昨年の越冬隊員たちが帰還


1月21日(火)

 今日からUAP棟が使用できるようになった。大変うれしい。

 まず、リオメーターのインターフェイスボックスとパソコンとをUAP棟に持ち込んだ。木の板で作った簡易テーブルにパソコンとインターフェイスボックスを並べ、ケーブル類をつないで、いよいよリオメーターの火入れである。

 しかし、中国の隊員は、こちらが思いもかけないことをやってくれるので、目が離せない。HさんもLさんも、変換プラグを使わずに(基地には変換プラグやマルチタイプのOAタップが少ない)、日本製の機器の電源プラグをペンチでぐいっと曲げて、オーストラリア型コンセントに無理矢理差し込もうとするのである。そして、日本型のコンセントに差し込むときは、またペンチでぐいっと曲げ直して差し込む。これを再びオーストラリア型コンセントに差し込むときは、またまたペンチでぐいっと曲げて差し込む。パソコンの電源プラグをペンチで曲げようとするので、注意してやめさせると、「どうしていけないのかさっぱり理解できない」と口応えする。こんな使い方をしているから、中国の電気製品はすぐに壊れるのである。N先生も、「あいつらはむちゃくちゃしよるなあ」と呆れ顔。全く困ったものである。

 パソコンは、正常に立ち上がった。しかし、データ収集ソフトがエラーメッセージを返してくる。MOドライブをつなぐのを忘れていた。MOドライブをつなぐと、今度はパソコンが立ち上がらなくなった。パソコン裏面のSCSIインターフェイスボードを挿し直すと、正常に戻った。データ収集を開始すると、チャンネル7の出力が0のままである。まず、チャンネル7とチャンネル8との受信機を入れ換えてみた。すると、チャンネル8の出力が0になった。これで、悪いのは受信機であることがわかった。ユニットを取り外し、部屋に持ち帰ってじっくりと眺めたところ、入力のコネクターと基板との間のハンダがはずれていた。

 しかし、修理は明日にして、昨日やった磁力計の基礎作りを続けることにした。磁力計を覆うケースを置き、さらにセメントを周囲に追加して、ケースを固定した。その上で、ケースから銅線でステーを張ることにし、ステーを止めるアンカーも銅で作った。このアンカーを岩盤に固定したところで、風が強くなったので、屋外作業はやめて、部屋に戻った。リオメーターは一晩放置し、明日データを見て検討することになった。


1月22日(水)

 UAP棟に行き、何はともあれ一晩取ったデータを見てみた。ノイズがかなり混じっているものの、銀河が回転していく様子がみられる。成功だ、と思うのはまだ早かった。銀河の位置が合わず、回転方向も逆であった。どうやら、マトリクスボックスにアンテナをつなぐときに、表示盤に書かれた東西南北の表示の解釈を誤ったらしい。コネクターはほとんど全部つなぎ直しとなった。

 一方、壊れた受信機の方は、ハンダ付けをしてマトリクスボックスに取り付けると、信号は出て来るには出て来た。しかし、チャンネル7は出力がほかに比べて明らかに小さい。やはりキャリブレーションを行う必要がありそうである。何度もキャルをやったり、いろいろな図を書いて、リオメーターを調整したが、やればやるほど頭が混乱してきて、結局、また一晩放置して、様子を見ることにした。

 磁力計は、セメントが固まりかけてきたので、センサーの設置を始めることにした。センサーは北半球仕様になっているので、コイルの接続を変えなければならない。説明書には、「センサー底面のボードの接続を変えるだけで、簡単に南半球用になる」と書かれている。しかし、センサーの底面を見ても、そんなボードは見あたらない。ネジを外してみたが、カバーはそれだけでは外れない。やっとのことでカバーを外し、中を見てみると、ボードはあったものの、線はハンダ付けされていた。これを変えるには、一度ハンダ付けを外して、もう一度付け直さなければならない。「簡単に」と書いてあったので、ジャンパーピンか何かになっているのかと思ったが、ハンダで固定されていた。これでは、実質北半球専用である。これを設置し、磁力計につないで、センサーの水平合わせと方向合わせとをした。ここまで来れば簡単である。パソコンや記録装置を取り出し、ケーブルで接続して、いよいよこれから記録開始、と言うときに、Hさんがセンサーのケースの蓋を閉めに行って、誤ってセンサーのヘッドを動かしてしまった。そんなわけで、磁力計も明日に持ち越しとなった。

 今日から、給水管のやりなおしをやるので、3日間ほど湯が出ないそうである。冷水しか出ないのは、やはり冷たい。

基地の洗面所。


1月23日(木)

 磁力計センサーヘッドのセッティングをやり直すことにした。準備万端整って、いざパソコンを立ちあげてみたが、データ記録装置のSCSIボードをノートパソコンが認識しない。何をやるにも何らかの問題が出てくる。データ記録装置を開けて、SCSIボード、ケーブルの類をすべて挿し直した。そうすると、SCSIボードが認識されるようになった。

 私の靴は磁性があるらしく、私がセンサーの近くに行く度に、磁場に変化が現れた。しかし、面白いことに、磁性のあるのは右足の靴だけで、左足の靴は磁場の変化を引き起こさない。それに、この靴は隊から支給されたもので、皆これを履いているのに、私だけが磁力計に反応する。もしかすると、私の右足自身に磁性があるのかも知れない(!?)。

 その傍ら、N先生は、昨日取ったリオメーターのデータを眺め、どのように解釈すればよいかを考えている。昨日アンテナをつなぎ直したので、銀河の回転方向は正しくなった。しかし、銀河の位置が合わない。マトリクスボックスとアンテナとの接続をもう一度全部やり直さなければならないかも。

 昼からはグランドプレーンを張った。皆で分担を決めて張って行ったので、思ったよりは順調に張れて行った。ところが、16本目を張ったところで、余りにきつく張りすぎて、その張力でサイドポールの一本がぐにゃっと曲がってしまった。しかし、今日は天気が悪く、午後から降っていた雪がさらに強くなってきたので、サイドポールの修理は明日にまわして、屋外作業はここで打ち切ることにした。

 UAP棟に戻ると、磁力計のGPSの表示がおかしい。緯度、経度ともに、上海の値を示したままである。リオメーターと磁力計とでGPSアンテナを交換してみたが、結果は同じ。またまた磁力計のデータ記録装置の蓋を開けて、GPSアンテナのコネクターや、GPS受信ユニットに供給されている電源電圧を調べたりしたが、これも異常なし。結局、GPS受信ユニットを予備のユニットと交換して解決した。

 この時点で、オゾン計と磁力計の仕事が終わり、リオメーターがいくつか問題はあるものの大体完成に近づいた。残るはスキャンニングフォトメーターと全天カメラの再設置の仕事だけである。グランドプレーンを張りながらでも、一週間もあればできるであろうから、今月中にはすべての仕事が終わることを祈りたい。


1月24日(金)

 フォトメーターのフィルターの交換に取りかかった。O先生の指示通り3枚のフィルター交換を行った。そのあと、キャル用ランプのための安定化電源を探したが、それらしいものが見つからない。そこで、フォトメーターは明日にまわすことにした。

 磁力計の記録は順調である。昨日から磁場の変化は小さく、穏やかな一日である。リオメーターは、インターフェイスボックスの感度調節つまみをいっぱいに絞っているが、南半球は強力な電波源が多いせいで、銀河が真上に来たときに一部のチャンネルが入力オーバーで飽和する。インターフェイスボックスの回路図を引っ張り出して見ると、オペアンプを使った増幅器になっているので、抵抗値を変えて増幅率を下げることにした。

 午後から、グランドプレーンの続きをやった。まず、昨日曲がったポールを修理し、そのあと、南北方向のグランドプレーンを次々に張って行った。皆でやると、速い速い。半日やっただけで、南北方向のグランドプレーンは全部張り終えてしまった。

 アンテナサイトからの帰り、発電棟が緑色に塗り変えられているのに気がついた。今日はここの塗り変えをやったようだ。夕食後、N先生が歯痛になったので、医者のUさんを訪ねた。若年23歳の若手医師である。医務室は科研棟にあり、歯科の治療台もある。N先生はこれに座らされ、口をあんぐり開けて、歯に薬を塗ってもらっていた。そのあと、消炎剤と鎮痛剤とをもらって、治療終わり。Uさんの首筋には緑色のペンキが付いていた。病人は滅多にいないから、医者もペンキ塗りに回されているようである。

 温水はまだ出ない。

ペンキを塗ってきれいになった中山基地。


1月25日(土)

 中国の隊員は、昨日われわれが知らない間に残業をして、グランドプレーンを全て張り終えてくれていた。ありがたい。昨日の宿題である、フォトメーターのキャルランプの電源はどうやら見つからないようである。そこで、新たに電源を作ることにした。

 午後から、電源を作ったが、半固定抵抗を追加するために基板に穴を開けようと思っても、基地にあるのはボルトを通すような大きい穴を開けるドリルのみ。半固定抵抗は回すものだから、空中配線する訳にも行かず、いろいろ考えたあげく、他の部品を一度取り外してそれを空中配線し、それでもって空いた穴を利用して半固定抵抗を取り付けた。こんなことをやっていたものだから、電源作りに2時間もかかってしまった。半固定抵抗が始めからガリガリのガリオームなのには参ったが、何とか電源はできた。

 電源作りを終えてアンテナサイトに行くと、N先生がアンテナケーブルをつなぎ変えていたので、一緒にやった。つなぎ終えてもう一度UAP棟に戻ると、ディスプレーに表示されている画像は、予想通り180度回転していた。

 その後、グランドプレーンの固定作業に取りかかった。グランドプレーンの交点を全て固定すると、6000カ所以上にもなるが、QさんとLさんは全部留めると言って聞かない。そうでもしないと、ペンキ塗りに回されるからだ。5人がかりで夕方までに留めたのは、たった数百カ所であろう。

 給水管が直って、再び温水が出るようになったので、久々にシャワーを浴びて、洗濯をした。


1月26日(日)

 リオメーターの感度が高すぎるようなので、まず、インターフェイスボックスの入力の所に、10kΩの抵抗を挿入してみた。これでゲインは半分になるはずであった。ところが、画面に表示されるA/D変換の数字を見た感じ、ほとんど変化がない。電圧を測ってみても、余り変化がない。おかしいなあと思いながら、あちこちの電圧を測ってみた。

いろいろやってみたが、どれひとつとして正常な値が出ない。最後には、8つあるオペアンプの全てが同時に壊れたのではないかとまで疑いだした時、入力と出力とを間違っていたことに気がついた。これで、午前中に一生懸命やった仕事は全てパーだ。

 せっかく付けた10kΩの抵抗を全て外し、再び元通りに線でつないだ。その後、インターフェイスボックスのメイン基板を取り外し、入力段のオペアンプのフィードバック抵抗22kΩ8コを、今取り外した8コの10kΩに替えた。これで、今度こそゲインは約半分になったはずである。電源を投入して、再び観測を開始したところ、思惑通り、信号のレベルが大幅に下がっている。これで、明日の昼頃の銀河電波の一番強い時間帯にサチュレーションを起こさなければ成功である。

 寝る前、歯を磨きに行くと、少し日本語のわかる隊員がたまたまいて、日本語で「や」というのは「たいへん」と同じ意味ですかと聞く。キョトンとしていると、今度は「すみません」と「休みません」とはどう違うのですかと聞く。よくよく聞いてみると、「すみません」と「休みません」は、「や」があるかないかだけの違いだから、きっと同じような意味だろうと言う。「すみません」は「sorry」と言う意味だから、「休みません」はきっと「very sorry」と言う意味に違いない、と言うのである。何を聞かれることやら。

基地の厨房。

材料は缶詰や冷凍食品が多い。


1月27日(月)

 中国の隊員達はフォトメーターの続きをやろうと言い出した。先日、電源を作ったところまでで止まっていたので、今度はキャルランプの調整である。記録装置を組み立て、配線も終えて、パソコンを立ち上げた。パソコンは問題なく立ち上がったように見えた。しかし、記録装置のいろいろな設定をマニュアルに沿って行い、キャル用のソフトを起動して、いざキャルを行おうとすると、パソコンが全く反応しない。何らかの原因で、ソフトが暴走しているようである。

 あちこち接続を調べて、タイムクロックの信号が来ていないことがわかった。調べてみると、コネクターのハンダ付け不良であった。コネクターを取り替えて、再びソフトを立ち上げると、今度は暴走せずに正常に起動した。しかし、3本あるフォトマル(光電管)のうち、二本の出力電圧がかなり小さい。

 一方、リオメーターの方は、もう少しゲインを下げなければならないようである。

 リオメーターのデータには、約10分に一回、強烈なノイズが入る。今までは、これは基地内で使っている電動工具からのノイズではないかと思っていたが、どうもそうではないようである。そこで、基地で行っている、電離層のサウンディング(ディジゾンデと呼ばれている)の実験が原因ではないかという説が浮上してきた。


1月28日(火)

 フォトメーターはとりあえず置いておいて、全天カメラの設置に取りかかった。ビデオ装置などは、並べて配線するだけで特に問題はないようであった。

 今回建てたUAP棟の天井には直径30cmの穴が開けてあり、同じく直径30cmの全天カメラ用のプラスチックドームをすでに取り付けてある。いざ、全天カメラを取り付けようとして、またまた問題が起こった。全天カメラは、光が入らないようになった黒い木の箱に入っており、その木の箱の上面に魚眼レンズが付いているのだが、その箱自体が、天井の穴よりも大きいのである。従って、箱が天井の穴に入らないのである。もう建物は出来上がっているから、今から天井の穴を拡張して木の箱が入るようにすることは容易ではない。大工が言うには、天井は幅120cmのアルミ板を組み合わせて作ってあるから、そこに50cmもの穴を開けると、屋根の上を人が歩いたときに強度的に持たない可能性がある。現在の30cmから10cm増やして、40cmが関の山だそうだ。

 リオメーターの方は、Hさんに、ディジゾンデの電波発射時刻を調べてきてもらってリオメーターのノイズの発生時間と比較したところ、両者は完全に一致した。これで、ゾンデがノイズの原因である可能性が、極めて濃厚となった。

 ところが、ディジゾンデは今日の午後、キャルをやるとのことで電波の発射がたまたま止まった。ゾンデのキャルの時間になると、リオメーターのノイズもピタッとなくなった。これでゾンデがノイズ源であることが決定的となった。

 そのうえ、リオメーターのデータを見ると、ディジゾンデからのノイズはなくなったが、まだもう一種類、別のノイズがあることがわかる。西の方角から、正確に10分に一度、北よりのビームに対しては正、南よりのビームに対しては負のパルスが入るのである。ノイズに二種類あることは薄々感づいていたが、ディジゾンデからのノイズがなくなったことで、もう一つのノイズがはっきりと確認できた。

 パルス性ノイズの極性が正から負に変わる場所を西に延長すると、アンテナサイトからほんの30mほど離れたところにある地殻潮汐の観測小屋に行き当たる。方角だけから考えると、この小屋が大変に怪しい。しかし、この小屋には特にノイズ源になると思われるようなものは置いていないし、測地学に人に聞いても、10分に一度のタイムマーカーのようなものは使用していないと言う。測地学の人には悪いとは思ったが、短波ラジオを持ってこの小屋に行き、ノイズが出ているかどうかを確かめた。結果はシロ。ノイズ源はここではなかった。

基地の発電機。3機ある。

基地のシャワー。発電棟の二階にあり、発電機の冷却水を利用している。


1月29日(水)

 午前中は、UAP棟でN先生の第1回目の講義があった。磁気圏の構造から始まって、オーロラ、電離層、リオメーターの原理、QDCの作り方などについての話であった。

 午後から、マトリクスボックスのフードを取り付けた。アンテナケーブルや、電源ケーブルなどを全て一度外さないと、フードは取り付けられない。フードを付けた後、再びケーブル類を接続する。これで、アンテナケーブルの接続は4回目である。しかも、フードを付けた後では、アンテナケーブルの接続は、手が入りにくくてやりにくい。フード付けだけで2時間以上かかってしまった。その後、マトリクスボックスが風で動かないように、余っていたパラフィル線で固定した。

 昨日あたりから、科学班班長のCさんはわれわれに仕事はいつ頃出来そうですかと、それとなく聞いてくるし、皆が、もう2、3日のうちに雪龍号が来ると言ったりしている。昨年の越冬隊員の収容と、今年の越冬用物資の積み下ろしのために来るのである。勿論、雪龍号の到着予定日についての公式発表は何もないが、到着が近いことは事実らしい。


1月30日(木)

 今日は、N先生の講義の第2回目である。北極でのリオメーター観測結果とその解釈について、説明があった。

 講義の後、全天カメラの位置合わせをやった。画面の上が地磁気の南極になるように合わせる作業である。これは簡単に済んだ。

 一方、昨日改造したリオメーターの温度モニターは、どうも変である。記録を見ると、夜中の間に温度が20度も下がったことになっている。マトリクスボックスに見に行くと、温度は昨日と同じ19度であった。電圧を測ってみたところ、昨日は19度の時に3.6Vであったセンサーからの出力電圧が、今日は同じ19度なのに1.7Vしかない。昨日改造した回路ではなく、センサーの方に問題があるようであった。

 今日は、午後は休みにしようということになり、N先生はプログレーサ第二基地を見に出かけた。中山基地に来てから、初めての休みである。しかし、中国の隊員達は、班長から怒られるのを気にして、仕事を続けていた。結局、われわれも休んだのは2時間ぐらいだけで、その後またUAP棟に行って、発電機など持ち帰るものの整理を始めた。雪龍号がもうすぐ来そうだからだ。

 今日は暖かかったし、風がいつもと違って西風であったので、基地の近くの海氷は全て流されてしまって、海が基地のすぐ近くまで開いている。これなら、普通の船でも入って来れそうなくらいだ。基地附近は、海岸線が南北に走っており、西側が陸地、東側が海となっているので、東風の時は、海氷が岸側に吹き寄せられて、着氷しているのであるが、西風の時は、逆にこれらが吹き流されてしまうのである。雪龍号が来れば、まだ降ろしていない物資を降ろさなければならないし、持って帰るものは積み込まなければならないから、今日ぐらいから持ち帰るものは整理し始めた方がいいようである。

 その予想が的中し、夕食の時、明日雪龍号が到着し、越冬を終えた昨年度の隊員は基地を離れるとの発表があった。正直言って、こんなに早く雪龍号が来るとは思わなかった。ちょうど今日は加餐日でもあったので、第12次隊のお別れパーティーとなった。Lさんも、明日には基地を離れて雪龍号に戻ることになる。

基地のトイレ。


1月31日(金)

 朝から、中国の隊員達はそわそわし始めた。こちらは、雪龍号は関係ないので、いつもの通りUAP棟に出勤した。日本から送ったパソコンのプログラムを見たり、プリンターをつないで実験してみたりしていると、UAP棟の屋上を何人かの人が歩く音がする。外に出て見てみると、隊長や基地長以下数人が並んで、雪龍号はまだかまだかと海の方を眺めている。UAP棟は小高い丘の上にあるから、遠くを見るには絶好の場所である。しかし、午前中には雪龍号は来なかった。

 昼食の時、誰かが「あっ、見えた」と叫んだので、皆が一斉に窓の方に駆け寄って外を見たが、船のようなものは何も見えなかった。誰かの見間違いであったようだ。

 雪龍号からの小型艇が来たのは午後2時頃。中山基地とプログレーサ第二基地とのちょうど真ん中ぐらいの、磯のようになったところに接岸した。海氷はかなり割れて、流氷となっている。その間をぬってやって来たのである。雪龍号自身は、氷山の向こう側に停泊しており、基地からは見えない。

 Lさんら昨年の越冬隊員を乗せて、小型艇が岸を離れたのは午後4時頃。そこまでは良かったが、ほんの10mほど行ったところで、小型艇は動かなくなった。方向転換しようとしてバックしたときに、氷をスクリューに巻き込んで、動けなくなってしまったのである。半時間以上もエンジン全開で進もうとしたが駄目。最後には諦めて、人が流氷の上に降りて、先の尖った鉄の棒でスクリューをつついて、挟まっている氷を割り、何とか脱出した。こんな調子では、明日からの物資輸送は大変だろう。やはり、ヘリがないことは致命的だ。

 夕食の時、本日午後11時から、まだ雪龍号に積み残している越冬用物資の積み降ろしを開始するので、しばらく仮眠をとるようにとの連絡があった。中山基地では、昭和基地ほどの機械力がないから、かなりの部分を人力に頼っている。われわれ2人はお客さん扱いなので、この徹夜作業は免除されているが、中国の隊員の人は本当にご苦労様である。


   


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