花魁








行き交う人の表情を見ながら一人頷く。活気のある表情はいかに良い統治が
されているかという証拠になる。それはこの国を統治する孫家に使えている
太史慈からすれば、誇れることであった。
彼らを支える側としてこんなに嬉しい事はない。お仕えして良かったと
改めて満足したように頷く。歩いていく中、何度か左右で自分の商品を
並べている者に声をかけられたが、手をあげ、自分が買物客ではない事を
つげる。元々買物の為に市を訪れた訳ではない。単なる散策だ。
別に金を持っていないわけではないが、野菜を買ったところで自分で調理を
するわけでもない。

「お兄さん、ちょっと、ちょっと。」
「すまない、俺は…。」
「何言ってるんだよ。いいから、いいから。」
今まで声をかけてきた者の中で一番強引だ。断ろうとした太史慈の言葉にも
気付かないようで、ぐいぐいと引っ張っていく。連れていかれた先には
女性の装飾品がずらりと並んでいた。商品が並んだ場所でようやく解放された
ものの、自分にこれを見せてなんだというのだろうか。

「お兄さん、これなんかどう?」
梅の花をあしらった簪を見せる男に首を傾げる。
「嫌だなぁ、お兄さんだっていいなと思う女くらい居るだろ?女はこういうものを
貰うとやっぱり嬉しいもんなんだぜ?」
「そう言われてもな。」
「遠慮しない、しない。安くしておくからさ。」
強引な論法に押されながらも、目の前に指しだされた簪をよく見る。
確かに梅の花をあしらったその簪はこの中の商品で一番丁寧に作られたものの
ように見えた。しかしいくら商品そのものがいいものであっても、この簪を
渡す相手がいなければ無駄になってしまう。せっかくの良い品が埋もれて
しまうのは逆に勿体ないことではないだろうか。

ふと、その時頭の中に一人の少女が浮かんだ。
いつも控えめに微笑む少女…
花が好きな彼女であれば、こういう簪は喜ぶかもしれない。

「よし、毎度!」
「…俺はまだ買うとは…。」
「買うんだろ?お兄さん今、思い馳せてたみたいだしな。俺も応援するぜ!」
結局この後、その強引さに買う羽目になった。細工が細かい割には思ったよりも
値は安く、あの男がかなり値引いてくれたに違いない。自分の手の中にある簪を
見て思わずため息をつく。確かに彼女に似合うだろう。だが、贈り物をする程
彼女と仲が良い訳でもない。少し会話を交わす程度だ。それに噂だが、
彼女の伯父である黄蓋が近づく男に対し目を光らせている…という。
年頃の彼女に軽い心で近づく輩がいるのではと危惧しているに違いない。
もしそんな彼女に贈り物をすれば、誤解をうけるかもしれない。

考え事をしながら歩いていき、気付くと小高い丘にいた。丘には色とりどりの
花が咲き誇っており、すっかり春めいている。体に受ける風が心地よく
深呼吸をしながら一面の花を視界に映していく。するとその花の中に
小さく動く人影が見えた。近づいていくと…それは先程思い浮かべた少女
であった。
「このような所でどうしたのだ。」
「あ、太史慈様…。あの尚香様のお部屋に飾る花を探していたのです。」
いつものように控えめに微笑み返すにあの簪を後ろ手に隠した。
「そうか…お主は本当に良く気が付くな。」
「いえ、私にはこれくらいしかできませんから…。」
目を伏せるとの髪にあしらってある簪が視界に入ってきた。伯父の
黄蓋から貰ったものだろうか、いつもこの簪を指している。他の小さな
髪飾りもこの簪が栄えるようにと色目も押さえたものばかりだ。
不意に強い風が吹きつけ、の手元にあった花が空へと舞い踊ってしまう。

驚いて顔を上げると空に舞う花を掴もうとする太史慈。

風が止むと二人の視線が交差した。いつもよりも近い距離にある事に
が気付き、頬を紅く染める。太史慈もまたそれにつられるように
頬を染めると顔を逸らした。そして左手で飛んでいかなかった花を
差し出すと彼女が小さな声でお礼を言いながら受け取る。
二人の間に沈黙が流れ、風が花を揺らす音だけが響く。

照れたように顔をそらしていた太史慈がの方に向き直ると
俯いていた彼女が地面に落ちた何かを拾っていた。
が拾い上げたのは市で買った梅の花をあしらった簪。
「…太史慈様、これを落とされましたか?」
「いや…あの…確かに俺が落としたのだが…。」
不思議そうに見上げるの視線に耐えられないかのように目をそらす。
は拾い上げた簪についた土を払うとおずおずと太史慈差し出した。
「綺麗な細工ですね。…きっとお渡しになる方も喜ばれるでしょう。」
「…綺麗な細工か…お主はそう思うか?」
彼女の言葉に逸らしていた視線を元に戻す。の方は太史慈の言葉に首を
傾げながらも、いつものように控えめに微笑んだ。だが、の笑顔には
いつもよりも少し悲しみの色を帯びている。
「はい。…さぁ、どうぞ。」
「いや…俺は…。」
「太史慈様…?」
はっきり物を言う太史慈の言葉きれの悪さを不思議そうに思いながら
見上げる。澄んだ瞳に見上げられ、実はに渡そうと思っていたとは中々
言い出せない。それでもこのまま彼女から簪を受け取ってしまえば、きっと
二度と渡す機会は訪れないような気がした。瞳を閉じ、何かを覚悟したかのように
頷くと再び口を開く。
「その…これを買った時…。」
「?」
「お主の顔が浮かんだのだ。…だから迷惑でなければ、貰ってもらえるだろうか。」
差し出す彼女の手に自分の手を重ねる。の方は驚いたように目を大きくすると
先程のように頬を薄紅色に染めた。
「で、でも…どなたか他の方にお渡しする…。」
「今言った通りだ。お主以外誰も思いつかなかった。」
黙り込むに太史慈はしゃがみこみ、頬を染めたまま見上げると照れたように笑う。
「貰ってもらえるだろうか?」
普段とは違った様子の太史慈にはただ、ただ何度も瞬きを繰り返す。
「お主に貰ってもらえれば…俺は嬉しいのだ。」
「太史慈様…。」
そして嬉しそうにが微笑むと頷き返した…。

まるでそれは花の様な笑顔で…花の魁、「梅」に相応しい笑顔であった…。




<あとがき>
普段ははっきりした物言いでも、いざとなると狼狽える太史慈さんに
一票(笑)ただその場面が書きたかっただけだったりします。
一応星空〜の後の二人ですね。ほのぼのという雰囲気が
ぴったりの太史慈さんは書いていると和みます(苦笑)

タイトルの「花魁」は「かかい」と読みます。けして「おいらん」では
ありません(苦笑)最後の文章にある通り「花の魁(さきがけ)」という意味です。