「カンタータ第68番」Also hat Gott die Welt geliebt
小林 英夫



Also hat Gott die Welt geliebt: BWV 68 (NBA I/14, p33-62)
カンタータ第68番   《げに神はかくまで世を愛して》      【かくも神は世を愛したまえり】
聖霊降臨祭第2日。初演1725年5月21日、ライプツィヒ。40歳。
台本作者(詩人):クリスティアーネ・マリアーネ・フォン・ツィーグラー。 Christiane Mariane von Ziegler 1695-1760

1. Choral

Also hat Gott die Welt geliebt,

 daß er uns seinen Sohn gegeben.

Wer sich im Glauben ihm ergibt,

 der soll dort ewig bei ihm leben.

Wer glaubt, das Jesus ihm geboren,

 der bleibet ewig unverloren,

und ist kein Leid, das den betrubt,

 den Gott und auch sein Jesus liebt.

第1曲 コラール合唱

神は人の世を愛すればこそ、

 私たちに御子をお与えになりました。

御子を信じて、みずからを捧げる者が、

 やがて御子のもとで永遠に生きるようにと。

自分のためにイエスが生まれたのだと信じる者は、

 永遠に滅びることがありません。

いかなる苦悩も悲しませることはできないのです、

 神と、御子であるイエスがともに愛する者を。


押韻:1 geliebt−3 ergibt−7 betrubt−8 liebt, 2 gegeben−4 leben, 5 geboren−6 unverloren

第1曲のコラール詩はザロモ・リスコフSalomo Liscov 1640-89作の同名コラール1675の第1節で、本来なら冒頭合唱の位置を占めるべき、この日(聖霊降臨祭第2日)の聖書朗読箇所であるヨハネ福音書3章16節の代わりに置かれています(朗読全体は21節まで)。言葉のリンクなどを見ていただくために、ドイツ語聖書(ルター訳の1875年版から)と日本語訳(新共同訳聖書から)を並べておきます。

Also hat Gott die Welt geliebet,

das er seinen eingebornen Sohn gab,

auf das alle, die an ihn glauben,

nicht verloren werden,

sondern das ewige Leben haben.

16 神は、その独り子をお与えになったほどに、

 世を愛された。

 独り子を信じる者が

 一人も滅びないで、

 永遠の命を得るためである。



 第1行は、詩的に(音楽的にも)韻律調整に用いられる無アクセントの e の相違を除くなら、聖書とコラール詩とは同一であり、それ以下も密接にリンクした言葉が並べられていますので、このコラール詩節は立派に聖書の代役を果たしているといってよいでしょう。

 コラール・カンタータの冒頭合唱によく見られるモテト風のコラール編曲ですが、ソプラノに置かれた定旋律もアレンジされて、(ホルンが重ねられてはいますが)、他の声部と絡み合い、溶け合うように作られており、昨年末のBWV 91のような(あるいは、マタイ受難曲の冒頭合唱のような)、他の声部を突き抜けて別世界から聞こえてくる定旋律とは一味違う趣きを聞かせています。音楽はシチリアーノとかパストラーレとか呼ばれる、クリスマスの定番リズムに乗っており、やがてこのカンタータがキリストの降誕にリンクして、キリストがこの世に来たことの意味を考えるという方向に展開することを暗示しています。


 なお、このコラールは私の手元に資料が無いため、原旋律や、他詩節への調べが行き届いておりません。できればバッハがアレンジする前の定旋律のコピーを掲げたいと思ったのですが、残念ながら締め切りに間に合いませんでした。お詫び申し上げるとともに、宿題として今後も探索を続けることを約束させていただきます。ドイツの古本屋さんから古いコラール集を掘り出して来て下さる(そして、私に下さる)方があれば、喜んでいただきに参りますので、御一報下さい。

2. Aria (Soprano)

Mein gläubiges Herze,

frohlocke, sing, scherze,

 dein Jesus ist da!

Weg Jammer, weg Klagen,

ich will euch nur sagen:

 Mein Jesus ist nah.

Mein gläubiges . .

2曲 アリア(ソプラノ)

信仰深きわが心よ、

喜び躍れ、歌え、楽しめ、

 あなたのイエスはそこにおられる。

哀しみよ去れ、嘆きよ去れ、

私はおまえたちにきっぱりと言いわたそう、

 私のイエスはすぐそこにおられると。

信仰深き . . .



押韻:1 Herze−2 scherze, 3 da−6 nah, 4 Klagen−5 sagen


 この曲は、狩のカンタータBWV 208(1713年または1712年:誕生日祝賀用)の第13曲からの転用(パロディー)です。内容は第1曲の第7〜8行を受けて、喜びを促し、悲しみを排除するもので、イエスが身近にいること(祝日の主旨からすれば聖霊降臨)を根拠としています。

 聖霊役(?)のオブリガート・チェロ(バッハの楽器指定では小型チェロ( Violoncello piccolo)に伴われたアリアが終わった後に、狩のカンタータにはなかった後奏が楽器を増やして(オーボエとヴァイオリン)奏されます。この部分は通奏低音を除いて3声部ですので、やはり三位一体を象徴するために書き加えられたものと考えることができます。

3. Recitativo (Basso)

Ich bin mit Petro nicht vermessen,

was mich getrost und freudig macht,

 das mich mein Jesus nicht vergessen.

Er kam nicht nur, die Welt zu richten,

nein, nein, er wollte Sund und Schuld

als Mittler zwischen Gott und Mensch

 vor diesmal schlichten.

第3曲 レチタティーヴォ(バス)

私はペトロとともにへりくだって、

私を慰め、喜ばせる方(聖霊)を迎え入れよう、

 私のイエスがいつも私を覚えていて下さるように。

主は決して世を裁くために来たのではない、

いやそれどころか、世を罪と咎(とが)から救うため

みずからが神と人との間の仲介者となって

 定められた時に仲裁することを望まれたのだ。



押韻:1 vermessen−3 vergessen, 4 richten−7 schlichten


 詩の前半の使徒ペトロ(ペテロ)への言及は、おそらくこの日の副次的な聖書朗読である使徒行伝10章(節を限定するなら42〜48節ですが、話としては10章全体)の記述に関連するものです。そこでは、ペトロがそれまでユダヤ人に限定していた宣教の対象をローマ人コルネリウスに拡大することによって、ユダヤ人の選民(神に選ばれた特権的民族)意識と決別し、コルネリウスのほうも支配階級であるローマ人でありながら支配下にあるユダヤ人の前に膝をかがめ、イエスの教えを聞いた結果、初めて異邦人(ユダヤ民族以外の者)に聖霊が降ります。聖霊降臨祭第2日用のカンタータにふさわしく、この第2の聖霊降臨ともいえる出来事を盛り込むのが詩人の意図であったようです。

 後半はメインの聖書朗読の後続部であるヨハネ福音書3章17節「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである」と、朗読外のテモテへの第1の手紙2章4〜6節「神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです」とを詩的に合成したものです。この後半部には「私」が登場せず、やや説教調に傾いています。


4. Aria (Basso)

Du bist geboren mir zugute,

 das glaub ich, mir ist wohl zumute,

weil du vor mich genung getan.

Das Rund der Erden mag gleich brechen,

 will mir der Satan widersprechen,

so bet ich dich, mein Heiland, an.

Du bist geboren . . .

第4曲 アリア(バス)

あなたは私を赦すために生まれてきた、

 そう信じると私は幸せな気持ちになります、

あなたが私のために償いを果たして下さったから。

たとえ地球が壊れようと、

 たとえサタン(悪魔)が私に異議を唱えようと、

私はあなたを、わが救い主よ、慕い続けます。

あなたは . . .



押韻:1 zugute−2 zumute, 3 getan−6 an, 4 brechen−5 widersprechen


 第4曲は、やはり狩のカンタータBWV 208の第7曲からの転用(パロディー)です。内容の前半は第1曲のコラール詩の第5〜6行から始まった、キリスト降誕の意味を自分の中に引き込むもの。後半は前日のBWV 74の第5曲後半にも共通する表現ですが、さらに終末(世の終わり)にまで話が及んでいます。このあたりは、個々の単語や内容が聖書にリンクしているというよりも、詩人が自分の言葉で創作しているといった表現が多くなっており、理詰め(辞書・文法書・聖書)の解釈を受け付けてくれない部分があります。訳者の力量不足のため女心の飛躍(と見える部分)や独特の言い回しが消化しきれていません。おそらく、詩人からイエスへの恋愛詩として読むことによって、もっと自然な言葉の流れが生まれてくるのだろうと思います。


5. Chorus

Wer an ihn glaubet,

 der wird nicht gerichtet;

wer aber nicht glaubet,

 der ist schon gerichtet;

denn er glaubet nicht an den Namen

 des eingebornen Sohnes Gottes.

第5曲 合唱

御子を信じる者は、

 裁かれることがない。

信じない者は、

 すでに裁かれている。

なぜなら、神の独り子の名を

 信じていないのだから。

(ヨハネ福音書3章18節)



 このカンタータの終曲は、聖書による合唱フーガです。バッハの職人魂がフーガを書かずにはおられなくなったというところでしょう。聖書によってカンタータのテーマを提示し、コラールで締めくくるという馴染みの型からすれば、ちょうど逆転しているような構成ですが、聞き終わったとき、ビシっと締まった印象を与える、独特のカンタータとして仕上げられています。  歌詞の聖書は、これだけ取り出すとまるで禪問答の堂々巡りのようですが、当日の聖書朗読の中では疑問の余地のない結論(イエスを信じない者は、永遠の滅びに定められている)を提示しています。信徒たちにとっても、これ以上の解説や、説教は不要であるという意味で、最適の位置に置かれていることになります。


2001. 05. Koba.


<付記>

<付記> 女流詩人C.M.フォン・ツィーグラーは、当時のライプツィヒ市長の令嬢であり、文化人・知識人の集まるサロンの女主人となっていた才媛です。バッハは彼女の台本に基づいて、1725年の4月〜5月に連続9作品のカンタータを作曲していますので、それをリストアップしておきます。

1725, 04, 22復活祭後第3主日 BWV 103 Ihr werdet weinen und heulen
《汝らは泣き叫び》 【汝ら泣き叫ばん】
1725, 04, 29復活祭後第4主日 BWV 108 Es ist euch gut, das ich hingehe
《わが去るは汝らの益なり》 【わが去り行くは汝らの益なり】
1725, 05, 06復活祭後第5主日 BWV 87 Bisher habt ihr nichts gebeten in meinem Namen
《今までは汝らなにをもわが名によりて求めしことなし》 【汝らわが名において祈りしことなし】
1725, 05, 10昇天祭 BWV 128 Auf Christi Himmelfahrt allein
《ただキリストの昇天にのみ》 【ただキリストの昇天によりてのみ】
1725, 05, 13復活祭後第6主日 BWV 183 Sie werden euch in den Bann tun
《人々汝らを除名すべし》 【彼らは汝らを追放せん】
1725, 05, 20聖霊降臨祭第1日 BWV 74 Wer mich liebet, der wird mein Wort halten
《人もしわれを愛せば、わが言を守らん》 【われを愛する者は、わが言葉を守らん】
1725, 05, 21聖霊降臨祭第2日 BWV 68 Also hat Gott die Welt geliebt
《げに神はかくまで世を愛して》 【かくも神は世を愛したまえり】
1725, 05, 22聖霊降臨祭第3日 BWV 175 Er rufet seinen Schafen mit Namen
《彼は己の羊の名を呼びて》 【彼は羊の名を呼びたもう】
1725, 05, 27三位一体祭 BWV 176 Es ist ein trotzig und verzagt Ding
《傲(たかぶ)りかつ臆するは》 【頑なにして怯むものなり】







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