内陸調査隊を見送る


1月12日(日)

 今日は寒くて曇っていて風の強い日である。メッセンジャーロープを張りと、サイドポールのステー張りに取りかかった。作業は難航し、夕方までに15本あるメッセンジャーロープのうち、約半分を張ったにとどまった。しかし、天気がそれほど良くないのと、日曜日であったので、残業は無しとした。

 しかし、本当のところは、中国の隊員達は残業をしたがっているのである。一つは、残業をしないと、怒られるということ。もう一つは、残業をしないと、手が空いていると思われて、ペンキ塗りに回されるということがある。中山基地の建物は、すべてペンキを塗り直すようである。ペンキ塗り要員の他、皆が順に当番でペンキ塗りに当たっている。報道関係者も、一緒にペンキを塗っている。報道関係者といえども、南極に置いてもらうためには、少しぐらい基地のために働けということである。四川電視台のPさんという60歳に手の届きそうなおば(あ)ちゃんや、Mさんもローラーで一生懸命ペンキを塗っている。さらに、すこしでも手の空いた人がおれば、すぐにペンキ塗りに回されるようである。Hさんらはこれを回避したいがために、本当は残業をしたいのである。もちろん、われわれ外人にはペンキ塗りは回ってこないのであるが。


1月13日(月)

 メッセンジャーロープ張りを続けて行った。地面が岩石質なのだが、ところどころもろく、アンカーボルトを打ち込むのに苦労した。表面をはつってもはつってももろい岩石しか出て来ず、ドリルで孔を開けると割れてしまうのである。

 今日はQさんが会議で、HさんがUAP棟の仕事で、WさんがGPSの仕事でそれぞれ抜けたので、N先生には休んでいただくことにして、Lさんと二人だけで残業をした。残業を終えて帰ろうとしていると、HさんもUAP棟の仕事を終えてやって来て、「外国人と越冬明け隊員は残業をしなくても怒られないのだから、二人だけしかいないのなら休んでおけば良かったのに」と言ってからかう。


1月14日(火)

 今日は朝から風もなく、天気がよい。いつもこれぐらい暖かいと助かるのだが。ポールの途中からステーを張って、ポールを補強する作業は順調に進んでいる。補強が済み次第、メッセンジャーロープを張って行った。すべてのメッセンジャーロープが計算通り一つの平面内にきれいに揃うのを見るのは気持ちがいいものである。


1月15日(水)

 今日も朝から曇って風が強く、寒い日である。今日からWさんは自分の仕事にかかるので、作業は4人だけになってしまった。気温は氷点下3度、風は風速15m位であろうか。少し作業を開始したが、余りに寒いので、作業を一度中断した。

 昼には風がおさまったので、作業を再開。まず、信号ケーブルと電源ケーブル300mを敷設した。

 新しいUAP棟は、外観はもうできており、今、内装をしている段階である。ブリザードで吹き飛ばされた古いUAP棟は、建物の床から下の部分だけしか残っていない。その古いUAP棟の隣に、新しいUAP棟を建設しているのである。完成は明後日位であろう。


1月16日(木)

 今日は天気は回復したものの、朝から風がとても強い。恐らく、われわれが中山基地に来てから、最も強い風であろう。そんなわけで、午前中は、旧UAP棟の脇の小さなコンテナ小屋の中のオゾン計の状態を見たりして、屋外でのアンテナ関係の作業は見合わせた。

 風は午前中いっぱいは止まず、作業を始めたのは午後になってから。バランに同軸ケーブルを付け、自己融着テープを順に巻いて行った。夕方までに全部終了。

いわゆる、「蜂の巣岩」。強風の下での風化による。このような岩石は、南極にはいたるところにある。


1月17日(金)

 新UAP棟が屋内配線の段階に入った。ところが、電力容量のことでまたひともめ。中国人はいつも皆が口々に好き勝手なことを言って、議論をまとめようとしないので、いつまで経っても次に進まない。こちらとしては、日本製の機器用に100V3kVAのトランスを二つ用意してあるのだから、それに加えて、中国側が用意した220V機器の電力で良いと思うのだが、どうもそれではだめなようで、リオメーターの制御用のパソコンは何ワットか、全天カメラにつなぐビデオは何ワットか、等々、一つ一つ聞かれる。

 そのうち、QさんとHさんが、「電力容量のことを議論しているうちに、たまたまUAP棟の電気配線の設計にミスがあったのが見つかった。現場では判断し兼ねるので、本国に照会することになったから、新UAP棟の完成はしばらく先になる」と言ってきた。これで、リオメーターの火入れは遠のいてしまった。

 明日から、中国では初めての内陸調査隊が氷のボーリング調査に出かけるとあって、今晩はその歓送パーティーとなった。往復600kmの行程を、20日間かけて走破するそうだ。


1月18日(土)

 今日は内陸調査隊の出発の日である。出陣式は、午前10時30分から、ロシアのプログレーサ(英語名プログレス)第一基地にて行うことになっている。同基地は、中山基地から歩いて一時間半のところにあるので、午前8時過ぎから、皆がプログレーサ第一基地に向けて歩き始めた。ちなみに、中山基地のすぐ近くにあるのはプログレーサ第二基地であり、現在は第一基地、第二基地ともに無人となっている。なぜプログレーサ第一基地まで行って出陣式を行うかと言うと、ここが氷床の端に当たるからである。雪上車で内陸の調査旅行に出かける調査隊を見送るには、中山基地のように雪も氷も解けて地面が露出したところでやるよりも、氷のあるところの方が雰囲気が出るからだそうだ。それにしても、基地に来てから、遠出をするのは初めてなので、いい気分である。

ロシアの基地。これはプログレーサ第二基地の方。現在は無人。

 行き着いたプログレーサ第一基地は、無人であるばかりでなく、建物も小さな小屋一つが残っているだけであった。基地というよりは、「基地跡」と言うべきである。まず全員で記念撮影をした後、基地長の司会で式が始まり、隊長の挨拶、Z隊員の送別の辞などがあった。その後、調査隊は全員が白酒で乾杯し、雪上車に乗り込んで出発した。それを見ていた中国の隊員の一人が、「まるで神風ですね」と私に言ったので、「神風などと言ってはいけません」と言うと、「いえ、南極に警察はいませんから、飲酒運転をしても大丈夫です」と言う、よくわからない答が返ってきた。

 私の想像だが、今日を出発の日としたのには、特別の意味がある。今日出発すれば、内陸調査隊が20日間の調査旅行を終えて基地に帰って来るのは2月6日、すなわち今年の春節(旧正月)の前の日となるのである。春節は中国人にとって最大のお祭であるから、その前日に調査隊が帰って来て、無事帰還を祝うパーティーを開き、その勢いでそのまま春節のパーティーに突入するというのは大変おめでたいことなのである。

 内陸調査隊を見送った後は、来た道とは少し違うルートをとって、オーストラリアのローベース基地に立ち寄った。ローベース基地は思ったよりはるかに規模が小さかった。プレハブ小屋が一つあるほかは、丸い形のテントのような赤い建物がいくつかあるだけである。まるで宇宙基地のようだ。

オーストラリアのローベース基地。野外観測のときなどの仮泊所である。

 中山基地に帰って来たのは午後2時過ぎ。少し休憩した後、UAP棟横のコンテナ小屋に行って、オゾン計用のトランスを設置する作業にかかった。今日電源を投入して、一晩暖機運転をさせておけば、明日にはオゾン計の交換ができる。


1月19日(日)

 午前中は、オゾン計の交換作業を行った。念のため二時間ほどさらに暖機運転をさせてから、観測を開始した。

 午後は、磁力計の設置に取りかかった。箱を開け、本体、センサー、ケーブル、センサーを格納するプラスチックのケースを取り出した。新UAP棟からケーブルの届く範囲内で、磁力計を設置するのにちょうど良い場所を考えたが、これも場所の選定がなかなか難しい。下が硬い岩盤で、人や車が通らず、近くに金属の無いところで、しかも冬に雪に埋もれないところが良い。N先生といろいろ見て、UAP棟の東側で、斜面が始まる手前の比較的平らなところを候補とした。

 ところが、候補地を中国の隊員に見せると、Lさんが「ここはUAP棟に近すぎて、建材の鉄の影響が大きい。もっと離さないといけない」と言い出して、われわれの候補地は否決されてしまった。そこで、もう少し遠くの別の場所を候補地にした。ところが、しばらくして、今度はHさんが「ここは下が赤っぽい岩石だ。きっと磁性が強いに違いない」と言い出して、ここも否決されてしまった。次に候補地としたのは、斜面途中の少し平らなところである。ここは建物からは遠いし、斜面と言うよりはむしろ崖の途中と言った方がいいぐらいのところで、人や車が通ることは絶対にない。しかし、こんな断崖絶壁の途中は工事がしにくいし、もし真冬にセンサーのメンテナンスが必要になった時には、降りて行くのが危険である。それに、ここも岩石が赤っぽい。

 結局、地質の専門家を呼んで見てもらおうと言うことになり、地質学が専門のZさんに来て見てもらった。Zさんは現場を一目見て、「ここは5億年前の地層で、この岩石には磁鉄鉱が5〜10%含まれている」と言った。一同、「さすが!」とあっけにとられる。Zさんはその辺を歩き回り、一番磁性が弱くてしっかりした岩盤を探してくれた。それはUAP棟の西側の長石の岩盤で、確かに平らでしっかりしており、磁性は全く無い。N先生とも話して、そこを候補地とした。


1月20日(月)

 午後、磁力計の設置を始める段になって、Hさんが、昨日Zさんが探してくれたところを、「ここは冬は雪に埋もれてしまうから、メンテが出来ない。それに、夏には人が通るから、磁力計の設置場所としてはふさわしくない。別の場所を探すべきだ」と言い出して、ここも取りやめになった。

 すったもんだしたあげく、最終的に落ちついたのは、昨日の断崖絶壁の少し北側の、冬でも雪が少なく、やや傾斜のゆるいところで、Zさんが磁性が少ないと言った長石と似た色の岩盤である。

 Hさんと二人で、磁力計センサーを固定する棒を差し込む穴をドリルで開け、セメントを練って、センサーの土台を作った。セメントは余りやったことがなかったので、うまく作れなかった。二人とも素人がやるとセメントを入れ過ぎると言うことが頭にあったせいで、逆にセメントが少なすぎたようだ。

 後でN先生に見てもらったが、水も少ないし、混合が不十分で、これは失敗だ、とのことであった。しかし、Hさんは、「大丈夫、大丈夫。もし弱ければ、センサーのケースの上端から銅線でステーをとれば良い」と言って、失敗を認めない。幸い、センサーを固定する棒は、しっかりしている。問題はセンサーのケースだけであるので、とりあえずしばらく放置して、セメントの固まり具合を見ることにした。

 今日は20日であるが、先日、内陸調査隊の歓送パーティーをやったばかりなので、振り替えで加餐日とはならなかった。残念。


   


          10 ページ目へ


旅行記一覧へ 


トップページへ