マルタ→(イタリア)→クロアチア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→クロアチア→ボスニア・ヘルツェゴビナ→クロアチア


平成15年12月24日(水)

 もとイギリス領であったマルタでは、B&B 形式のホテルが多い。このホテルも、朝食付きである。湾になった海を一望できる、眺めの良い2階のレストランで簡単なバイキング形式の朝食。従業員もフレンドリー。お客は私以外いなかったので、いろいろと楽しく雑談しながら朝食。

湾を一望できるレストランで朝食。

 朝食が終わってフロントで聞いてみたが、私の荷物は届けられていなかったし、航空会社から特に連絡もないと言う。まあ、アリタリア航空だから、やっぱり、期待する方が野暮というものか。

 今日の昼過ぎの飛行機でイタリアに戻るから、11時には空港に行っておく必要があるだろう。すると、10時ぐらいのバスでここを出発しなければならない。今日は市内を見る時間はほとんどない。本来2泊の予定だったのに、ローマで接続できなかったからだ。昨日は買い物ばかりだったから、マルタに来るには来たが、ただ来ただけだ。古風な町並みや遺跡など見所は多いのに、何も見ずに帰ることになる。どうも釈然としない気持ちが残る。

 また8番のバスで空港まで。バスに中国人のグループが乗り合わせていて、大声で騒ぐのでうるさいことうるさいこと。アメリカ人と中国人は、いつでもどこでも大声で騒ぐのでうるさくて仕方がない。

 空港に着いて、再度 LOST AND FOUND に行くが、私の荷物についての情報はなかった。それで、アリタリアのカウンターに行ってみた。係りの人曰く、

「もしかすると、今日あなたが乗って帰る飛行機で届くかもしれないから、飛行機がローマから到着したら、私がすぐに飛行機のところまで駆けつけて荷物の積み降ろしを見ておこう。もしあなたのかばんが出てくれば、直ちにピックアップして、再度積み込んでもらうことにしよう。」

とても親切な係員である。でも、万一私のかばんが出てきたとしても、再び積み込まれてローマでまたロストになったのではたまらない。第一、今日私はローマ経由でクロアチアのスプリットまで行くのである。もしスプリットでかばんが出てこなかったら、またまた面倒なことになる。それで、もし私のかばんが出てきたら、再度積み込みはせずに、搭乗口まで持って来て欲しいと依頼しておいた。

 しかしながら、当然と言うか何と言うか、私の荷物は今日の便には積まれていなかった。結局、荷物の所在を確認しないままマルタを離れることになった。12時50分、ローマに向けて離陸。

 ローマには午後2時過ぎに到着。ここで、午後6時のクロアチア航空に乗り継ぎ。トランジットルームで4時間ばかり待つ。

 ローマからスプリットまでは、飛行時間わずかに45分。アドリア海を横切れば、イタリアとクロアチアはこんなに近いのである。今日はクリスマスイブということで、機内でクロアチアの有名歌手が歌うクリスマスソングの CDを記念にもらった。

 スプリットの気温は摂氏4℃。暖かいマルタから来ると、ぐっと寒く感じる。空港内の旅行会社でクロアチアの通貨であるクーナに両替。1K=20円のレート。以前(と言っても相当前だが)来た時と余りレートは変わっていない。空港前に止まっていたクロアチア航空の送迎バスで市内まで30K。お客は、私とクロアチア人の青年の2人だけ。市内まで1時間弱かかった。割合に遠い。

クロアチア航空の送迎バス。

夜景の美しいスプリット市内。

 バスを降りて、通行人に近くにホテルがあるかどうか聞いてみた。紹介されたホテルは、三ッ星であったが、クーナで払うと9000円近い。ちょっと高いなあ。念のために聞いてみると、ユーロでも支払い可。ユーロの場合は50ユーロらしい。それなら7000円弱だ。まあ、それぐらいなら許せるか。ユーロ払いの方がレートがいいのならば、空港であまり多く換えなくても良かった。ちょっと失敗。


平成15年12月25日(木)

 朝、ホテルをチェックアウトして市内に出て行く。昨日のホテルは暖房が良く効いていて、快適に過ごせた。今日はクリスマスなので、店はことごとく閉まっているし、通行人もまばら。

 今日は、ボスニア・ヘルツェゴビナに入る予定。ヨーロッパの未訪問国は残り二つ、マルタとボスニアヘルツェゴビナである。だから、今回、出かけてきたのである。フライトの遅れのせいで、マルタはわずか一泊だけの滞在となったが、とにかく行くには行った。だから、残りはボスニア・ヘルツェゴビナ一つだけだ。こちらの方は順調に旅行できることを祈る。でも、今回の旅行は始めからいろいろケチが付いているので、どうなることやら分からない

昨日見た所を昼間見ると、この通り。

泊まったホテル。なかなか堂々とした建物でした。

スプリット市内を歩くが、クリスマス休みで人もまばら。

 さて、朝9時半にバスターミナルまで行ったが、ちょうど9時30分発のサラエボ行きバスが出た直後であった。切符売り場のお姉さんは、「10時55分にモスタル行きのバスがありますから、それに乗ってください」と言う。モスタルというのは、ボスニア・ヘルツェゴビナの南部の中心都市の名前だ。それで、その切符を買う。70K。1時間余り待たなければならない。

 バスターミナルでバスを待っていると、まるまる太った一人のおばさんがやってきて、私と同じようにモスタル行きのバスを待っていた。10時45分になったが、バスは来ない。発車時刻の10時55分になったが、まだバスは来ない。11時を回っても、バスは来ない。国によっては交通機関が1時間や2時間平気で遅れ、その間、何のアナウンスもないような所もあるが、クロアチアは割合まともな国で、交通機関は大体定刻で運行している。それが、11時15分になってもまだバスは来ない。だんだんいやな予感がしてきた。

 モスタル行きのバスを待っているのは、どうやら私とそのおばさんの2人だけらしい。おばさんはだんだん焦り出した。それで、おばさんは私に英語で話し掛けてきた。

「あんた、もしかしてボスニアまで行くんじゃない?」

「そうですよ」

「やっぱり!もしかすると、行き先は、○×?」

「いえ、モスタルです」

「モスタル行きのバスは、○×を通るかどうか知ってる?」

「すみません、その○×っていう地名は知らないんですけど...」

「えーっ?○×を知らないの?すっごく有名なところよ。私の住んでるとこ」

日本人の私にそんなローカルな地名を言われても知るかいな

おばさん続けて曰く、

「10時55分のバスに乗れと言われて切符を買ったのに、バスが来ない。I AM VERY ANGRY FOR THAT!!!」

はあー?私も同じですよ。私もその同じバスを待っているのですよ。まあまあ、そんなに怒らずに、バスを待ったらどうですか。

 そのとき、背後から、「やあ」と言う声がした。振り向くと、昨日空港からバスで一緒に来た青年である。

「今からどこかに行くの?」

「うん、今からモスタルに行こうと思うんだけど、バスが来なくてね。本来10時55分発のバスだけども、もう30分近く遅れてる」

「そうなの、窓口で一度聞いてみたら?」

でも、私が窓口で聞かなくても、あの怒り狂っているおばさんがさっきから何度も聞いているが埒があかない。まあ、何でもええわ。私は荷物を全て無くした身軽な旅行者だ。モスタルに行けるなら行ったらいいし、行けなければ行かなくてもいい。もう悟りの境地だ

がらんとしたバスターミナルで、延々バスを待つ。椅子の上は、マルタで買い直したリュックサック。

 結局、12時半になって、窓口から呼ばれ、「バスは来ません」ということであった。切符を一度払い戻し、それから再び、ドブロブニク行きの切符を買い直す。午後2時発らしい。ドブロブニクまでは4時間かかるから、もしバスが定刻に来たとしても、午後6時着となる。移動だけで、今日一日つぶれてしまうことになる。何と無駄な一日であることか。

 ドブロブニク行きのバスは、定刻に発車した。やれやれだ。途中、アドリア海沿いの風景のきれいな所を通る。ところが、途中からぐてんぐてんに酔ったおっさんが乗ってきた。身なりも、いかにも下層階級の労働者風だ。そのおっさんが、事もあろうに、私の隣に座ったのである。酒臭いし、クロアチア語で話しかけてくるし、英語で答えても通じないし、そのうち、その酔っ払いのおっさんは、私の態度が悪いと言って怒り出すし、もう、うっとおしいことありゃしない。せっかく風景のきれいな所を走っているのに、こんなおっさんにからまれたのでは、全く楽しめたものではない

アドリア海に面した小村。

 途中、マカスカで10分停車。その次は、プローチェでまた10分停車。幸い、その酔っ払いのおっさんは、プローチェで降りて行った。

 地図を見ると分かるが、スプリットからドブロブニクに陸路で行くには、少しばかりボスニア・ヘルツェゴビナを通らなければならない。厳密に言うと、ドブロフニクはクロアチアの飛び地になっている。ただし、ボスニア・ヘルツェゴビナを通るのは、ほんの少しだけである。でも、ボスニア紛争のときは、この「ほんの少し」が通れずに、スプリットからドブロブニクまでは空路または海路で行かなければならなかったのである。今日、モスタル行きのバスが来なかったから、仕方なく、この「ほんの少し」の部分を通るしかボスニア・ヘルツェゴビナを訪れる方法はない。

 午後5時、国境にさしかかる。クロアチアを出国し、ボスニア・ヘルツェゴビナに入国。国境から約5分でネウムの町を通過。一時は内戦で廃墟となったと聞いているが、今は全てが再建され、大きなリゾートホテルなどもたくさん立っている。更に15分ほど走って、再び国境。ボスニア・ヘルツェゴビナをわずか20分で出国し、再びクロアチアに入国。パスポートチェックを受ける。一応、出入国検査を通ったから、ボスニア・ヘルツェゴビナも訪問国に入るが、やっぱりこんな訪れ方は不本意だなあ。いつか機会があったら、リベンジに挑戦するか。マルタと言い、ボスニア・ヘルツェゴビナと言い、今回の旅行はついてない...

クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナとの国境を通過。これはクロアチア側の出入国管理事務所。

 国境から約1時間ほどで、終点ドブロブニクに到着。噂では、バスターミナル周辺には民宿の呼び込みのおばさんたちがいるということであったが、今日はクリスマスの夜で、人っ子一人いない。不気味なほどに静かな夜、である。

 仕方ないので、周辺をあちこち歩いてみたが、港の向かいに、ホテルペトカという三ッ星のホテルが一つあっただけである。ガイドブックはもともと持ってきていないし、仮に持ってきていてもロストバゲージでどうせなくなっていたから、情報を持ち合わせていない。そんなわけで、どこかに安いホテルがあるのかないのか、それすらわからない。第一、バスターミナルから市内までどうやって行けばいいのかも分からない。もうあたりは真っ暗だし、通行人もいないし、タクシーも走っていないし、今日はこのホテルに泊まることにした。新しくていいホテルであったが、値段は昨日のホテルと同じぐらいで、6000円ほどした。まあ、ええわ。昔のような極端な貧乏旅行はもう卒業。これぐらいなら妥協しましょう。


平成15年12月26日(金)

 ホテルは朝食付きなので、おなかいっぱいに食いだめしておく。このホテルは悪くない。学生の人が泊まるには少し高いかもしれないが、社会人の旅行者ならお勧めである。建物は新しくてきれいだし、お湯はじゃんじゃん出るし、部屋から海は見えるし、朝食付きだし、まあいいのではないか。

 朝、ホテルのフロントで、市内への行き方を聞き、ついでに市内の地図をもらっておいた。市バスはキオスクで切符を買って、8K。今日の予定であるが、とにかく、旧市街を見に行くことにする。それから、夜行バスでザグレブに向かうことにした。そうすれば、明日早朝にザグレブに着く。そのまま空港まで駆けつけて、もし可能ならば、明後日の便で予約してあるザグレブ→パリ→ダブリンを一日早めて、明日アイルランドまで移動したい。荷物を全て失って不便なので、妹の家に一日でも早く着きたいからだ。

ドブロブニクに到着。美しい町。

ここのホテルからも、海が見える。

 まず、バスターミナルでザグレブ行きの夜行バスについて聞いてみると、今晩の6時発のバスがあるらしい。ザグレブまで165K。思ったよりも安かった。

 ドブロブニクの旧市街は、何となく、ハンガリーのショプロンの旧市街に似ているように思った。今日は平日だが、昨日までクリスマスイブ・クリスマスと連休で、明日からまた土日なので、今日も休業している店が多かった。お土産屋も多くが休み。レストランもあまり開いていない。でも、カフェは大体やっていた。ほとんどの店が閉まっているので、歩いてもあまり面白くない。

ドブロブニクの旧市街を見学。

 一軒だけ開いていたインターネットカフェに行き、自宅にメールを打つ。しばらくインターネットを使って、それから城壁を見に行ったが、参観は午後4時までで、ちょうど閉まった後であった。それで、近くのレストランに食事に行く。ミックスグリルというのを頼んだら、なかなか豪華な夕食が出てきた

これが豪華夕食。おいしそうでしょう?

夕暮れになると、ライトアップされる旧市街。

ドブロブニクの荒城の月??

 午後5時半、バスターミナルに行く。程なくして、ザグレブ行きのバスが入線。なかなか快適そうな大型のバスだ。これなら夜行で行っても楽チンそうだ。午後6時、定刻に発車。

 スプリットまでは来た道を戻る。また一度クロアチアを出国し、ボスニア・ヘルツェゴビナに入国。そしてすぐまたクロアチアに入国。プローチェ、マカスカに停車。スプリットには午後10時半に到着。30分停車。午後11時発車。そのあと、眠ってしまった。


  


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