喜びと悲しみと…





両親が亡くなった後、引き取って下さったのは大伯父様だった。
屋敷に引き取られ、何も心配することないと言って下さった伯父様と伯母様には
感謝しても足りないくらい。自分一人では何も出来ない私に色々な事を教えて下さり…
そして実の娘のように、温かい家族の愛を注いで下さった。

だから私は伯父様たちのお役に立ちたかった。宮中に住まう孫家の姫様のお側付き
女官を探しているという話を聞いた時、これならと決心したのはひとえに伯父様たちに
報いたかったから。教えて頂いた花を生ける才を認められ宮中へと上がることになった
私を伯母様はいつでも帰ってらっしゃいと、伯父様は無理はするなと、いつでも
自分たちを頼れと言って下さった。ただ、嬉しくて泣いたまま伯父様たちの言葉に
頷くだけ。

宮中での新しい生活。伯父様は私を作法見習いのつもりで承諾して下さったけど
思いのほか姫様に気に入られ、姫様のお輿入れ先へと付いて行くことになった。
そして再び呉の地を踏んだ後は…。

思えば遠くへと来てしまった。
伯父様も伯母様も、そして姫様も…遠い存在になってしまわれた。


「どうかなさいましたか?」
振り返ると庭の方へと人影が近づいてくる。この屋敷の主だ。
「いえ…」
「いけませんね、そのような暗い顔は。せっかく久しぶりに会えたのですから」
「お帰りなさいませ」
今や にとって頼れるのは彼だけであった。伯父夫婦、そして孫家の姫君が
亡くなった後、宮廷を辞した彼女に声をかけたのは陸遜であった。
「ええ、只今戻りました」
疲れが残っているだろうに優しく笑った陸遜は をそっと抱き寄せる。
「すみません、今回もあまり長く屋敷にはいられそうにありません」
「いえ…大都督である御身、私の事は…」
「ふふ、貴女はいつもそうやって遠慮して気持ちを閉じこめるのですね」
優しく頬をなぜると瞼に口付ける。真っ赤になった頬に更に両手で包み込むと
息も掛かるすぐ側で陸遜は笑う。その笑顔は普段宮中や戦場では決して見せない
彼女の前だけで見せる無邪気な笑顔であった。
「構いませんよ。私はいつまでだって待ちますから」
陸遜のその言葉に は申し訳なさそうに瞳を伏せるだけ。
殿、貴女が以前のように笑って下さるその日まで」

多くの人々に出会い、そして別れてきた。
時は流れ、あの頃が戻ってこないのはよく分かっている。
幸せが失われても、また幸せを築く…そうして人々は生きている。

喜びと悲しみは表裏一体で喜びだけを享受することは出来ない。
喜びと同量の悲しみも後に体験することはもう分かっていた。

それが人生なのだ、そう悟ったのは今になってから。

悲しんでも戻らない。ならば、新たな喜びを迎え入れる準備をしようとそう思える
ようになってきたのは、この人の笑顔を見たから。

「私はもう大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
「ええ」

喜びと悲しみを分かち合える人に出会ったから…だから、もう大丈夫。

「お茶、淹れますね。良い茶葉を見つけたのです」
彼女の笑みが以前のような曇りのない柔らかい笑みだったことに陸遜は軽く驚いた後、
自分もまた優しく笑みを浮かべる。愛おしい人の笑顔は何よりの喜びであったからだ。
「ええ、じゃあ部屋に戻りましょうか」
「はい」

互いに隣に居るその人がこれからの喜びと悲しみを分かち合うことが出来る人だと
分かっていた。そして、それがどれだけ幸せなことかということもよく分かっていた…。



<あとがき>
サイト6周年記念企画より連続更新SS第四日目は無双から陸遜と女官ヒロインの
2人のお話になりました。今回のお題は「出逢いと別れ」です。
状況的に多分陸遜とは結婚していない状態だと思います。するならこれから、かな。
今回は話が重めなのでいつものように陸遜節が炸裂していなくて、ちょっと
消化不良気味ですね(苦笑)