中国の南極観測船「雪龍号」に乗船


平成8年12月8日(日)

 午前9時30分の快速で、穂積を出発。東京には12時着。それから極地研まで行った。出発前の最終打ち合わせ。文部省からの出張旅費を受け取る。夜、極地研の先生方と寿司を食べに行った。和食は、これから3カ月間食べられない。


12月9日(月)

 午前7時、極地研を出発。日暮里で京成電鉄に乗り換えて、8時40分に成田空港着。カンタス航空のQF70便で出発した。午前11時発の予定が、少し遅れる。ダーウィンまで、約6時間30分、ダーウィンで1時間給油のためにとまって、さらにパースまで3時間、現地時間の午後10時(日本時間午後11時)に到着した。


12月10日(火)

 翌朝、エージェントに電話をかける。すぐに話は通じた。雪龍号は、フリーマントル港のVictoria埠頭の旅客ターミナルに停泊中であるということがわかった。そこで、ホテルからタクシーでフリーマントルに向かった。

フリーマントル港に停泊する中国の南極観測船、「雪龍号」

 港に着いて、F-shedに停泊している雪龍号をすぐに見つけることができた。雪龍号で来た人を見つけて、荷物を運んでもらった。

 乗船すると、さっそく部屋に通され、荷物を置いた。我々の部屋のドアに、「日本科学家」と書かれた紙が張ってあるのを見たときには、正直言って恥ずかしかった。部屋はツインベッドの割合広い船室で、シャワーとトイレがついている。

我々の船室。シャワー・トイレ付きのツインルーム。

 そうこうしているうちに食事が出されたが、朝食のバイキングを腹いっぱい食べたせいで、まだ食欲が湧かない。そこで、食事はそのままにして、フリーマントルの市内を見に行ったり、買い物をしたりした。


12月11日(水)

 午前中からまた市内に出て行って、買い物の続きをする。また、南極から手紙を出すために、郵便局で90セントの切手をたくさん買った。隊員の話によると、中山基地の郵便局は正式の郵便局ではないために、中山基地から出した郵便物も上海に持って帰ってから押印する。だから、中山基地から出すよりは、近くのオーストラリアのデービス基地から出す方が、南極から出したという証拠のスタンプが残っていいのだそうである。そのためには、オーストラリアで、あらかじめ日本までの切手を買っておく必要があるのである。

フリーマントル駅。

 昼からは、買ってきた絵はがきを書いておきたかったので、町には出て行かずに船室で過ごした。しかし、夕方になって、買い物の最後のチャンスだからと思い直して、もう一度町に出て行った。果物などを買う。

 この日、雪龍号の船長、観測隊の隊長、中山基地の基地長らに面会する。船にはクルーが49名、観測隊員が73名(海洋観測隊19名、内陸調査隊8名、夏隊がわれわれを含めて24名、越冬隊22名)、報道関係者が6名の合計128名が乗船していると言うことであった。また、現在中山基地には12名が越冬中であるとのことであった。


   


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