”教員の役割”


消費者としての学生

   日本の企業が技術革新を意欲的に取り入れているのは、消費者のニーズに敏感に反応するようなマケッティング戦略を童視している。

   大学教員は、自分の専門分野の研究活動をベスにして、どのような教育活動を展開していくかということにもっばら関心を向け、大学からサービスを受ける学生やその関係者のニーズに対する敏感な感覚はあまりないようである。
  目本社会では、需要サイドの消費者の意向をどの程度日常的な活動の中に取り入れてきたかによって、新しい改革へのエネルギーが大きく違ってきているのである。
   今後教員のサイドで、もう少しサービスの消費者としての学生に目を向け、彼等が潜在的な能力の開発を通じて一人の人間としてどのような生涯を展開していくのかにより強い関心を払うようになれば、教育活動への情熱と喜びを発見し、教育改革への活力を強めることができるであろう。

   教員の意識変革を誘引するために決定的に重要な要因は、サービス供給者としての大学に対する、サピス受益者の学生や関係者からの積極的な意思表示である。
   学生やその関係者が、大学を卒業するに必要な単位の履修のみに関心を払っていては、教員の意識に対するインパクトはまったくない。
  大学での4年間、さらに大学院の修士課程を通じて自分の専門的な能力がどれだけ形成されたか、受けるサーピスの質と量を意識的に吟味し、選択する学生が多くなると、海外の大学も参入してきた高等教育の市場で、適切な競争原理が働き、集団として生き残るためには、消費者としての学生の教育に関心を向けざるを得なくなるであろう。

サイエンス・コミュニティーにおける教師の役割

     大学は、教授の意欲的な研究活動を通じて新たな知的資産を開発蓄積しています。優れた人学は、知的価値が創造されるサイエンス・パークです。
  大学の教授は、専攻の学問分野に関して、先人の残した英大な知的資産を多数の文献研究を通じて継承し、その上に独日の研究成果を蓄積しながら、新たな学間体系を再構築しようと懸命に努力しています。

   この侵れた知的資庫は、君い頭脳にとってきわめて魅力的で、学問の深い魅力にびかれて学生が、人学に集まってきます。知的好奇心が喚起されて、優れた知的資産を学ぼうと、学習意欲が高まってきます。
   その時、実践的な教育活動が行われれば、従来、教師が中心になって進められてきた研究活動の場に、学生も参加して意欲的な活動を展開するようになります。学牛にとって忙しいけれど、キャンパスは非常に楽しい創造的活動の場になります。
   学生と教授とが一体化して、知識価値の創造活動を展開するサイエンス・コミュニティーが生まれてきます。

身近なお手本

   サイエンス・コミュニティーでは、教師の果たす役割も新しいものに変わっています。

   従来のような知識伝達型の教育では、教師は正確に分かりやすく専門的な知識を説明していけば、その主な役割を果たすことになります。
   実践的教育のシステムでは、学生が主体的に学習活動を行っており、教師はできるだけ貞好な教育環境を整備し、学生の実践的な活動を支援します。
   その時、教師のもっとも重要な役割は、創造的な研究活動の姿を学生の身近で見せること、その優れた成果を教育活動のなかに積極的に取り入れること、さらに、学生との日常的な対話交流を積み重ねることです。

   優秀な研究者は、吐盛な知的好奇心にそって新たな研究課題を発見し、長くて困難な創造的患考遇程を経て、問題の解決策を模索していきます。
   先生の燃えるような情熱と意欲的な研究活動の姿をすぐ身近かに見ていると、学生は強い知的な刺激を受けます。自分も快楽や楽しみを抑制し、尊敬の念で先生の研究活動を真似ながら、困難な創造的活動に参加しよう、という意欲がi勇いてきます。
  研究活動の厳しさと同時に、知的生産者としての限りない喜びや希望が学生に伝わり、教室に高揚した気分が伝果して広がります。

   先生の新しい優れた研究成果が、授業のなかに次々に取り入れられると、学牛の好奇心が強く刺激され、目は一段と輝いてさます。優れた先生の研究活動に誘発されて、学生の思考空間がますます人きく拡大してきます。
   このような素晴らしい教育環境を、自分の活発な研究活動を通じて整備するのが、教師の新しい役割です。先生が優れた学問的成果を上げるほど、新しい教育活動にとって望ましい良い環境が生まれます。心豊かな学生は、先生の素晴らしい後ろ姿を見て成長するのです。
   他方、研究成果を発表しない先生のそばでは、どんなに慢れた学生でも、その研究環境の低迷した券囲気に同調してしまって、徐々に学習意欲を失っていきます。

日常的な対話交流

   コミュニティーでは、教師と学生との日常的な対話交流が非常に重要になります。電子ネット上での対話と同峙に、直接肌の触れ合う対話交流が日常的に積み重ねられると、学生のEQ能力が自然に豊かに成長していきます。

   アメリカの大学では、正式のオフィス・アワーが設けられており、学生が、指定された時間と場所で先生にいろいろな間題を相談しています。先生がどんなに多忙でも、学生を育てるために、先生との対話交流が非常に重要視されているからです。
   私のゼミでは、専用のゼミナール教室が与えられており、そこに行けぱ、いつもゼミ学生と会うことができます。また、授業の合間などには、何時もきまって学内のお気に入りのコージーコーナー(喫茶室)でお茶を飲みながら、学生といろいろな雑談をしたり、時にはグループ調査の間題点や就職活動の相談なども気軽に行っています。学生は、どの曜日のどの時間帯に私がここに来ているか、良く知っていますので、必ず誰かと会って“一緒にお茶”しています。

   教師が、できるだけオープンな態度で学生との対話交流をエンジョイしていると、いろいろ楽しい教育指導のチャンスがあります。学生とのほんのちょっとした対話の中で、いろいろな共同企画のアイデアが生まれます。対話の熱気が上がってくると、意気投合して貝体的に取り組むことになります。

対話から生まれた共同作業

    沖縄県人会の学生数名と食事会を持ちました。

   その席上で、沖縄の後輩の高校生に対し、昔で一緒に励ましと歓迎の便りを出すことを決めました。入学が内定した沖縄の高校生たち全員に向けて、“合格おめでとう、キャンパスでお会いする日を楽しみに待っています。上京して何かか困った事や迷ったことがありましたら、すぐ私たちに連絡ください”と書いて、皆でサインしました。

   “新入生は、上京の前にこんな手紙が手元に送られてきたら、どんなにかうれしく心強く感じるものか”と、沖縄出身の先輩学生が話していました。皆の気持ちが一つになれば、よいことにはすぐ取り掛かれます。

   ある日、講義が終わると、教壇でにこにこしながら見知らぬ学生が話し掛けてきます。私達の手紙の件が、母校の高校の職員会議で大変話題になり、担任の先生が、“大学から熱い心の歓迎”と手渡してくれたようです。
  これに学生は非常に感激してうれしくなり、志望の大学に入学できた喜びが倍加されて、入学とともに教授を探していたと、教室にやってきたのです。この感激の出会いを通じて、再び新しい伸間の輸が大きく広がっていきそうです。

   今度は、彼達が母校の後輩たちに「キャンパスで燃える姿」の便りを送りたいと、心弾ませています。こうして教師と学生(父兄)一緒になって対話活動する中で、教師も学生の純粋な心に触れる喜びに浸れるだけでなく、学生の心にも豊かな心の知性が育ってくると期待しています。

講義の中の呼び掛け

   大教室の講義でも、時々息抜きにいろいろな対話をしています。

   これも学生との懐かしい思い出話の一つです。昨秋500人の大教室における講義で、青春期の挫析の話をしました。
  “若いうちに壁にぷち当たって挫析し、悩み苦しんだ経験のある若者は、それだけ人間的な深みが出て、将来必ず大きく伸びて行きます。目の前の厳しい壁が若者の心を鍛練し、別の道や回り道がないかと懸命に模素することで思考能力を訓練してくれるからです”。

   講義終了後、学生が教壇に出てきて、“今日の話を伺って先生に一言お礼をいいたかった”ともそもそしながら咳きます。心が辛く疼く時には、直接に自分の心の世界に入ってこられるよりも、いつも馴染みのある場所で何気なく触れてくれる方が、ずっと心が助かるようです。
   間接的な対話ですが、教室でのこうした呼び掛けが、しばしば学生の心の中で強い化学反応を引き起こしているようです。話した本人がすっかり忘れてしまっているのに、後で講義の感想文のなかに、感動した話としてわざわざ取り上げています。

   ちょっとした対話交流を通じて、学生の心が生き生きと輝いているのを見ると、教師として大変に嬉しくなります。

職員の役割

    キャンパスの大人といえば、講義を担当している教員の他に、事務業務を担当している職員があります。

   実践的教育では、教育環境の整備の仕事、EQ能力を生かした学生の生活指導など、職員の果たす役割は非常に大きくなっています。どのように職員の優れた能力を引き出し、実践的な教育で大きな役割を果たせるような体制を構築するかが、これからの大学改革のキーポイントになります。
   学生が実り多い実践的学習を行うには、良好な教育環境を整備しなければなりません。大学職員は、大学内のいろいろな管理業務を担当しており、さらに、外部の大学、研究教育機関や公的機関、企業などと、常時緊密な連絡交流を取っています。
   実践的教育の場で彼等は、教育環境に関する豊かなノウハウ、知識と行動力を生かして、良好な環境の整備を進めていきます。

   特に、図書館、メディアセンター、学部事務室などの職員が、実践的教育の環境整備にもとも童要な役割を果たしています。実践的教育でもう一つの役割は、学生のEQ能力を育てる優れた指導力です。

   職員は、キャンパスの中で常に組織に所属してチームを組んで仕事をしており、EQ能力の非常に高い素晴らしい人々が非常に多く見かけられます。
   われわれ教授達も、しばしば教えられたり、精神的に助けられたりしています。職員の中には、社会経験を積んだ後、本当に若い学生に接するのが好きで好きで大学に就職されている方もいます。
   こうした熱い想いを抱え、自己実現する場としてキャンパスで働いているために、学生に寄せる愛情や期待は、自分の家族に注がれる想い以上のものが見られます。

教員組織の新しい展開

   世界に占める日本経済の地位が高くなるにしたがって、日本の大学教育の国際化は、ますます重要な謀題になってきている。他方で、アメリカの大学が日本分校を設立するなど高等教育の国際的な相互乗り入れが、今後ますます活発化してくる。

   そうした激しい国際化の潮流の中で日本の大学は、大規模な留学生の相互交換、単位の国際交換など大学間の国際的な教育協力を大胆に進め、一定年限の契約制によって外国人教師を大量に受け入れるような体制を整備していけば、従来の日本的な大学教育体制の中に、アメリカの優れた教育方法を融合させたハイブリッドな高等教育体制が生まれてくるかもしれない。

   日本の高等教育市場が、海外の学生や研究者・教員に広く開放され、国際的な高等教育市場の一環に深く組み込まれるようになってくれぱ、もはや日本的な教育システムはそのままでは温存されないであろう。
   世界的に広く拡がった新しい文化融合空間のなかで、日本の大学が生き残り、地球を支える人材の教育機関の童要な一翼を担うためには、もはや大胆な教育改革を望む激しい社会的な批判から逃げてはいられなくなってくるであろう。

(注)

一連の大学教授論は、1998年、ロンドン滞在中に書かれたものです。現在、大学改革に伴って、教員の意識も急速に変化していますが、本質的なものは変わっていないようです。