日本→アメリカ→プエルトリコ


平成17年3月12日(土)

 今回は、新空港からの出発。先月韓国に行ったときはまだ名古屋空港だったから、 これが中部国際空港(セントレア)からの初旅行である。

 JRで金山まで行き、そこから名鉄に乗り換え。自宅からは一時間半ぐらいで到着。 前の小牧空港の時と、所要時間はあまり変わらない。全部鉄道で行けるので、 むしろ便利になったぐらいである。

観光客でいっぱいの中部国際空港(セントレア)から出発。

 飛行機を待っている間、パソコンを少しばかり使いたいと思ったが、 セントレアの待合室にはコンセントがほとんどない。トイレの入り口 のところにはあるが、そのあたりにはいすがない。明らかに、乗客に 電気を使われるのを嫌っているようだ。私のノートパソコンはバッテリー を外してあるから、コンセントがないと使いようがない。

 ノースウエスト航空NW72便でデトロイトまで。昼1時の出発。12時間弱の飛行で、 デトロイトに同日の午前11時に到着。時差14時間。

 デトロイトの気温は氷点下で、しかも、積雪していた。入国は長蛇の列。 外に出ると、12時を過ぎてしまった。

到着したデトロイトは雪。

 デトロイトは川に面した町で、その対岸はもうカナダである。今日、まだ 時間があるので、できればカナダに行きたいと思っていた。そのためには、 まず、空港からデトロイトの市内に行かなければならない。市内に行くには、 125番の市バス(SMARTバスと呼ばれている)に乗らなければならないという 事前情報を得ていた。それで、空港でいろいろな人に聞くが、誰も知らない と言う。警備の職員やインフォメーションの人、果てには、さっき乗ってきた ノースウエスト航空の日本人のフライトアテンダントがシャトルバスを待って いたので聞いてみるが、空港から市内に行く公共交通はありません、という 返事であった。

 しかし、SMARTバスはあるはずである。来る前に、ちゃんと、SMARTバスの ホームページも見てきた。それをプリントアウトしたものをよーく見ると、 「デトロイト空港のSmithターミナル」と書いてある。もしかすると、ここは 違うターミナルではないか。

 それで、もう一度警備の人に聞いてみると、やはり、スミスターミナル はこことは違うターミナルであった。そこに行くには、無料の シャトルバスを利用する。そのシャトルの乗り場に行くには、 ホテルシャトルやタクシー乗り場とは違うところに行かなければ ならなかった。まず、空港最上階、国際線出発ロビー(Level 3)に行く。 それで外に出て、一番前方まで歩く(Westinホテルのある方)。 すると、空港ターミナルの端っこに、ターミナル間シャトルが 止まっている。これに乗り込んで、スミスターミナルまで行く。 スミスターミナルに着くと、2階の出発ロビーで降ろされる ので、1階の到着ロビーに下りて、外に出る。タクシー乗り場 を通り過ぎて右手を見ると、そこに、つつましく、SMARTバスの バス停があった。何と、辿り着くのが 難しいことか

 しかし、入国が長蛇の列であったことと、バス停を見つける のに手間取ったこととで、かなり遅くなってしまった上に、 いくら待ってもバスは来ない。今日は土曜日なので、本数 が少ないのであろう。バスで市内まで1時間半かかるし、 それからカナダのバスに乗り換えて国境を越え、入国をしていると、 遅くなってしまいそうだ。それで、時差ぼけで眠いこともあって、 結局、カナダ行きはやめにしてしまった。帰りにもデトロイトに一泊する から、もしそのときに時間があれば、もう一度チャレンジすること にする。

 それで、ホテルシャトルでホテルに向かう。予約してあるホテルは、 COMFORT INNである。まだ時間は早かったが、チェックインできた。 客室から無線LANでインターネットにつながるので、メールのチェック など少々。


平成17年3月13日(日)

 朝5時、朝食に行く。ノースウエストのパイロットらしき人がすでに 大勢、朝食をとっていた。早朝からご苦労様である。

 6時過ぎ、ホテルをチェックアウト。今日は、朝8時半のサンファン行き で、プエルトリコに移動である。

 デトロイトからプエルトリコまでは、4時間のフライト。雪のデトロイト から、一気に、真夏のプエルトリコに到着。

雪のデトロイトから、一気に真夏のプエルトリコへ。

 空港のインフォメーションで比較的安いホテルを尋ね、空港に隣接 した、ISLA VERDE地区のホテルが60ドル前後であることを教えてもらう。 サンファン市内まで行くと、ホテル代はずっと高いらしい。ISLA VERDE 地区まで、タクシー代8ドル。

 泊まったのは、閑静な住宅街の中にある、PATIOゲストハウス。 一泊60ドル。部屋はなかなか良かった。

 ホテルから少し歩くと、店やレストランなどもあるので、 昼から少しぶらつく。ビーチの方にも行ってみる。日曜日の せいか、ビーチは芋を洗うような混雑。結局泳がずじまい。

空港近く、イスラベルデ地区に泊まる。

 プエルトリコはアメリカ領なのに、あまり英語が通じない。 人々の会話はもっぱらスペイン語である。 片言の英語を話すならまだいい方。スペイン語しか話せない 人がいっぱいいる。ホテルのルームメードもそうである。 愛想は良くて、「ハーイ、アミーゴ!」と声をかけてくれる のだか、その後の会話が続かない。英語は一言もわからない ようである。看板などもスペイン語のみか、スペイン語の下に 英語を併記してあるだけ。どう考えても、ここは、アメリカ とは言えないなあ。

 しかし、考えようによると、これも、おおらかなアメリカ主義 なのかも知れない。個人的に話をすると、外国人であろうが何で あろうが英語を話すのは当然、という態度を取るアメリカ人も多い ことは事実であるが、国家というレベルで見ると、逆に、英語の 通じない自国領を許容できるおおらかさがあるように思える。 日本人はまったく逆で、個人レベルでは、外国人は日本語が話せ ないと思っていて、片言の日本語だけでも話す外国人に出会うと、 すぐに、日本語がお上手ですねとほめる傾向がある。しかし、 もし、プエルトリコが日本領であったとして、日本語が通じ なかったら、日本人は果たしてそれを許すことができるであろうか。 日本とアメリカの、個人と国家の考え方の差を 垣間見る思いがした


平成17年3月14日(月)

 へばって、昼までゆっくり寝ていた。時差ぼけによる睡眠不足 のせいである。昼過ぎ、ホテルをチェックアウト。 市バスで、サンファンの市内に行く。バス代わずかに25セント。 終点で降りると、サンファンの旧市街に出る。旧市街と言っても、 多くの建物は建て替えられて、新しいものが多かった。家に葉書 を出すために郵便局に行ったり、港の方を少し見たり。

サンファン旧市街。

 今晩の船で11泊12日間のクルーズに出かけ、プエルトリコに戻ってくる のが25日の予定。デトロイトに向かうのが27日だから、その間に、 米領バージン諸島と英領バージン諸島に行って来たい。その切符を、 今日あらかじめ買っておくため、市内の旅行会社に出かけて行った。

 旅行会社の愛想の良いお姉さんは、いろいろと親切に相談に 乗ってくれたが、25日から27日にかけてイースターの休日で、ちょうど 3連休になるらしく、プエルトリコ人が大挙してバージン諸島に 休暇に出かけるので、航空便が殺人的に込んでいるという。 また連休にぶつかった。この前クウェートに行ったときもそう だったし、その前にバミューダに行ったときもそうだった。 席は取りにくいし、航空券はその間だけ高いし、ホテルも込んでいて しかも高いし、行っても店は全部閉まっているし、その時期だけは、 行くのはお勧めではないですよ、ということであった。そんなこと 言ったって、折角来たのだから行きたい。また来るチャンスがあるか どうかも分からないのだから。

 私がしばらく考えていると、旅行会社のお姉さんは、

「安く行きたいのならば、水上飛行機で行くという手もありますよ」

と教えてくれた。水上飛行機とは、こりゃまた、 面白そうではないですか!第6埠頭の近くに、水上飛行機を 運行している、Seaborne Airlines のオフィスがあるので、 一度行って聞いてみてはどうか、ということであった。それで、 炎天下をとことこと歩いて行く。

 オフィスは、コンテナを利用したプレハブ作りの簡素な建物で あった。ここでも、愛想の良い女性係員が応対してくれたが、 やはり連休とのことで、料金は高く、しかも、帰りは満席で あった。仕方がないので、また元の旅行会社に戻り、普通の飛行機 で行くことにする。米領バージン諸島のセントトーマスまで、 往復で200ドルほど。ついでにホテルも取ってもらう。一番安い B&Bが一泊88ドル+税金。おそらく、一泊100ドル近くになるだろう。 航空券はここで支払うが、ホテルは予約だけで、料金は現地払い。

 切符の予約で大分時間を費やしてしまったので、サンファン旧市街 の観光は適当に切り上げ。本当は、博物館とか、モロ要塞とかの 見所は豊富であるが、もともとあまり観光に興味はないので、 まあいいことにする。  そんなわけで、タクシーで、船の乗り場である、パンアメリカン 埠頭まで。運転手が変な奴で、ずっと奇声を発しながら運転して いたのには参った。料金10ドル。この距離なら、多分、7ドルか8ドル ぐらいだと思う。少しボラれたような気がするが、もう、面倒くさい ので、そのまま払って下車する。発展途上国なら10円ぼられただけ でも大喧嘩するのに、アメリカ領だと思うと、まあいいか、という 気になってしまうのは、人間の一種の矛盾した心理なのかも しれない。

 船の乗り場は、空港のチェックインカウンターのようになっていた。 そこでパスポートを預け、船内での身分証となるカードを発行して もらう。船の中での買い物からウエイターへのチップに至るまで、 すべての料金はこのカードに課金されるシステムになっている。 このカードはさらに、途中の寄港地で船を乗り降りするときの通行証 にもなっている。

クルーズ船のチェックインカウンター。

この巨大な船に乗船。排水量48000トン、乗客定員 2000名。

 予想はしていたが、乗る船は巨大な客船で、中も非常に豪華で あった。吹き抜けのロビーに、ガラス張りのエレベーター。吹き抜けの 空間を、水が滝のように流れる。プール、フィットネスセンター、 スパ、シネマ、レストラン、バー、カジノ、図書館、免税店、 インターネットコーナー、美容室、子供の遊び場などなど、各種の 設備が整っている。あと、お世話になることはなかったが、 医務室も当然ある。

 この船、「Emperess of the Seas」号は、排水量48000トン、 乗客定員は2000名、クルーの数は約800名ということであった。 これでも、クルーズ船としては普通か、 むしろ小さい方だと言うから、もうびっくりである。

船の中央には、下から上まで吹き抜けの空間。ガラス張りの エレベータが行き来して、まるで高級ホテルのよう。

 私の部屋は、デッキ9の、9669号室。それほど広い 部屋ではないが、機能的に作られていて、トイレとシャワー 室も部屋内に付いている。これなら、12日間、快適に 過ごせそうだ。

こじんまりとした船室。私は一人なのでちょうど良かった ですが、二人だと少し狭いかも。

 出港前、万一の非常時の行動についての講習が、デッキ5のミーティング室 で開かれたので、救命胴衣を担いでそれに参加する。船員が、飛行機出発 前にフライトアテンダントがやるように、救命胴衣の着衣方法や脱出経路、 非常時の汽笛について説明する。その後、船長から直接、航路や途中の海 の状況などについて説明の放送があった。

 その後、デッキ5にあるレストランで夕食。実は、この船は、インターネットで 申し込んだのであるが、そのときに、夕食をメインにするかサブにするかと いう項目があり、何もわからないままに、適当にメインにしておいたので ある。実際に聞いてみると、メインとサブは時間の違いで、乗客全員を 一度に収容する席数がないので、夕食を2部に分けて、総入れ替えをして いるらしい。そのうち、早い方がメインで、遅い方がサブらしい。 わたしは早く食事をしてさっさと寝たい方なので、メインにしておいて正解 だった。

 食事はクルーズ代金に含まれているので、メニューには料金が書いてない。 トマトスープと野菜サラダとビーフステーキとデザートと紅茶を注文。 なかなか豪勢な夕食が出てきた。

乗船当日のディナー。数百人収容のレストランには びっくり。

この日のメインコースはステーキ。

 午後8時半、船はサンファンのパンアメリカン埠頭を出港。エンジン音 がして、船体が揺れ始めた。うーん、やっぱり船旅はいいものだ。 ふと、8年前の南極出張を思い出してしまった。あの時は、中国の 砕氷船で南氷洋を航海し、南極に行ったのであった。今回の船旅 は12日間。南極に行った時よりは短い航海だが、じっくり楽しみたい。

 夜、シャワーを浴びようとして服を脱いで気づいたのであるが、 今日一日、Tシャツを間違って裏返しに着ていた。しかも、背中に 大きな穴が開いていた。これで一日歩き回ったり、船の中を あちこち行ったりしていた。誰も教えてくれないのだから、自分では 全く気付いていなかった。全く恥ずかしい話である。

 早い目に就寝。


  


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