これは忠義
「隊長ぉ〜」 夜の運動場に一際大きな声が響く。辺り一面の闇と雪に覆われた中、青い髪を 揺らして歩く少女の元へ辿り着くと指定のコートを差し出した。ちらりとこちらを 見る少女は明らかに剥れたような表情で一睨みするとすぐに視線を逸らす。 「身体に差し支えます。コートを着て下さい」 「嫌だ」 歩き出す少女の前に立ちはだかり、再びコートを差し出した。赤い瞳が見上げ きっと睨む。 「谷口、私は誰?」 「隊長は、隊長です」 「では谷口は何?」 「貴女の部下です」 睨みつけたまま、怒った表情で少女はまっすぐ見上げている。端からみたら 小さな少女に大柄な男が何をしているのかと不思議に思うに違いない。 見えなくとも彼女、石田咲良はこの小隊の小隊長で自分、谷口竜馬はその部下だ。 「部下が隊長に命令出来るとは軍規にはなかった、違う?」 「ええ、その通りです」 「では、その意見は却下。私は隊長で、谷口が部下なら当然の事でしょう」 「ですがっ!」 「二度はない。私が隊長で谷口が部下ならば、私の命令に従うことね」 寝癖のついたままの少女を見送るしかなく、運動場に佇む谷口。 そもそも事の発端は昼休みが始まった直後の事だった。 「谷口」 「はっ、何用でしょう?」 サンドイッチを手に谷口を見上げる年下の上官に背筋を正した。状況からして 食堂で昼食を共にしようといった所だろうかと推測しながらも彼女の口から その言葉が出るまで待つ。 「昼食はまだね?」 「はっ」 「では食堂で…」 言葉をそう紡ごうとしたその時だった。サイレンが響く。それは学兵が単なる 学生から兵士へと変わる合図である。 「隊長!」 「…分かってる!総員出撃準備だ!急げ!」 そうして戦闘を終え、学校へと戻ったのはもう日付も変ろうかといった時間だった。 事後処理を終え、家路につこうと玄関口から校門へ出ようとした時、運動場に 見慣れた人影を見つけたのである。 慌てて教室へ行くと案の定上官の荷物があり、鞄とコートを引っ掴み運動場へと 走って、冒頭のやりとりへと戻る。 ハンガーへと消え行く人影を追いながら胃がキリキリと痛むのを感じる。何故 些細な事ですら、彼女は上官らしく振る舞ってくれないのか。そう考えながら 胃を押さえる。明日はまた違う胃薬を試そうと思いながら入口から中を覗くと 整備状況の確認をしながら歩く少女の頬に光る筋が見えた。 何故、泣くのか── 先程の戦闘は見事勝利を収め、明日には勲章も授与されると言うのに 何故、彼女は泣くのか。味方の被害は最小限、敵として現れた幻獣を殲滅した 部隊の何が彼女を泣かせるのか。自分を初め、実戦部隊の動きは悪くなかった筈だ。 寧ろ初陣の頃から比べると随分良くなったと言ってもいいだろう。 確かに指揮官になるべく生まれた彼女からすれば、まだ満足のいく動きでなかった かもしれない。よくよく思い出せば連携も完璧とは言い難かった筈だ。彼女が 涙するのは完璧なものを求めているからなのか…。 不意に脇に抱えていた彼女の鞄が落ち、辺りに中身がばらまかれる。雪の上に 広がったペンケースやノートを拾う。そして、あるものを掴んだ時、 ハンガーの中へと注いでいた視線を手元へと戻した。手にあるのは昼に 彼女が持っていたサンドイッチだ。そして更に雪の上には彼女が食べるには 随分大きな弁当箱。 「…まだ居た…!?…返して!」 気付くと傍に彼女がおり、自分が持っていた鞄を引ったくるように奪う。雪の上に ばらまかれた荷物を慌てて拾うと谷口を睨んだ。 「す、すみません!中を見る気はなかったのですが…その…!」 「自惚れないでよね!別にアンタの為に作ったんじゃないんだから!」 「はっ?」 てっきり叱責を貰うのだと思っていた谷口は思いも寄らない言葉に目を見開いた。 真っ赤に染まった頬で鞄の中から先程の大きな弁当箱を出すと谷口に押し付ける。 「今からこんなに食べれないし、仕方ないからアンタにあげる!いい? 仕方ないからだからね!アンタの為にだなんて思わないでよ!」 「は、はぁ…」 コートも着ないまま、走り去る上官に呆気にとられているとふと押し付けられた 弁当箱を見る。妙に大きい弁当箱は部隊内でも自分ぐらいしか食べ切れないのでは ないかと思うほど大きい。 弁当を開けてみると無残にも焦げた卵焼きらしきものと水気の多いお粥の ようなご飯。梅干しは既製品だから良いとして、煮物らしきものやら… ともかくすさまじい内容だ。だがあの上官が、料理どころか家事全般、 身の回りの事全部苦手な彼女が一生懸命作ったと思われるそれを捨てる気にも なれず一口食べてみる。 …言葉が出ない。すさまじい破壊力だ。だが、やはりこれは自分が 食べるべきだと思った。近頃の彼女は着任当時から考えると少し 変わってきた。相変わらず上官としての返礼も満足に出来ていないけれど、 自分の小言も少しは聞いてくれるようになった。 「…それにしても…凄いな」 不器用そうなあの彼女がどんな表情でこれを作ったのかと思うと 少し可愛いな、と思った所で思考が止まる。 今、自分は何と思った!? あ、相手はあの人だぞ? 混乱する思考に目を白黒させ、弁当の中身をかきこんだ。味と普段 考えもしなかった思考に自分自身よろめきながら、一つの妥協案を思いつく。 そ、そうだ。これは忠義、忠義だ。 あの人への忠義…うむ、これなら…! それが、全ての始まりだと気付かずに運動場を走り出す。 コートも上着も脱ぎ捨てて…走って、身体を酷使することで頭に 浮かんでしまったもう一つの考えを打ち消そうとしていた…。 <あとがき> 小話でちらっと書くつもりが文章が長くなってしまいました。 とりあえずガンオケ第一段は石田&谷口で。PC石田と谷口の二人の関係が 可愛くて好きです。NPC石田だと甘えっ子になってしまうので、この石田は 多分PC石田かと。よってちょっとツンデレ気味(笑) 「忠義を誓う10題*従者編2」より「これは忠義」をお借りしました。 配布元:TV |