「カンタータ第28番」 Gottlob! num geht das Jahr zu Ende
小林 英夫



Gottlob! nun geht das Jahr zu Ende: BWV 28
カンタータ第28番   《神は頌むべきかな、いまや年は終わり》     【ありがたや、今や年は終わりゆく】
降誕祭後の主日。初演1725年12月30日、ライプツィヒ。40歳
台本作者(詩人):エルトマン・ノイマイスター Erdmann Neumeister 1671-1756

1. Aria (Soprano)

Gottlob! nun geht das Jahr zu Ende,

 das neue rücket schon heran.

Gedenke, meine Seele d’ran:

wieviel dir deines Gottes Hände

 im alten Jahre Gut’s getan!

Stimm ihm ein frohes Danklied an,

so wird er ferner dein gedenken,

 und mehr zum neuen Jahre schenken.

第1曲 アリア(ソプラノ)

神に讃美あれ、今や年の瀬を迎えて、

 新年がすぐそこまで迫っています。

静かに思い返しなさい、私の魂よ、

どれほど多く、あなたのために神の手が、

 この一年、良いことをして下さったかを。

神に喜ばしい感謝の歌を奏でなさい、

そうすれば神はこれからもあなたを心に留め

 より多くのものを新しい年に下さるでしょう。

 押韻:1 Ende−4 Hände, 2 heran−3 d’ran−5 getan−6 an, 7 gedenken−8 schenken


 降誕祭後の主日というのは、降誕祭当日(12月25日)より後、新年(1月1日) より前の日曜日のことですが、12月26日と27日とはそれぞれ降誕祭第2日と第3 日(あるいは殉教者ステファノの記念日と使徒ヨハネの記念日)としての祝祭が優先さ れますので、結局12月28日〜31日までの間の日曜日ということになります。従っ て、降誕祭後の主日のない年もあり、あっても年に1回だけですので、「第1」という ような数値表示は付きません。

 この日の聖書朗読はルカ福音書の2章33〜40節で、イエス誕生後の宮参りの際の出来事 (将来の受難の預言など)を扱った部分ですが、カンタータのテーマはそれを離れて、 いかにも年末にふさわしく、一年を振り返って神に感謝し、新しい年の恵みを願う内容 となっています。

 台本作者のノイマイスターは、イタリア・カンタータ(およびオペラ)に特徴的な、 レチタティーヴォとアリアを交替させながらドラマを進行させてゆくという構成をドイ ツ教会カンタータの領域に導入した人物として知られ、同時代のカンタータ台本作者( 詩人)に大きな影響を与えた人物で、最初期には聖書もコラールも用いずに、自由詩だ けで構成したカンタータ台本なども発表しています(第1巻「教会音楽に代わる宗教的 なカンタータGeistliche Cantaten statt einer Kirchen-Music 1704年出版」。音 楽化された作品は、すでに1700年頃から見られます)。ノイマイスター自身は、そ の後、レチタティーヴォ、アリア、聖書、コラールを自由に組み合わせた、いわゆる混 合様式に転じており、このBWV 28の台本は第4巻「宗教的な詩Geistliche Poesien 17 14年出版」で発表されたものです。

 第1曲がいきなりアリアというのは、バッハの教会カンタータの中では珍しいほうの 部類ですが、歌詞の内容は次の第2曲(コラール詩)と密接に結びついており、まず説 教者が出てきて会衆に一年の感謝を神に捧げるようにと促している、といったところで す。バッハ時代のドイツでも年末は師走だったのでしょうか、オーケストラの繰り返す 楽句(リトルネルロ)は喜ばしさとともに、何やら巷のあわただしさを映しているよう にも見えます。

 歌詞の初行はクリスティアン・ヴァイゼChristian Weise 1642-1708作のコラール詩「 ありがたきかな、いまぞ終わりとなれば」“Gottlob, es geht nunmehr zum Ende”1682の書き替えとなっていますが、全体の韻律が異なりますのでコラールの替え歌を意 図したものではなさそうです。

2. Coro

Nun lob, mein Seel, den Herren,

 was in mir ist, den Namen sein!

Sein Wohltat tut er mehren,

 vergiß es nicht, o Herze mein.

Hat dir dein Sünd vergeben,

 und heilt dein Schwachheit groß,

errett dein armes Leben,

 nimmt dich in seinen Schoß,

mit reichem Trost beschüttet,

 verjüngt dem Adler gleich,

Der Kön’g schafft Recht, behütet,

 die leiden in seinem Reich.

第2曲 合唱

さあ、主を讃美せよ、私の魂よ、

 私の内にあるものはみな、主の名をたたえよ。

主はその恵みを増し加えて下さる、

 その恩を忘れてはならない、おお、私の心よ。

あなたの罪は赦され、

 あなたの重い病は癒される。

あなたの惨めな生命は救いを受け、

 あなたは主のふところに迎えられる。

主は豊かな慰めを惜しみなく注ぎ、

 鷲のように若返らせて下さる。

王として正義を行使して、国内の

 不正に苦しむ者たちを保護して下さる。


押韻:1 Herren−3 mehren, 2 sein−4 mein, 5 vergeben−7 Leben, 6 groß−8 Schoß, 9 beschüttet−11 behütet, 10 gleich−12 Reich

 第2曲はコラール合唱で、詩は、ヨハン・グラマンJohann Gramann 1487-1541作のコ ラールNun lob, mein Seel, den Herren 1530全4(5)節中の第1節。節の数が括弧付 きになるのは、グラマンの書いた詩編103の韻文訳全4節に、1549年頃ケーニヒ スベルクで三位一体の神をたたえる第5節が付加され、以後全5節の詩として定着して いるためです。

 ここで用いられているコラール第1節の歌詞は、詩編103の1−3節に相当する部 分ですので、聖書資料からルター訳1875と新共同訳を並べておきます。

Lobe den Herrn, meine Seele,わたしの魂よ、主をたたえよ。
und was in mir ist, seinen heiligen Namen;わたしの内にあるものはこぞって聖なる御名をたたえよ。
Lobe den Herrn, meine Seele,わたしの魂よ、主をたたえよ。
und vergiß nicht, was er dir Gutes gethan hat,主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。
Der dir alle deine Sünden vergibt, 主はお前の罪をことごとく赦し
und heilet alle deine Gebrechen,病をすべて癒し
Der dein Leben vom Verderben erlöset,命を墓から贖い出してくださる。
der dich krönet mit Gnade und Barmherzigkeit,慈しみと憐れみの冠を授け
Der deinen Mund frölich machet, 長らえる限り良いものに満ち足らせ
und du wieder jung wirst, wie ein Adler.鷲のような若さを新たにしてくださる。
Der Herr schaffet Gerechtigkeit und Gericht 主はすべて虐げられている人のために
allen, die Unrecht leiden. 恵みの御業と裁きを行われる。
 コラールの定旋律はハンス(ヨハン)・クーゲルマンHans(Johann) Kugelmann c1495-15421540。EKGによればこの旋律は15世紀の世俗歌謡に由来するものらし いのですが、詳細は不明です。なお、この旋律はおそらくクーゲルマンの聖歌集を経由 して、短縮された形でカルヴァン派のジュネーヴ詩編歌に入り、詩編134のフランス 語韻文訳(詩テオドール・ベーズ、曲ルイ・ブルジョワ1551)を歌うものとなり、それ がドイツ・ルター派に逆輸入されて、コラール“Herr Gott, dich loben alle wir” 1561となっています。バッハ作品ではこのコラールも1724年9月初演の天使ミカエ ルの祝日用コラール・カンタータBWV 130《主なる神よ、われらこぞりて汝を頌め》【主 なる神よ、われらみな汝を誉めん】となっています。なおなお、ジュネーヴ詩編歌の旋 律はイングランドに入って詩編100を歌うものとなったのち、多数の当てはめ歌詞が 作られ、旋律名old hundredthとして知られる讃美歌群を形成しています(日本の讃美歌 では、4番、5番、539番がこの旋律です)。

 第2曲のコラール編曲でソプラノに置かれた定旋律は、原旋律から大きく隔たっては いませんので、EKGのコピーは次の機会にゆずることにして、Alla breveによるコラ ール編曲が初めて出てきましたので、それについて触れておきます。

 現代ではAlla breveは2分の2拍子ないしは2分の4拍子という2分音符を単位とす る音楽という以上の意味を持っていないことも多いのですが、バッハの音楽においては 古様式(Stile antico)という名称(ルネサンス・ポリフォニーの主要な書法であった 通模倣様式の集大成)とほぼ同義語で、古風な合唱モテトのスタイルを取るものです。 器楽も合唱のスタイルから外れることなく、ほぼ各パートをなぞるような動きに終始し ます。とはいえ半音階進行の多用などは十分にバロック的ですし、コラール定旋律によ らないAlla breveでは古めかしいフーガという印象にもなります。この曲では合唱の各 声部に重ねられたブラス・アンサンブルが厚みのある響きで堂々とした雰囲気を作り出 しています。

3. Recitativo~Arioso (Basso)

So spricht der Herr:

Es soll mir eine Lust sein,

 das ich ihnen Gutes tun soll,

und ich will sie in diesem Lande

 pflanzen treulich,

von ganzem Herzen

 und von ganzer Seelen.

 

第3曲 レチタティーヴォ〜アリオーゾ(バス)

主はこう言われる。

私は楽しみにしている、

 彼らに良いものを施すことを。

私は彼らをこの地に

 しっかりと植え付けて、

心を尽くし、

 魂を尽くして育てよう。

(エレミヤ書32章41節)



 第3曲は聖書からの抜粋で、最初の1行が聖書の地の文のレチタティーヴォ、2行目 以下が神の言葉そのもののアリオーゾとなっています。聖書の文脈では「この地」はエ ルサレムのことで、バビロニアに滅ぼされ、人々を連行されて荒廃したエルサレムの地 に、再び人々を帰還させ復興させようという神の意志(預言)を語るものですが、カン タータの文脈では、前曲の神のふところ、神の王国ということになります。また、末尾 の「心を尽くし、魂を尽くし」は、聞き手にマタイ福音書22章37節の「心を尽くし、魂 を尽くし、…あなたの神である主を愛しなさい」というイエスの言葉を思い出させるも のです。


4. Recitativo (Tenore)

Gott ist ein Quell, wo lauter Gute fleußt;

Gott ist ein Licht, wo lauter Gnade scheinet;

Gott ist ein Schatz, der lauter Segen heißt,

Gott ist ein Herr, der’s treu und herzlich meinet.

Wer ihn im Glauben liebt,

 in Liebe kindlich ehrt,

sein Wort von Herzen hört,

 und sich von bosen Wegen kehrt,

dem gibt er sich mit allen Gaben.

Wer Gott hat, der mus alles haben.

第4曲 レチタティーヴォ(テノール)

神こそは泉、まことの慈しみの流れるところ。

神こそは光、まことの恵みの輝くところ。

神こそは宝、まことの祝福と呼ばれる御方。

神こそは主、信義と誠実を示される御方。

信仰をもって神を愛し、

 愛をもって子供のように神を敬い、

神の言葉に心から聞き従い、

 悪い道を避けて歩む者に、

神はすべての賜物を贈って下さる。

神を持つ者は、すべてを持っている。



押韻:1 fleußt−3 heist, 2 scheinet−4 meinet, 6 ehrt−8 kehrt, 9 Gaben−10 haben

 前の曲を受けて、前半は神の気前よさ(愛)をさまざまにたとえ、後半では人間の側 からの神への愛を歌うことによって、次の曲の相思相愛を準備しています。末尾の行は 聖書の引用ではなさそうで、私の手元では17世紀中頃の英語圏の格言までしかさかの ぼれませんが、おそらくもっとずっと古いものと思われます。

5. Aria-Duetto (Alto & Tenore)

Gott hat uns im heurigen Jahre gesegnet,

 das Wohltun und Wohlsein einander begegnet.

Wir loben ihn herzlich und bitten daneben,

 er woll auch ein glückliches Neues Jahr geben.

Wir hoffen’s von seiner beharrlichen Güte

 und preisen’s im voraus mit dankbar’m Gemüte.

第5曲 二重唱アリア(アルトとテノール)

神は今年、私たちを祝福して下さいました、

 恵みと信仰とが幸福な一致に達するように。

私たちは心を込めて神をたたえ、乞い願います、

 新しい年にもまた幸福を下さいますように。

私たちは神の確かな慈しみに望みをかけ、

 あらかじめ感謝の心を込めて讃美を捧げます。



押韻:1 gesegnet−2 begegnet, 3 daneben−4 geben, 5 Güte−6 Gemüte

 相思相愛のデュエットですが、神と人という役割分担をしているわけでもないようで す。歌詞の2行目は詩編85の11節、慈しみとまことは出会い(Das Gute und Treue einander begegnen)、を踏まえて、幸福な行為Wohltunと幸福な存在Wohlseinとの出会 いを表現しています。それぞれをどう訳すかは難しいところですが、前者を「人を愛し て恵みを与えようとする神」、後者を「神を愛して恵みを求める人」の立場として読む のが、すれ違いつつ最後に一致するデュエット向きだろうと考えました。ダイレクトに 神と人としてもよく、詩編の後続部を借りて正義と平和としてもよいだろうと思います (同じ動きをしながら、なかなか一致できないというのは、どこか皮肉ですが)。末尾 の感謝の先払いは信仰表現、かつユーモアのようです。

6. Choral

All solch dein Güt wir preisen,

 Vater in’s Himmelsthron,

die du uns tust beweisen,

 durch Cristum deinen Sohn,

und bitten ferner dich:

 gib uns ein friedlich’s Jahre,

für allem Leid bewahre

 und nähr uns mildiglich.

第6曲 コラール(合唱)

あなたの慈しみのすべてを私たちは讃美します、

 天の玉座におられる父なる神よ。

あなたは私たちを受け入れて下さいました、

 あなたの御子であるキリストを通して。

そこでさらにお願いいたします、

 私たちに平和な一年を与えて下さい。

すべての憂いから私たちを守り、

 優しく私たちを養って下さいますように。



押韻:1 preisen−3 beweisen, 2 Himmelsthron−4 Sohn, 5 dich−8 mildiglich, 6 Jahre−7 bewahre

 再びブラス・アンサンブルを従えて堂々と歌われる終結コラールは、詩がパウル・エ ーバーPaul Eber 1511-69作のコラール「われとともに神の慈しみを讃えよ」“Helft mir Gottes Gute preisen” 1571全6節中の第6節。定旋律はヴォルフガング・フィグ ールスWolfgang Figulus(生歿年未確認)作1575。この旋律はさらに、フランスの16 世紀の世俗歌謡「若い娘がいて」“Une jeune fillete”にさかのぼれるもので、ドイツ ・コラールとしてはすでにErfurt 1563に導入されており、ルートヴィヒ・ヘルムボルト Ludwig Helmbold 1532-98作のコラール「われは神より離れまじ」“Von Gott will ich nicht lassen” 1563の定旋律となっています。兄弟関係にある1575の定旋律と1563の定 旋律とは旋律がやや異なるため別々のコラールとされているのですが、EKGは“Helft mir Gottes Gute preisen”の旋律として1563の定旋律のほうを掲載していますので、コ ピーは割愛いたします。

 なお、定旋律の原曲であるフランスの世俗歌謡“Une jeune fillete”には、さまざま な替え歌があり、フランスのクリスマス・キャロルのひとつにもなっています。(また 、楽器ヴィオラ・ダ・ガンバが主役のような映画「めぐり逢う朝」の中でも、姉妹の少 女が音楽のレッスンを受ける場面で歌われていました)。

 歌詞の4行目のCristumは、Christumのミスプリの可能性もありますが、そのままでも 通用する語形ですので、変更していません。2行目のbeweisenは現代風に言えば「認知 する」ことで、信徒が神の子供として受け入れられるという意味になります。


2001. 12. Koba.







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