日本→(タイ)→ブータン


平成16年11月19日(金)

 今回の旅行先はブータン。連休を利用して、短期でさっと行ってさっと帰ってくることにする。金曜日午前中に仕事を終えて、 その足で急いで関西空港に向かう。夕方の日本航空JL727便でバンコクに向けて出発。予定より少し遅れて19時15分出発、 しかしバンコクには予定通り、現地時刻の午後11時に到着。

 バンコク到着が深夜になったが、明日早朝のブータン国営ドゥック航空に乗り継ぎの予定なので、タイには入国せず、 朝までトランジットルームの椅子の上で寝ている。

バンコクのドンムアン空港で一夜を明かす。


平成16年11月20日(土)

 バンコクは24時間空港なので、夜中でも頻繁に飛行機が離発着している。私が今日乗る予定のブータン国営ドゥック航空 もなかなかマイナーな航空会社だと思うが、夜中3時ごろには、アシハバードから来たトルクメニスタン航空だとか、 アンタナナリボから来たマダガスカル航空だとか、割合マイナーな航空会社も飛んで来ている。 さすがはアジア第一のハブ空港、ドンムアン空港である。日本の空港では直行便のないような珍しい国 からもどんどん飛行機が飛んでくる

 朝5時まで待って、トランジットカウンターで、ブータン国営ドゥック航空への乗り継ぎ手続きをする。タイに入国せずに 乗り継いだので、空港税500バーツを節約できたのは良かった。

 ドゥック航空KB125便、バンコク発、コルカタ(カルカッタ)経由、ブータンのパロ行きは、定刻より少し遅れて午前7時出発。 1時間半の飛行で、インドのコルカタに到着。ここで半時間停まり、パロに向けて再び離陸。

 離陸してしばらくすると、ヒマラヤの山々が見えてきた。切り立った山々の間の谷に、吸い込まれるように飛行機は降下して行く。 両側に山の斜面が見え、翼が触れるのではないかと思ってひやひやする。谷の底に、パロの市街地が見えてくると、飛行機は一度 空港を通り過ぎてから狭い谷の中で180度旋回し、それから、パロ空港手前の山を避けて低空でS字カーブを描きながら急旋回して パロ空港に接近し、それから無理やりに滑走路端にドスンと落ちるように着陸して、最大出力で逆噴射して何とか 滑走路の反対側の端で停まった。この着陸には飛行機に慣れた私ももうびっくりである。、機内では、 着陸寸前に、欧米人と思われる女性の乗客数名が「キャー」と叫び声を上げるほどであった。 かつての香港の啓徳(カイタック)空港への着陸もスリリングであったが、ここパロ空港への着陸は、 カイタックなど足元にも及ばないほどスリリングなものであった! 後で聞いたところでは、ブータンのパロ空港は、着陸の難しさでは世界の3本の指に入る空港で、エアラインのパイロットなら誰でも 知っている、超一級の難所らしい。 それにしても、こんな空港に毎日着陸しているドゥック航空のパイロットは、一体どんな 腕前をしているのだろうか!

ヒマラヤ山脈の谷間を降下するドゥック航空機。

パロ空港の滑走路。手前の山を避けて、飛行機は超低空でS字カーブを描いて着陸する。スリル満点!

パロ空港に到着したドゥック航空機。エアバス319。まだ就航して1ヶ月とか。

 さて、空港ターミナルは、見かけはブータン風ながら、新しい建物であった。入国に先立って、外国人はビザの印紙代20ドルを支払う。 本来、写真2枚も必要との事であったが、実際には写真は請求されなかった。続いて入国。旅行会社からもらった、ビザクリアランスを 見せると、パスポートにビザのスタンプが押された。それから税関。その後、空港内の銀行で2000円替えて、850NU(ニュルタム)。 ニュルタムとは、インドのルピーと一対一で連動している、ブータンの通貨である。

 ブータンは今まで半鎖国状態を続けていたので、外国人は、一日当たり200ドルというべらぼうな金額を支払って、事前に手配 をしなければ入国できない。その代わり、オールインクルージブなので、ホテル、食費、ガイド、車すべて込みとなっている。 空港ターミナルを出ると、私のガイドが出迎えてくれた。日本の和服のような服装を来た、若い男性である。ツリングさんという 人である。運転手も若い男性で、ケザンさんという名前。この二人が、今日から4日間、ブータン滞在中の私の面倒を見て くれることになる。

私一人なのに、バンで観光。横はゴと呼ばれる民族衣装の運転手。

 まず、観光スケジュールについて打ち合わせ。今日は今からパロ市内の観光と昼食。夕方、首都のティンプーに移動。ティンプー 泊。明日はティンプー市内観光、午後にパロに移動してパロ泊。明後日はタクツァン僧院というところまで日帰りハイキング。 明々後日はもう帰る日なので、空港に行くだけ、ということであった。

 というわけで、まず、丘の上にある国立博物館を見に行った。もともと監視塔として使われていた丸い建物で、中は7階建て となっていた。ブータンの民族衣装、仏像や仏経画の掛け軸、切手、ブータンの歴史、宗教儀式で使う楽器や昔の生活用具、 ブータンの動物や昆虫など、一通りの展示物を見ることができる。ただし、中は撮影禁止なので、写真を撮ることはできな かった。

 次に、チャロレストランという、パロ市内の外国人用レストランで昼食。チャロというのは、ブータンの公用語のゾンカ語 で、「友達」という意味らしい。洋食と中華とブータン料理が2皿ずつぐらい出てくる。赤みがかったブータン米は食べ放題。 もうおなかいっぱい。イマダツィと呼ばれるブータン料理は唐辛子の料理。私は辛い料理が好きなので、期待して食べたが、 外国人用に辛味を抜いてあるとのことで、ぜんぜん辛くなかった。少しがっかり。

チャロレストランでの昼食。ガイドもウエイターも皆やはり民族服。

 昼食の後は、パロ市内にある、リンプン・ゾンに出かけた。「ゾン」というのは、ブータンを構成するの30の各区に 一つずつある役所のことで、日本で言えば、まあ、県庁のようなものである。ただし、日本の県庁と違うのは、ゾンは役所で あると同時に宗教施設も兼ねていて、また、観光名所でもあるということである。

 リンプン・ゾンは1646年の設立で、1995年にハリウッド映画、「リトル・ブッダ」を撮影したところでもあるというこで ある。ブータン人はゾンに入る場合は正装しなければならず、私のガイドのツリング氏も、はすかいに体に巻きつける 布を巻いていた。これを巻くと、正装とみなされるらしい。我々で言えば、ネクタイのようなものであろう。でも、外国人 は、別にネクタイ着用でなくても良い。

 ゾンの中を少し見学し、僧が修行をしているところも少し見せてもらって、それで、ゾンの見学は終了。

パロのリンプン・ゾンを見学。

ゾンに入るときは、ガイドも斜めに布をかけて正装する。

ゾンの壁に描かれていた仏教画。

 午後、首都のティンプーに向かう。空港のあるパロから約55キロ。山道なので、車で2時間かかるという。どうして、 首都から車で2時間もかかるパロの、しかも滑走路の手前を山がさえぎるような空港としてはあまり適切と思えない ようなところに空港を作ったのかガイドに聞いてみたが、これでも最も条件の良いところであったらしい。ヒマラヤの 山の中の国なので、空港を作るのでも、簡単ではない。

 パロからティンプーに向かう道路は国道1号線。地元ではハイウェイと呼ばれており、ブータンの交通の大動脈で あるが、その実、車がやっと行き違いできる程度の幅の、曲がりくねった山道であった。今にも崩れそうな崖になった ところも多数ある。交通量は割合多く、行き違いのたびに路肩に寄ったりするので、さらに時間がかかる。

パロから首都のティンプーに向かうハイウェイ国道1号線。この細い山道がブータンの大動脈。

 途中で、道沿いにあるタチョガン僧院を見学。仏像を見せてもらう。僧院の中はねずみが走り回っている。自然保護 意識が高く、また、敬虔な仏教徒で殺生を嫌う国民なので、家の中をねずみが走っていても捕まえたり殺したりしない。

 さらに少し行くと、チュゾムという小さな町に出る。パロから流れてくるパ川とティンプーから流れてくる ワン川がここで合流し、トルサ川となってインドに注ぐのである。 インドに続く道も、ここで国道1号線から分岐する。ここからインド国境のプンツォリンまでは6時間の道のり。 この一本の道が、半鎖国状態のブータンと外国とをつないでいる、唯一の道路で あるということである。

唐辛子を干す地元の人。ブータン料理は激辛。

パ川とワン川の合流点。この後、川はインドに注ぐ。

 夕方、やっとティンプーに到着。ブータンの人口は現在70万人、そのうちの4万5千人が首都のティンプーに住んで いる。郊外には、新しい住宅が多数見える。ガイドに聞くと、政府が、低所得層のために、無料で建設している住宅らしい。 また、ガイドが言うには、ブータンでは教育も医療も無料。実は、ブータンは福祉国家なので ある。もちろん、そのため の資金をまかなうため、我々外国人には一日200ドルという旅行費用を義務付けているのである。そう考えれば、 この高い旅行費用にも文句は言えないような気がしてきた。このように有用な使い方をしてくれるのならば、一日 200ドルでも、それはそれなりに納得できる。

 ブータン人は基本的にはチベット系の民族である。顔つきも日本人にそっくりである。市内には、少しインド系の 顔つきをした人もいるが、ブータンに駐留するインドの軍人か、インドから出稼ぎに来た人々らしい。 インドでは職のない人々が、ブータンに出稼ぎに来るのだと言う。福祉国家ブータンでは、政府が積極的に 雇用の機会を作っているのであるが、土木・建築など、ある程度の技術の必要な分野は、経験と技術を持つインド人 に委託しているらしい。それで、インドでは、ブータンに出稼ぎに行きたがる人が絶えないのだと言う。

 今日のホテルは、ティンプーの市内の中心にあるペドリンホテル。三ツ星程度の設備しかないが、しかし電気 温水器もあるし、暖房もあって、快適に過ごせる。地下のレストランで、ガイド、運転手、私の3人で夕食。 もう、食べきれないほどの量の料理が並べられる。どれも、とても美味しい。でも、ここでも、料理はあまり辛く なかった。あーあ、早く、激辛の本場ブータン料理が食べたいなあー。

ティンプーの市内。

ペドリンホテルのフロントにて。ガイドがチェックイン手続きをしている間、運転手はにっこり。

夜のティンプーのメインストリート。

ホテルのレストランで夕食。

豪勢な夕食。もう、食べきれない。


 


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