星夜の逢瀬〜太史慈〜








昼間の鍛練場に比べ、夜の鍛練場は静かで暗い。窓から漏れる月明かりだけが
鍛練場の床を照らし、それが唯一の灯となっていた。鍛練場と言えば、兵士や
将が出入りする場でその中に入って行こうとする女官などいないのだ。だが、
忘れ物を取りに来た太史慈の目には確かにこの鍛練場に入っていく女官の姿を見た。
昼間ならばまだ分かる。将を呼びに来たのかもしれないと、そう思える。
だが、誰も居る筈の無いこの深夜に何故女官がこの場所に用があろうか。
不審に思いながら、鍛練場に入っていく。

微かに見える月明かりの中、一人の女官が窓辺に立っている。特に不審な事を
している気配もないが、このような時刻に鍛練場に居る事自体が既に不審である。
「この様な時刻に何用か!」
「きゃっ!」
近づいてみるとその女官は花瓶を大事そうに抱えている。脅えたような視線に
眉を顰め、首を傾げた。
「何故わざわざ暗がりの中に居る。」
「…私一人の為に松明を付けるのも勿体ないと思いまして…。」
女官の言う事も最もだった。確かに一人だけの為に松明を付けるのは勿体ない。
だが、わざわざ人目を忍ぶように行動を起こさなくても良いではないだろうか。
「…して、お主は何をしていたのだ?」
「…あの、お花を…。」
「花?」
目の前の女官の抱えている花瓶を受けとると窓辺に置く。改めて花を見れば、
小さな蕾を付けていた。
「水を替えたり、蕾に陽が当たるようにと…。」
依然として脅えたまま答える女官に頷いて見せた。
「…その…太史慈様に御迷惑をおかけし…申し訳なく…。」
「…ん?俺の名を知っているのか。」
突然出てきた自分の名に驚くと反対に女官の方が驚いた様に何度も瞳を
瞬かせる。
「は、はい。尚香様の兄上様、孫策様と御一緒されているのを見かけた事が
御座います。」
「…そうか…お主は姫様付きの女官か。」
「…申し遅れました…と申します。」
よくよく見てみれば見た事のある顔だ。以前黄蓋自身から姪を女官として宮廷に
入れたという話を聞いたことがある。恐らく目の前の彼女がその姪の娘なのだろう。
殿。」
「はい?」
「仕事が終わり次第、俺に声をかけてくれ。夜も遅い、部屋の近くまで送ろう。」
「え…ですが…。」
「いいのだ。俺も元々忘れ物を取りに来ただけだからな。」
軽く前髪に触れると気さくに笑って見せる。
「…はい…!」
前髪触れた一瞬目を丸くしていた様だったが、すぐに笑顔を見せるともう一つの窓に
ある花瓶の方へ走り寄る。遠目から見ても彼女が頬を染めているのが分かった。

──無意識とは言え、前髪に触れたのは不味かっただろうか…?

自分の忘れ物を手にすると横目に彼女を見る。月明かりに照らされた頬は
ほんのり紅く染まったままだ。そして彼女がこちらを振り返る。
「お待たせ致しました、太史慈様。」
「もう良いのか?」
「はい。」
見上げる瞳に少し戸惑うと鍛練場を後にした。外に設置された鍛練場を出れば、
頭上に星空が広がる。自分を見上げていた瞳が頭上の星へと移され、ほっとした
ような…少し寂しいような複雑な心境に心の中で苦笑した。
「毎日、あの時刻に作業をしているのか?」
「はい。昼間では人が多く、私が鍛練場に行っては邪魔になってしまいますから。」
確かに昼間に彼女が鍛練場に入れば、注目も買うであろうし、作業もし辛いに
違いない。
「しかし、姫様付きのお主が何故…?」
「尚香様がよく出入りをなさっていらっしゃいますから…。」
「…確かにな。」
主人の行く所全てに気を回している…女官として非常に優秀な考え方だ。
隣を歩いていた彼女が空を指さす。その指先を辿っていくと星が空を
駆けていく。
「太史慈様、見ましたか?流星です。」
「ああ、そうだな。」
こちらを見上げる瞳に笑いかけると彼女の頬が紅く染まる。
殿。」
「…はい?」
「お主が鍛練場にある花の世話をする時、俺に声をかけてくれ。」
「?」
自分でも何故、このような申し出をするのかわからなかった。ただ…彼女と
もう少し話してみたいと思う。
「夜、一人で作業するのは…そのどうかと…。」
「太史慈様にも都合がおありでしょうし…。」
「俺が良いと言っているのだ。構わない。」
首を傾げていた彼女がこくりと頷く。
「…では、鍛練場に行く前に太史慈様の執務室に寄るように致します。」
「ああ、そうしてくれ。」
何故だろうか。今は彼女の笑顔をまっすぐと見れない。ただ視線をそらすのも
どうかと思い、天を仰ぐ。二人の頭上を星が忙しなく駆けていった…。



<あとがき>
太史慈さん編が終了です〜。太史慈さんはやっぱりほのぼのだと
私は思うのです。…いや、勝手な思い込みですが。ゲーム中で
褒めてもらうと一番嬉しいのが彼なのですが、その影響でなんとなく
お兄さんなイメージです。面倒見の良いお兄さん風になってますか?(汗)