星夜の逢瀬〜姜維〜







「…では、失礼します。」
丞相府の執務室から挨拶して出ると外はすっかり冷え込んでいた。
立ち止まり柱から星空を見上げると流星が弧を描く。
何も言わず見つめたが、寒気を感じ足早に丞相府の門へと急いだ。

「姜維殿?」
丞相府の門を出て歩いていると後ろから声がかけられる。よく知っている声だ。
「このような遅くまで執務をしていらしたのですか?」
殿こそ。」
振り返るとそこにはが居た。こちらに歩いてくる彼女に合わせ立ち止まり
隣に来るまで待つ。隣に並ぶと二人は言葉もなくそのまま歩き出した。
「私ですか?孟起様のお陰で遅くなってしまいましたわ。」
「また抜け出されたのですか?」
「ええ、お陰で馬岱殿と探す羽目になってしまって…探す方の身にも
なって頂きたいものですわ。」
「馬超殿も何かお考えがあるのでしょう。」
「姜維殿はお優しいですわね。まったく…孟起様にも見習って頂かなければ。」
の言葉に頬を染めると、とんでもないと言った風に首を左右に振る。
「わ、私なんて見習っても何も良い事ありませんよ!寧ろ私が馬超殿を
見習わねばならないのに…とんでもないです。」
するとそんな姜維を見ていたが突然笑いだした。何故彼女が笑いだしたのか
分からず、おろおろしていると目を細めたが口を開く。
「姜維殿は本当に謙虚でいらっしゃいますのね。」
の笑顔に頬を染めるが、夜という事もあり相手には分からないようだ。
「…け、謙虚と申しますか…あの…。」
「謙遜なさらなくても宜しいのではありませんか?姜維殿は軍師殿に
直々兵法の指南を受けてみえるのでしょう?我々には到底出来ないことです。」
「そんな事ありませぬ!殿が望まれるのでしたら、私が丞相に口添え致しますよ。
殿程の知識をお持ちの方であれば、指南を受けられてもなんら問題ありません。」
妙に力の入った言葉にはまた笑いを誘われたようだった。

「あ、あの…何かおかしな事を言ってしまいましたか?」
心配そうに恐る恐る言葉を紡ぐ姜維にが首を左右に振る。
「いえ、そのような事はありませんわ。…真面目で誠実な方だと再認識致しました。」
「はい?」
「姜維殿の事ですわ。」
「は、はぁ…。」
が何を言わんとしているのか読めず不安になりながらも相槌を打つ。
「そんな姜維殿ですから、女官に人気がおありなのですね。」
「…え!?」
「あら、御存知ありませんでしたか?姜維殿に密かに想いを寄せる女官は多いのですわ。」
くすくすと楽しそうに笑うに姜維は首を傾げるしかなかった。宮中にいる女官達の
事を言われても身に覚えがない。──女官達は懸命に彼にその想いをぶつけているのだが、
彼はその事に一向に気付いていないようだった。──それよりも何故、がその事を
今、話に持ちだすのか分からず懸命にその意図を探ろうとする。
「あの、そのお話が…?」
「何も想いを寄せているのは女官だけではありませんのよ?」
立ち止まってじっと瞳を見上げる彼女の瞳には空に瞬く星が映っている。何度も彼女の
言葉の真意を読み取ろうと繰り返し頭の中で反芻した。そしてそんな姜維の態度に
笑って見せるとは背を向ける。
「一つだけ御忠告を致しますわ、姜維殿。」
「は、はい!」
何故、急に背を向けられたのか、未だに汲み取れぬ彼女の態度を理解しようと
懸命に考える。振り返ったは少しだけ頬を染めて眉を顰めていた。
「殿方たる者、もう少し女人の気持ちに敏感になって下さいませ。」
「…はい?」
「いえ、正しくありませんわね。私の気持ちにだけ敏感になって頂けませんか?」
流石にここまで言われれば、幾ら鈍感な者でも気付けよう。の言わんとしている
事に気付いた姜維はまず頬を赤らめそして首を縦に振った。
「はい!…殿、私からも一つ宜しいですか?」
「何でしょう?」
「私の前であまり馬超殿の事ばかり話さないで下され。」
「…姜維殿?」
少しだけ拗ねたようなそんな表情にが目を丸くする。
「好きな方から他の殿方の話を聞くのは辛いです。」
「…了解致しました。」
くすりと笑うと互いに身を寄せた。しばらくそのままだったが、不意に姜維が
口を開き、は身を寄せたまま顔を上げる。
殿…もう一つ…宜しいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「私の事、字で呼んでいただけませんか?」
「…伯約殿……で宜しかったですか?」
「はい…。」
頬を赤らめたまま瞳を閉じ、互いの体温を感じ合う。辺りには人影もなく、ただ
風の吹き抜ける小さな音と、夜空に星が瞬くだけだ。
「…殿。」
「…はい?」
「…もう一つだけ…宜しいですか?」
頬を赤らめて恐る恐る言葉を紡ぐ姜維にはくすくすと笑ってみせる。その笑顔を
了承ととり、先程の言葉の続きを紡いだ。
「あの…接吻をしても…?」
「…了承を求めなくとも、私の気持ちは一つですわ。」
の言葉に嬉しそうに笑うと互いの瞳が閉じられ、唇が重なる。冷え込んだ空気を
感じられぬ程暖かさを感じると名残惜しそうに唇が離れていく。そして視線が
交わると何方ともなく笑顔を交わした……。



<あとがき>
姜維編が終わりました〜。本当は違うヒロインで書いてみたかったのですが、
サイトにアップしていないお話のヒロインですからねぇ…。…ということで
現在アップしてあるお話の中のヒロインさんから御登場願いました。
本当は姜維、もう一つ書きたいお話があるのですが…それは気分がのったら…
ということで(苦笑)