星夜の逢瀬〜馬超〜







辺り一面すっかり闇に覆われ、天にある月と星だけが微かな光を
もたらしてくれる。は馬から飛び降りるといつもの場所に
佇む人影に向って声を張り上げた。
「孟起様!」
「ああ、か。」
振り返ると何事もないかの様に名を呼ぶ。そんな馬超の様子にますます
眉を顰め、睨み付ける。
「『ああ、か』ではありません!孟起様の目は節穴ですか。夕の刻どころか
とっくに夜ですわ。一体いつ、執務をされるおつもりですか!」
一際大きな声で一気に捲し立てると肩で息をする。
「…声が大きいぞ。」
「大きくて結構です!さあ、帰りますよ!」
「情緒も何も無い奴だな。この星空を見て、何も思わないのか。」
「何も思わない訳がないでしょう。ですが、私にはもっと心配する事が
あるのです。その心配事が解消されてようやく私に情緒の世界に浸る
時間が来るのですわ。」
先程からの同じ剣幕で捲し立てる。その間も彼は星を見上げていた。
空は何も変わらず星が静かに瞬くだけ。がどれだけ捲し立てようとも
我関せずといった感じだ。痺れを切らせたかのように腰に手を当て
先程よりも声を張り上げる。
「孟起!」
「聞こえている。…お前、もう少し小さな声で話せないのか。」
呆れたように振り返る馬超には形の良い眉を顰める。
「誰のせいよ。」
「さあな。」
笑いながらまた空を見上げると馬超の視界の中で星が駆けていく。
それに気付かないのか相変わらず馬超を睨んだままだ。

「…星が駆けていったぞ、。」
「…。」
「夜はいい。漆黒の闇と星、月が静かに照らすだけだ。」
「…城では駄目なの?」
の言葉に振り返る。彼女の瞳は先程の様に睨んだりなどしていない。その瞳に
天の星を映しながら、悲しそうに眉を寄せている。
「まだ…居心地悪い?」
「そんな事はない。」
「…っ!なら、どうして?!」
瞳に浮かび始めた涙が一筋、頬を流れ落ちた。
「ただ…。」
「ただ?」
「時折静かな所に行きたくなる。」
二人の頭上を星が急ぎ足で駆けていく。冷たい風が吹き、木々がさわさわと
揺れる音がする。小さな音だけが二人を包み込む。
「…それだけだ。」
「それだけって…!」
「それだけなんだ。…気にするな。」
瞳を閉じながら静かに微笑む馬超の胸に飛び込むとまっすぐと見上げる。
涙をまだ浮かべたまま見上げると目が合うと目を細めた。
「気にするなと言ってるだろう?」
「…だって…。」
小さくため息をつくとの目元に唇を寄せる。肩を抱くとまた優しく微笑んだ。
「お前は昔からそうだな。…泣いてばかりだ。」
「そんな事ないわ。」
への字の口で拗ねるに額と額を合わせる。近すぎる距離に頬を染める
そんな彼女を見てただ、馬超は目を細めるだけだ。
「…貴方の所為で、いつも泣く羽目になるのよ。」
「…そうだったか?」
「そうよ。」
離れていく温もりを名残惜しそうに眉を寄せただったが、見上げた視線の
先に駆け抜けていく流星を捉えると嬉しそうに笑う。そんな彼女に気付き
後ろを振り返ると消えゆく星を視界の端に捉えた。
「…単純な奴。」
「何よ!」
笑いを堪えている馬超を睨むも頬を染めたままでは効力も半減しているようだ。
一向に笑いを収めない彼に背を向けると自ら駆ってきた馬の元へ歩き出す。
「おい、?」
「帰ります!」
馬超の呼びかけに振り向かず、歩く彼女に苦笑すると自らも歩きだす。
「俺も帰るぞ。」
「勝手にどうぞ!」
張り上げる声に笑いを飲み込むと走り出し、追い付いたを強引に
自分の方へ引き寄せる。
「俺を呼び戻しに来たんだろう。肝心の俺を置いていってどうする。」
「…では、戻られたら卓に詰まれた報告全て目を通して頂きますからね。」
強気なの言葉に一瞬言葉を飲んだ馬超だったが、小さくため息をつくと
諦めたように頷いた。
「仕方ないな。」
「仕方ないではありませんよ。」
だが、悪戯を思いついた少年の様に笑うとの額に唇を寄せた。
に、情緒の世界に浸る時間を作るために目を通すか。」
「〜〜〜っ!孟起!」
頬を真っ赤に染めた彼女から離れると自分の馬を繋いでいる木の方へ走る。
二人の頭上をまた星が弧を描く。煌めく星々の中、二人はいつものような
言葉のやり取りをしながら城へと帰っていった…。



<あとがき>
他の方達と違い、妙にスキンシップが多いですね。…時間をおいて
書いた所為でしょうか。微妙に「沈みゆく太陽」から続いているような、
そうでないような…。この二人の組み合わせは特別なので、普段の
二人とは違う姿になります。お互いに本音が見せられる相手という
設定なのですよ。