花苑
梅の花や桃の花が咲く庭に竹簡をたくさん抱えた青年が降りてくる。 青年は彩り鮮やかなその様子に感心しながら花々を見上げ、目を細めた。 空からの太陽の光と花々の色を楽しむように庭を歩き回りながら、あちこちを 見渡す。やがて桃の大木の下に腰を下ろすと嬉しそうに微笑んだ…。 が鍛練場から城へ続く長い廊下を歩いているとその先から諸葛亮が歩いてくる。 何処かいつもと違い何かを探している様に見えるのだが…。 「殿。」 「はい?」 「姜維を見ませんでしたか?」 「姜維殿を…ですか?」 どうやら愛弟子の居場所を探しているらしい。だが、今日は彼の姿を 見ていない。首を傾げるに諸葛亮が苦笑してみせた。 「見ていないようですね…いえ、少し用がありまして…。」 「では、姜維殿を見かけたら軍師殿が探してみえたと伝えておきましょう。」 「お願いします。では…。」 諸葛亮に一礼するとまた廊下を歩いていく。庭の見える渡り廊下に差しかかると 柱にもたれながら鮮やかな花々を眺める。美しい情景に笑みをもらすと 急ぎ足で渡り廊下を歩いた。階下へ降りる階段を見つけると軽い足取りで降りていく。 庭に降りると柔らかい風を受けながら空と花を見上げた。鮮やかなようで控えめな 色彩の空に嬉しそうに笑みを零す。 ふと桃の大木の下に人影を見、首を傾げた。近づいていくとそれが誰なのか はっきりしてくる。竹簡を抱えたまま座って寝ているのは… …諸葛亮の愛弟子、姜維だった。 「陽気に誘われましたか?…軍師殿が姜維殿をお探しでしたよ?」 くすりと笑うと寝顔を覗き込む。端正な顔立ちだが、どこか幼さがあるその寝顔に もう一度笑みを零した。 「連日夜遅くまで執務をされていれば眠気も襲いましょう。」 もまた姜維の隣に腰を下ろすと桃を見上げる。 「…確かに見事な風景ですね。」 暖かな太陽の光との和むこの風景に頷きながら、隣で眠る姜維を見た。 「このような所で寝ていては風邪を召しますのに…。」 がいくら話しかけても覚醒するような気配はない。くすくすと笑うとまた空と 花を見上げる。腕を伸ばしのびをすると嬉しそうに笑った…。 「…ん…。」 曖昧な靄のかかった視界をはっきりさせようと頭を左右に振る。何度も目を擦り ふと自分の手の中にある竹簡を見、首を傾げた。覚醒しきっていない頭を 押さえながら肩にある暖かい感触を不思議に思う。 「…殿…?!」 何故か自分の隣で寝ているに驚きながらも、音を立てぬようにと竹簡を 足元にそっと置き並べる。まず何故自分がこのような所で寝ているのか、彼女が 何故自分にもたれて寝ているのか、靄のかかった頭を探った。 「…確か…庭の花が綺麗に咲いているから、少しだけ見ていこうと庭に降りて…。 …そう、少しだけこの陽気の中で休もうとここに腰を下ろして…。」 いくら考えてもここまでの記憶しか思い出せない。いつの間に彼女が隣にいたのか わからない姜維は困ったように寝顔を覗き込む。 普段の彼女の表情といえば、鍛練の時に見せる凛とした表情。それに会話している 時に見せる柔らかな微笑。この二つが姜維の良く知る彼女だった。今、あるのは 穏やかな寝顔。見ていると何故か頬が紅く熱を帯びていくのを感じ、目を逸らす。 「……殿…、不用心ですよ…?」 恐る恐る話しかけてみるが、起きる気配はないようである。小さくため息を付くと もう一度寝顔を覗き込んだ。長い睫毛に、艶やかな唇に視線が集中してしまう。 「…あの…」 肩にもたれ掛かっていたが身じろぎをし、姜維に緊張が走った。緊張ついでに 体を動かしてしまい、肩にあったの頭が膝まで滑り落ちる。寸でのところで 抱き留めほっと安堵の息をついた。 「良かった…。」 自分の腕の中で安心して眠り続けるに頬は熱くなり、心臓は早鐘を打つ。 「…殿、いつも気を張っていては疲れませんか?私で良ければ話くらいは 聞く事くらいは出来ますゆえ、いつでも頼って下され。貴女の穏やかなこの時間を 守らせて下さっているように…。私はいつでも貴女を想っていますから…。」 小さな声で呟くとの表情が優しい笑みへと変わる。つられる様に姜維も 微笑むと空を見上げた。 「…今の言葉、信じて宜しいですか?」 「え!?」 視線を落とすと自分の腕の中でにこりと微笑むがいる。頬を桜色に染めた 彼女はまっすぐと姜維を見ていた。 「頼っても宜しいのですか?」 「…起きていらっしゃったのですか…。」 起き上がったは首を傾げながら、ただ微笑んで見せる。言葉を待っている 様子に気付き、心を決めたように頷いた。 「信じて下され。私の言葉、心、どちらも。」 真剣な姜維の眼差には微笑んでみせるとややあってから頷いた。 「…姜維殿。」 「はい。」 「私の気持ちも言葉にした方が宜しいですか?それとも…。」 の手が姜維の手に重ねられた。下を向いていた視線が姜維へと注がれる。 目があった瞬間、くすりと微笑んだ。 「…これでわかって頂けますか?」 重ねられていた手をとり、愛しそうにその手を包むと姜維もまた微笑んだ。 「…ええ。」 互いの目を見ながら微笑んでいると春の温かい風が二人を包む。花びらが 舞い上がりまるで二人を祝福しているように見えた。 しばし見つめあったままの二人だったが、どちらともなく微笑むと立ち上がる。 「そろそろ参りましょうか。真上にあった太陽が傾いてきました。」 「そうですね。」 そしてゆっくりと歩き出すと、不意にが何かを思い出したかのように声を 上げる。 「殿?」 何を驚いているのか分からない姜維は不思議そうに首を傾げる。 「すっかり忘れていました!ああ、私とした事が…。」 「何を忘れていらっしゃったのですか?」 のんびりしたような姜維の声には青ざめた顔を向けた。 「軍師殿が姜維殿を探していたのです。それで姜維殿をお伝えすると言って いたの思い出したのですわ。」 「丞相が?」 「ええ…何とお詫び申し上げれば良いのか…。」 慌てたままのに姜維はにこりと微笑む。 「気にしないで下され。休みをとっていた私も悪いのですから。これからすぐに 参れば、大丈夫ですよ。」 「本当に私…」 謝ろうとするに姜維は首を左右にふるとただ頷いた。 「気にしないで下されといいました。ですから、安心して下され。丞相はそんな 事くらいで咎めたりはしませんよ。…では、私は行きますね。」 「姜維殿…。」 一度背を向けた姜維がくるりとを振り返った。 「あ、仕事のきりがついたら、一緒にお茶を飲みませんか?」 頬を染めたままの笑顔には笑うと頷いた。 「では、お迎えにあがりますね!」 嬉しそうな声音にもまた楽しそうにその場で笑みを零す。風が吹き、再び 花びらが舞い踊る。一つの恋が成就したその祝いとばかりに…。 <あとがき> Empiresでもそうですが、姜維って感情が声音に出ますよね。 感情表現が豊かなんでしょうねぇ。 そんなお子様な感じが出ていればいいのですが。 動物に例えたら…間違いなく犬ですよね、姜維。 |