今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

あたかも“被爆によってC型肝炎を発症した”かのように誤った印象を与えた報道

大西 赤人       



 「司法(権)の独立」とは、しばしば見聞きする言葉だ。いわゆる三権分立の概念に基づき、立法や行政の干渉によって司法が左右される事態は避けられるにせよ、個々の判決に関し、裁判官が言わず語らず「世論」――即ち市民感情の大勢――から影響を受けているのではないかと感じる場合はある。でもそれは、あくまでもこちらの錯覚なのかもしれない(逆に、良くも悪くも、まるっきり「世論」とかけ離れた判決を下す裁判官もまま存在するわけだから)。一方、その判決を報じるメディアの論調は、明らかに「世論」を受けて変化する。たとえば、「有罪」あるいは「無罪」の判決について、読者・視聴者の顔色を見ながら、当然至極のように伝えることもあれば、不当極まりないもののように伝えることもある。

 先月29日、東京高裁で、「学徒動員先の長崎市で被爆し、後にC型肝炎と診断された東京都町田市の東数男さん(故人)が『原爆症と認定されなかったのは不当』として、国を相手に不認定処分の取り消しを求めた訴訟」(3月29日付『アサヒ・コム』)の控訴審判決が下り、「一審・東京地裁が『被爆が原因』と認めて処分を取り消した判決を支持。国側の控訴を棄却し、二審も東さん側が勝訴」(同前)と報じられた。

 日本人の100万人から300万人が感染していると言われ、長い年月をかけて肝臓に深刻なダメージをもたらすC型肝炎は、昔から知られていたA型肝炎、B型肝炎に対して、以前は「非A非B肝炎」と呼ばれ、原因不明の肝炎と見做《な》されていたものである。1980年代末、病原体であるHCV(C型肝炎ウイルス)の存在がようやく確認され、以来、抗体検査が可能になり、現在では、インターフェロンや新薬・リバビリンなどによる治療が進められつつある。一方、先の原爆症訴訟に関する記事には、以下のような見出しや文言が並んでいる。

「控訴審でもC型肝炎が原爆の放射線に起因するかが争点となった」「東さんのC型肝炎は放射線に起因すると結論づけた」(同前『アサヒ・コム』)
「C型肝炎は被爆が原因 東京高裁も1審支持」(同前『毎日新聞』)
「被爆と肝機能障害の因果関係認定…1審支持、原告勝訴」「被爆後、体調不良が続いていたことなどを考慮して、被爆が原因だったと認定した」(同『読売オンライン』)

 これらによれば、あたかも今回の判決は、“被爆によってC型肝炎を発症した”言い換えれば“C型肝炎の原因(の一つ)は被爆”と認めたかのようであり、極めて非科学的で乱暴な論理に基づくものとさえ感じられてしまう。事実、僕の見かけた医学関連の掲示板では、一人の医療専門家が、「C型肝炎とは、C型肝炎ウイルスの感染が原因で起こるものだというのは、全世界共通の常識だと思っていましたが、日本の司法界においては、被爆がC型肝炎の原因なんだそうです」と(皮肉に)記していた。

 しかし、もう少し詳しく他の報道を拾ってみると、以下のような記述が見つかる。
「被ばくが慢性肝機能障害の進行を促した可能性を指摘する論文など近年の研究成果を考慮し、『被爆が慢性肝機能障害を発症、進行させる原因となったと認めるのが相当』と結論付けた」(同『日本経済新聞』)
「(1)被爆が慢性肝疾患の進行を促進した可能性を指摘する論文がある(2)爆心から至近距離で被爆、直後に下痢などに苦しんだ(3)その後長期間に身体への影響があった―などの点を考慮。『被爆が慢性肝炎を発症、進行させる原因となったと認めるのが相当』と結論付けた」(同『中国新聞』)

 ここまで見れば、判決は、“原告のC型肝炎の原因は被爆”などと認めたわけではなく、“被告の(別途感染した)C型肝炎が被爆によって進行した”ことについて認め、原爆症としての認定に加えるべきと判断したのだということが判る。加えて、「日本原水爆被害者団体協議会」のサイトや支援者のサイトを検索して覗いてみると、第一審時以来の主張を表わすものとして――
「原爆放射線はC型肝炎を促進させる」
「初期放射線による被曝に限らず、誘導放射線や残留放射線、放射性降下物の摂取による内部被曝の影響を認め、肝障害の放射線起因性についても被爆がHCV感染と相俟って慢性肝炎の発症と進行に至ったとする原告側の主張を全面的に認めた」
「C型肝炎そのものの発見が遅かったため研究の開始は遅れたが、これまでも原爆放射線被曝線量が高いほど慢性肝疾患の発症率が高いという研究が公表されていること、また藤原証人らの研究でも『放射線被曝がC型肝炎ウイルス感染後の肝炎の進行を促進した可能性を示唆した』とされている事実が確認されました」[大西注:藤原証人=放射線影響研究所 藤原佐枝子・臨床研究部副部長]
 ――などの文言が簡単に眼に留まる。これらだけでも、原告側でさえ“C型肝炎は被爆が原因”などという短絡的な牽強付会を行なっているのではないと見做《な》すことが出来るだろう(なお、念のために記せば、国側は、この“被爆による慢性肝炎進行の助長”についても、集団訴訟への影響をも視野に入れ、原告個人に関して医学的な因果関係を認めていなかった)。

 先の高裁判決を受け、11日、国は上告を断念したが、この報道においても――
「長崎市で被爆した東京の男性が『C型肝炎になったのは被爆が原因』として原爆症と認定するよう求めた裁判」「東さんは16歳の時に被爆。81年以降に肝機能障害で入退院を繰り返し、『C型肝炎になったのは被爆が原因』と訴え、先月29日の東京高裁判決は被爆との因果関係を認めた」(同『毎日新聞』)
 ――というような記述は――
「厚労省は上告しない理由を『肝機能障害の原因を原爆の放射線とした高裁判決には異論があるが、重大な法令解釈の誤りはなく最高裁で争うことは困難』と説明」(同『日本経済新聞』)
 ――などに較べると粗雑である。単純明快だったのは――
「国は『肝炎の原因はウイルスで、被爆とは無関係』と因果関係を否定していたが、東京高裁判決は『被爆が慢性肝炎を発症、進行させる原因となったと認めるのが相当』と判断した」(同『東京新聞)
 ――だったろうか。

 とりわけ裁判に当たって、しばしば膨大な判決内容を端的にまとめることは困難であるに違いない。大きな事例に関してならば「判決要旨」が掲載されるけれど、それでさえも通読はたやすくないため、結果、見出しなどがイメージを決定してしまう。たとえば今回の場合、“被爆でC型肝炎になった”と裁判所が認めたかのような報道の仕方は、原告側に寄り添い、ひいては弱者に同情的な「世論」へとおもねるものであり、しかし実は、一定の人々に対しては、『そんなデタラメが主張され、しかも裁判で認められたのか』という実に誤った印象を与えるものであったと思う。
(2005.4.13)


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