沈みゆく太陽
「…どうしていつも夕の刻になると姿を消してしまわれるのか…。」 馬を走らせながらふぅとため息をつく。探し求める人影は未だ見つかっていない。 彼の愛馬も厩に姿が見つからない事から彼が遠乗りに出ていることは明白だ。 小高い丘の上に人影を見ると小さくため息をついた。馬から降り、その人影へと 近づいていく。 「…孟起様探しましたわ。」 馬超はの声に一度振り返るとまた前を向き丘の向側を見やった。 彼の隣まで来ると夕日に照らされる横顔を見つめ、黙ったまま見つめる先を 辿っていく。赤く染まる空と心地良い風が、丘から見下ろす風景が…どこか 懐かしさを感じさせていた。 「…ここは…。」 の呟きに隣の馬超が頷き返す。彼の言葉が無くともには解っていた。 この場所は彼と自分の生まれた場所に似ているのだと。 「…似ていると思うか、お前も。」 「…ええ、…似ていますわ。」 二人の間に沈黙が流れ、ただ沈みゆく太陽を見つめる。 「あの頃は父も弟も健在だった。」 「…。」 大地に溶けていく太陽を見たまま、動こうとしない馬超にも沈黙でしか 応えることが出来ず、ただその横顔を見つめる。 「遠くまで来たものだ…。」 「…孟起様…。」 生まれた地より南に位置するこの成都に身を置くようになって一月が経った。 その間、一度も故郷を思い出すことが無かったかと問われれば、首を横に 振っただろう。涼州に比べれば、緑多く山に囲まれたこの地は過ごしやすい。 砂嵐もなければ、凍えるような雹交じりの風が吹き荒れることもない。 何もかもが故郷と違っていた。…だからこそ、遠くに来たと実感するのだろう。 「…後悔なさっておいでですか…劉備殿の軍門に降った事を…。」 「いや…思わぬな。」 歯切れの悪い返答に眉をしかめる。本来の馬超であれば、結論から語るだろう。 このように先延ばしにした返答はしない筈だ。 「本音を仰って下さいませ。幼き頃よりの馴染みではありませんか。」 「馴染みと思うならば、普段通りの言葉遣いで構わぬぞ。…建前のお前に 何を言えようか。」 の言葉にわずかに口の端を上げると、一度瞳を閉じ、また溶けゆく太陽を見やる。 「…貴方って人は…。」 「それでこそ、だ。」 楽しむように咽を鳴らす馬超を一睨みする。 「本音と言うが、俺は後悔していない。殿の大義を疑ってはおらぬさ。」 「では、何故先程のような事を急に…。」 「急ではない。」 馬超の言葉と視線に口にしかけた言葉を飲み込む。 「成都に来てからも、その前も、ずっと考えていた。…お前には忘れられるか? 父のことを、家族のことを。」 馬超の言葉にも口をきつく結ぶ。自分の父も彼の家族と共に、曹操の 手にかかっていた。とてその事は一日たりとも忘れたことはない。 「忘れられるわけがないでしょう。」 「その通りだ。…ならば、俺の言いたい事もわかるだろう。」 「…望郷の念と、そう言うのね。」 「ああ。」 馬超の言葉に嘘はないだろう。それでもにはその言葉全てを簡単に 信じることは出来なかった。 「それだけだと言い切れるの?」 「それ以外何があると言うのだ。」 違う…。 呂布の再来とも言われた錦馬超が弱いところを見せるだろうか? …否、見せられないのだ。 共に劉備殿の軍門に降った兵たちにそんな姿は見せられない。 西涼の錦馬超が泣き言を言う訳にはいかない。 だから、貴方はここに来ているのね? 守れなかった事を…一人、悔やんでいるのね? 「孟起…。」 太陽に照らされたの頬を一筋の涙が滴り落ちる。 「…何故、お前が泣くんだ。」 「…悲しいわ。…悲しすぎるもの…。」 堰を切ったように流れ落ちる滴をそのままに馬超の瞳を見上げる。大きな手が 涙を拭おうとするが、拭いきれない程、絶え間なく悲しみの滴は頬をつたった。 「…泣くな。」 「無理よ…。」 「…。」 「…だって、貴方は泣けないもの。…貴方は…誰の前でも泣けない。…悲しくても 悔しくても…錦馬超が泣くなんて許されないことだと思っているのでしょう?」 の言葉に馬超は眉をひそめ、涙を拭う手が止まった。潤んだ瞳が彼を 見上げる。 「泣けばいいのよ。悲しい時は泣けばいい。私の前でまで自分を押さえつけなくとも いいでしょう?」 「…お前…。」 「泣けないなんて寂しいわ。…押さえつけないで。全部吐き出した方が楽だもの。 貴方だけがそんな荷を背負わなくてもいいの。」 そう言いながら彼女の瞳からは涙が溢れ、頬をつたう。眉をひそめていた 馬超は瞳を閉じるとふと口の端を上げた。 「…お前って奴は…。」 開かれた瞳にはいつもの猛々しさがなく、優しげにみえた。の涙を拭ってやると 自分の方に抱き寄せる。 「…いいのだ、俺は。泣かなくても…代わりに泣いてくれる奴が居るからな。」 「…孟起…?」 「今更、涙など出ぬさ。…それにお前や岱のように代わりに泣いてくれる奴が居る。 …俺が泣く事もないだろう?」 心なしか声音までも優しく感じる程だった。馬超の腕の中、絶え間なくつたっていた涙の 跡が徐々に乾いていく。 「俺には…お前が居る。」 「…孟起…。」 「俺の事を気に留める奴なんてお前が居ればいい。…それだけでいいのだ。」 まだ少し潤んだままの瞳で見上げると馬超はただ頷く。下がっていた口角が上がり そのまま笑顔を形作った。 「…そうね。」 の額に掛かった前髪を払うと唇を寄せる。そしてまた腕の中に閉じこめた。 「ねえ、孟起…。」 「…どうした?」 見上げるの瞳をまっすぐ受け止める。 「陽が沈むわ…。」 「ああ…。」 二人の視線が山の中に溶け込んでいく太陽へと移った。一つになっていた影が 離れ、二つになる。 「…陽は沈んでもまた昇るわ…。」 「……?」 「貴方も、同じ。」 太陽を見ていたが馬超の瞳をじっと見上げる。 「錦馬超は、ここにいるもの。…そうよね?」 の言葉に口の端を上げる。いつものように自信のある不敵な笑みを見せると彼女を 軽くにらみ返した。 「誰に聞いている。」 「…ふふ、そうね。」 「…帰るぞ。いい加減、岱も待ちくたびれているからな。」 背中を向ける馬超の後をが小走りで追いかけていく。 辺りには夜の帳が降り始めようとしていた。二人の影が長く、長くなる…。 <あとがき> 無双のドリームはこれが初ですね。いくつかネタや設定はあるのですが、 馬超殿のお話が一番最初に仕上がりました。たくさんあるヒロイン設定の中で 一番最初に出来上がったのが彼女です。馬超の一族に代々仕えている一族の女性武将。 馬超の幼なじみ(というよりも乳兄妹なのですが)のヒロイン。 ※簡単なヒロイン設定ページはコチラ 彼は私の中で実は未だにキャラが定まっていません(汗) シリアスな若だったり、兄貴系だったりと…ぐるぐると…。 なのでお話によってすこーし性格が変わっているかもしれませんが、 一人で二粒(?)美味しいってことで…(苦笑) このお話、シリアスに終わらないバージョンもあったのですが…。 流石にカットしました。最初くらいは真面目に終わりたいですし(苦笑) |