今週のコラム                                 大西赤人/小説と評論

『泥ウソとテント村―東大・山形大 廃寮反対闘争記―』

大西 赤人       



 僕の娘は大学二年生で、自宅からあれこれの交通手段を乗り継いで学校に通っている。地方出身の仲間は言うまでもなく、附属高校時代には家から通学していた同級生などにも一人暮らしを始めている連中が少なくないもので、感化された娘も折節『わたしも一人暮らしがしたい』と口にする。とはいえ、特に無理なく通える範囲なので必然性は乏しく、今のところは我慢我慢。

 人間、成長過程において親元を離れての一人暮らしに憧れることは自然な成り行きのようだが、僕は、大学には(それどころか高校にも)行かなかったし、当時は今以上に身体的制約があったせいもあり、家を出たいという欲求に駆られた記憶はない(むしろ親のほうが、息子の“独立”が可能かどうか心配していたくらいだったと思う)。結局、僕が家を出たのは結婚を契機としてで、若いうちに一人暮らしを経験することは全くないままだった。その後、今から四、五年前、所要あって大阪に九ヵ月ほど単身で住み、生まれて初めて自分だけの生活空間に入ったのだが、家事全般少しも苦にならないことも手伝い、極めて気ままに楽しく過ごし、『なるほど、一人暮らしとはこういうものか』と貴重な(?)体験を得た。

 もちろん、青少年少女期においては、家族との関係にも価値があるに違いないし、自らと向き合う時間にも意義はあるはずだから、一概にどちらが優位とも言えないけれど、とりわけこの時代には、もう一つ、いわゆる寄宿舎、学生寮という特別な集団生活の形もある。たとえばケストナーの『飛ぶ教室』や萩尾望都の『トーマの心臓』などに描かれたドイツのギムナジウムの光景を読むと、僕も、実際には決して味わうことのない(なかった)種類の魅力を感じたものだ。

 先日、『泥ウソとテント村―東大・山形大 廃寮反対闘争記―』(制作=小川町シネクラブ、演出=新田進)というドキュメンタリー映画の完成上映会に行ってきた。この映画は、東大と山形大で1990年代後半から同時的に進行した学生自治寮廃寮を巡る顛末を追った作品である。

 1988年、会計監査院が東大三鷹寮の敷地を「不効率利用国有地」に指定。このため、1991年、教授会で三鷹国際学生宿舎建設計画が認められ、これに伴ない、学生には全く相談のないまま、東大学内にあった駒場寮の廃寮が決まる。しかし、この計画が明るみに出ると、学生・寮生は存続を要求。大学当局との交渉、裁判所での争いが始まる。一方、山形大では、自治寮廃寮・大学管理寮への建て替え計画が進められる中、2000年、これに反対する寮生の四人が「寮内清掃員に対する監禁・強要」の容疑で逮捕され、寮の強制捜査が行なわれる。長期勾留を完全黙秘で耐えた末に不起訴釈放となった四人は、その後、学長による不当告発として、国家賠償請求を起こす。

 映画は、折々の交渉、集会、工事などの模様を学生自らがビデオカメラで撮影したシークェンスを積み重ねながら、学生自治寮の廃止という問題が直接の争点となっているものの、その本質は大学による学生自治否定、統率管理の徹底にあることを描いて行く。70年安保の時代には自らも学生運動の渦中に居たのではないかとも想像される年恰好の教授たちの多くは、今やスッカリ抑圧する側へと立場を替え、学生たちを時に懐柔し、時に嘲笑する。そこには、学生たちが集まって何か考えたらロクな事はない、大人しく単位だけ取って卒業して就職すればいいんだ、とでもいうような物腰が透けて見える。

 特に山形大生の逮捕劇の実状については、当の清掃員が(大学当局から指示されて)寮内の動向を探り、書類等を盗み出していたことが発覚し、当該事実関係を四人が本人に認めさせていた――そのやり取りもビデオに記録されていた――というのだから驚く(この場面で、学生による“大学側からの「依頼」”という表現を清掃員が「命令」と訂正するところは傑作)。それにもかかわらず、山形地裁での国家賠償請求訴訟では、学長の証人尋問さえ行なわれないまま結審となり、今月末の判決公判では、原告(学生)側に不利な判決が予想されているらしい(「泥ウソ」とは、「泥棒はウソの始まりだった」という意味)。

 廃寮に反対する学生たちの話し合い要求や坐り込みは、ガードマンや機動隊を従えた大学側の実力行使、あるいは裁判所の仮処分決定に基づく強制執行という圧倒的な力に対して、表面的には力及ばず敗北して行く。でも、彼らは「寮は残せなかったが闘ったこと自体が勝利だと言える」と胸を張る。場面場面における大学側の無理解や横暴は如実に伝わってくるのに較べ、学生たちがどのように戦略を巡らして対抗したか(しようとしたか)という部分がもう一つ不明瞭な点はいささか物足りないけれど、現場の記録はまさにアクチュアルで感動を伴ない、同時に、何ともスリリングだ。

 現在、このような学生自治寮は日本各地で次々に廃止されるか、アパート形式に建て替えられているらしい。実際、古びた駒場寮の中で扇風機に当たって話していた寮生の映像の後に、各室エアコン完備と思《おぼ》しき現・三鷹学生会館の小綺麗な様子が映ると、何も知らなければ、こちらのほうが“個”が確立されていて望ましいと受け止める学生も少なくないだろうなあとも感じてしまう。つまりは、国公立大学行政法人化などという“改革”の流れの中、大学はそうして学生を飼い慣らし、ひたすら従順な人間として世間へ送り出して行きたい、要するに真に頭が良くなっては(どこかの誰かさんが)困るということなのであろう。

 一緒に観に行った某国立大学四年生のI君も、日頃から大学の在り方には疑問を感じると言って、他人事ならぬものと痛く感じた様子だった。大々的な公開というわけには行かないが、今月中にも、山形、京都、東京・池袋での上映会が決まっている。もし機会があれば、多くの方に一見していただきたい映画だと思う。
(2004.5.11)


※上映の情報については下記のサイトを参照してください。
 http://www.doroten.net/


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