米領バージン諸島→英領バージン諸島→米領バージン諸島→
プエルトリコ→アメリカ→日本


平成17年3月26日(土)

 今日は、日帰りでイギリス領バージン諸島に行ってくるつもり。 フェリーターミナルまで歩いて行く。途中、イースターのお祭りで、 若者たちが踊りながら市内を行進しているのに出くわす。

朝から、イースターのお祭りで騒ぐ若者たち。

 フェリー乗り場まではホテルから歩いて10分ほど。 パスポートを提示して、イギリス領バージン諸島のトートラ島 行きフェリーの切符を購入。往復で44ドル。セントトーマスと トートラの間は複数のフェリー会社が入っているが、買ったのは スミスフェリーという名の会社の切符であった。値段、所要時間 などは各社同一である。

フェリーでイギリス領バージン諸島のトートラ島へ。 「Marine Terminal」と書かれている。

 程なくして、小型の高速船に案内された。1階の普通の 座席の他、2階にはオープンデッキもある。景色を見たかった のと、潮風が心地よかったのとで、2階に座ることにする。 午前8時半出発。

快調に飛ばして、イギリス領バージン諸島に 向かう高速船。

 船は快調に飛ばして、トートラ島を目指す。セントトーマス のシャーロットアマリー港を出て東に向かい、セントトーマス島 とセントジョン島との間を北上して、イギリス領バージン諸島 に入る。いくつか、無人島が見えてくる。約40分で、イギリス領 バージン諸島トートラ島の、ウエストエンド港に到着。

 ウエストエンドは、ヨットの停泊基地のようになっていたが、 それ以外にはほとんど何もないところであった。フェリーは続けて、 トートラ島の中心地である、ロードタウンまで行く。ウエストエンド から20分程度で到着。

 ここで、イギリス領バージン諸島への入国手続き。ところが、 入国審査官から、出国の航空券提示を求められたのである。 本日中にアメリカ領バージン諸島に戻ることを告げ、フェリーの往復 チケットを提示する。すると、「そうじゃないでしょう。日本まで戻る チケットを出しなさいと言っているんですよ!」と怒られた。 しまった。必要ないと思ってホテルに置いてきた。まさか、日本に戻る ためのチケットの提示が必要とは思わなかった。

 そのため、入国でしばしもめたが、結局最後には入国OK。やっと上陸 が許される。

イギリス領バージン諸島のトートラ島に到着。 中心地のロードタウンの様子。

 ロードタウンは小さな町で、10分も歩けばすべてであった。 お土産店もあるにはあるが、どれも規模の小さな個人商店風 で、貴金属店や高級バッグなどを売る免税店の立ち並ぶ セントトーマスとは対照的であった。でも、家に出す絵葉書 だけしか買わず。

 郵便局は港の近くにあって、古くからの建物であった。 イギリス領バージン諸島でも、通貨はUSドルである。 日本まで50セント。アメリカ領バージン諸島 が左側通行で、イギリス領バージン諸島がドルというのは、 どうも変な感じだ。

古くからの、郵便局の建物。

 時刻表によると帰りのフェリーは午後2時のはず だが、念のために港のスミスフェリーのカウンターで 聞いてみると、午前11時15分にフェリーがあると言う。 それで、すぐに出国手続き。イギリス領バージン諸島 には一時間半ぐらいしかいなかったが、まあええわ。 待合室でフェリーを待つ。港湾使用税5ドル。

 フェリーはすぐ目の前に停まっているのだが、なかなか 乗船手続きは始まらない。10分過ぎ、20分が過ぎたがまだ 始まらない。結局、フェリーが出たのは12時。時刻表に ないフェリーなので、乗客はわずかに5名だけ。臨時便 なのかもしれないが、それなら港に掲示ぐらいすれば いいではないか。どうもいい加減な船会社である。

 またウエストエンドを経由して、セントトーマスに 戻ってきたのが1時過ぎ。アメリカの入国手続き。ここで また問題。やはり、出国の航空券が必要というのである。 ホテルに置いてきてしまったことを説明し、何とか通過。

 まだ、午後、時間はたっぷりあるので、今から、 ぜひぜひ水上飛行機に乗ってみたい。 セントトーマス島の南にセント クロイ島(St. Croixと書いて、セントクロイと読む。もともと フランス語の名前だが、フランス語風にサンクロワとは読まない) という島があるのだが、そこまで今から水上飛行機で 言ってきたい。

 フェリーターミナルの隣が水上飛行機の乗り場なので、 そこでセントクロイまでの切符を購入。午後2時半の 行きの便と、午後6時の帰りの便が取れた。往復で123ドル。 結構高いが、水上飛行機に乗るためと思って、ここは出費を がまんする。

水上飛行機で、セントクロイ島へ出発。

 水上飛行機は12人乗り。乗客は9名。水上飛行機は 初めて乗るが、どんなものなのだろうか。全員搭乗 完了して、いざ出発。海の上をぷかぷか浮かんでいたが、 ドアを閉め、エンジンをかけて、海面を走り始めた。 やがて、ふわっと空中に浮く。別に普通の飛行機の 離陸と大差ない。

 眼下に澄み切った海と美しい島々を眺めながら、 セントクロイ島までは約20分のフライト。 セントクロイ島が見えてくると、飛行機は旋回しながら 海面めがけて突入して行き、水面すれすれで水しぶきと ともに着水。そのまま船のように進んで桟橋まで。 うーん、初めて乗った水上飛行機だが、結構面白かった。

澄み切った海と美しい島。

 セントクロイ島も、中心地のクリスチャンセンステッド 市内だけはお土産屋が 立ち並んでいるが、少し離れると古い建物の残る 田舎の島であった。しかし、それはそれで趣のある 風景でもあった。

セントクロイ島のメインストリート。

市内の教会。

 少し歩くと、要塞跡に出る。現在は、博物館になっている。 入場料3ドル。セントクロイ島はもともとフランス領であったものを、 デンマークの私企業が買い取ったものらしい。それでデンマーク領と なり、一時期イギリス領となったこともあったが、それを除いては デンマークによる統治の時代が長かったらしい。デンマークはアフリカ から連れて来た奴隷たちをこの島に送り込み、サトウキビの栽培をしたらしい。 博物館には、デンマーク時代の歴史についての写真や説明が展示されて いた。奴隷に関する展示では、奴隷が閉じ込められた部屋や、奴隷貿易 の様子の絵などがあった。明るいカリブの島々に、このような暗い歴史 があることは勉強になった(でも、デンマーク領からいつどのように アメリカ領になったのだろうか?展示にはその説明がなかった)。

デンマーク時代の要塞。

要塞の上から、リゾートアイランドを大砲で狙っている??

 帰りも水上飛行機で帰ってくる。夕方、近くの少年たちが野球をしている のを少し見てから、海岸沿いをぶらぶら歩いてホテルに戻ってきた。


平成17年3月27日(日)

 今日は、デトロイトに向かう日である。長かったカリブも、これでお別れ である。次はいつ来られるだろうか。まだ残っている島が若干あるから、 近いうちにまた来たい。

 ホテルを7時前に出発。タクシーで空港まで。7ドル。それから チェックイン。午前9時発のアメリカンイーグル5131便である。チェックイン カウンターに並ぶと、前の人が何かもめていて、30分以上かかった。 やっと私の番。カウンターに行くと、係りの人がえらく不機嫌で、

「何で今頃来たの!もう遅すぎて乗れませんよ!」

と言われた。なぜ??私は7時過ぎにはここに来ていた。2時間前に 来たのだから、別に問題ないはずなのに。確かに、一人前の人がえらく 時間がかかっていたが、それでも、まだ1時間半前である。決して 遅くはないはずだ。

 よく分からないが、ひとしきりお説教を食らった挙句、今回だけ 特別に乗せてあげますが、今後はだめですよ、と言われて、やっと 搭乗券がもらえた。ふーん、それなら、前の晩から徹夜で並んで おかないとだめなのでしょうかねえ!

 定刻に出発、30分でプエルトリコに到着。ここで、午後4時の デトロイト行きまで、6時間半もの待ち時間がある。暇だが、 仕方ないのでずっと待っている。

 午後4時発のノースウエスト航空NW1617便でデトロイトまで。 しかし、出発が遅れて、結局午後5時半出発。デトロイトに到着 したのは午後9時を回ってしまった。今晩はデトロイト泊まり。 明日、もし早起きができたら、午前中にカナダに行ってくるつもり。


平成17年3月28日(月)

 起きたら、昼前であった。デトロイトに着いてほっとしたこと もあるし、ホテルからはインターネットが使えるので、夜遅くまで たまっていたメールのチェックなどをしていたからであろう。 カナダに行くどころではない。すぐにチェックアウトして、 空港に向かわなければ、名古屋行きに乗り遅れてしまう。

 今回、初めてクルーズに参加したのであるが、 結果は大満足であった。豪華な船旅、充実した設備、 食べ放題の食事、もう、 言う事なしである。クルーズと言うと高級で肩の凝る物、と 思っていたが、実際に乗船して見ると、決してそうではなかった。 夕食は日によってカジュアル、インフォーマル(スマートカジュアル)、 フォーマルに分かれており、フォーマル以外は正装する必要はない。 カジュアルなら、ごくごく普通の普段着でいいし、インフォーマル でも、長袖と長ズボン、ノーネクタイで構わない。

 しかも、それとは別に、セルフ形式のビュッフェレストランが 毎日オープンしているので、フォーマルの日でもそちらに行けば、 正装しなくても良い。ここなら、Tシャツに短パンでも構わない。 先日の写真に写っているように、私も今回ばかりはスーツを 用意してきた。しかし、ディナーへの参加は強制されず、 ディナーにするかビュッフェにするかは自由である。 と言うことはつまり、スーツなど必ずしも持って来なく ても良いということだ。それだけ、クルーズが大衆的なものに なってきたということであろう。うちの親父は、私の出発前、

「リュック担いでTシャツに短パン、スリッパ履きの姿では、 船に乗せてくれへんぞ!」

と言っていたが、別にそんなものでもない。 クルーズは着実に、庶民のものとなりつつある。 バブルでもあるまいし、そんな大金持ちばかりを相手にしていたの では商売が成立しないのであろう。

 もう一つ、クルーズで面白かったことがある。それは、 乗務員の構成が国際的であるという ことである。黒人の船員が多数働いているが、 ほとんどはカリブ海諸国の出身である。胸に国籍を書いたネーム プレートを付けているからよく分かる。私の部屋の担当はジャマイカ 出身の黒人男性とトリニダードトバゴ出身の黒人女性である。ディナーの 食堂での私のテーブル担当のウエイターはポルトガル人だったし、 ウエイトレスは南アフリカ人だった。ビュッフェのウエイターは フィリピン人、メキシコ人、パナマ人。コックはカナダ人と オーストラリア人、デザートコーナーはペルー人、チリ人、 コロンビア人、インド人、乗船下船の際のセキュリティー チェックはネパール人。フロントデスクはハンガリー人、 他の階のルーム係はコスタリカ人の男性とルーマニア人の 女性という風に、ありとあらゆる国籍の人がこの船上で 働いていた。そして、ライアン船長はノルウェー人。

 もちろん、乗客も世界中から集まって来ている。 アメリカ人が一番多かったが、カナダ人、南米各国から 来た人、あと、ヨーロッパからもかなり多くの乗客が来ていた。 まさに、「動く国際都市」と言う にふさわしいのでないだろうか。

 今回参加したのは、ロイヤルカリビアンという会社のクルーズ である。私の見る限り、今回のクルーズに日本人は私一人の ようであった。セキュリティーのネパール人も、少なくともその人の 知る限り、日本人の参加はほとんど記憶にないと言っていた。 中国人や韓国人も見かけず。乗客は99%以上が欧米系である ロイヤルカリビアンは、日本に代理店がないのであろうか? カリブ海クルーズのパンフレットは旅行会社の店頭でよく 見かけるので、皆、他の会社のクルーズに参加しているのだろう。 私はアメリカの旅行会社のサイトに直接アクセスし、インター ネットで予約したので、このように日本人の少ないクルーズに 参加する機会を得た。

 アメリカと言うお国柄を反映してのことかもしれないが、 クルーズには身障者が多く参加していたこと も印象に残った。 乗客の中には、車椅子の人も多く見かけられた。当然、 船内はどこもバリアフリーになっており、また、点字の 表示も至る所にあった。日本も大いに見習うべきである と思う。

 日本で車椅子と言うと高齢者に決まっているが、ここでは、 50歳代の人でも車椅子に乗って奥さんに押してもらっている 男性を何人か見かけた。単なる推測だが、もしかすると、 ベトナム戦争の戦傷者の人ではないだろうか。アメリカが 福祉関係で進んでいるのは、やはりベトナム戦争の影響が多少なり ともあるように思う。

階段の手すりの下にも、さりげなく点字の表示 があった。

 今回のクルーズがあまりに快適であったので、 もう、今後カリブの国を回るときは、 クルーズ以外で来る気がなくなってしまった。 料金も2人で参加すれば、思ったほど高くない。 大体、1泊1万円の計算である。たとえば、3泊4日の クルーズならば3万円、今回のように11泊12日のクルーズ ならば11万円といった具合だ。カリブ海は細かな島国に 分かれているので、隣の島に行くにも飛行機代だけで1万円 ぐらいかかってしまう(カリブ海の飛行機には、LIAT航空の カリビアンパスというのがあって、実際には、もう少し安く できるのであるが)。そう考えると、ホテル代も食事代も 含まれていて、しかも夜の間に移動してくれるクルーズは 大変お得なのである。私は1人だったので、少々高くなった が、それでも、これらの国をすべて飛行機で回り、ホテルに 1人で泊まり(カリブ海諸国のホテルはどこも高い!)、 バス代やタクシー代を出し、食事をし、空港税(カリブ海 諸国の空港はどこも空港税が高い!!)を払ったと 考えて計算すると、ほとんど同じぐらいの費用である。 1人でもとんとん、2人なら絶対クルーズの 方が割安である(ただし、今回のように、悪天候で 接岸できないというのは、全くの計算外であったが…)。 今回、日本からプエルトリコ往復の航空券が意外に安かった (NW利用で往復7万円)ので、全体としてはまあまあの 金額に収まった。

 あと、クルーズでいいのは、貴重品をすべて部屋に置いて 出かけられることである。パスポートは乗船するときに 預けるし(知らないうちに各寄港地の出入国手続きをしておいて くれる)、現金その他は部屋に金庫があって、そこに入れておける。 念のためにパスポートのコピーだけは持ち歩くが、他に貴重品 を一切携帯しなくてもよいのは助かる。いつもだと、安宿に泊まる ので、ホテルの部屋と言えども安全ではない。それで、全貴重品 をいつも身に着けていることになる。それに比べると、心理的 重圧感が全く違うのである。

 ノースウエスト航空NW71便名古屋行きは、定刻午後2時半に デトロイトを出発。帰りは逆風になり、名古屋まで14時間のフライト。


平成17年3月29日(火)

 西風が少し弱かったのか、予定よりも少し早く、日本時間の 午後6時前、セントレア中部国際空港に到着。

(おわり)


補足

 今回、私はかなりお得な料金でクルーズに参加して来たと思っているのですが、 色々な人から、本当は一体いくらぐらいかかったのかという質問を多く受けます。 クルーズ料金は、ツアー内容、時期などによって相当変動するようですので、 安い時期を選んで、2名で参加するのが良いようです。 でも、私のように、1人でも、時期とツアーと船会社をうまく選べば、安く旅行 できます。

 下は、私が参加したクルーズツアー(11泊12日)の料金表です。これは2名 参加の時の料金ですが、949ドルですから、約10万円ですね。これ以外に、下船時の チップなど、その他諸々が多少加わりますので、あと1〜2万円の追加になります。 本文中に、「2名で参加すれば、1日大体1万円」と書いておきましたが、嘘では ないでしょう!ちなみに、プエルトリコまでの航空券は7万円でした。


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