恋は盲目、そして誤解と和解
「あ、師匠。いいところに!」 聞きなれた声に振り返ると走ってくる人影が一つ。熊本時代からの仲間が走り寄る 姿はいつもながら、犬を連想させる。本人に言えばきっと機嫌を損ねるだろうが、 恐らく周囲の人間は誰一人としてイメージと違うとは言わないだろう。 「ちょっと相談にのって欲しいんだけどさ…今、時間ある?」 「唐突だな、滝川。…まぁ、なくはないが」 「いいじゃん、唐突でも。あ、場所は俺ん家でいい?」 「…ちゃんと人を呼べる部屋になってるんだろうな」 「まぁ、最近は大丈夫だと思う…多分」 「…多分じゃ困るぞ」 そう言葉を交わしながら何の相談だろうかと考える。心当たりはなくもない。滝川と 言えば出会ってすぐに女性扱いのことなら師匠と呼んでもいいぞという自分の言葉を 鵜呑みにして普段でも師匠と呼ぶような奴だ。自分のことを慕う滝川の相談に幾度も のってきた。そしてその相談内容のほぼ8割は恋愛関係である。まして、滝川は現在 片思い中で相談にのる回数は増える一方だった。 最も…片思いというのはあくまで滝川からの主観であって実は両思いである。 何故ならば自分は滝川が片思いしている筈の相手、石津からも同じような内容の 相談にのっているからだ。つまり2人は互いに片思いだと思いこんでいるだけで 既に想いは同じなのである。ただ、2人ともあと一歩に踏み込めず足踏みを している状態が続いていた。 校門の方へと運動場を横切りながら歩いていると通用口から華奢な人影が見える。 間違える筈もない、石津だ。視線の先はしっかりと滝川へと固定されており、 いい加減お互いに気付かないものかと思いながらも2人の様子を見守る。 そして次の瞬間、ふと石津と目があい一瞬むっとされる。 原因は不明だ。彼女の気に障ることをしているつもりはないし、まして彼女の ためにもなるようなことをしているつもりだ。偶然だろうかと思いつつ首を 捻っていると隣を歩いていた滝川が彼女の存在に気付いたようで自分と彼女を 見比べている。最初は不思議そうに見比べていた滝川が何故か表情を曇らせると 口を尖らせた。ますます意味不明である。どうも自分は今すごく不毛な事態に 陥っているのではないかと考えながらも歩き続けた。 結局ひろみちゃんまでの道すがら話を聞き、ついでに夕飯を食べようということで 店に入った。食事中も相談にのりながら滝川の様子を観察するが、どうも相談に のってくれと言ってきた割に自分からあまり喋らない。 「…何かあったのか?」 普段から口数の多い滝川が静かなのは非常に珍しい。しかも食も進まないようで、 いつもならとっくに食べ終わっているだろうに考え事をしながら、もそもそと 食べている。 「…ん、別に」 「お前さんなぁ…全然『別に』って顔してないぞ」 「何でもないってば」 何処か拗ねたような表情で鉄板をじっと見つめていた。 「…隠し事出来ると思ってるのか?バレバレだぞ」 少し茶化すような台詞に軽く睨まれて、どうやら滝川には重大なことらしいと悟る。 ならばこの流れからすれば100%石津関係だ。食べ終わる前に会計を済ませ、 ひたすら口を割るまで待つしかない。辛抱の出来るタイプでないことくらい わかっている。何らかの形で吐き出すだろうと思いながら、原因を推測し始めた。 かなり時間をかけて食べ終わった滝川を引き連れてひろみちゃんを出たのは もう夜の帳が下りた頃だった。単純な滝川の事すぐに何とかなると思っていたが 学校へ戻る道中、様子は変わらず暗いままだ。これだけ待っても何のリアクションが ないのは珍しい。ならば別の手段で原因を探らねばと校門で滝川と別れる。 目指すのは保健室だ。薄暗い保健室を覗くとデスクの前で小さなスタンドの灯の下、 救急箱の整理をしている石津がいる。 「よう、お疲れさん」 「…お疲れ…さま…」 気落ちしている滝川とは違い、石津は静かに怒っているようであった。拙い タイミングに来たかと思いながらも探りを入れてみるかと思ったその時、彼女が 自分を振り返るとぽつりと一言漏らした…。 彼女の静かなる怒りの原因はあっさりと解けた。かなり拍子抜けする理由 だったのだが、これは半分自分の所為でもあり、滝川の所為でもある。何とか 宥めた後、ふむと頷く。そうなると問題は滝川の方である。どうしたもんかと 考えながらハンガーへと歩いて行くと、丁度ハンガーから件の人物が出て来た。 どうやらそろそろ話してもらえそうな気がする。そもそも気の短い滝川がよく これだけもったといってもいい。 「これから保健室か?」 「…別に」 「いつものお前さんならそこは笑って誤魔化す所なんだがな…いい加減何で 拗ねてるのか話してみないか?」 わざと子供扱いをしてやれば食いついてくるに違いない。故に滝川が嫌がるであろう 『拗ねる』という単語を強調してやる。 「誰が…!」 「そうだろ?そうじゃないなら、俺の言葉くらい簡単にかわせる筈だ」 「…どうせ俺は子供っぽいよ!ああ、そりゃガキだよ。アイツだって俺みたいな ガキより師匠みたいな余裕のある奴の方がいいんだろっ!」 「は…?滝川、お前何言ってるんだ…?」 「何だよ…今更しらばっくれなくたっていいだろ。俺が知らないとでも 思ったのかよ?」 声の大きくなる滝川にハンガーに残っていた小隊員たちが顔を出して覗いている。 これでは見せ物だ。とりあえず場所移動だと思いながら言うことを聞かなさそうな 滝川に無言で合図する。顎で向こうだと誘導すると後ろのギャラリーに気付いて 後ろについてくる。このままでは多分後をつけられるのは簡単に想像出来た。 タイミング良くハンガーにやって来た芝村2人に何とかしておいてくれと伝言し、 運動場へやってきた。 「さて、話の続きといくか…。お前さん盛大な勘違いしてないか?」 「何が勘違いって言うんだよ」 睨む滝川にこれは本格的に誤解しているなと判断を下す。こうなってしまうと幾ら 自分を慕っている滝川でもこっちの話を素直に聞かないだろう。ならば、いっそと 思いながら多目的結晶を操作する。連絡相手は言わずもがな、石津だ。程なくして 通用口から彼女が現れる。突然石津が出て来たことに驚いたもののますます 滝川の機嫌は悪くなる。 「ほら、見ろ。やっぱりそうなんだろ」 滝川の言葉に大袈裟にため息をつく。呼び出された石津も何が起きているのか、 状況が飲み込めず怒っている滝川の様子に戸惑っていた。 「まず、お前さんの勘違いを解いてからな。石津、お前さんの方の誤解も多分一緒に 解けると思うが」 「…誤解…?」 「何が誤解だよ」 「いいから、お前さんは黙って聞けよ。まず俺が最近保健室によく行っているのは 確かに事実だ」 話すなと言われたので言葉には出さないものの表情でやっぱりと言った具合に 滝川が眉を顰めた。 「ここからが重要なんだが、俺は石津にちょっとした相談にのってくれと 頼まれていた。ここまではいいな?」 「…瀬戸口…くん?」 「まぁ、お前さんも心配しなさんな。ちゃんと聞いた方がいい。それで相談の内容 なんだが、これは俺に相談するのが最適なものでな…気になる奴がいるから どうしたらいいかという内容だ」 石津の相談した内容に驚きながら、怒りのオーラを纏っていた滝川に変化が 見られる。わかりやすく肩の落ちた滝川にこれだから早とちりな奴は困ると呟くと 言葉を続けた。 「まぁ、何だ。その相手が俺と仲の良い奴だから、その人選は間違ってない。 おい…滝川、最後までちゃんと聞けよ?」 「…聞いてる」 再び盛大な誤解をしているであろう滝川を見ながら、大体自分たちでさっさと 決着をつけておけば、こんな不毛なことをしなくても良かったのにと思い一息を つき、数秒おいてから口を開いた。 「で、この問題の肝心な部分は後から明かすとして、今度は石津の誤解の方だな」 そう口にすると意気消沈していた滝川が不思議そうに首を傾げる。まだ何か あるのかと言いたそうな顔だ。 「ここ最近、滝川と夕飯を食いに行ったりしてるのはこれまた相談にのってた からだ。ついでに何故か相談内容も石津と一緒でな。まぁ、俺に相談してきたのは 熊本時代からの名残みたいなもんだ。そのテの事は俺に聞けと言ってあるからな」 「わ…な、何勝手にバラしてんだよ!」 サラリと自分が相談していたことを言われて、いつもの調子が戻ってきた滝川が そう声を上げた。 「いいから、いいから。でな、石津。俺としてもお前さんのことが気になって 仕方ないこの不肖の弟子を独占するのは狡いと言われても困る訳だ」 「ば、バラすなんて酷いぞ!」 顔を真っ赤にした滝川が抗議の声を更にあげる。…どうやら後半部分はちゃんと 聞き取れていないようだ。 「だからな、お前さんら2人で解決してくれ」 そう言われて自分の言葉の意味をようやく理解した2人が互いを見て驚く。 「一応強調しておいてやるが、滝川が気になるのはお前さん」 再び抗議の声を上げようとした滝川の口を塞ぎながら石津を指す。そして今度は もがもがと言葉にならない抗議をしている滝川を小突きながらきちんと聞いて いなかったであろう肝心の部分をゆっくりと言葉にしてやる。 「滝川、肝心の部分聞いてないだろ。お前を俺が独占してるって怒ってたんだ。 意味わかるか?ヤキモチだぞ?どういう意味か、いい加減お前さんの頭でも わかってる筈だ」 ばたばたと暴れていた滝川の頬が更に赤く染まる。流石の滝川もどういう事なのか 本当に理解したらしい。口を塞いでいた手を放し、2人を見て肩をすくめる。 「それじゃ、後は適当にやってくれ」 肩の荷が下りた、と呟きながら運動場を後にする。振り返らなくてもその後、どんな 展開になるのか手に取るようにわかる。不肖の弟子もそろそろ卒業させてやるかと 一人笑うと自宅へと歩き出した…。 <あとがき> かなり自分の緑でのプレイをヒントに書いてます>今回のSS でも緑らしさって英吏と舞がいるという所とひろみちゃんぐらい…。 しかも英吏と舞も芝村2人でまとめられていますしね(苦笑) 滝川が恋愛相談するのはやっぱり瀬戸口以外いない気がします。 何せ永遠の師匠(笑)ですしね。 |