。このあたり、彼らの動きは、大局的情勢や自分たちの立ち向かう相手の力やを見誤っているようで、幾らか冒険主義的にさえ感じられて危なっかしい。

 しかし、尋問官のモーア(アレクサンダー・ヘルト)に相対したゾフィーは、積まれていたビラを三階から落としたのはイタズラに過ぎず、記された内容とは全く無関係であると釈明する。その毅然とした態度をモーアも信用し、一旦は放免されかけるのだが、他の状況証拠が発見されたため、改めて厳しい取り調べを受けることになる。ここでのゾフィーは、ビラへの関与を認めた上で、、論理的に自分たちの行動の正当とナチスの不当とを主張する。ゾフィー、ハンス、ビラの文章を書いたプロープストの三名が大逆罪によって民族裁判所で裁かれることになる。それでもゾフィーは、公開裁判は自分たちの主張を傍聴者に訴えることの出来る好機と考えるし、仮に最悪の死刑判決が下ったとしても、執行までには99日間の時間的余裕があるはずなので、その間に大きな情勢の変化が起きて事態は回避されるであろうと期待している。

 ところが、法廷は公開の「建前」ながらも、動員された軍人たちによって埋められており、ゾフィーたち三人の被告は、裁判長のフライスラー(アンドレ・ヘンニック)から一方的な糾弾と断罪を浴びせかけられ、何らの弁護も受けることなく死刑判決を言い渡される。そして、監房に戻ったゾフィーは、看守から“お別れの手紙”を書くようにと命じられる。即日の処刑が決定していたのである。この予想外の事実を知った瞬間のみ、ゾフィーは冷静を失なって言葉にならない叫びを上げるが、その後は再び落ち着いた物腰に戻り、確固たる信念を抱いたまま、逮捕から僅か5日、最後の時を迎える。

 この「白バラ」については、“ナチス時代にも、このような抵抗運動が存在した”という趣旨で、戦後のドイツ人の良心のよすがとなっている――ゆえに、一層の純化・美化が加えられている――嫌いも窺われるようである(ドイツ文学者・瀬川裕司は、プログラムの中で「実はゾフィーの処刑の5日後には、ミュンヒェン大学で特別集会が開かれて多数の教授と学生が国家と総統への忠誠を誓い、〈反逆者〉への怒りを表明したことにより、表向きは『白バラ』の活動は否定し去られたという事実がある。この意味では、彼らが同時代に大きな影響を与えたとは言いがたい」と記している)。また、ゾフィーの強さ・勇気が“神”への信仰によってこそ裏打ちされているというあたりに、個人的には幾分の違和感を抱いたりもした。

 しかし、1990年代になって発見されたゲシュタポの尋問調書などに基づき、極めてリアリスティックに描かれた映画は、一己の人間が大きな力に抵抗することの究極の意味合いを考えさせるものだった。自らの信念に基づき、何か発言をすること、何らか行動をすることが弾圧を呼び招くとなった時、人はどうするのか? 少なくとも僕は、ゾフィーのようにギロチンを覚悟して信念を貫くと断言することはとても出来ない。ただ、自らが共産党員であった前歴を塗り潰そうとするがためにナチスへの忠誠を誇示し、傍聴者さえ鼻白むほどファナティックにゾフィーたちを指弾する――そして彼女から、“いつかあなたもここに立つ”と冷ややかに告げられる――フライスラーのような臆面もない追随者だけには、せめて決してなるまいと肝に銘じるのみである。

 それにしても……。それにしてもゾフィーたちの犯した罪とは、人を殺したわけでも爆弾を仕掛けたわけでもなく、畢竟《ひっきょう》たかがビラまきなのである。僕は以前、自衛隊イラク派遣に反対するビラを立川市の防衛庁官舎で配った市民団体メンバーが住居侵入罪で逮捕・起訴された出来事に関し、「あえていささかフザケて言うと、『宅配ピザや出前寿司のチラシやビラを配っている皆さん、くれぐれもお気をつけて。刑務所入りの覚悟が要りますよ』というところだろうか」と書いた(colum267.htm)。その後、同件は東京地裁で無罪判決が下りたものの、東京高裁で逆転有罪となり、被告は最高裁に上告した。

 昨(2005)年12月には、早稲田大学戸山キャンパスで、「01年に学生会館が移転する際、繰り返し反対運動をしていた大学OBら3人を構内への立ち入り禁止とした処分の撤回などを求める内容」(2004年12月29日付『アサヒ・コム』)のビラをまこうとしていた22歳のアルバイト男性が、大学側の退去要求を拒否。その結果、文学部教官によって身柄確保(私人による逮捕)、警察に通報の上、建造物侵入の疑いで逮捕された。

 この男性は29日に釈放され、「東京地検公安部は『今回は立ち入った場所が大学という場所だったことを考え、目的がビラまきということが明らかであることも踏まえて判断した』」(1月11日付『アサヒ・コム』)と伝えられている。早稲田大学文学部当局は、色々な理由付けによって対応の正当性を主張しているものの、大学構内でビラをまこうとした人間が教官によって身柄確保の上、逮捕されるという驚くべき経緯に対し、広い範囲から大学側に対する抗議行動(謝罪要求)が起きつつある。

 このような出来事とゾフィー・ショルらの顛末とを一概に同列に論じるとしたら、あまりに粗雑に過ぎるかもしれない。しかし、それらが一本の延長線上に存在することは確かであろう。もしも、これらのビラをまいて死刑になるとしたら、それでもなお信念を貫くことはなかなか容易ではないかもしれない。多分その時、一人のゾフィーとなるよりは一人のフライスラーとなることのほうが、遥かに流されやすい眼前の選択肢となってしまいかねない。我々が、そのような究極の選択を自らに課す破目に陥らずに済むためには、より先立つより卑近に思われる時点においてこそ、真っ当な選択を重ねて行かねばならないのであろうと思う。
(2006.2.8)


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